黒死館事件6

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小栗虫太郎の作品です。
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1 ぷぷ 5931 A+ 6.0 98.0% 1014.7 6144 125 82 2024/04/06

関連タイピング

問題文

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(このかっちゅうむしゃは、いつもここにあるのかね どういたしまして、さくやからで)

「この甲冑武者は、いつもここにあるのかね」「どういたしまして、昨夜からで

(ございます。しちじまえにはかいだんのりょうすそにおいてありましたものが、はちじすぎには)

ございます。七時前には階段の両裾に置いてありましたものが、八時過ぎには

(ここまでとびあがっておりました。いったい、だれがいたしましたものか?)

ここまで飛び上っておりました。いったい、誰がいたしましたものか?」

(そうだろう。もんてすぱんこうしゃくふじんのくらーにいそうをみればわかる。かいだんの)

「そうだろう。モンテスパン侯爵夫人のクラーニイ荘を見れば判る。階段の

(りょうすそにおくのがじょうほうだからね とのりみずはあっさりうなずいて、それからけんじに、)

両裾に置くのが定法だからね」と法水はアッサリ頷いて、それから検事に、

(はぜくらくん、ためしにもちあげてみたまえ。どうだね、わりあいかるいだろう。もちろんじつように)

「支倉君、試しに持ち上げて見給え。どうだね、割合軽いだろう。勿論実用に

(なるものじゃないさ。かっちゅうも、じゅうろくせいきいらいのものはぜんぜんそうしょくぶつなんだよ。)

なるものじゃないさ。甲冑も、十六世紀以来のものは全然装飾物なんだよ。

(それも、るいちょうにはいるとにくぼりのぎこうがせんさいになって、あつみがようきゅうされ、しまいには)

それも、路易朝に入ると肉彫の技巧が繊細になって、厚みが要求され、終いには

(きてはあるけないほどのおもさになってしまったものだ。だから、じゅうりょうからかんがえると)

着ては歩けないほどの重さになってしまったものだ。だから、重量から考えると

(むろんどなてるろいぜん、さあ、まっさぐりあかさんそヴぃのあたりのさくひんかな)

無論ドナテルロ以前、さあ、マッサグリアかサンソヴィノ辺りの作品かな」

(おやおや、きみはいつふぁいろ・ヴぁんすになったのだね。ひとくちで)

「オヤオヤ、君はいつファイロ・ヴァンスになったのだね。一口で

(いえるだろう かかえてあがれぬほどのじゅうりょうではないって とけんじはつうれつなひにくを)

云えるだろう――抱えて上れぬほどの重量ではないって」と検事は痛烈な皮肉を

(あびせてから、しかし、このかっちゅうむしゃが、かいかにあってはならなかったのか。)

浴びせてから、「しかし、この甲冑武者が、階下にあってはならなかったのか。

(それとも、かいじょうにひつようだったのだろうか?むろん、ここにひつようだったのさ。)

それとも、階上に必要だったのだろうか?」「無論、ここに必要だったのさ。

(とにかく、みっつのえをみたまえ。えきびょう・けいばつ・かいぼうだろう。それに、はんにんが)

とにかく、三つの画を見給え。疫病・刑罰・解剖だろう。それに、犯人が

(もうひとつくわえたものがある それが、さつじんなんだよ じょうだんじゃない けんじが)

もう一つ加えたものがある――それが、殺人なんだよ」「冗談じゃない」検事が

(めをみはると、のりみずもややこうふんをまじえたこえでこういった。とりもなおさず、)

眼を瞠ると、法水もやや亢奮を交えた声でこう云った。「とりもなおさず、

(これがこんどのふりやぎじけんのしむぼるというわけさ。はんにんはこのたいはいをかかげて、)

これが今度の降矢木事件の象徴という訳さ。犯人はこの大旆を掲げて、

(いんびのうちにさつりくをせんげんしている。あるいは、ぼくらにたいする、ちょうせんのいしかも)

陰微のうちに殺戮を宣言している。あるいは、僕等に対する、挑戦の意志かも

(しれないよ。だいたいはぜくらくん、ふたつのかっちゅうむしゃが、みぎのはみぎてに、ひだりのはひだりてに)

しれないよ。だいたい支倉君、二つの甲冑武者が、右のは右手に、左のは左手に

など

(せいきのえをにぎっているだろう。しかし、かいだんのすそにあるときをかんがえると、みぎのほうは)

旌旗の柄を握っているだろう。しかし、階段の裾にある時を考えると、右の方は

(ひだりてに、ひだりのほうはみぎてにもって、こうずからきんせいをうしなわないのがじょうほうじゃないか。)

左手に、左の方は右手に持って、構図から均斉を失わないのが定法じゃないか。

(そうすると、げんざいのかたちは、さゆうをいれちがえておいたことになるだろう。つまり、)

そうすると、現在の形は、左右を入れ違えて置いたことになるだろう。つまり、

(ひだりのほうからいって、ふうきのえーかーばた しんこうのみさばたとなっていたのが、)

左の方から云って、富貴の英町旗――信仰の弥撒旗となっていたのが、

(ぎゃくになったのだから・・・・・・そこにおそろしいはんにんのいしがあらわれてくるんだ)

逆になったのだから……そこに怖ろしい犯人の意志が現われてくるんだ」

(なにが? mass みさ と acre えーかー だよ。つづけてよんで)

「何が?」「Mass(ミサ)と acre(エーカー)だよ。続けて読んで

(みたまえ。しんこうとふうきが、massacre まっさかー ぎゃくさつにばけて)

見給え。信仰と富貴が、Massacreマッサカー――虐殺に化けて

(しまうぜ とのりみずはけんじがあぜんとしたのをみて、だが、おそらくそれだけの)

しまうぜ」と法水は検事が唖然としたのを見て、「だが、恐らくそれだけの

(いみじゃあるまい。いずれこのかっちゅうむしゃのいちから、ぼくはもっとかたちにあらわれた)

意味じゃあるまい。いずれこの甲冑武者の位置から、僕はもっと形に現われた

(ものをみつけだすつもりだよ といってから、こんどはばとらーに、ところで、)

ものを発見け出すつもりだよ」と云ってから、今度は召使に、「ところで、

(さくやしちじからはちじまでのあいだに、このかっちゅうむしゃについてもくげきしたものは)

昨夜七時から八時までの間に、この甲冑武者について目撃したものは

(なかったかね ございません。あいにくとそのいちじかんが、わたくしどものしょくじにあたって)

なかったかね」「ございません。生憎とその一時間が、私どもの食事に当って

(おりますので それからのりみずは、かっちゅうむしゃをいっきいっきかいたいして、そのしゅういは、)

おりますので」それから法水は、甲冑武者を一基一基解体して、その周囲は、

(えずとえずとのあいだにあるがんけいのへきとうから、しょうきのかげになっている、ふわけず の)

画図と画図との間にある龕形の壁灯から、旌旗の蔭になっている、「腑分図」の

(じょうほうまでもしらべたけれど、いっこうにえるところはなかった。がめんのそのぶぶんも)

上方までも調べたけれど、いっこうに得るところはなかった。画面のその部分も

(はいけいのはずれちかくで、さまざまのいろのしまがざつぜんとはいれつしているにすぎなかった。)

背景のはずれ近くで、様々の色の縞が雑然と配列しているにすぎなかった。

(それから、かいだんろうをはなれて、じょうそうのかいだんをのぼっていったが、そのとき)

それから、階段廊を離れて、上層の階段を上って行ったが、その時

(なにをおもいついたのか、のりみずはとつぜんふしぎなどうさをはじめた。かれはちゅうとまできたのを)

何を思いついたのか、法水は突然奇異な動作を始めた。彼は中途まで来たのを

(ふたたびひきかえして、もときただいかいだんのてっぺんにたった。そして、かくしからせくしょんの)

再び引き返して、もと来た大階段の頂辺に立った。そして、衣嚢から格子紙の

(てちょうをとりだして、かいだんのかいすうをかぞえ、それになにやらじぐざぐめいたせんを)

手帳を取り出して、階段の階数をかぞえ、それに何やら電光形めいた線を

(かきいれたらしい。さすがこれには、けんじもひきかえさずにはいられなかった。)

書き入れたらしい。さすがこれには、検事も引き返さずにはいられなかった。

(なあに、ちょっとしたしんりこうさつをやったまでのはなしさ とかいじょうのばとらーを)

「なあに、ちょっとした心理考察をやったまでの話さ」と階上の召使を

(はばかりながら、のりみずはこごえでけんじのといにこたえた。いずれ、ぼくにかくしんがついたら)

憚りながら、法水は小声で検事の問いに答えた。「いずれ、僕に確信がついたら

(はなすことにするが、とにかくげんざいのところでは、それでかいしゃくするざいりょうがなにひとつ)

話すことにするが、とにかく現在のところでは、それで解釈する材料が何一つ

(ないのだからね。たんにこれだけのことしかいえないとおもうよ。さっきかいだんを)

ないのだからね。単にこれだけのことしか云えないと思うよ。先刻階段を

(のぼってくるときに、けいさつじどうしゃらしいえんじんのばくおんがげんかんのほうでしたじゃ)

上って来る時に、警察自動車らしいエンジンの爆音が玄関の方でしたじゃ

(ないか。するとそのとき、あのばとらーは、そのけたたましいおんきょうにとうぜんけされねば)

ないか。するとその時、あの召使は、そのけたたましい音響に当然消されねば

(ならない、あるかすかなおとをきくことができたのだ。いいかね、はぜくらくん、ふつうの)

ならない、ある微かな音を聴くことが出来たのだ。いいかね、支倉君、普通の

(じょうたいではとうていきくことのできないおとをだよ そういうはなはだしくむじゅんした)

状態ではとうてい聴くことの出来ない音をだよ」そういうはなはだしく矛盾した

(げんしょうを、のりみずはいかにしてしることができたのだろうか?しかし、かれはそれに)

現象を、法水はいかにして知ることが出来たのだろうか?しかし、彼はそれに

(つけくわえて、そうはいうものの、あのばとらーにはごうまつのけんぎもない といって、)

附け加えて、そうは云うものの、あの召使には毫末の嫌疑もない――といって、

(そのせいめいさえもきこうとはしないのだから、とうぜんけつろんのけんとうがぼうばくとなって)

その姓名さえも聞こうとはしないのだから、当然結論の見当が茫漠となって

(このいちじは、かれがていしゅつしたなぞとなってのこされてしまった。かいだんをのぼりきった)

この一事は、彼が提出した謎となって残されてしまった。階段を上りきった

(しょうめんには、ろうかをおいて、がんじょうなぼうさいをほどこしたひとつのへやがあった。てっさくとびらの)

正面には、廊下を置いて、岩乗な防塞を施した一つの室があった。鉄柵扉の

(こうほうにすうそうのいしだんがあって、そのおくには、きんことらしいこくしつが)

後方に数層の石段があって、その奥には、金庫扉らしい黒漆が

(きらきらひかっている。しかし、そのへやがこだいとけいしつだということをしると、)

キラキラ光っている。しかし、その室が古代時計室だということを知ると、

(しゅうぞうひんのおどろくべきかちをしるのりみずには、いっけんばかげてみえるしゅうしゅうかのしんけいを)

収蔵品の驚くべき価値を知る法水には、一見莫迦気て見える蒐集家の神経を

(うなずくことができた。ろうかはそこをきてんにさゆうへのびていた。いっかくごとにとびらが)

頷くことが出来た。廊下はそこを基点に左右へ伸びていた。一劃ごとに扉が

(ついているので、そのあいだはとんねるのようなくらさで、ひるまでもがんのでんとうが)

附いているので、その間は隧道のような暗さで、昼間でも龕の電燈が

(とぼっている。さゆうのへきめんには、てるらこったのしゅせんがいろどっているのみで、それがゆいいつの)

点っている。左右の壁面には、泥焼の朱線が彩っているのみで、それが唯一の

(そうしょくだった。やがて、みぎてにとったつきあたりをさせつし、それから、いまきたろうかの)

装飾だった。やがて、右手にとった突当りを左折し、それから、今来た廊下の

(むこうがわにでると、のりみずのよこてにはみじかいそでろうかがあらわれ、そのれっちゅうのかげに)

向う側に出ると、法水の横手には短い拱廊が現われ、その列柱の蔭に

(ならんでいるのが、わしきのぐそくるいだった。そでろうかのいりぐちは、だいかいだんしつのまるてんじょうの)

並んでいるのが、和式の具足類だった。拱廊の入口は、大階段室の円天井の

(したにあるえんろうにひらかれていて、そのつきあたりには、あたらしいろうかがみえた。いりぐちの)

下にある円廊に開かれていて、その突当りには、新しい廊下が見えた。入口の

(さゆうにあるろくべんけいのかべとうをみやりながら、のりみずがそでろうかのなかにはいろうとしたとき、)

左右にある六弁形の壁燈を見やりながら、法水が拱廊の中に入ろうとした時、

(なにをみたのかぎょっとしたようにたちどまった。ここにもある といって、ひだりがわの)

何を見たのか愕然としたように立ち止った。「ここにもある」と云って、左側の

(すえぐそく よろいびつのうえにすえたもの のいちれつのうちで、いちばんてまえにあるものを)

据具足(鎧櫃の上に据えたもの)の一列のうちで、一番手前にあるものを

(ゆびさしした。そのくろげさんまいしかつのだちのかぶとをいただいたひおどししころのよろいに、なんのふしぎが)

指差した。その黒毛三枚鹿角立の兜を頂いた緋縅錣の鎧に、何の奇異が

(あるのであろうか。けんじはなかばあきれがおにはんもんした。かぶとがとりかえられて)

あるのであろうか。検事はなかば呆れ顔に反問した。「兜が取り換えられて

(いるんだ とのりみずはじむてきなくちょうで、むこうがわにあるのはぜんぶ)

いるんだ」と法水は事務的な口調で、「向う側にあるのは全部

(つりぐそく ちゅうづりにしたもの だが、にばんめのなめしがわどうのやすきよろいにのっているのは、)

吊具足(宙吊りにしたもの)だが、二番目の鞣革胴の安鎧に載っているのは、

(しころをみればわかるだろう。あれは、いちのたかいわかむしゃがかぶるししがみだいほしまえでてわきほそぐわ)

錣を見れば判るだろう。あれは、位置の高い若武者が冠る獅子噛台星前立脇細鍬

(というかぶとなんだ。また、こっちのほうは、くろげのしかづのだちというもうあくなものが、)

という兜なんだ。また、こっちの方は、黒毛の鹿角立という猛悪なものが、

(ゆうがなひおどしのうえにのっている。ねえはぜくらくん、すべてふちょうわなものには、よこしまな)

優雅な緋縅の上に載っている。ねえ支倉君、すべて不調和なものには、邪まな

(いしがひそんでいるとかいうぜ といってからばとらーにこのことをたしかめると、)

意志が潜んでいるとか云うぜ」と云ってから召使にこの事を確かめると、

(さすがにきょうたんのいろをうかべて、はい、さようでございます。ゆうべまではおっしゃった)

さすがに驚嘆の色を泛べて、「ハイ、さようでございます。昨夕までは仰言った

(とおりでございましたが とちゅうちょせずにこたえた。それから、さゆうにいくつとなく)

とおりでございましたが」と躊躇せずに答えた。それから、左右に幾つとなく

(ならんでいるぐそくのあいだをとおりぬけて、むこうのろうかにでると、そこはふくろろうかの)

並んでいる具足の間を通り抜けて、向うの廊下に出ると、そこは袋廊下の

(いきづまりになっていて、ひだりは、ほんかんのよこてにあるせんかいかいだんのてらすにでるとびら。)

行き詰りになっていて、左は、本館の横手にある旋廻階段のテラスに出る扉。

(みぎへかぞえていつつめがげんばのへやだった。ぶあつなとびらのりょうめんには、こせつなやせいてきな)

右へ数えて五つ目が現場の室だった。部厚な扉の両面には、古拙な野生的な

(こうずで、いえすがせむしをいやしているせいががうきぼりになっていた。そのひとえのおくに、)

構図で、耶蘇が佝僂を癒やしている聖画が浮彫になっていた。その一重の奥に、

(ぐれーて・だんねべるぐがしたいとなってよこたわっているのだった。)

グレーテ・ダンネベルグが死体となって横たわっているのだった。

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