山本周五郎 赤ひげ診療譚 狂女の話 12
順位 | 名前 | スコア | 称号 | 打鍵/秒 | 正誤率 | 時間(秒) | 打鍵数 | ミス | 問題 | 日付 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
1 | pechi | 6207 | A++ | 7.0 | 89.4% | 522.1 | 3672 | 431 | 66 | 2024/10/20 |
2 | zero | 6089 | A++ | 6.3 | 96.6% | 570.3 | 3596 | 123 | 66 | 2024/11/10 |
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問題文
(「それからむこのことがおこったんです」とおすぎはつづけた。)
「それから婿のことが起こったんです」とお杉は続けた。
(「ないしゅうげんのさかずきをかわし、)
「内祝言(ないしゅうげん)の盃(さかずき)を交わし、
(らいねんはむこいりをするときまっていたのに、あいてはそのやくそくをほごにして、)
来年は婿入りをするときまっていたのに、相手はその約束を反古にして、
(よそへむこにいってしまった、)
よそへ婿にいってしまった、
(はじめはわけがわからなかったけれど、まもなくうわさがみみにはいりました」)
初めはわけがわからなかったけれど、まもなく噂が耳にはいりました」
(はだんのりゆうはおゆみのせいぼにあった。)
破談の理由はおゆみの生母にあった。
(ははおやはきわだったびぼうと、げいごとのたっしゃなのとでひょうばんだったというが、)
母親は際立った美貌と、芸事の達者なのとで評判だったというが、
(おゆみをうんだよくとし、おとこができてしゅっぽんし、はこねでおとこにころされた。)
おゆみを産んだ翌年、男が出来て出奔し、箱根で男に殺された。
(しんじゅうするつもりで、おとこだけしにおくれたともいうし、)
心中するつもりで、男だけ死におくれたともいうし、
(そのおとことふうふになるはずだったのを、おゆみのちちとけっこんしたから、)
その男と夫婦になる筈だったのを、おゆみの父と結婚したから、
(そのうらみでころされたのだというはなしもあった。)
その怨みで殺されたのだという話もあった。
(ーーどちらがじじつであるかはもんだいではない、おゆみのこころをとらえたのは、)
ーーどちらが事実であるかは問題ではない、おゆみの心をとらえたのは、
(おとことおんなのひめごとがつみであるということ、)
男と女のひめごとが罪であるということ、
(それにはかならずしがともなうということであった。)
それには必ず死が伴うということであった。
(「ころされる、ころされる」とおすぎはいった、「いつもそのことがあたまにありました、)
「殺される、殺される」とお杉は云った、「いつもそのことが頭にありました、
(おんなはいつかおとことそうならなくてはならない、)
女はいつか男とそうならなくてはならない、
(けれどもじぶんがそうなったときにはころされてしまう、ははがころされたように、)
けれども自分がそうなったときには殺されてしまう、母が殺されたように、
(じぶんもきっところされるだろう、いつもそのかんがえがつきまとっていました」)
自分もきっと殺されるだろう、いつもその考えがつきまとっていました」
(のぼるはいっしゅのぞっとするかんじにおそわれた。おすぎのこえがかわっていたのである。)
登は一種のぞっとする感じにおそわれた。お杉の声が変っていたのである。
(すこしまえからみみについていて、そのときはっきりきづいたのだが、)
少しまえから耳についていて、そのときはっきり気づいたのだが、
(そのこえはもうしゃがれていないし、)
その声はもうしゃがれていないし、
(はなすちょうしもいつものおすぎのようではなかった。)
話す調子もいつものお杉のようではなかった。
(「これでおわかりでしょう」とおすぎではないこえがいった、)
「これでおわかりでしょう」とお杉ではない声が云った、
(「おとこにそういうことをされかかると、ああじぶんはころされるとおもう、)
「男にそういうことをされかかると、ああ自分は殺されると思う、
(じぶんがわるいのではない、じぶんはこんなことはのぞまないのに、)
自分が悪いのではない、自分はこんなことは望まないのに、
(それでもこういうことをされ、そうして、そのあとできっところされるのだ」)
それでもこういうことをされ、そうして、そのあとできっと殺されるのだ」
(のぼるはあたまがくらくらとなった。ーーおゆみだ。とおもったのである。)
登は頭がくらくらとなった。ーーおゆみだ。と思ったのである。
(かれはにぎっていたおんなのてをはなそうとしたが、てはうごかなかった。)
彼は握っていた女の手を放そうとしたが、手は動かなかった。
(おんなはすりよってきて、かたてをかれのくびへまきつけた。のぼるはさけんだ。)
女はすりよって来て、片手を彼の首へ巻きつけた。登は叫んだ。
(しかしこえはでなかったし、したがうごかなかった。)
しかし声は出なかったし、舌が動かなかった。
(ーーおすぎではない、これはおゆみだ。かれはかみのさかだつようなきょうふにおそわれた。)
ーーお杉ではない、これはおゆみだ。彼は髪の逆立つような恐怖におそわれた。
(おんなはのぼるをおさえつけた。)
女は登を押えつけた。
(かたてでくびをだき、ぴったりとむねをあわせ、くちでははなしをつづけながら、)
片手で首を抱き、ぴったりと胸を合わせ、口では話を続けながら、
(しだいにかれをあおむきにねかせ、そのうえへやわらかにのしかかった。)
しだいに彼を仰向きに寝かせ、その上へやわらかにのしかかった。
(「はじめてたなのものがねまへしのんできたとき」とかのじょはつづけていた、)
「初めて店の者が寝間へ忍んで来たとき」と彼女は続けていた、
(「あたしはおなじことをかんがえたのです、いよいよじぶんはころされるだろう、)
「あたしは同じことを考えたのです、いよいよ自分は殺されるだろう、
(こんどこそころされるだろうって、)
こんどこそ殺されるだろうって、
(ーーそれで、あたしはかんざしをとりました、)
ーーそれで、あたしは釵(かんざし)を取りました、
(ごらんなさい、このかんざしです」)
ごらんなさい、この釵です」
(かのじょはかたほうのてをみせた。そのてにひらうちのかんざしがひかるのをのぼるはみた。)
彼女は片方の手を見せた。その手に平打(ひらうち)の釵が光るのを登は見た。
(さかてにもったそのかんざしはぎんであろうか、)
逆手(さかて)に持ったその釵は銀であろうか、
(さきのするどくとがったにほんのあしは、くらがりのなかでにぶくひかってみえた。)
先のするどく尖った二本の足は、暗がりの中で鈍く光ってみえた。
(「あたしはだまってまっていました」とかのじょはささやいた。)
「あたしは黙って待っていました」と彼女はささやいた。
(ひめたえつらくによってでもいるような、あついこきゅうとひそめたこえが、)
秘めた悦楽に酔ってでもいるような、熱い呼吸とひそめた声が、
(のぼるのかおのすんぜんにちかよった、)
登の顔の寸前に近よった、
(「たなのものははいってきて、あたしのわきへよこになり、)
「店の者ははいって来て、あたしの脇へ横になり、
(てをのばしてあたしをこうだいたのです」かのじょはそのどうさをしながらつづけた、)
手を伸ばしてあたしをこう抱いたのです」彼女はその動作をしながら続けた、
(「こんなふうに、ーーあたしがかんざしでどうしたかわかりますか、)
「こんなふうに、ーーあたしが釵でどうしたかわかりますか、
(じぶんがころされるくらいならあいてもころしてやろうとおもったんです、)
自分が殺されるくらいなら相手も殺してやろうと思ったんです、
(わるいのはあたしだけではない、あたしはそんなことはのぞまなかったのだ、)
悪いのはあたしだけではない、あたしはそんなことは望まなかったのだ、
(もしもそれがつみなことなら、おとこだってしななければならない、)
もしもそれが罪なことなら、男だって死ななければならない、
(ーーそうおもったんです」)
ーーそう思ったんです」
(のぼるはおんなのかおにけいれんがおこり、ひょうじょうがゆがんで、)
登は女の顔に痙攣(けいれん)が起こり、表情が歪(ゆが)んで、
(くちびるのあいだからはのあらわれるのをみた。)
唇のあいだから歯のあらわれるのを見た。
(かれはおんなのからだをおしのけようとした、けれどもぜんしんがだつりょくし、)
彼は女のからだを押しのけようとした、けれども全身が脱力し、
(しびれたようになっていて、ゆびをうごかすことさえできないのをかんじた。)
痺れたようになっていて、指を動かすことさえできないのを感じた。
(もったかんざしを、しずかに、かれのひだりのみみのうしろへおしあてた。)
持った釵を、静かに、彼の左の耳のうしろへ押し当てた。
(「あたしこうしたのよ」とおんなはいった、「たなのものはなにもしらずに、)
「あたしこうしたのよ」と女は云った、「店の者はなにも知らずに、
(もっとてをのばしてきたわ、あたしがじゆうになるものとおもったのね、)
もっと手を伸ばしてきたわ、あたしが自由になるものと思ったのね、
(うわごとのようなことをいいながら、てにちからをいれはじめたわ、こんなふうに」)
うわ言のようなことを云いながら、手に力をいれはじめたわ、こんなふうに」
(かのじょはたなのものをころしたことを、そのままやってみせようとしているのだ。)
彼女は店の者を殺したことを、そのままやってみせようとしているのだ。
(のぼるはめがくらんだ。かのじょのこえがみみいっぱいにきこえた。)
登は眼がくらんだ。彼女の声が耳いっぱいに聞えた。
(かのじょはかちほこったようにさけんだ。)
彼女は勝ち誇ったように叫んだ。
(「そのときあたし、このかんざしをぐっとやったの、ちょうどここのところよ、)
「そのときあたし、この釵をぐっとやったの、ちょうどここのところよ、
(ここをちからまかせにぐっと、ちからまかせにーー」)
ここを力まかせにぐっと、力まかせにーー」
(のぼるはからだのどこかにはげしいしょうげきをかんじ、おんなのひめいをきき、そしてきをうしなった。)
登は躯のどこかに激しい衝撃を感じ、女の悲鳴を聞き、そして気を失った。