山本周五郎 赤ひげ診療譚 三度目の正直 1

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プレイ回数1357難易度(4.5) 2408打 長文
映画でも有名な、山本周五郎の傑作連作短編です。
赤ひげ診療譚の第四話です。
順位 名前 スコア 称号 打鍵/秒 正誤率 時間(秒) 打鍵数 ミス 問題 日付
1 BE 4140 C 4.5 92.1% 535.5 2422 205 46 2024/11/11

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問題文

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(つゆがあけてはんつきほどたったころ、きょうじょのおゆみがじさつをはかった。)

梅雨があけて半月ほど経ったころ、狂女のおゆみが自殺をはかった。

(まえにもしるしたとおり、かのじょはおすぎというわかいめしつかいとふたりで、)

まえにも記したとおり、彼女はお杉という若い召使と二人で、

(びょうとうからはなれたじゅうきょにいる。)

病棟から離れた住居にいる。

(それはかのじょのおやがあたらしくたてたもので、まどにはふといこうしがあるし、)

それは彼女の親が新しく建てたもので、窓には太い格子があるし、

(ひとつだけのでいりぐちにはかぎがかかる。)

一つだけの出入り口には鍵が掛かる。

(ぜんたいがざしきろうのようなつくりになっており、めしつかいのおすぎはそのでいりごとに、)

ぜんたいが座敷牢のような造りになっており、召使のお杉はその出入りごとに、

(いちいちかぎをはずしかぎをかけるのであるが、)

いちいち鍵を外し鍵を掛けるのであるが、

(そのひ、おすぎがすいじばでゆうげのしたくをしているあいだに、)

その日、お杉が炊事場で夕餉の支度をしているあいだに、

(おゆみはまどのこうしへしごきをかけて、いししようとした。)

おゆみは窓の格子へ扱帯(しごき)をかけて、縊死(いし)しようとした。

(そのときやすもとのぼるはようじょうしょにいなかった。)

そのとき保本登は養生所にいなかった。

(かれはいつものように、にいできょじょうのともをしてがいしんにまわってい、)

彼はいつものように、新出去定の供をして外診に廻ってい、

(そのじこくにはかんださくまちょうの、とうきちというだいくのいえで、)

その時刻には神田佐久間町の、藤吉という大工の家で、

(いのというおとこのしんさつをしていた。)

猪之(いの)という男の診察をしていた。

(いのはやはりだいくでとうきちのおとうとぶんにあたり、としはにじゅうごさいだという。)

猪之はやはり大工で藤吉の弟分に当り、年は二十五歳だという。

(はじめようじょうしょへたのみにきたのは、あにきぶんのとうきちであった。)

初め養生所へ頼みに来たのは、兄哥(あにき)分の藤吉であった。

(ーーほかのいしゃはみんなきがくるったというんですが、わたしにはそうはおもえない、)

ーーほかの医者はみんな気が狂ったというんですが、私にはそうは思えない、

(いのとはとうりょうのいえでこがいからいっしょだったし、とうりょうのいえをでたあとも、)

猪之とは頭梁の家で子飼いからいっしょだったし、頭梁の家を出たあとも、

(わたしがにょうぼうをもらうまでは、ながやのいっけんでいっしょにくらしました。)

私が女房を貰うまでは、長屋の一軒でいっしょにくらしました。

(こうやってじゅうねんいじょうもつきあってきて、)

こうやって十年以上もつきあって来て、

(あいつのしょうぶんもくせもよくしっているんです。)

あいつの性分も癖もよく知っているんです。

など

(だからきがくるったなどとはしんじられない。)

だから気が狂ったなどとは信じられない。

(なにかびょうきがあり、なおすほうほうがあるとおもう。)

なにか病気があり、治す方法があると思う。

(ぜひいちどみにきていただけまいか、ととうきちはねっしんにたのんだ。)

ぜひいちど診に来て頂けまいか、と藤吉は熱心に頼んだ。

(きょじょうはしょうちしたが、きゅうをようするびょうきがすくなくないから、)

去定は承知したが、急を要する病気が少なくないから、

(にさんにちのちにとやくそくをした。)

二三日のちにと約束をした。

(にさんにちというのがなのかもたって、そのひはごふくばしのおうみやという、)

二三日というのが七日も経って、その日は呉服橋の近江屋という、

(しょうかのいんきょをみにいったので、かえりにさくまちょうへまわったのであった。)

商家の隠居を診にいったので、帰りに佐久間町へまわったのであった。

(いのはこがらなわかもので、かおだちもきりっとしているし、いかにもうでっこきのしょくにん、)

猪之は小柄な若者で、顔だちもきりっとしているし、いかにも腕っこきの職人、

(といったかんじにみえたが、いまはぐあいがわるいからだろう、)

といった感じにみえたが、いまはぐあいが悪いからだろう、

(めはとろんとしてうごきがにぶく、くちびるにもしまりがなく、)

眼はとろんとして動きが鈍く、唇にもしまりがなく、

(きょじょうにしんさつされていながら、しんさつされているということにも、)

去定に診察されていながら、診察されているということにも、

(はっきりきがつかないようであった。)

はっきり気がつかないようであった。

(なにをきいてもなまへんじしかしないし、だらしなくにやにやわらったり、)

なにを訊いてもなま返辞しかしないし、だらしなくにやにや笑ったり、

(しんさつがおわるとすぐよこになり、なまけたようなこえで、とうきちのつまにちゃをくれといった。)

診察が終るとすぐ横になり、怠けたような声で、藤吉の妻に茶をくれと云った。

(「あねさん」とかれはまのびしたちょうしでいった、)

「あねさん」と彼はまのびした調子で云った、

(「すまねえが、ちゃをくんねえかな」)

「済まねえが、茶をくんねえかな」

(とうきちはまだしごとからかえらず、)

藤吉はまだ仕事から帰らず、

(おちよというにょうぼうがひとりでおうたいしていたのであるが、いのにそういわれると、)

おちよという女房が一人で応対していたのであるが、猪之にそう云われると、

(おちよはあいそよくたって、てばしこくさんにんのためにちゃをいれかえた。)

おちよはあいそよく立って、手ばしこく三人のために茶を淹れ替えた。

(いのはひじまくらをしたまま、ぼんやりおちよのようすをみまもっていて、)

猪之は肱(ひじ)枕をしたまま、ぼんやりおちよのようすを見まもっていて、

(ひょいときょじょうにいっしゅのめくばせをし、かおをしかめてささやいた。)

ひょいと去定に一種のめくばせをし、顔をしかめて囁いた。

(「へっ、おんななんてもなあ、ーーね」)

「へっ、女なんてもなあ、ーーね」

(けいぶとけんおのこもったひょうじょうであった、)

軽侮と嫌悪のこもった表情であった、

(きょじょうはだまって、さりげなくいのとおちよをみくらべていた。)

去定は黙って、さりげなく猪之とおちよを見比べていた。

(とうきちのいえをでると、まちはかたあかりにたそがれかけ、)

藤吉の家を出ると、街は片明りに黄昏れかけ、

(ゆしまだいのいえなみがたかく、むらさきいろのかげになってみえた。)

湯島台の家並が高く、紫色の影になって見えた。

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