黒死館事件20
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問題文
(もちろんくがしずこははくしきむひさ。しかし、あれはいんでっくすみたいなおんななんだ。)
「勿論久我鎮子は博識無比さ。しかし、あれは索引みたいな女なんだ。
(きおくのかたまりがしょうぎばんのかくみたいに、せいかくなはいれつをしているにすぎない。そうだ、)
記憶の凝りが将棋盤の格みたいに、正確な配列をしているにすぎない。そうだ、
(まさにせいかくむるいだよ。だから、どくそうもはってんせいもくそもない。だいいち、ああいうぶんがくに)
まさに正確無類だよ。だから、独創も発展性も糞もない。第一、ああいう文学に
(かんかくをもてないおんなに、どうして、ひぼんなはんざいをけいかくするようなくうそうりょくが)
感覚を持てない女に、どうして、非凡な犯罪を計画するような空想力が
(うまれよう いったい、ぶんがくがこのさつじんじけんとどんなかんけいがあるかね?と)
生れよう」「いったい、文学がこの殺人事件とどんな関係があるかね?」と
(けんじがききとがめた。それが、あのうんでぃぬす・じっひ・ヴぃんでん さ とのりみずは、はじめて)
検事が聴き咎めた。「それが、あの水精よ蜿くれ――さ」と法水は、初めて
(もんだいのいっくをせんめいするたいどにでた。あのいっくは、げーての)
問題の一句を闡明する態度に出た。「あの一句は、ゲーテの
(ふぁうすと のなかで、むくいぬにばけためふぃすとのまりょくをやぶろうと、)
『ファウスト』の中で、尨犬に化けたメフィストの魔力を破ろうと、
(あのぜんのうはかせがとなえるじゅもんのなかにある、もちろんそのじだいをふうびした)
あの全能博士が唱える呪文の中にある、勿論その時代を風靡した
(かるであごぼうせいじゅつのいちぶんで、ざらまんだー・うんでぃね・じるふぇ・こぼるとのしようによびかけて)
加勒底亜五芒星術の一文で、火精・水精・風精・地精の四妖に呼び掛けて
(いるんだ。ところで、それをしずこがわからないのをふしんにおもわないかい。)
いるんだ。ところで、それを鎮子が分らないのを不審に思わないかい。
(だいたいこういったこふうないえで、しょかにかならずすがたをあらわすものといえば、)
だいたいこういった古風な家で、書架に必ず姿を現わすものと云えば、
(まずしべんがくでヴぉるてーる、ぶんがくではげーてだ。ところが、そういった)
まず思弁学でヴォルテール、文学ではゲーテだ。ところが、そういった
(こてんぶんがくが、あのおんなにはささいなかんきょうもおこさないんだ。それからもうひとつ、)
古典文学が、あの女には些細な感興も起さないんだ。それからもう一つ、
(あのいっくにはうすきみわるいいしひょうじがふくまれているのだよ それは・・・・・・)
あの一句には薄気味悪い意思表示が含まれているのだよ」「それは……」
(だいいちに、れんぞくさつじんのあんじなんだ。はんにんは、すでにかっちゅうむしゃのいちをかえて、)
「第一に、連続殺人の暗示なんだ。犯人は、すでに甲冑武者の位置を変えて、
(それでさつじんをせんげんしているが、このほうはもっとぐたいてきだ。ころされるにんげんのかずと)
それで殺人を宣言しているが、この方はもっと具体的だ。殺される人間の数と
(そのほうほうがあきらかにかたられている。ところで、ふぁうすとのじゅもんにあらわれる)
その方法が明らかに語られている。ところで、ファウストの呪文に現われる
(ようせいのかずがわかると、それがぐいとむねをつきあげてくるだろう。なぜなら、)
妖精の数が判ると、それがグイと胸を衝き上げてくるだろう。何故なら、
(はたたろうをはじめよにんのがいじんのなかで、そのひとりがはんにんだとしたら、ころすかずの)
旗太郎をはじめ四人の外人の中で、その一人が犯人だとしたら、殺す数の
(さいだいげんは、とうぜんよにんでなければなるまい。それから、これがさつじんほうほうとかんれんして)
最大限は、当然四人でなければなるまい。それから、これが殺人方法と関聯して
(いるというのは、さいしょにうんでぃねをていじしているからだよ。よもやきみは、にんぎょうの)
いると云うのは、最初に水精を提示しているからだよ。よもや君は、人形の
(あしがたをつくってしきもののしたからあらわれた、あのいようなみずのあとをわすれやしまいね)
足型を作って敷物の下から現われた、あの異様な水の跡を忘れやしまいね」
(だが、はんにんがどいつごをしっているけんないにあるのは、たしかだろう。それに)
「だが、犯人が独逸語を知っている圏内にあるのは、確かだろう。それに
(このいっくはたいしてふぃろろじっくなものじゃない とけんじがいうのを、)
この一句はたいして文献学的なものじゃない」と検事が云うのを、
(じょうだんじゃない。おんがくはどいつのびじゅつなり というぜ。このやかたでは、)
「冗談じゃない。音楽は独逸の美術なり――と云うぜ。この館では、
(あののぶこというおんなさえ、はーぷをひくそうなんだ とのりみずは、さもおどろいたような)
あの伸子という女さえ、竪琴を弾くそうなんだ」と法水は、さも驚いたような
(ひょうじょうをして、それに、ふかかいきわまるせいべつのてんかんもあるのだから、けっきょく)
表情をして、「それに、不可解きわまる性別の転換もあるのだから、結局
(げんごがくのぞうしょいがいには、あのじゅもんをさいだんするものはないとおもうのだよ くましろは)
言語学の蔵書以外には、あの呪文を裁断するものはないと思うのだよ」熊城は
(くんだうでをだらりとといて、かれににげないたんせいをはっした。ああ、なにからなにまで)
組んだ腕をダラリと解いて、彼に似げない嘆声を発した。「ああ、何から何まで
(ちょうしょうてきじゃないか そうだ、いかにもはんにんはぼくらのそうぞうをちょうぜつしている。)
嘲笑的じゃないか」「そうだ、いかにも犯人は僕等の想像を超絶している。
(まさにつぁらつすとらてきなちょうじんなんだ。このふしぎなじけんを、これまでのような)
まさにツァラツストラ的な超人なんだ。この不思議な事件を、従来のような
(ひるべるといぜんのろんりがくでとけるものじゃない。そのいちれいがあのみずのあとなんだが)
ヒルベルト以前の論理学で説けるものじゃない。その一例があの水の跡なんだが
(それをちんぷなざんよほうでかいしゃくすると、みずがにんぎょうのたいないにあるはつおんそうちを)
それを陳腐な残余法で解釈すると、水が人形の体内にある発音装置を
(むこうにした というけつろんになる。けれども、じじつはけっしてそうじゃ)
無効にした――という結論になる。けれども、事実はけっしてそうじゃ
(ないんだ。まして、ぜんたいがすこぶるたげんてきにこうせいされている 。なにもてがかりは)
ないんだ。まして、全体がすこぶる多元的に構成されている――。何も手掛りは
(ない。あいまいもうろうとしたなかにうすきみわるいなぞがうじゃうじゃとじゅうまんしている。)
ない。曖昧朦朧とした中に薄気味悪い謎がウジャウジャと充満している。
(それに、しにんがうずもれているちていのせかいからも、たえずかみつぶてのようなものが、)
それに、死人が埋もれている地底の世界からも、絶えず紙礫のようなものが、
(ひゅーひゅーとぶつかってくるんだ。しかし、そのなかに、よっつのようそがふくまれて)
ヒューヒューと打衝って来るんだ。しかし、その中に、四つの要素が含まれて
(いることだけはわかるんだ。ひとつは、もくしずにあらわれているしぜんかいの)
いることだけは判るんだ。一つは、黙示図に現われている自然界の
(うすきみわるいすがたで、そのつぎは、いまだにしられていないはんようをちゅうしんとする、)
薄気味悪い姿で、その次は、未だに知られていない半葉を中心とする、
(ししゃのせかいなんだ。それからみっつめが、きおうのさんどにわたるへんしじけん。)
死者の世界なんだ。それから三つ目が、既往の三度にわたる変死事件。
(そしてさいごが、ふぁうすとのじゅもんをじくにはってんしようとする、はんにんの)
そして最後が、ファウストの呪文を軸に発展しようとする、犯人の
(げんじつこうどうなんだよ と、そこでしばらくことばをきっていたが、やがてのりみずの)
現実行動なんだよ」と、そこでしばらく言を切っていたが、やがて法水の
(くらいちょうしにあかるいいろがさして、そうだはぜくらくん、きみにこのじけんのおぼえがきをつくって)
暗い調子に明るい色が差して、「そうだ支倉君、君にこの事件の覚書を作って
(もらいたいのだが。だいたいぐりーんさつじんじけんがそうじゃないか。)
もらいたいのだが。だいたいグリーン殺人事件がそうじゃないか。
(おわりごろになってヴぁんすがおぼえがきをつくると、さしものなんじけんが、それとどうじに)
終り頃になってヴァンスが覚書を作ると、さしもの難事件が、それと同時に
(きせきてきなかいけつをとげてしまっている。しかし、あれはけっして、さくしゃの)
奇蹟的な解決を遂げてしまっている。しかし、あれはけっして、作者の
(きゅうさくじゃない。ヴぁん・だいんは、いかにふぁくたーをけっていすることが、せつじつな)
窮策じゃない。ヴァン・ダインは、いかに因数を決定することが、切実な
(もんだいであるかをおしえているんだ。だからさ。なによりさしあたってのきゅうむというのが)
問題であるかを教えているんだ。だからさ。何より差し当っての急務というのが
(それだ。ふぁくたーだ さしずめそのいくつかを、このもやもやしたぎもんのなかから)
それだ。因数だ――さしずめその幾つかを、このモヤモヤした疑問の中から
(てきしゅつするにあるんだよ それからけんじがおぼえがきをつくっているあいだに、のりみずは)
摘出するにあるんだよ」それから検事が覚書を作っている間に、法水は
(じゅうごふんばかりへやをでていたが、まもなく、ひとりのしふくとぜんごしてもどってきた。)
十五分ばかり室を出ていたが、間もなく、一人の私服と前後して戻って来た。
(そのけいじは、かんないのすみずみまでもそうさくしたにかかわらず、えきすけのはっけんがついに)
その刑事は、館内の隅々までも捜索したにかかわらず、易介の発見がついに
(とろうにきしたというむねをほうこくした。のりみずはまゆのあたりをびりびりうごかしながら、)
徒労に帰したという旨を報告した。法水は眉のあたりをビリビリ動かしながら、
(では、こだいどけいしつとそでろうかをしらべたかね ところが、あすこは としふくはくびを)
「では、古代時計室と拱廊を調べたかね」「ところが、彼処は」と私服は頸を
(ふって、さくやのはちじに、しつじがかぎをおろしたままなんですから。しかし、)
振って、「昨夜の八時に、執事が鍵を下したままなんですから。しかし、
(そのかぎはふんしつしておりません。それからそでろうかでは、えんろうのほうのとびらが、)
その鍵は紛失しておりません。それから拱廊では、円廊の方の扉が、
(ひだりがわいちまいひらいているだけのことでした ふむそうか といったんのりみずは)
左側一枚開いているだけのことでした」「フムそうか」といったん法水は
(うなずいたが、ではもううちきってもらおう。けっしてこのたてものからそとへは)
頷いたが、「ではもう打ち切ってもらおう。けっしてこの建物から外へは
(でてやしないのだから といようにむじゅんした、にようのかんさつをしているかのような、)
出てやしないのだから」と異様に矛盾した、二様の観察をしているかのような、
(こうふんをもらすと、くましろはおどろいて、じょうだんじゃない。きみはこのじけんに)
口吻を洩らすと、熊城は驚いて、「冗談じゃない。君はこの事件に
(けばけばしいそうていをしたいんだろうが、なんといっても、えきすけのくちいがいにかいとうが)
けばけばしい装幀をしたいんだろうが、なんといっても、易介の口以外に解答が
(あるもんか といまにもかんがいからもたらせられるらしい、こびとのせむしのはっけんを)
あるもんか」と今にも館外からもたらせられるらしい、侏儒の傴僂の発見を
(きたいするのだった。こうして、ついにえきすけのしっそうは、くましろのおもうつぼどおりに)
期待するのだった。こうして、ついに易介の失踪は、熊城の思う壺どおりに
(かくていされてしまったが、つづいてのりみずは、もんだいのがらすのはへんがあるというあたりの)
確定されてしまったが、続いて法水は、問題の硝子の破片があるという附近の
(ちょうさと、さらにつぎのかんもんしゃとして、しつじのたごうしんさいをよぶようにめいじた。)
調査と、さらに次の喚問者として、執事の田郷真斎を呼ぶように命じた。