吸血鬼57

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明智小五郎シリーズ
江戸川乱歩の作品です。句読点以外の記号は省いています。

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問題文

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(おもいもかけぬしろうとたんていのことばに、つねかわしもみたにせいねんも、あっけにとられて、)

思いもかけぬ素人探偵の言葉に、恒川氏も三谷青年も、あっけにとられて、

(へんじもできぬありさまだ。まずだいいちに、おがわしょういちのころされた、にかいのしょさいを)

返事も出来ぬ有様だ。「先ず第一に、小川正一の殺された、二階の書斎を

(しらべましょう。いつかもいったとおり、こんどのじけんをかいけつするかぎは、)

検べましょう。いつかもいった通り、今度の事件を解決するかぎは、

(あのまのへやにかくされているのですよ やがて、さんにんはもんだいのまのへや、)

あの魔の部屋に隠されているのですよ」やがて、三人は問題の魔の部屋、

(こはたやなぎしのようふうしょさいの、ぶつぞうぐんのまえにたっていた。そこへ、これはどうした)

故畑柳氏の洋風書斎の、仏像群の前に立っていた。そこへ、これはどうした

(ことだ、ひとりのしょせいが、ひとのせたけほどもある、おおきなわらにんぎょうをかかえてはいってきた。)

ことだ、一人の書生が、人の背丈程もある、大きなワラ人形を抱て入って来た。

(きみ、どうしたんだ。みょうなものをもちこむじゃないか それをみると、みたにが)

「君、どうしたんだ。妙なものを持込むじゃないか」それを見ると、三谷が

(びっくりしてしょせいをしかった。いや、いいんです。それはぼくがたのんでおいた)

びっくりして書生を叱った。「イヤ、いいんです。それは僕が頼んでおいた

(のです。こちらへください あけちがしょせいからわらにんぎょうをうけとって、じつはこの)

のです。こちらへ下さい」明智が書生からわら人形を受取って、「実はこの

(にんぎょうが、きょうのおしばいのやくしゃをつとめるのです と、またもやみょうなことを)

人形が、今日のお芝居の役者を勤めるのです」と、またもや妙なことを

(いいだした。おしばいですって?つねかわしもみたにせいねんも、おもいがけないあけちの)

いい出した。「お芝居ですって?」恒川氏も三谷青年も、思いがけない明智の

(ことばに、あっけにとられてしまった。このしょさいが、どうしてこんどのじけんの)

言葉に、あっけにとられてしまった。「この書斎が、どうして今度の事件の

(ちゅうしんとなっているか、ここにどんなてじなしのからくりじかけがあるか、それを)

中心となっているか、ここにどんな手品師のカラクリ仕掛けがあるか、それを

(くちでせつめいするには、すこしこみいっているのです。せつめいしたばかりでは、ちょっと)

口で説明するには、少し込み入っているのです。説明したばかりでは、ちょっと

(しんじられないほど、きかいせんばんなじじつなのです。そこで、かんがえついたのが、はんざいの)

信じられない程、奇怪千万な事実なのです。そこで、考えついたのが、犯罪の

(さいえんです。かたちでおめにかけようというわけです。あらかじめおはなししなかったけれど、)

再演です。形でお目にかけ様という訳です。あらかじめお話しなかったけれど、

(きょうつねかわさんをここへおつれするのは、ぼくにしては、よていのじゅんじょでした。)

今日恒川さんをここへお連れするのは、僕にしては、予定の順序でした。

(そのために、ちゃんとぶたいのよういもしてありますし、やくしゃのほうも、こんな)

その為に、ちゃんと舞台の用意もしてありますし、役者の方も、こんな

(わらにんぎょうまでつくらせておいたわけです つねかわしは、またしても、あけちのために、)

わら人形まで作らせておいた訳です」恒川氏は、またしても、明智の為に、

(あっといわされるのかとおもうと、うんざりした。こんなおしばいけんぶつは、あまり)

アッといわされるのかと思うと、ウンザリした。こんなお芝居見物は、あまり

など

(うれしいやくわりではなかった。けんぶつがおふたりでは、やくしゃのほうで、ふまんかも)

うれしい役割ではなかった。「見物がお二人では、役者の方で、不満かも

(しれません あけちはにこにこわらって しかし、つねかわさんは、さいばんしょなり)

知れません」明智はニコニコ笑って「しかし、恒川さんは、裁判所なり

(けいさつなりのだいひょうしゃ、みたにさんははたやなぎけのだいひょうしゃというわけですから、このおふたりに)

警察なりの代表者、三谷さんは畑柳家の代表者という訳ですから、このお二人に

(けんぶつしていただけば、こんなこうつごうなことはありません。それにけんぶつのにんずうが)

見物して頂けば、こんな好都合なことはありません。それに見物の人数が

(おおくては、せっかくのきかいげきに、すごみがでないしんぱいもありますからね あけちは)

多くては、折角の奇怪劇に、凄味が出ない心配もありますからね」明智は

(じょうだんまじりに、せつめいしながら、もんだいのぶつぞうのならんでいるかべからは、いちばんとおい)

冗談まじりに、説明しながら、問題の仏像の並んでいる壁からは、一番遠い

(へやのすみへさんきゃくのいすをならべ、さあ、ここへおかけください。これがきょうの)

部屋の隅へ三脚の椅子を並べ、「サア、ここへおかけ下さい。これが今日の

(おしばいのけんぶつせきです とふたりをさしまねいた。つねかわしとみたにせいねんとは、あいてがあいて)

お芝居の見物席です」と二人をさし招いた。恒川氏と三谷青年とは、相手が相手

(なので、おこるわけにもいかず、いわれるままにせきについた。ところで、だいいちまくは)

なので、怒る訳にも行かず、いわれるままに席についた。「ところで、第一幕は

(おがわしょういちさつがいのばめんです。でまず、ぶたいをとうじとすんぶんたがわぬようにしつらえ)

小川正一殺害の場面です。で先ず、舞台を当時と寸分違わぬ様にしつらえ

(なければなりません あけちはてじなのまえこうじょうをはじめた。しつないのちょうどはあのときと、)

なければなりません」明智は手品の前口上を始めた。「室内の調度はあの時と、

(すこしもかわっておりません。たらぬものは、ころされたおがわしょういちです。そこで、この)

少しも変って居りません。足らぬものは、殺された小川正一です。そこで、この

(わらにんぎょうにおがわのやくをつとめさせます かれはわらにんぎょうをだいて、いりぐちにたった。)

わら人形に小川の役を勤めさせます」彼はわら人形を抱いて、入口に立った。

(おがわはこのどあからしのびこみました。しのびこんで、どあにはうちがわからかぎを)

「小川はこのドアから忍び込みました。忍び込んで、ドアには内側からカギを

(かける あけちはかぎあなのそとにさしてあったかぎをぬいて、うちがわからじょうを)

かける」明智はかぎ穴の外にさしてあったかぎを抜いて、内側から錠を

(おろした。それから、このぶつぞうのまえにたって、なにごとかをはじめたのです かれは)

おろした。「それから、この仏像の前に立って、何事かを始めたのです」彼は

(わらにんぎょうを、ぶつぞうのひとつにたてかけた。まどはこのひとつだけが、かけがねが)

わら人形を、仏像の一つに立てかけた。「窓はこの一つだけが、掛金が

(はずれていて、あとはみなげんじゅうにしまりができていました いいながら、まどもとうじと)

はずれていて、あとは皆厳重に締が出来ていました」いいながら、窓も当時と

(すこしもちがわぬように、しめきった。そして、かれもふたりのけんぶつにならんでいすにこしを)

少しも違わぬように、締切った。そして、彼も二人の見物に並んで椅子に腰を

(おろした。さあ、これで、なにもかも、あのときとおなじです。おがわはいったい、だれが、)

おろした。「サア、これで、何もかも、あの時と同じです。小川は一体、誰が、

(どうしてころしたのか、それをこれからじつえんさせておめにかけるのです)

どうして殺したのか、それをこれから実演させてお目にかけるのです」

(まどのそとにはゆうあんがせまっていた。ひろいていないにはなんのものおともない。ぶきみなすうふんかんが)

窓の外には夕暗が迫っていた。広い邸内には何の物音もない。不気味な数分間が

(けいかした。だれがかんがえても、ぞくはまどからしのびこんだとしかおもえない。そとにつうろは)

経過した。誰が考えても、賊は窓から忍び込んだとしか思えない。外に通路は

(ないからだ。つねかわしはじっとかけがねのはずれたまどをみつめていた。ととつぜん、)

ないからだ。恒川氏はジッと掛金のはずれた窓を見つめていた。と突然、

(ばさっというおとがしたとおもうと、わらにんぎょうがばったりたおれた。あれです)

バサッという音がしたと思うと、わら人形がバッタリ倒れた。「あれです」

(あけちのさけびごえに、にんぎょうのむねをみると、ああ、どこからとんできたのだ。いっちょうの)

明智の叫声に、人形の胸を見ると、アア、どこから飛んで来たのだ。一挺の

(たんけんがわらのしんまでぐさりとつきささっているではないか。ゆうあんのせまった)

短剣がわらのしんまでグサリと突きささっているではないか。夕暗の迫った

(へやのなかは、まるでふかいきりにとざされたように、もののすがたがぼやけてみえたが、)

部屋の中は、まるで深い霧にとざされたように、物の姿がぼやけて見えたが、

(それだけに、むねのまっただなかをさしとおされて、たおれているわらにんぎょうが、ふしぎな)

それだけに、胸の真っただ中を刺し通されて、倒れているワラ人形が、不思議な

(せいぶつのようにもおもわれて、いっそうぶきみであった。それにしても、たんけんはいったい)

生物のようにも思われて、一層不気味であった。それにしても、短剣は一体

(どこからとんできたのであろう。どあもまども、ぴったりしめきってあるへやのなかへ)

どこから飛んで来たのであろう。ドアも窓も、ピッタリ締切ってある部屋の中へ

(とつじょとして、おもなききょうきがわきだした。てじなだ。だが、そのてじなしは、どこに)

突如として、主なき凶器が湧き出した。手品だ。だが、その手品師は、どこに

(いるのだ。つねかわけいぶはおもわずたちあがって、れいのかけがねのないまどへかけよると、それを)

いるのだ。恒川警部は思わず立上って、例の掛金のない窓へ駆け寄ると、それを

(ひらいてそとをのぞいた。だれかがそこにかくれているようなきがしたからだ。みたにも)

開いて外をのぞいた。誰かがそこに隠れているような気がしたからだ。三谷も

(それにならって、けいぶのうしろから、こわごわ、うすぐらいにわをみくだした。だが、)

それにならって、警部のうしろから、こわごわ、薄暗い庭を見下した。だが、

(まどのそとのじゃばらにも、したのにわにも、ひとのかげはない。はははははは、つねかわさん、)

窓の外の蛇腹にも、下の庭にも、人の影はない。「ハハハハハハ、恒川さん、

(しめきったがらすまどのそとから、がらすもわらず、たんけんをなげこむなんて、いくら)

締切ったガラス窓の外から、ガラスもわらず、短剣を投げ込むなんて、いくら

(てじなしだって、できないそうだんですよ あけちのわらいごえに、つねかわしはくしょうしてまどを)

手品師だって、出来ない相談ですよ」明智の笑い声に、恒川氏は苦笑して窓を

(はなれた。そして、こんどは、たんけんをあらためるつもりで、わらにんぎょうにちかづいたが)

離れた。そして、今度は、短剣をあらためる積りで、わら人形に近づいたが

(にさんぽあるいたかとおもうと、かれははっとしてたちどまらないではいられなかった。)

二三歩あるいたかと思うと、彼はハッとして立止まらないではいられなかった。

(ゆめをみているのではないかしら、それともさっきのがげんかくであったのか。)

夢を見ているのではないかしら、それともさっきのが幻覚であったのか。

(ふしぎ、ふしぎ、ちかづいてみると、わらにんぎょうのむねには、なにもないのだ。たんけんは)

不思議、不思議、近づいて見ると、ワラ人形の胸には、何もないのだ。短剣は

(きえうせてしまったのだ。つねかわしは、きょろきょろとあたりをみまわした。)

消え失せてしまったのだ。恒川氏は、キョロキョロとあたりを見廻した。

(どこにもたんけんらしいものはみあたらぬ。ふとめにつくのは、たちならぶあやしげな)

どこにも短剣らしいものは見当らぬ。ふと目につくのは、立並ぶ怪しげな

(ぶつぞうどもだ。かれはそれにちかよって、ひとつひとつ、にゅうねんになでまわしてみた。だが、)

仏像共だ。彼はそれに近寄って、一つ一つ、入念になで廻して見た。だが、

(ぶつぞうにはなんのしかけもないらしい。まさか、ぶつぞうがうでをふって、たんけんを)

仏像には何の仕掛けもないらしい。まさか、仏像が腕を振って、短剣を

(なげつけたわけではあるまい。てもあしもうごかぬきぼりか、でなければ、けっかふざの)

投げつけた訳ではあるまい。手も足も動かぬ木彫りか、でなければ、結跏趺坐の

(かなぶつだ。では、やっぱりげんかくであったのか。へやがうすぐらいために、ただわらにんぎょうの)

金仏だ。では、やっぱり幻覚であったのか。部屋が薄暗い為に、ただわら人形の

(たおれたのを、ぎしんあんきで、たんけんがささっているように、みあやまったのであろうか。)

倒れたのを、疑心暗鬼で、短剣が刺さっている様に、見誤ったのであろうか。

(あまりのふしぎさに、けいぶは、わらにんぎょうのうえにしゃがみこんで、そのむねのあたりを)

余りの不思議さに、警部は、わら人形の上にしゃがみ込んで、その胸のあたりを

(つくづくながめた。)

つくづく眺めた。

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