吸血鬼62

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明智小五郎シリーズ
江戸川乱歩の作品です。句読点以外の記号は省いています。

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問題文

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(けいぶは、いどいっぱいにななめになった、はしごのげだんにあしをかけたまま、かいちゅうでんとうを)

警部は、井戸一杯に斜めになった、梯子の下段に足をかけたまま、懐中電燈を

(さしつけて、そこをのぞいた。わっ というさけびごえ。さすがのけいぶも、)

さしつけて、底を覗いた。「ワッ」という叫び声。さすがの警部も、

(びっくりしないではいられなかった。どうしたんです うえのくらやみからあけちの)

びっくりしないではいられなかった。「どうしたんです」上の暗闇から明智の

(こえ、かれもいどのなかをのぞきこんでいるのだ。これだ。・・・・・・けいぶはかいちゅうでんとうを)

声、彼も井戸の中をのぞき込んでいるのだ。「これだ。……」警部は懐中電燈を

(いっそうそこにちかづけてみせた。しがいをみるのは、かくごのまえだ。しかし、こんなふうな)

一層底に近づけて見せた。死骸を見るのは、覚悟の前だ。しかし、こんな風な

(しがいだとは、だれしもそうぞうしなかった。ばんしゅうのとおかかんでは、まだかたちがくずれるほど)

死骸だとは、誰しも想像しなかった。晩秋の十日間では、まだ形がくずれる程

(ふらんはしていない。だが、ふらんよりも、うじむしよりももっとおそろしいげんしょうが、)

腐爛はしていない。だが、腐爛よりも、うじ虫よりももっと恐ろしい現象が、

(ふたつのしたいにおこっていた。そこには、ふたりのきょじんが、ふたりのすもうとりが、)

二つの死体に起っていた。そこには、二人の巨人が、二人の角力取りが、

(まるくなってかさなっていたのだ。ひとりのほうのふくぶへ、はしごのあしがくいいって、)

丸くなって重なっていたのだ。一人の方の腹部へ、梯子の足が食い入って、

(そのぶぶんがさんすんほどもくびれてみえる。まるであめざいくのたぬきみたいなたいこばらだ。)

その部分が三寸程もくびれて見える。まるで飴細工のタヌキみたいな太鼓腹だ。

(したいぼうちょうのげんしょうである。ないぞうにはっせいしたがすが、ひじょうなちからで、しがいを)

死体膨脹の現象である。内臓に発生したガスが、非常な力で、死骸を

(ごむふうせんみたいに、ふくらませてしまったのだ。かおなども、しわがのび、けあなが)

ゴム風船みたいに、ふくらませてしまったのだ。顔なども、しわがのび、毛穴が

(ひらいて、きょじんこくのあかんぼうのように、はちきれそうにふくれあがっている。これが)

開いて、巨人国の赤ん坊の様に、はち切れ相にふくれ上っている。「これが

(おがわだな ふくそうによって、そのひととすいさつできる。けいぶはつぎに、もうひとりのしがいの)

小川だな」服装によって、その人と推察出来る。警部は次に、もう一人の死骸の

(かおにひょいとめをうつしたが、ひとめみるなり、あまりのことに、さすがのかれも)

顔にヒョイと目を移したが、一目見るなり、あまりのことに、さすがの彼も

(ぎゃっ とさけんで、おもわずはしごをかけあがろうとした。けいぶがおどろいたのも)

「ギャッ」と叫んで、思わず梯子を駆け上ろうとした。警部が驚いたのも

(むりではない。そこにふくれあがっていた、もうひとつのしがいは、けっしてみちの)

無理ではない。そこにふくれ上っていた、もう一つの死骸は、決して未知の

(おとこではなかった。いやみちどころか、わすれようにもわすれることのできない、)

男ではなかった。イヤ未知どころか、忘れようにも忘れることの出来ない、

(こんどのじけんのおおだてものが、みじめにも、ふうせんだまのようなきょたいを、そこによこたえて)

今度の事件の大立物が、みじめにも、風船玉のような巨体を、そこに横たえて

(いたのだ。けいぶはしながわわんで、いちどそいつにでくわしたことがある。あのときのは、)

いたのだ。警部は品川湾で、一度そいつに出会したことがある。あの時のは、

など

(ろうせいのかめんであった。だが、いまあしのしたにころがっているかいぶつは、かめんを)

ろう製の仮面であった。だが、今足の下にころがっている怪物は、仮面を

(かぶっているのではない。ほんとうに、くちびるがないのだ。はながかけているのだ。かおじゅうが)

かぶっているのではない。本当に、唇がないのだ。鼻がかけているのだ。顔中が

(ぴかぴかとあかはげになっているのだ。しかも、それがせいぜんのにばいのおおきさに)

ピカピカと赤はげになっているのだ。しかも、それが生前の二倍の大きさに

(ふくれあがって、なんともけいようのできない、そうぼうをていしていた。つねかわしはふしぎな)

ふくれ上って、何とも形容の出来ない、相貌を呈していた。恒川氏は不思議な

(こんめいをかんじた。かれじしんのしかくをしんじえないような、みょうなふあんにおちいった。)

昏迷を感じた。彼自身の視覚を信じ得ないような、妙な不安に陥った。

(くちびるのないおとことのにどめのたいめん、しかもふるえるかいちゅうでんとうのしろいひかりにてらされた、)

唇のない男との二度目の対面、しかもふるえる懐中電燈の白い光に照らされた、

(いどのそこで、まったくふいうちに、きゃつのすもうとりみたいにはれあがったしがいを)

井戸の底で、全く不意打ちに、彼奴の角力取みたいにはれ上った死骸を

(みたのだ。けいぶがわれにもあらず、にげだしそうにしたのは、けっしてむりではない。)

見たのだ。警部が我にもあらず、逃げ出し相にしたのは、決して無理ではない。

(なにものです。こいつは?やっときをとりなおして、つねかわしは、いどのそとの)

「何者です。こいつは?」やっと気をとりなおして、恒川氏は、井戸の外の

(あけちにたずねかけた。くちびるのないおとこ のそんざいはしりすぎるほどしっている。だが、)

明智にたずねかけた。「唇のない男」の存在は知り過ぎる程知っている。だが、

(かれがどこのなんというやつだかは、だれもしらないのだ。しょさいのてんじょううらにすんでいて)

彼がどこの何という奴だかは、誰も知らないのだ。「書斎の天井裏に住んでいて

(おがわしょういちをころしたやつです あけちがやみのなかからこたえる。なるほど、いまのおしばいで、)

小川正一を殺した奴です」明智がやみの中から答える。成程、今のお芝居で、

(そこまでわかっている。おがわしょういちになぞらえたわらにんぎょうがくろふくめんのいっすんぼうしに)

そこまで分っている。小川正一になぞらえたわら人形が黒覆面の一寸法師に

(ころされた。そのいっすんぼうしがまた、ますくのかいぶつにしめころされた。そして)

殺された。その一寸法師がまた、マスクの怪物にしめ殺された。そして

(わらにんぎょうも、いっすんぼうしのしがいも、このいどのなかへなげこまれた。わらにんぎょうは)

わら人形も、一寸法師の死骸も、この井戸の中へ投げ込まれた。わら人形は

(おがわしょういちである。とすれば、のこるひとりは、このくちびるのないやつは、おしばいのほうの)

小川正一である。とすれば、残る一人は、この唇のない奴は、お芝居の方の

(いっすんぼうしにあたるわけだ。あのしょうかいぶつが くちびるのないおとこ のやくを、にょじつにえんじてみせた)

一寸法師に当る訳だ。あの小怪物が「唇のない男」の役を、如実に演じて見せた

(のである。すると、われわれがあんなにさがしまわっていたはんにんは、このやしきのてんじょううらに)

のである。「すると、我々があんなに探し廻っていた犯人は、この邸の天井裏に

(かくれていたとおっしゃるのですか つねかわしはしんじきれぬちょうしだ。で、)

かくれていたとおっしゃるのですか」恒川氏は信じ切れぬ調子だ。「で、

(こいつは、いったいなにものです。だいいちどういうわけで、ばしょもあろうに、このやしきの)

こいつは、一体何者です。第一どういう訳で、場所もあろうに、この邸の

(てんじょううらなんかを、かくればしょにえらんだのです かれはむらがりおこるかずかずのぎもんに)

天井裏なんかを、隠れ場所に選んだのです」彼はむらがり起る数々の疑問に

(なにからたずねてよいのか、はんだんもつかぬありさまだ。このおとこが、てんじょううらへかくれて)

何からたずねてよいのか、判断もつかぬ有様だ。「この男が、天井裏へ隠れて

(いたのは、なにもふしぎなことではありません。だれしも、わがやは、ことにじぶんの)

いたのは、何も不思議なことではありません。誰しも、我が家は、殊に自分の

(しょさいはなつかしいものですからね やみのなかのあけちが、こともなげにこたえる。)

書斎はなつかしいものですからね」やみの中の明智が、事もなげに答える。

(わがやですって?じぶんのしょさいですって?というと、なんだか、はたやなぎけが、)

「我が家ですって?自分の書斎ですって?というと、何だか、畑柳家が、

(こいつのやしきみたいにきこえますが・・・・・・けいぶはますますわからなくなった。)

こいつの邸みたいに聞えますが……」警部は益々分らなくなった。

(そうですよ。このおとここそ、このいえのあるじなのですよ え、え、)

「そうですよ。この男こそ、この家のあるじなのですよ」「エ、エ、

(なんですって?つねかわしのとんきょうなさけびごえ。このくちびるのないおとこが、ほかならぬ、)

何ですって?」恒川氏の頓狂な叫び声。「この唇のない男が、外ならぬ、

(しずこさんのおっと、はたやなぎしょうぞうしなのです そんな、そんなばかなことがあるもの)

倭文子さんの夫、畑柳庄蔵氏なのです」「そんな、そんな馬鹿なことがあるもの

(ですか。はたやなぎしょうぞうはにかげついぜんけいむしょないでびょうししたはずです としんじられて)

ですか。畑柳庄蔵は二ヶ月以前刑務所内で病死した筈です」「と信じられて

(います。しかし、かれはよみがえったのです。どそうされたはかのしたで、)

います。しかし、彼はよみがえったのです。土葬された墓の下で、

(そせいしたのです つねかわしは、いどからはいだして、かいちゅうでんとうを、あけちのかおに)

蘇生したのです」恒川氏は、井戸からはい出して、懐中電燈を、明智の顔に

(さしつけた。それはほんとうですか。まさかじょうだんではありますまいね)

さしつけた。「それは本当ですか。まさか冗談ではありますまいね」

(いがいにおもわれるのはごもっともです。かれはそせいしました。だが、しぜんの)

「意外に思われるのはごもっともです。彼は蘇生しました。だが、自然の

(そせいではないのです。すべてかれのどうるいがたくらんだしごとです あけちはげんしゅくな)

蘇生ではないのです。すべて彼の同類がたくらんだ仕事です」明智は厳粛な

(おももちで、きかいせんばんなじじつをかたりはじめた。よういならんことだ。きみは、それを)

面持で、奇怪千万な事実を語り始めた。「容易ならん事だ。君は、それを

(しりながら、いままでだまっていたのですか つねかわしは、しろうとたんていにだしぬかれた)

知りながら、今までだまっていたのですか」恒川氏は、素人探偵に出し抜かれた

(くやしさもてつだって、おもわずはげしいくちょうになる。いや、こいにかくしだてを)

くやしさも手伝って、思わずはげしい口調になる。「イヤ、故意に隠し立てを

(していたわけではありません。ぼくも、やっときのう、それをしったのです あけちは)

していた訳ではありません。僕も、やっと昨日、それを知ったのです」明智は

(いいながら、はなしをあかるくするために、ものおきのてんますからぶらさがっていた、)

いいながら、話しを明るくするために、物置の天升からブラ下っていた、

(ほこりまみれのでんとうをてんじた。うすぐらいごしょっこうであったが、やみになれためには、)

ほこりまみれの電燈を点じた。薄暗い五燭光であったが、暗になれた目には、

(まぶしいほど、ぱっと、へやのなかがあかるくなった。それをさぐりだしたこうろうしゃは、)

まぶしい程、パッと、部屋の中が明るくなった。「それを探り出した功労者は、

(ぼくのところのふみよさんです。あのひとが、yけいむしょのいいんのひとりを、うまく)

僕のところの文代さんです。あの人が、Y刑務所の医員の一人を、うまく

(あやつって、とうとうそれをききだしてきたのです あけちがせつめいをつづける。)

あやつって、とうとうそれを聞き出して来たのです」明智が説明を続ける。

(くわしいことは、いずれおはなしするきかいがあるでしょう。いまは、おしばいの)

「くわしいことは、いずれお話しする機会があるでしょう。今は、お芝居の

(だいさんまくめもまだのこっていることですから、ごくかんたんにもうしますと、つまり、)

第三幕目もまだ残っていることですから、ごく簡単に申しますと、つまり、

(けいむしょないのいきょくのひとびとと、かんしゅと、にさんのびょうしゅうじんが、ぐるになって)

刑務所内の医局の人々と、看守と、二三の病囚人が、ぐるになって

(はたやなぎしょうぞうをしにんにしてしまったのです。かれはややじゅうたいのびょうにんにはそういなかった。)

畑柳庄蔵を死人にしてしまったのです。彼はやや重態の病人には相違なかった。

(しかし、まだしんではいなかったのです。しがいとすんぶんちがわぬ、いっしゅのまひじょうたいに)

しかし、まだ死んではいなかったのです。死骸と寸分違わぬ、一種の麻痺状態に

(あったにすぎません。なんようのしょくぶつからせいせられた、くらーれというげきやくを)

あったに過ぎません。南洋の植物から製せられた、クラーレという劇薬を

(ごぞんじでしょう。おそらくそのようなやくひんがしようされたのかもしれません。ともかく、)

御存じでしょう。恐らくその様な薬品が使用されたのかも知れません。兎も角、

(はたやなぎしょうぞうは、かれのどうるいのはからいで、いきながら、ぶじにけいむしょのもんを)

畑柳庄蔵は、彼の同類のはからいで、生きながら、無事に刑務所の門を

(でることができました。そして、そのあと、どそうされたはかばから、)

出ることが出来ました。そして、その後、土葬された墓場から、

(よみがえったのです。よみがえって、かれのぬすみためたたからをしゅごするおにと)

よみがえったのです。よみがえって、彼の盗みためた宝を守護する鬼と

(なったのです しょうせつではあるまいし、にほんのけいむしょで、そういうことが)

なったのです」「小説ではあるまいし、日本の刑務所で、そういうことが

(おこなわれるとはしんじられません けいぶが、たまりかねてくちをはさんだ。)

行われるとは信じられません」警部が、たまり兼ねて口をはさんだ。

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