黒死館事件101

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小栗虫太郎の作品です。
句読点以外の記号は省いています。

関連タイピング

問題文

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(そこで、とりあえずすいっちのなかをしらべることになった。ところがそのけっかは)

そこで、とりあえず開閉器の内部を調べることになった。ところがその結果は

(よきにはんして、それにはでんしょうのけいせきがないばかりでなく、つまみをひねってでんりゅうを)

予期に反して、それには電障の形跡がないばかりでなく、把手を捻って電流を

(つうじても、だいしゃんでりやはいぜんやみのなかでもくしたままである。じつに、それがふんきゅうこんらんの)

通じても、大装飾灯は依然闇の中で黙したままである。実に、それが紛糾混乱の

(はじまりとなって、ついにもんだいはれいはいどうをはなれてしまった。のりみずも、めいんすいっちの)

始まりとなって、ついに問題は礼拝堂を離れてしまった。法水も、本開閉器の

(しょざいをつたこにただすまえに、なによりかれのそうだんをわびなければならなかった。)

所在を津多子に訊す前に、なにより彼の早断を詫びなければならなかった。

(つたこはきせいをおさめて、そっちょくにこたえた。そのへやは、れいはいどうからろうかひとえの)

津多子は気勢を収めて、率直に答えた。「その室は、礼拝堂から廊下一重の

(むこうにございまして、いぜんはもちゅありー・るーむ ちゅうせいきぞくのじょうかんで、とゆしきをおこなうまえに)

向うにございまして、以前は殯室(中世貴族の城館で、塗油式を行う前に

(したいをおくへや だったのでございます。しかし、げんざいではかいそうされておりまして)

屍体を置く室)だったのでございます。しかし、現在では改装されておりまして

(ざつぐをおくへやになっておりますが ところが、さろんをよこぎってろうかを)

雑具を置く室になっておりますが」ところが、広間を横切って廊下を

(あゆんでいくにつれて、すいりゅうのとどろきはいよいよちかくにせまってくる。そして、)

歩んで行くにつれて、水流の轟きはいよいよ近くに迫ってくる。そして、

(めざすもちゅありー・るーむのてまえまでくると、その くるしふぃくしょんに、)

目指す殯室の手前まで来ると、そのーー耶蘇大苦難に、

(せんとぱとりっくじゅうじかのついたどあのかなたから、おどろとおちこんでいるみずおとが)

聖パトリック十字架のついた扉の彼方から、おどろと落ち込んでいる水音が

(わきあがってきた。とどうじに、かれらのくつをかすかにおしやりながら、ひやりと)

湧き上ってきた。と同時に、彼等の靴を微かに押しやりながら、冷やりと

(ひもあなからはいこんできたものがあった。あっ、みずだ!とくましろは、おもわず)

紐穴から這い込んできたものがあった。「あっ、水だ!」と熊城は、思わず

(とんきょうなさけびごえをたてたが、とびのいたはずみによろめいて、かたてをひだりがわにある)

頓狂な叫び声を立てたが、跳び退いた機みに蹌踉いて、片手を左側にある

(せんしゅだいでささえねばならなかった。しかし、それでばんじがりょうぜんとなった。)

洗手台で支えねばならなかった。しかし、それで万事が瞭然となった。

(すなわち、どあむこうのかべに、みっつならんでいるせんしゅだいのせんをあけっぱなしにして、)

すなわち、扉向うの壁に、三つ並んでいる洗手台の栓を開け放しにして、

(そこからあふれてくるみずに、しぜんのけいしゃをたどらせたのだった。そして、とびらのしきいに)

そこから溢れてくる水に、自然の傾斜を辿らせたのだった。そして、扉の閾に

(あいている、しっくいのかけめからみちびいて、そのすいりゅうをもちゅありー・るーむのなかへ)

明いている、漆喰の欠目から導いて、その水流を殯室の中へ

(おちこませたにそういない。そこで、どあをひらくことになったが、それにはかぎが)

落ち込ませたに相違ない。そこで、扉を開くことになったが、それには鍵が

など

(おりていて、おせどつけども、みじろぎさえしないのである。くましろはおそろしいいきおいで)

下りていて、押せど突けども、微動さえしないのである。熊城は恐ろしい勢いで

(どあにからだをたたきつけたが、わずかにきのきしるおとがひびいたのみで、そのぜんしんが)

扉に身体を叩きつけたが、わずかに木の軋る音が響いたのみで、その全身が

(まりのようにはじきかえされた。すると、くましろは、からだをたてなおして、さながら)

鞠のように弾き返された。すると、熊城は、身体を立て直して、さながら

(くるったようなごきでさけんだ。おのだ!このとびらがろっびあだろうがひだりじんごろうの)

狂ったような語気で叫んだ。「斧だ!この扉がロッビアだろうが左甚五郎の

(てぼりだろうが、ぼくはぜがひでもたたきやぶるんだ そうしておのがとりよせられて)

手彫りだろうが、僕は是が非でも叩き破るんだ」そうして斧が取り寄せられて

(まずさいしょのいちげきが、のっぶのうえのあたり ぱねるをめがけてくわえられた。)

まず最初の一撃が、把手の上のあたりーー羽目を目がけて加えられた。

(もくへんがくだけとんで、きゅうしきのたんぶらーじょうそうちが、もくねじごとだらりとさがった。)

木片が砕け飛んで、旧式の槓杵錠装置が、木捻ごとダラリと下った。

(するといがいにも、そのくさびがたをしたやぶれめのすきから、もうもうたるおんせんのようなじょうきが)

すると意外にも、その楔形をした破れ目の隙から、濛々たる温泉のような蒸気が

(ほとばしりでたのだった。そのしゅんかん、いちどうはあほうのようなかおになって、)

迸り出たのだった。その瞬間、一同は阿呆のような顔になって、

(たちすくんでしまった。そのゆたきのかげに、たといいかなるひけいがかくされていようと)

立ち竦んでしまった。その湯滝の蔭に、たといいかなる秘計が隠されていようと

(それはこのばあいもんだいではない。また、げんそうをげんじつにしいようとするのが、)

それはこの場合問題ではない。また、幻想を現実に強いようとするのが、

(ふぁうすとはかせのざんぎゃくなかいかんであるかもしれないが、ともあれがんぜんのきかんには、)

ファウスト博士の残虐な快感であるかもしれないが、ともあれ眼前の奇観には、

(たましいのそこまでもとうすいせずにはおかない、ようじゅつてきなみりょくがあった。どあがひらかれると、)

魂の底までも陶酔せずには措かない、妖術的な魅力があった。扉が開かれると、

(なかはいちめんのしろいかべで、さながらがんきゅうをただらさんばかりのねっきである。しかし、)

内部は一面の白い壁で、さながら眼球を爛らさんばかりの熱気である。しかし、

(そのときくましろが、どあのそばにあるてんめつきをひねり、またそのしたのでんきすとーぶにめをとめて)

その時熊城が、扉の側にある点滅器を捻り、またその下の電気煖炉に眼を止めて

(ぷらぐをひきぬいたので、やがてもうきとこうおんがたいさんするにつれ、へやのぜんぼうが)

差込みを引き抜いたので、やがて濛気と高温が退散するにつれ、室の全貌が

(ようやくあきらかになった。つまりこのいっかくは、もちゅありー・るーむでいうところの)

ようやく明らかになった。つまりこの一劃は、殯室で云うところの

(いわゆるぜんしつにあたるもので、つきあたりのどあのおくが、かとりっくのぎげんで)

いわゆる前室に当るもので、突き当りの扉の奥が、公教の戯言で

(おどりばとよばれるなかべやになっていた。そして、すみにあいているはいすいこうから、)

霊舞室と呼ばれる中室になっていた。そして、隅に明いている排水孔から、

(おちこんだみずがながれでているのである。また、なかべやとのさかいには、そうしょくのない)

落ち込んだ水が流れ出ているのである。また、中室との境界には、装飾のない

(いかめしいいしどがひとつあって、かたわらのかべに、こしきのはたかざりのついたおおきなかぎが)

厳しい石扉が一つあって、側の壁に、古式の旗飾りのついた大きな鍵が

(ぶらさがっていた。そのどあにはかぎがおりてなく、いしどとくゆうのじなりのようなひびきを)

ぶら下っていた。その扉には鍵が下りてなく、石扉特有の地鳴りのような響を

(たててひらかれた。ところが、ふしぎなことには、ぜんしつがただれんばかりの)

立てて開かれた。ところが、不思議なことには、前室が爛れんばかりの

(こうおんにもかかわらず、いまやぜんぽうにひらかれてゆくやみのおくからは、)

高温にもかかわらず、今や前方に開かれてゆく闇の奥からは、

(まるであなぐらのようなくうきが、ひやりとふれてくるのだ。そして、どあがいっぱいに)

まるで穴窟のような空気が、冷やりと触れてくるのだ。そして、扉が一杯に

(ひらききられたとき、そのうすあかりのなかから、のりみずはじぶんのめに、)

開ききられたとき、その薄明りの中から、法水は自分の眼に、

(くらみまろばんばかりのげきどうをうけたのだった。ぱっとめをうってきたびゃくごうしょくの)

眩み転ばんばかりの激動をうけたのだった。パッと眼を打ってきた白毫色の

(かがやきがあって、おもわずかれは、ぜんぽうのゆかをみつめたままぼうだちになってしまった。)

耀きがあって、思わず彼は、前方の床を瞶めたまま棒立ちになってしまった。

(それはけっして、このそういんづくりとくゆうの、くらいちんうつなむーどが、かれにおよぼした)

それはけっして、この僧院造り特有の、暗い沈鬱な雰囲気が、彼に及ぼした

(ちからではなかったのだ。そこのゆかうえいちめんには、すうじゅうまんのしろみみずをはなったかと)

力ではなかったのだ。そこの床上一面には、数十万の白蚯蚓を放ったかと

(おもわれるような、ほそいみじかいきょくせんがむすうにのたうちこうさくしていて、)

思われるような、細い短い曲線が無数にのたうち交錯していて、

(それがつもりかさなったほこりのうえで、ちのはいいろをあっしていて、せいれつな)

それが積り重なった埃の上で、地の灰色を圧していて、清冽なーー

(しかしみようによっては、みょうにうすきみわるくねんえきてきにもおもわれるはっこうを)

しかし見ようによっては、妙に薄気味悪く粘液的にも思われる白光を

(はなっているのだった。 それは、みつめていると、しやにあたるぶぶんだけが、)

放っているのだった。ーーそれは、瞶めていると、視野に当る部分だけが、

(そうごんなぶれそんりーのようなかたちになって、ちゅうにうかびあがり、ぱっとめに)

荘厳な紋章模様のような形になって、宙に浮び上り、パッと眼に

(とびついてくるのだ。そのひかりは、さながらごっとしゃるく だいいちじゅうじぐんいぜんの)

飛びついてくるのだ。その光は、さながらゴットシャルク(第一十字軍以前の

(せんぱつたいをひきいたどいつのしゅうどうそう  のみた、せんとひえろにむすのまぼろしのようにおもわれる。)

先発隊を率いた独逸の修道僧)の見た、聖ヒエロニムスの幻のように思われる。

(しかも、そのむすうのせんじょうは、ほとんどへやぜんたいのゆかにわたっていて、もうきで)

しかも、その無数の線条は、ほとんど室全体の床にわたっていて、濛気で

(すいじんのうえにつくられたさいこうにはそういないけれども、ふしぎなことに、てんじょうやしゅういの)

堆塵の上に作られた細溝には相違ないけれども、不思議なことに、天井や周囲の

(へきめんには、それとおぼしいこんせきがのこされていない。そればかりでなく、さらにゆかを)

壁面には、それと思しい痕跡が残されていない。そればかりでなく、さらに床を

(よこあいからすかしてみると、まるでげっせかいのさんみゃくかさばくのさきゅうとしか)

横合から透かしてみると、まるで月世界の山脈か沙漠の砂丘としか

(おもわれぬようなきふくが、そこにもまたむすうとつづいているのだった。それらは、)

思われぬような起伏が、そこにもまた無数と続いているのだった。それ等は、

(いかなるめいこうといえどもとうていおよびがたい、しぜんりょくのびみょうなさいこくに)

いかなる名工といえどもとうてい及び難い、自然力の微妙な細刻に

(そういないのである。そのへやはせっかいせきのつみいしでかこまれていて、かんくとしゅうどうを)

相違ないのである。その室は石灰石の積石で囲まれていて、艱苦と修道を

(おもわせるようなちんげんなくうきがみなぎっていた。つきあたりのいしどのおくがししつで、)

思わせるような沈厳な空気が漲っていた。突き当りの石扉の奥が屍室で、

(そのどあめんには、ゆうめいなせんとぱとりっくのひむ)

その扉面には、有名な聖パトリックの讃詩ーー

(あげいんすと・ぶらっくろうす・おヴ・ぜ・ひいずん・あんど・あげいんすと・)

「異教徒の凶律に対し、また女人・鍛工及び

(ぜ・すぺるす・おヴ・ういみん・すみすす・あんど・どるいす のぜんぶんがきざまれていた。しかし、ゆかうえには)

ドルイド呪僧の呪文に対して」ーーの全文が刻まれていた。しかし、床上には

(あしあとがなく、おそらくさんてつのそうぎのさいにも、こしきのさんしつぎは)

足跡がなく、恐らく算哲の葬儀の際にも、古式の殯室儀は

(おこなわれなかったものらしい。そうして、ぜんしつよりさきにはだれひとり)

行われなかったものらしい。そうして、前室より先には誰一人

(はいらなかったことがわかると、ぎだいのすべてはそこにつきてしまった。つまり、)

入らなかったことが判ると、疑題のすべてはそこに尽きてしまった。つまり、

(みずをせんしゅだいからみちびいて、かいだんをらっかさせたというもくてきは、きわめてすいさつに)

水を洗手台から導いて、階段を落下させたという目的は、きわめて推察に

(よういではあるが、つぎのすとーぶのてんかというてんになると、そのいとには)

容易ではあるが、次の煖炉の点火という点になると、その意図には

(かいもくけんとうがつかないのだった。もちろん、かべのすいっちばこはふたがあけはなされていて、)

皆目見当がつかないのだった。勿論、壁の開閉器函は蓋が明け放されていて、

(ないふのえがぐたりとしたをむいていた。けんじは、そのえをにぎってでんりゅうをつうじたが)

接触刃の柄がグタリと下を向いていた。検事は、その柄を握って電流を通じたが

(あしもとにひらいているはいすいこうをみやりながら、ちけんをのべた。)

足元に開いている排水孔を見やりながら、知見を述べた。

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