「こころ」1-11 夏目漱石
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問題文
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(わたくしはふしぎにおもった。しかしわたくしはせんせいをけんきゅうするきで)
私は不思議に思った。しかし私は先生を研究する気で
(そのたくへでいりをするのではなかった。わたくしはただそのままにしてうちすぎた。)
その宅へ出入りをするのではなかった。私はただそのままにして打ち過ぎた。
(いまかんがえるとそのときのわたくしのたいどは、わたくしのせいかつのうちでむしろ)
今考えるとその時の私の態度は、私の生活のうちでむしろ
(たっとむべきもののひとつであった。)
尊むべきものの一つであった。
(わたくしはまったくそのためにせんせいとにんげんらしいあたたかいつきあいができたのだとおもう。)
私は全くそのために先生と人間らしい温かい交際ができたのだと思う。
(もしわたくしのこうきしんがいくぶんでもせんせいのこころにむかって、)
もし私の好奇心が幾分でも先生の心に向かって、
(けんきゅうてきにはたらきかけたなら、ふたりのあいだをつなぐどうじょうのいとは、)
研究的に働き掛けたなら、二人の間を繋ぐ同情の糸は、
(なんのようしゃもなくそのときふつりときれてしまったろう。)
何の容赦もなくその時ふつりと切れてしまったろう。
(わかいわたくしはまったくじぶんのたいどをじかくしていなかった。)
若い私は全く自分の態度を自覚していなかった。
(それだからたっといのかもしれないが、もしまちがえてうらへでたとしたら、)
それだから尊いのかも知れないが、もし間違えて裏へ出たとしたら、
(どんなけっかがふたりのなかにおちてきたろう。)
どんな結果が二人の仲に落ちて来たろう。
(わたくしはそうぞうしてもぞっとする。)
私は想像してもぞっとする。
(せんせいはそれでなくても、つめたいまなこでけんきゅうされるのをたえずおそれていたのである。)
先生はそれでなくても、冷たい眼で研究されるのを絶えず恐れていたのである。
(わたくしはつきににどもしくはさんどかならずせんせいのうちへいくようになった。)
私は月に二度もしくは三度必ず先生の宅へ行くようになった。
(わたくしのあしがだんだんしげくなったときのあるひ、せんせいはとつぜんわたくしにむかってきいた。)
私の足が段々繁くなった時のある日、先生は突然私に向かって聞いた。
(「あなたはなんでそうたびたびわたしのようなもののうちへやってくるのですか」)
「あなたは何でそうたびたび私のようなものの宅へやって来るのですか」
(「なんでといって、そんなとくべつないみはありません。)
「何でといって、そんな特別な意味はありません。
(ーーしかしおじゃまなんですか」)
ーーしかしお邪魔なんですか」
(「じゃまだとはいいません」)
「邪魔だとはいいません」
(なるほどめいわくというようすは、せんせいのどこにもみえなかった。)
なるほど迷惑という様子は、先生のどこにも見えなかった。
など
(わたくしはせんせいのつきあいのはんいのきわめてせまいことをしっていた。)
私は先生の交際の範囲の極めて狭い事を知っていた。
(せんせいのもとのどうきゅうせいなどで、そのころとうきょうにいるものは)
先生の元の同級生などで、その頃東京にいるものは
(ほとんどふたりかさんにんしかいないということもしっていた。)
ほとんど二人か三人しかいないという事も知っていた。
(せんせいとどうきょうのがくせいなどにはときたまざしきでどうざするばあいもあったが、)
先生と同郷の学生などには時たま座敷で同座する場合もあったが、
(かれらのいずれもはみんなわたくしほどせんせいにしたしみをもっていないように)
彼らのいずれもは皆な私ほど先生に親しみをもっていないように
(みうけられた。)
見受けられた。
(「わたしはさびしいにんげんです」とせんせいがいった。)
「私は淋しい人間です」と先生がいった。
(「だからあなたのきてくださることをよろこんでいます。)
「だからあなたの来て下さる事を喜んでいます。
(だからなぜそうたびたびくるのかといってきいたのです」)
だからなぜそうたびたび来るのかといって聞いたのです」
(「そりゃまたなぜです」)
「そりゃまたなぜです」
(わたくしがこうききかえしたとき、せんせいはなんともこたえなかった。)
私がこう聞き返した時、先生は何とも答えなかった。
(ただわたくしのかおをみて)
ただ私の顔を見て
(「あなたはいくつですか」といった。)
「あなたは幾歳ですか」といった。