「悪魔の紋章」23 江戸川乱歩

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江戸川乱歩の小説「悪魔の紋章」のタイピングです。
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1 123 6267 S 6.4 97.1% 657.8 4248 125 61 2024/11/20

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問題文

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(そのじゅうじかのりょうがわには、ちょんまげにゆったふたりのおとこが、なわのたすきをかけて、)

その十字架の両側には、チョン髷に結った二人の男が、縄の襷をかけて、

(ながいやりをさゆうからおんなのりょうわきにつきつけている。そして、そのほさきが)

長い鎗を左右から女の両腋につきつけている。そして、その鋒鋩が

(おんなのりょうのちちのしたを、えぐっている。それはここにさいじょすることをはばかるほどの、)

女の両の乳の下を、抉っている。それはここに細叙することを憚るほどの、

(みるものはたちまちはきけをもよおすほどの、むざんなありさまであった。)

見るものはたちまち吐き気を催すほどの、無惨な有様であった。

(おんなのうつくしいかおは、こいあいいろであった。うらめしげにみひらいためは、まっかであった。)

女の美しい顔は、濃い藍色であった。恨めしげに見開いた目は、真赤であった。

(くちびるはどすぐろくみえた。まゆをしかめ、めをきつねのようにさかだて、くちをおおきくひらいて、)

唇はドス黒く見えた。眉をしかめ、目を狐のように逆立て、口を大きく開いて、

(わめいているぎょうそうのものすごさ。 しかも、ここにもいような)

わめいている形相の物凄さ。 しかも、ここにも異様な

(からくりじかけがあった。ふたりのおとこのてがうごいて、やりのほさきがぐいぐいと)

からくり仕掛けがあった。二人の男の手が動いて、鎗の鋒鋩がグイグイと

(そこをえぐった。すると、ああ、なんということだ。はりつけおんなは、ぞーっとはぎしりが)

そこを抉った。すると、アア、何ということだ。磔刑女は、ゾーッと歯ぎしりが

(でるような、きくもむざんなこえでさけぶのである。いちどきいたら、ひとつきもふたつきも)

出るような、聞くも無残な声で叫ぶのである。一度聞いたら、一月も二月も

(みみにのこるようなおそろしいこえで、わめくのである。まいくろふぉんと)

耳に残るような恐ろしい声で、わめくのである。マイクロフォンと

(らうど・すぴーかーを、なんとたくみにつかいこなしていることだろう。)

ラウド・スピーカーを、何と巧みに使いこなしていることだろう。

(おばけやゆうれいをこわがらなかったふたりも、さすがにこのいきにんぎょうにはむねがわるくなった。)

お化や幽霊を怖がらなかった二人も、流石にこの生人形には胸が悪くなった。

(おたがいのかおいろがあおくなっていることをみとめあった。 「せんせい、はやくとおりましょう。)

お互の顔色が青くなっていることを認め合った。 「先生、早く通りましょう。

(これではけんぶつがにげもどるはずですよ。なんてひどいみせものでしょう」)

これでは見物が逃げ戻る筈ですよ。なんてひどい見世物でしょう」

(「かんかつのけいさつのておちだね。こんなものをゆるすなんて。たぶんいつもの)

「管轄の警察の手落ちだね。こんなものを許すなんて。多分いつもの

(おばけたいかいぐらいにおもって、よくしらべなかったのじゃないかな」)

お化け大会ぐらいに思って、よく調べなかったのじゃないかな」

(それからのながいたけやぶのほそみちには、あるいはみぎにあるいはひだりに、だいしょうさまざまのあきちがあって、)

それからの長い竹藪の細道には、或は右に或は左に、大小様々の空地があって、

(そこにありとあらゆるむざんなもの、ちなまぐさいもの、ひとくちでいえば、)

そこにありとあらゆる無残なもの、血腥いもの、一口で云えば、

(かいぼうがくきょうしつのもっともおそろしいこうけいにるいするきょうふが、つぎからつぎへと、)

解剖学教室の最も恐ろしい光景に類する恐怖が、次から次へと、

など

(ほのぐらいしょうめいのなかに、どくどくしいいきにんぎょうのとりょうをひからせて、しんにせまって、)

ほの暗い証明の中に、毒々しい生人形の塗料を光らせて、真に迫って、

(ならんでいたのである。あるものはだんまつまのうめきをたて、じゅっぽんのゆびにくうをつかみ、)

並んでいたのである。或るものは断末魔のうめきを立て、十本の指に空を掴み、

(あるものはちしきのけいれんにふるえ、あのしのきょうふ、だいしゅじゅつのきょうふを、)

あるものは知死期の痙攣に震え、あの死の恐怖、大手術の恐怖を、

(まざまざとけんぶつのめのそこにやきつけようとしていたのである。)

まざまざと見物の目の底に焼きつけようとしていたのである。

(そのこうけいのことごとくをびょうしゃすることは、どくしゃのためにさけなければならない。)

その光景の悉くを描写する事は、読者の為めに避けなければならない。

(それらのうちの、もっともてがるないちれいをしるすだけでも、おそらくじゅうぶんすぎるであろう。)

それらの内の、最も手軽な一例を記すだけでも、恐らく十分すぎるであろう。

(そこにはややひろいあきちがあって、はいけいはくらくしげったしんりん、ひだりてにとんねるが)

そこにはやや広い空地があって、背景は暗く繁った森林、左手にトンネルが

(まもののようなまっくろなくちをひらき、そのなかからにほんのてつろがながれだしている。)

魔物のような真黒な口を開き、その中から二本の鉄路が流れ出している。

(れーるのどだいをのぞいて、いちめんのそうげん、いまきしゃがつうかしたばかりという)

レールの土台を除いて、一面の草原、今汽車が通過したばかりという

(こころもちである。 そのせんろとくさはらとのあちこちに、いまれきだんされたばかりの)

心持である。 その線路と草原とのあちこちに、今轢断されたばかりの

(わかいおんなのしたいが、ころがっている。むろんそれはひとつにれんぞくしたしたいではない。)

若い女の死体が、転がっている。無論それは一つに連続した死体ではない。

(むっつほどにわかれてころがっているしたいだ。 れーるも、あおいくさもちにそまっている。)

六つ程に分れて転がっている死体だ。 レールも、青い草も血に染まっている。

(それぞれのきりくちのおそろしさ。なにかしらしろいものをちゅうしんにしたまっかなわであった。)

夫々の切口の恐ろしさ。何かしら白いものを中心にした真赤な輪であった。

(きりはなされたくびだけが、けんぶつにもっともちかいくさのうえに、ちょこんと、)

切り離された首だけが、見物に最も近い草の上に、チョコンと、

(きりくちをつちにつけてたっていた。あいいろにあおざめているけれど、うつくしいかおだ。)

切口を土につけて立っていた。藍色に青ざめているけれど、美しい顔だ。

(きりのきにちょうこくをして、ごふんをぬり、とりょうをぬり、もうはつはいっぽんいっぽんうえつけ、)

桐の木に彫刻をして、胡粉を塗り、塗料を塗り、毛髪は一本一本植えつけ、

(ははほんとうのほうろうぎしをいれるという、このいきにんぎょうというものは、いつのよ、)

歯は本当の琺瑯義歯を入れるという、この生人形というものは、いつの世、

(なんびとがはつめいしたのであろう。かおのこじわのいっぽんまで、いけるがごときなまなましさ。)

何人が発明したのであろう。顔の小皺の一本まで、生けるが如き生々しさ。

(いきにんぎょうとはよくもなづけたものである。 れきししゃのくびは、うつくしいまゆをしかめ、)

生人形とはよくも名づけたものである。 轢死者の首は、美しい眉をしかめ、

(くちをくもんにゆがめて、じっとめをとじていた。ああ、なんというなまなましさ。)

口を苦悶にゆがめて、じっと目を閉じていた。アア、何という生々しさ。

(いまきしゃがつうかしたばかり、そして、れーるからころころところがってきて、)

今汽車が通過したばかり、そして、レールからコロコロと転がって来て、

(そこへすわったばかりというこころもちを、どんなめいがもおよばぬたくみさで)

そこへ据わったばかりという心持を、どんな名画も及ばぬ巧みさで

(えがきだしていた。まだはんどうがしずまらないで、なまくびはゆらゆらと)

描き出していた。まだ反動が鎮まらないで、生首はユラユラと

(ゆれているかとさえうたがわれた。 「せんせい、せんせい」)

揺れているかとさえ疑われた。 「先生、先生」

(こいけじょしゅがあおざめたかおで、かわいたくちびるで、つよくささやきながら、はかせのうでをとらえた。)

小池助手が青ざめた顔で、乾いた唇で、強く囁きながら、博士の腕を捉えた。

(「せんせい、ぼくのめがどうかしているんでしょうか。よくこのくびをみてください。)

「先生、僕の目がどうかしているんでしょうか。よくこの首を見て下さい。

(こんなにんぎょうってあるでしょうか。もしや・・・・・・」)

こんな人形ってあるでしょうか。若しや・・・・・・」

(あとはくちにだすのもおそろしいように、いいしぶった。 「たえこさんではないかと)

あとは口に出すのも恐ろしいように、云い渋った。 「妙子さんではないかと

(いうんだろう。ぼくもそれにちゅういしているんだが、すこしもにていないよ。)

いうんだろう。僕もそれに注意しているんだが、少しも似ていないよ。

(いきがおとしにがおとはそうごうがかわるものだといっても、こんなにちがうはずはないよ」)

生顔と死顔とは相好が変るものだと云っても、こんなに違う筈はないよ」

(「そういえば、そうですね。しかし、ぼくはなんだか、ほんとうのにんげんのくびのような)

「そういえば、そうですね。しかし、僕はなんだか、本当の人間の首のような

(きがして・・・・・・」 こいけじょしゅがそこまでささやいたときであった。)

気がして・・・・・・」 小池助手がそこまで囁いた時であった。

(まるで、そのことばをうらがきでもするように、いきにんぎょうのくびが、ぱっちりと)

まるで、その言葉を裏書きでもするように、生人形の首が、パッチリと

(めをみひらいたのである。すずしいくろめがちのめだ。そのくろめがみぎにひだりに)

目を見開いたのである。涼しい黒目勝の目だ。その黒目が右に左に

(きょろきょろとうごいた。 ふたりはぎょっとして、いっぽあとにさがった。)

キョロキョロと動いた。 二人はギョッとして、一歩あとにさがった。

(れいのからくりしかけにしては、すこしできすぎている。 ぼうぜんとたちすくんでいる)

例のからくり仕掛けにしては、少し出来すぎている。 呆然と立ちすくんでいる

(ふたりのまえで、なまくびのこうへんのしわがむくむくとうごいて、やがて、むらさきいろのくちびるがひらき、)

二人の前で、生首の口辺の皺がムクムクと動いて、やがて、紫色の唇が開き、

(しろいはがにっとあらわれた。そして、わらったのである。くさはらのうえのなまくびが)

白い歯がニッと現われた。そして、笑ったのである。草原の上の生首が

(こえをたてないでにやにやわらったのである。いっしゅんかん、さすがのほういがくしゃも、)

声を立てないでニヤニヤ笑ったのである。一瞬間、流石の法医学者も、

(ゆうかんなそのじょしゅも、どうきのはやまるのをどうすることもできなかった。)

勇敢なその助手も、動悸の早まるのをどうすることも出来なかった。

(かおはふたりともかみのようにあおざめていた。)

顔は二人とも紙のように青ざめていた。

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