「こころ」1-13 夏目漱石
順位 | 名前 | スコア | 称号 | 打鍵/秒 | 正誤率 | 時間(秒) | 打鍵数 | ミス | 問題 | 日付 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
1 | どんぐり | 5841 | A+ | 6.2 | 94.1% | 401.8 | 2502 | 155 | 49 | 2024/09/30 |
2 | ヌル | 5456 | B++ | 5.8 | 93.3% | 421.5 | 2476 | 176 | 49 | 2024/09/26 |
3 | mame | 5108 | B+ | 5.3 | 95.1% | 463.7 | 2496 | 127 | 49 | 2024/11/02 |
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問題文
(ふつうのにんげんとしてわたくしはおんなにたいしてれいたんではなかった。)
普通の人間として私は女に対して冷淡ではなかった。
(けれどもとしのわかいわたくしのいままでけいかしてきたきょうぐうからいって、)
けれども年の若い私の今まで経過してきた境遇からいって、
(わたしはほとんどこうさいらしいこうさいをおんなにむすんだことがなかった。)
私はほとんど交際らしい交際を女に結んだ事がなかった。
(それがげんいんかどうかはぎもんだが、わたくしのきょうみはおうらいでであう)
それが源因かどうかは疑問だが、私の興味は往来で出会う
(しりもしないおんなにむかっておおくはたらくだけであった。)
知りもしない女に向かって多く働くだけであった。
(せんせいのおくさんにはそのげんかんであったとき、うつくしいといういんしょうをうけた。)
先生の奥さんにはその玄関で会った時、美しいという印象を受けた。
(それからあうたんびにおなじいんしょうをうけないことはなかった。)
それから会うたんびに同じ印象を受けない事はなかった。
(しかしそれいがいにわたくしはこれといってとくにおくさんについて)
しかしそれ以外に私はこれといってとくに奥さんについて
(かたるべきなにものももたないようなきがした。)
語るべき何物ももたないような気がした。
(これはおくさんにとくしょくがないというよりも、)
これは奥さんに特色がないというよりも、
(とくしょくをしめすきかいがこなかったのだとかいしゃくするほうがせいとうかもしれない。)
特色を示す機会が来なかったのだと解釈する方が正当かも知れない。
(しかしわたくしはいつでもせんせいにふぞくしたいちぶのようなこころもちで)
しかし私はいつでも先生に付属した一部のような心持で
(おくさんにたいしていた。おくさんもじぶんのおっとのところへくるしょせいだからというこういで、)
奥さんに対していた。奥さんも自分の夫の所へ来る書生だからという好意で、
(わたくしをぐうしていたらしい。だからちゅうかんにたつせんせいをとりのければ、)
私を遇していたらしい。だから中間に立つ先生を取り除ければ、
(つまりふたりはばらばらになっていた。)
つまり二人はばらばらになっていた。
(それではじめてしりあいになったときのおくさんについては、)
それで始めて知り合いになった時の奥さんについては、
(ただうつくしいというほかになんのかんじものこっていない。)
ただ美しいという外に何の感じも残っていない。
(あるときわたくしはせんせいのうちでさけをのまされた。)
ある時私は先生の宅で酒を飲まされた。
(そのときおくさんがでてきてそばでしゃくをしてくれた。)
その時奥さんが出て来て傍で酌をしてくれた。
(せんせいはいつもよりゆかいそうにみえた。)
先生はいつもより愉快そうに見えた。
(おくさんに「おまえもひとつおあがり」といって、)
奥さんに「お前も一つお上がり」といって、
(じぶんののみほしたさかずきをさした。)
自分の飲み干した盃を差した。
(おくさんは「わたしは・・・」とじたいしかけたあと、めいわくそうにそれをうけとった。)
奥さんは「私は…」と辞退しかけた後、迷惑そうにそれを受け取った。
(おくさんはきれいなまゆをよせて、わたくしのはんぶんばかりそそいであげたさかずきを、)
奥さんは綺麗な眉を寄せて、私の半分ばかり注いで上げた盃を、
(くちびるのさきへもっていった。おくさんとせんせいのあいだにしものようなかいわがはじまった。)
唇の先へ持って行った。奥さんと先生の間に下のような会話が始まった。
(「めずらしいこと。わたしにのめとおっしゃったことはめったにないのにね」)
「珍しい事。私に呑めとおっしゃった事は滅多にないのにね」
(「おまえはきらいだからさ。しかしたまにはのむといいよ。いいこころもちになるよ」)
「お前は嫌いだからさ。しかし稀には飲むといいよ。好い心持になるよ」
(「ちっともならないわ。くるしいぎりで。でもあなたはたいへんごゆかいそうね、)
「ちっともならないわ。苦しいぎりで。でもあなたは大変ご愉快そうね、
(すこしごしゅをめしあがると」)
少しご酒を召し上がると」
(「ときによるとたいへんゆかいになる。しかしいつでもというわけにはいかない」)
「時によると大変愉快になる。しかしいつでもというわけにはいかない」
(「こんやはいかがです」)
「今夜はいかがです」
(「こんやはいいこころもちだね」)
「今夜は好い心持だね」
(「これからまいばんすこしずつめしあがるとよござんすよ」)
「これから毎晩少しずつ召し上がると宜ござんすよ」
(「そうはいかない」)
「そうはいかない」
(「めしあがってくださいよ。そのほうがさびしくなくなっていいから」)
「召し上がって下さいよ。その方が淋しくなくなって好いから」
(せんせいのうちはふうふとげじょだけであった。いくたびにたいていはひそりとしていた。)
先生の宅は夫婦と下女だけであった。行くたびに大抵はひそりとしていた。
(たかいわらいごえなどのきこえるためしはまるでなかった。)
高い笑い声などの聞こえる試しはまるでなかった。
(あるときはうちのなかにいるものはせんせいとわたくしだけのようなきがした。)
或る時は宅の中にいるものは先生と私だけのような気がした。
(「こどもでもあるといいんですがね」とおくさんはわたくしのほうをむいていった。)
「子供でもあると好いんですがね」と奥さんは私の方を向いていった。
(わたくしは「そうですな」とこたえた。)
私は「そうですな」と答えた。
(しかしわたくしのこころにはなんのどうじょうもおこらなかった。)
しかし私の心には何の同情も起らなかった。
(こどもをもったことのないそのときのわたくしは、こどもをただうるさいもののように)
子供を持った事のないその時の私は、子供をただ蒼蠅いもののように
(かんがえていた。)
考えていた。
(「ひとりもらってやろうか」とせんせいがいった。)
「一人貰ってやろうか」と先生がいった。
(「もらいっこじゃ、ねえあなた」とおくさんはまたわたくしのほうをむいた。)
「貰っ子じゃ、ねえあなた」と奥さんはまた私の方を向いた。
(「こどもはいつまでたったってできっこないよ」とせんせいがいった。)
「子供はいつまで経ったってできっこないよ」と先生がいった。
(おくさんはだまっていた。)
奥さんは黙っていた。
(「なぜです」とわたくしがかわりにきいたときせんせいは)
「なぜです」と私が代りに聞いた時先生は
(「てんばつだからさ」といってたかくわらった。)
「天罰だからさ」といって高く笑った。