「悪魔の紋章」33 江戸川乱歩

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江戸川乱歩の小説「悪魔の紋章」のタイピングです。

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問題文

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(しかし、ふつういっぱんのあくにんをあいてなればこれでじゅうぶんですが、なにしろあいつは)

しかし、普通一般の悪人を相手なればこれで十分ですが、なにしろあいつは

(しんぺんじざいのまじゅつしですからね。まだまだしゅだんをほどこさなければなりません。)

神変自在の魔術師ですからね。まだまだ手段を施さなければなりません。

(こんどはへんそうです。このうんてんしゅはぼくのぶかもどうようのものですから、まずしんぱいは)

今度は変装です。この運転手は僕の部下も同様のものですから、先ず心配は

(ありません。このくるまのなかでへんそうをするのです。たんていというものは、はしっている)

ありません。この車の中で変装をするのです。探偵というものは、走っている

(じどうしゃのなかで、すがたをかえなければならないばあいがおうおうあるのですよ」)

自動車の中で、姿を変えなければならない場合が往々あるのですよ」

(はかせはこごえにせつめいしながら、あらかじめしゃないにおいてあったおおがたのすーつ・けーすを)

博士は小声に説明しながら、予め車内に置いてあった大型のスーツ・ケースを

(ひらいて、まずひげそりのどうぐをとりだした。 「こんどうさん、あなたのくちひげを)

開いて、先ず髭剃りの道具を取り出した。 「近藤さん、あなたの口髭を

(そりおとすのです。つまりかわでさんのおもかげをできるだけなくしてしまおうと)

剃り落すのです。つまり川手さんの面影を出来るだけなくしてしまおうと

(いうわけです。かまいませんか。ではしつれいして、おかおにてをあてますよ。さあ、)

いう訳です。構いませんか。では失礼して、お顔に手を当てますよ。サア、

(もっとこちらをむいてください」 かわでしははかせのよういしゅうとうなやりくちに、)

もっとこちらを向いて下さい」 川手氏は博士の用意周到なやり口に、

(かんにたえて、されるがままになっていた。あのおそろしいふくしゅうきのめを)

感に堪えて、されるがままになっていた。あの恐ろしい復讐鬼の目を

(のがれるためとあれば、くちひげをおとすくらい、なんのおしいことがあろう。)

逃れる為とあれば、口髭を落すくらい、何の惜しいことがあろう。

(くるまはあらかじめめいじられていたとみえて、じょこうしながら、こうじまちくないのやしきまちを)

車は予め命じられていたと見えて、徐行しながら、麹町区内の屋敷町を

(ぐるぐるとまわっていた。 さゆうとこうぶのまどのぶらいんどがおろしてあるので、)

グルグルと廻っていた。 左右と後部の窓のブラインドがおろしてあるので、

(つうこうしゃからしゃないをのぞかれるしんぱいはない。あんぜんしごくないどうみっしつである。)

通行者から車内を覗かれる心配はない。安全至極な移動密室である。

(はかせはちゅーぶからせっけんえきをしぼりだして、かわでしのはなのしたを)

博士はチューブから石鹸液を絞り出して、川手氏の鼻の下を

(あわだらけにしながら、てぎわよくかみそりをつかって、みるみるひげをそりおとしてしまい、)

泡だらけにしながら、手際よく剃刀を使って、見る見る髭を剃り落してしまい、

(そりあとにめんそれーたむをぬることさえわすれなかった。)

剃りあとにメンソレータムを塗ることさえ忘れなかった。

(「うふふふ・・・・・・、たいへんわかがえりましたよ。さあ、これでよし、)

「ウフフフ・・・・・・、大変若返りましたよ。サア、これでよし、

(こんどはぼくのばんです」 「えっ、あなたもそのひげをそるのですか。)

今度は僕の番です」 「エッ、あなたもその髭を剃るのですか。

など

(おしいじゃありませんか。きみまでなにもそんなことをしなくっても」)

惜しいじゃありませんか。君まで何もそんなことをしなくっても」

(かわでしはびっくりして、はかせのりっぱなさんかくけいのあごひげをみた。このとくちょうある)

川手氏はびっくりして、博士の立派な三角形の顎髯を見た。この特徴ある

(びぜんをなくしては、むなかたはかせのいげんにもかんするではないか。 「ところが、)

美髯をなくしては、宗像博士の威厳にも関するではないか。 「ところが、

(このひげはひとめでぼくということがわかりますからね。いくらへんそうをしても、)

この髯は一目で僕という事が分りますからね。いくら変装をしても、

(ひげがあっちゃなんにもなりません。 しかし、そりおとすのじゃありません。)

髯があっちゃ何にもなりません。 しかし、剃り落すのじゃありません。

(そらなくてもいいのです。これはぼくのとっておきのひみつですが、)

剃らなくてもいいのです。これは僕の取って置きの秘密ですが、

(このさいですから、あなたにだけあかしましょう。ごらんなさい、これです」)

この際ですから、あなたにだけ明しましょう。ごらんなさい、これです」

(いうかとみると、はかせはもみあげのところをゆびでつまんで、まるでかおのかわを)

云うかと見ると、博士は揉上げのところを指でつまんで、まるで顔の皮を

(はぎでもするように、いきなりめりめりとひきむしりはじめた。すると、)

剥ぎでもするように、いきなりメリメリと引きむしり始めた。すると、

(おどろくべし、あのりっぱなさんかくけいのびぜんが、みるみるかおをはなれていき、そのあとに)

驚くべし、あの立派な三角形の美髯が、見る見る顔を離れて行き、そのあとに

(なめらかなほおがあらわれた。つぎにはくちひげにつめをあてると、それもうつくしく)

滑かな頬が現われた。次には口髭に爪を当てると、それも美しく

(はがれてしまった。 「つけひげとはみえなかったでしょう。)

剥がれてしまった。 「つけ髯とは見えなかったでしょう。

(これをつくらせるのにはずいぶんくしんをしたものです。あるかつらしとぼくとの)

これを作らせるのには随分苦心をしたものです。ある鬘師と僕との

(がっさくなんですがね。ふつうにちゅうもんしたんでは、とてもこんなみごとなものは)

合作なんですがね。普通に註文したんでは、迚もこんな見事なものは

(できません。 このさんかくひげは、ぼくのいわばめいさいなのですよ。むぜんのたんていが)

出来ません。 この三角髯は、僕の謂わば迷彩なのですよ。無髯の探偵が

(つけひげでへんそうするということは、よくありますが、こんなひげむしゃのおとこが、)

つけ髯で変装するということは、よくありますが、こんな髯武者の男が、

(ぎゃくにむぜんのじんぶつにへんそうできるなんて、ちょっとかんがえおよばないでしょう。)

逆に無髯の人物に変装出来るなんて、ちょっと考え及ばないでしょう。

(ぼくはそこへめをつけて、さかてをもちいることにしたのです。すうねんまえから、わざと)

僕はそこへ目をつけて、逆手を用いることにしたのです。数年前から、態と

(めにつきやすいこんなひげをたくわえたとみせかけ、むなかたといえばすぐにさんかくひげを)

目につき易いこんな髯を貯えたと見せかけ、宗像といえばすぐに三角髯を

(れんそうするように、せけんのめをならしておいて、じつはそのぎゃくのこうかを)

聯想するように、世間の目を慣らして置いて、実はその逆の効果を

(ねらったわけです。ははは・・・・・・、たんていというものはいろいろひとしれぬ)

狙った訳です。ハハハ・・・・・・、探偵というものはいろいろ人知れぬ

(くろうをするものですよ」 かわでしはますますあっけにとられてしまった。)

苦労をするものですよ」 川手氏は益々あっけにとられてしまった。

(なるほどそのみちによっては、がいぶからそうぞうもできないくしんのあるものだと、)

なる程その道によっては、外部から想像も出来ない苦心のあるものだと、

(かんたんしないではいられなかった。 はかせはじゅうねんもわかがえったような、)

感嘆しないではいられなかった。 博士は十年も若返ったような、

(のっぺりとしたかおにびしょうをたたえながら、こんどはすーつ・けーすのなかから、)

のっぺりとした顔に微笑を湛えながら、今度はスーツ・ケースの中から、

(へんそうようのいふくをとりだして、ひざのまえにひろげた。 「こんどうさん、これがあなたの)

変装用の衣服を取り出して、膝の前に拡げた。 「近藤さん、これがあなたの

(ぶんです。ここできかえをしてください。あなたはしるしばんてんのしょくにんになるのですよ。)

分です。ここで着更えをして下さい。あなたは印半纏の職人になるのですよ。

(ぼくはそのおやぶんのうけおいしというわけです」 かわでしのぶんは、ふるいしるしばんてんに)

僕はその親分の請負師という訳です」 川手氏の分は、古い印半纏に

(こんのももひき、やぶれたそふとぼうまでそろっている。はかせのぶんは、ちゃいろのふるいせびろに、)

紺の股引、破れたソフト帽子まで揃っている。博士の分は、茶色の古い背広に、

(やすでなにっかーぼっかー、もよういりのながくつした、あみあげぐつ、そふとぼうなどで、)

廉手なニッカーボッカー、模様入りの長靴下、編上靴、ソフト帽などで、

(いかさまどかたのおやぶんといったふくそうである。 ふたりはくるまのなかで、きゅうくつなおもいを)

いかさま土方の親分といった服装である。 二人は車の中で、窮屈な思いを

(しながら、どうやらきかえをすませた。いままでみにつけていたきものやがいとうは、)

しながら、どうやら着更えを済ませた。今まで身につけていた着物や外套は、

(ひとつにまとめてすーつ・けーすのなかへおしこまれた。 「さあ、これでよし。)

一つに纏めてスーツ・ケースの中へおし込まれた。 「サア、これでよし。

(こんどうくん、これからくちのききかたもちっとらんぼうになるからね。わるくおもっちゃ)

近藤君、これから口の利き方もちっと乱暴になるからね。悪く思っちゃ

(いけないぜ」 おやぶんがいいわたすと、こぶんのかわでしは、きゅうにはこたえることばも)

いけないぜ」 親分が云い渡すと、子分の川手氏は、急には答える言葉も

(みつからぬようすで、やぶれそふとのしたから、めをぱちぱちさせるばかりであった。)

見つからぬ様子で、破れソフトの下から、目をパチパチさせるばかりであった。

(「もういいから、とうきょうえきへちょっこうしてくれたまえ」 はかせがさかいのがらすどを)

「もういいから、東京駅へ直行してくれ給え」 博士が境のガラス戸を

(あけて、うんてんしゅにこえをかけた。くるまはたちまちほうこうをかえて、やのようにはしりだす。)

開けて、運転手に声をかけた。車は忽ち方向を変えて、矢のように走り出す。

(やがて、えきにつくと、ふたりはめいめいのすーつ・けーすをさげて、くるまをおり、)

やがて、駅に着くと、二人は銘々のスーツ・ケースを下げて、車を降り、

(えんぽうへでかせぎにいくしょくにんといったていで、こうないへはいっていった。)

遠方へ出稼ぎに行く職人といった体で、構内へ入って行った。

(はかせはかわでしをまたせておいて、さんとうきっぷうりばのまどぐちにいき、)

博士は川手氏を待たせて置いて、三等切符売場の窓口に行き、

(ぬまづまでのきっぷをにまいかった。)

沼津までの切符を二枚買った。

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