「踊る一寸法師」2 江戸川乱歩
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問題文
(「おらぁ、さけはだめなんだよ」かおはあいかわらずわらっていたが、)
「おらぁ、酒は駄目なんだよ」顔は相変わらず笑っていたが、
(それはのどにひっかかったような、ひくいこえだった。)
それは咽喉にひっかかった様な、低い声だった。
(「そういわないで、まあいっぱいやんなよ」)
「そう云わないで、まあ一杯やんなよ」
(むらさきじゅすのさるまたは、のこのことあるいていって、いっすんぼうしのてをとった。)
紫繻子の猿又は、ノコノコと歩いて行って、一寸法師の手を取った。
(「さあ、こうしたら、もうにげしっこないぞ」)
「さあ、こうしたら、もう逃げしっこないぞ」
(かれは、そういって、ぐんぐんそのてをひっぱった。)
彼は、そう云って、グングンその手を引っぱった。
(たくみなどうけやくしゃにもにあわない、まめぞうのろくさんは、じゅうはちのむすめのように、)
巧みな道化役者にも似合わない、豆蔵の緑さんは、十八の娘の様に、
(しかしぶきみなきょうしゅうをしめして、そこのはしらにつかまったままうごこうともしない。)
併し不気味な矯羞を示して、そこの柱につかまったまま動こうともしない。
(「よせったら、よせったら」)
「止せったら、止せったら」
(それをむりにむらさきじゅすがひっぱるので、そのたびに、つかまっているはしらがしなって、)
それを無理に紫繻子が引張るので、その度に、つかまっている柱が撓って、
(てんとばりのこやぜんたいが、おおかぜのようにゆれ、あせちりんがすのつりらんぷが、)
テント張りの小屋全体が、大風の様にゆれ、アセチリン瓦斯の釣ランプが、
(ぶらんこのようにうごいた。わたしはなんとなくきみがわるかった。)
鞦韆の様に動いた。私は何となく君が悪かった。
(しつようにまるたのはしらにつかまっているいっすんぼうしと、それをまたいこじに)
執拗に丸太の柱につかまっている一寸法師と、それをまた依怙地に
(ひきはなそうとしているむらさきじゅす、そのこうけいにいっしゅぶきみなぜんちょうがかんじられた。)
引きはなそうとしている紫繻子、その光景に一種不気味な前兆が感じられた。
(「はなちゃん、まめぞうのことなぞどうだっていいから、さあ、ひとつおうたいよ。)
「花ちゃん、豆蔵のことなぞどうだっていいから、サア、一つお歌いよ。
(ねえ。おはやしさん」きがつくと、わたしのすぐがわで、はちじひげをはやして、)
ねえ。お囃子さん」気がつくと、私のすぐ側で、八字髭をはやして、
(そのくせみょうににやけたくちをきく、てじなつかいのおとこが、しきりとおはなにすすめていた。)
その癖妙ににやけた口を利く、手品使いの男が、しきりとお花に勧めていた。
(しんまいらしいおはやしのおばさんは、これもやっぱりよっぱらっていて、わいまるに)
新米らしいお囃子のおばさんは、これもやっぱり酔っぱらっていて、猥○に
(わらいながら、ちょうしをあわせた。「おはなさん、うたうといいわ。)
笑いながら、調子を合せた。「お花さん、歌うといいわ。
(さわぎましょうよ。こんばんはひとつ、おもいきりさわぎましょうよ」)
騒ぎましょうよ。今晩は一つ、思いきり騒ぎましょうよ」
(「よし、おれがさわぎどうぐをもってこよう」)
「よし、俺が騒ぎ道具を持って来よう」
(わかいかるわざしが、かれもにくじゅばんいちまいで、いきなりたちあがって、まだあらそっている)
若い軽業師が、彼も肉襦袢一枚で、いきなり立上って、まだ争っている
(いっすんぼうしとむらさきじゅすのそばをとおりこして、まるたをくみあわせてつくったにかいの)
一寸法師と紫繻子の側を通り越して、丸太を組合せて作った二階の
(がくやへはしっていった。そのがっきのくるのもまたないで、はちじひげてじなつかいは、)
楽屋へ走って行った。その楽器の来るのも待たないで、八字髭手品使いは、
(さかだるのふちをたたきながら、どうまごえをはりあげて、さんきょくまんざいをうたいだした。)
酒樽のふちを叩きながら、胴間声をはり上げて、三曲万歳を歌い出した。
(たまのりむすめのにさんがふざけたこえで、それにあわした。そういうばあい、いつもやりだまに)
玉乗娘の二三がふざけた声で、それに和した。そういう場合、いつも槍玉に
(あがるのはいっすんぼうしのろくさんだった。げひんなちょうしでかれをよみこんだまんざいぶしが、)
上るのは一寸法師の緑さんだった。下品な調子で彼を読込んだ万歳節が、
(つぎからつぎへとうたわれた。)
次から次へと歌われた。