黒死館事件25

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小栗虫太郎の作品です。
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1 ぷぷ 6125 A++ 6.2 97.9% 853.1 5340 114 77 2024/04/24

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問題文

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(じょうだんじゃないよ、きみのほうでしたくせに。さっきぼくにたずねた)

「冗談じゃないよ、君の方でしたくせに。先刻僕に訊ねた

(いち・に・ご のしつもんをわすれたのかい。それに、)

(一)・(二)・(五)の質問を忘れたのかい。それに、

(あのりしゅりゅうみたいなじっけんしゃは、ふじょうやくにんどもにこくしかんのしんぞうを)

あのリシュリュウみたいな実権者は、不浄役人どもに黒死館の心臓を

(うかがわせまいとしている。だからさ、あのおとこがちんせいちゅうしゃからさめたときが、)

窺わせまいとしている。だからさ、あの男が鎮静注射から醒めた時が、

(ことによるとこのじけんのかいけつかもしれないのだよ のりみずはあいかわらずぼうばくたるものを)

事によるとこの事件の解決かもしれないのだよ」法水は相変らず茫漠たるものを

(ほのめかしただけで、それからかぎあなにゆをそそぎこみ、じっけんのじゅんびをしてから、)

仄めかしただけで、それから鍵孔に湯を注ぎ込み、実験の準備をしてから、

(えんそうだいのあるかいかのれいはいどうにおもむいた。さろんをよこぎると、がくのおとはじゅうじかと)

演奏台のある階下の礼拝堂に赴いた。広間を横切ると、楽の音は十字架と

(たてがたのうきぼりのついただいとびらのかなたにせまっていた。とびらのまえにはひとりのばとらーが)

楯形の浮彫のついた大扉の彼方に迫っていた。扉の前には一人の召使が

(たっていて、のりみずがそのとびらをほそめにひらくと、ひやりとした、だがひろいくうかんを)

立っていて、法水がその扉を細目に開くと、冷やりとした、だが広い空間を

(わびしげにゆれている、かんかつなくうきにふれた。それは、じゅうりょうてきなそうごんなもののみが)

佗しげに揺れている、寛闊な空気に触れた。それは、重量的な荘厳なもののみが

(もつ、ふしぎなみりょくだった。れいはいどうのなかには、あかいじょうきのびりゅうがいっぱいに)

持つ、不思議な魅力だった。礼拝堂の中には、褐い蒸気の微粒がいっぱいに

(たちこめていて、そのもやのようなくらさのなかで、よわいへいおんなこうせんが、)

立ち罩めていて、その靄のような暗さの中で、弱い平穏な光線が、

(どこかにぶいゆめのようなかたちでただようている。そのひかりはせいだんのろうそくから)

どこか鈍い夢のような形で漂うている。その光は聖壇の蝋燭から

(きているのであって、さんりょうけいをしただいしょくだいのまえにはにゅうこうがたかれ、そのけむりと)

来ているのであって、三稜形をした大燭台の前には乳香が燻かれ、その烟と

(ひかりとは、かせんのようにりんりつしているしょうえんちゅうをへのぼっていって、ずじょうはるかおうぎがたに)

光とは、火箭のように林立している小円柱を沿上って行って、頭上はるか扇形に

(しゅうそくされているきゅうりゅうのへんにまでたっしていた。がくのおとははしらからはしらへと)

集束されている穹窿の辺にまで達していた。楽の音は柱から柱へと

(はんしゃしていって、いようなわせいをわきおこし、いまにも、あるかーどからこんじきさんぜんたる)

反射していって、異様な和声を湧き起し、今にも、列拱から金色燦然たる

(せいふくをつけた、しきょうじょさいのいちぐんがあらわれでるようなきがするのであった。)

聖服をつけた、司教助祭の一群が現われ出るような気がするのであった。

(が、のりみずにとってはこのくうきが、もんざいてきなぶきみなものとしか)

が、法水にとってはこの空気が、問罪的な不気味なものとしか

(かんがえられなかった。せいだんのまえにははんえんけいのえんそうだいがしつらえてあって、そこに、)

考えられなかった。聖壇の前には半円形の演奏台が設えてあって、そこに、

など

(どみにくそうだんのくろとしろのふくそうをした、よにんのがくじんがむがこうこつのきょうにはいっていた。)

ドミニク僧団の黒と白の服装をした、四人の楽人が無我恍惚の境に入っていた。

(うたんの、ぶさいくなきょせきとしかみえないちぇりすと、おっとかーる・れヴぇずは、)

右端の、不細工な巨石としか見えないチェリスト、オットカール・レヴェズは、

(そこにはんげつがたのひげでもほしそうなふっくらふくらんだほおをしていて、たいくのわりあいには)

そこに半月形の髯でも欲しそうなフックラ膨んだ頬をしていて、体躯の割合には

(ちいさなひょうたんがたのあたまがのっていた。かれはいかにもらくてんからしく、おまけに、)

小さな瓢箪形の頭が載っていた。彼はいかにも楽天家らしく、おまけに、

(ちぇろがぎたーほどにしかみえない。そのじせきが、ヴぃおらそうしゃの)

チェロがギターほどにしか見えない。その次席が、ヴィオラ奏者の

(おりが・くりヴぉふふじんであって、まゆゆみがたかくまなじりがするどくきれ、ほそいかぎがたの)

オリガ・クリヴォフ夫人であって、眉弓が高く眦が鋭く切れ、細い鉤形の

(はなをしているところは、いかにもしゅんげんなそうぼうであった。きくところによれば、)

鼻をしているところは、いかにも峻厳な相貌であった。聞くところによれば、

(かのじょのぎりょうはかのだいどくそうしゃ、くるちすをもりょうがするといわれているが、)

彼女の技量はかの大独奏者、クルチスをも凌駕すると云われているが、

(それもあろうかえんそうちゅうのたいどにも、ごうがんなきはくとみょうにきざな、こちょうしたところが)

それもあろうか演奏中の態度にも、傲岸な気魄と妙に気障な、誇張したところが

(うかがわれた。ところが、つぎのがりばるだ・せれなふじんは、すべてがぜんしゃとたいせきてきな)

窺われた。ところが、次のガリバルダ・セレナ夫人は、すべてが前者と対蹠的な

(かんをなしていた。ひふがろういろにすきとおってみえて、それでなくても、かおのりんかくが)

観をなしていた。皮膚が蝋色に透き通って見えて、それでなくても、顔の輪廓が

(ちいさく、にゅうわなゆるいえんばかりで、こじんまりとつくられている。そして、)

小さく、柔和な緩い円ばかりで、小じんまりと作られている。そして、

(くろみがちのぱっちりしためにも、ぎょうしするようなするどさがない。)

黒味がちのパッチリした眼にも、凝視するような鋭さがない。

(そうじてこのふじんには、ゆううつなどこかに、けんじょうなせいかくがかくされているように)

総じてこの婦人には、憂鬱などこかに、謙譲な性格が隠されているように

(おもわれた。いじょうのさんにんは、としごろしじゅうし、ごとすいさつされた。そして、さいごに)

思われた。以上の三人は、年齢四十四、五と推察された。そして、最後に

(だいいちヴぁいおりんをひいているのが、やっとじゅうしちになったばかりのふりやぎはたたろうだった。)

第一提琴を弾いているのが、やっと十七になったばかりの降矢木旗太郎だった。

(のりみずは、にほんじゅうでいちばんうつくしいせいねんをみたようなきがした。が、そのうつくしさも)

法水は、日本中で一番美しい青年を見たような気がした。が、その美しさも

(いわゆるはいゆうてきなゆうだなびしょくであって、どのせんどのいんえいのなかにも、しさくてきな)

いわゆる俳優的な遊惰な媚色であって、どの線どの陰影の中にも、思索的な

(ふかみやすうがくてきなせいかくなものがあらわれでてはいない。というのも、)

深みや数学的な正確なものが現われ出てはいない。と云うのも、

(そういったえいちのひょうちょうをなすものがかけているからであって、はかせの)

そういった叡知の表徴をなすものが欠けているからであって、博士の

(しゃしんにおいてみるとおりの、あのたんせいなひたいのいげんがないからであった。)

写真において見るとおりの、あの端正な額の威厳がないからであった。

(のりみずは、とうていきくことはできぬとおもわれた、このしんぴがくだんのえんそうに)

法水は、とうてい聴くことは出来ぬと思われた、この神秘楽団の演奏に

(せっすることはできたけれども、かれはいたずらにとうすいのみはしていなかった。)

接することは出来たけれども、彼は徒らに陶酔のみはしていなかった。

(というのは、がっきょくのさいごのぶぶんになると、ふたつのヴぁいおりんがじゃくおんきをつけたのに)

と云うのは、楽曲の最後の部分になると、二つの提琴が弱音器を附けたのに

(きがついたことであって、それがために、ていおんのげんのみがたかくあっしたようにひびき)

気がついたことであって、それがために、低音の絃のみが高く圧したように響き

(そのかんじが、てんごくのえいこうにおわるそうごんなふぃなーれというよりも、むしろじごくから)

その感じが、天国の栄光に終る荘厳な終曲と云うよりも、むしろ地獄から

(ひびいてくる、きょうふとなげきのうめきとでもいいたいような、じつにいようなかんを)

響いてくる、恐怖と嘆きの呻きとでも云いたいような、実に異様な感を

(あたえたことである。しゅうしふにたっするまえに、のりみずはとびらをとじてそばのばとらーにたずねた。)

与えたことである。終止符に達する前に、法水は扉を閉じて側の召使に訊ねた。

(きみは、いつもこうしてりつばんしているのかね いいえ、きょうがはじめてで)

「君は、いつもこうして立番しているのかね」「いいえ、今日が初めてで

(ございます とばとらーじしんもげせぬらしいおももちだったが、そのげんいんはなんとなく)

ございます」と召使自身も解せぬらしい面持だったが、その原因は何となく

(わかったようなきがした。それから、さんにんがゆったりとあゆんでいくうち、のりみずが)

判ったような気がした。それから、三人がゆったりと歩んで行くうち、法水が

(くちをきって、まさにあのとびらが、じごくのもんなんだよ とつぶやいた。すると、)

口をきって、「まさにあの扉が、地獄の門なんだよ」と呟いた。「すると、

(そのじごくは、とびらのうちかそとかね とけんじがといかえすと、かれはおおきくこきゅうをしてから)

その地獄は、扉の内か外かね」と検事が問い返すと、彼は大きく呼吸をしてから

(すこぶるしばいがかったみぶるいでいった。それがそとなのさ。あのよにんは、たしかに)

すこぶる芝居がかった身振で云った。「それが外なのさ。あの四人は、確かに

(おびえきっているんだ。もしあれがしばいでさえなければ、ぼくのそうぞうと)

怯えきっているんだ。もしあれが芝居でさえなければ、僕の想像と

(ふごうするところがある れきえむのえんそうは、かいだんをのぼりきったときにおわった。)

符合するところがある」鎮魂楽の演奏は、階段を上りきった時に終った。

(そして、しばらくのあいだはなにもきこえなかったけれども、それからさんにんがくかくとびらを)

そして、しばらくの間は何も聞えなかったけれども、それから三人が区劃扉を

(ひらいて、げんばのへやのまえをとおる、ろうかのなかにでたときだった。ふたたびかりりよんが)

開いて、現場の室の前を通る、廊下の中に出た時だった。再び鐘鳴器が

(なりはじめて、こんどはらっさすのあんせむをかなではじめたのであった だびでのしへん)

鳴りはじめて、今度はラッサスの讃詠を奏ではじめたのであった(ダビデの詩篇

(だいきゅうじゅういっぺん 。)

第九十一篇)。

(よるはおどろくべきことあり)

夜はおどろくべきことあり

(ひるはとびきたるやあり)

昼はとびきたる矢あり

(くらきにはあゆむえやみあり)

幽暗にはあゆむ疫癘あり

(ひるにはそこなうはげしきやまいあり)

日午にはそこなう激しき疾あり

(されどなんじおそることあらじ)

されどなんじ畏ることあらじ

(のりみずはそれをこごえでくちずさみながら、あんせむとおなじそうれつのようなそくどであゆんでいたが)

法水はそれを小声で口誦みながら、讃詠と同じ葬列のような速度で歩んでいたが

(しかし、そのねいろはくりかえすいっせつごとにおとろえてゆき、それとともに、)

しかし、その音色は繰り返す一節ごとに衰えてゆき、それとともに、

(のりみずのかおにもゆうしょくがくわわっていった。そして、さんかいめのくりかえしのとき、)

法水の顔にも憂色が加わっていった。そして、三回目の繰り返しの時、

(くらきには のいっせつはほとんどきこえなかったが、つぎの、ひるには の)

幽暗には――の一節はほとんど聞えなかったが、次の、日午には――の

(いっせつにくると、ふしぎなことには、おなじねいろながらもばいおんがはっせられた。)

一節に来ると、不思議な事には、同じ音色ながらも倍音が発せられた。

(そうして、さいごのふしはついにきかれなかったのであった。なるほど、)

そうして、最後の節はついに聴かれなかったのであった。「なるほど、

(きみのじっけんがせいこうしたぜ とけんじはめをまるくしながら、かぎのおりたとびらをひらいたが、)

君の実験が成功したぜ」と検事は眼を円くしながら、鍵の下りた扉を開いたが、

(のりみずのみはしょうめんのかべにせをもたせたままで、あんぜんとちゅうをみつめている。が、やがて)

法水のみは正面の壁に背を凭せたままで、暗然と宙を瞶めている。が、やがて

(つぶやくようなかすかなこえでいった。はぜくらくん、そでろうかへいかなけりゃならんよ。)

呟くような微かな声で云った。「支倉君、拱廊へ行かなけりゃならんよ。

(あすこのつりぐそくのなかで、たしかえきすけがころされているんだ ふたりは、それをきいて)

彼処の吊具足の中で、たしか易介が殺されているんだ」二人は、それを聴いて

(おもわずとびあがってしまった。ああ、のりみずはいかにして、かりりよんのおとから)

思わず飛び上がってしまった。ああ、法水はいかにして、鐘鳴器の音から

(したいのしょざいをしったのであろうか。)

死体の所在を知ったのであろうか。

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