山本周五郎 赤ひげ診療譚 三度目の正直 7

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プレイ回数657難易度(4.1) 2894打 長文
映画でも有名な、山本周五郎の傑作連作短編です。
赤ひげ診療譚の第四話です。

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問題文

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(そのとしのふゆになってから、いのはまた「よめにもらいたいおんながある」といいだし、)

その年の冬になってから、猪之はまた「嫁にもらいたい女がある」と云いだし、

(とうきちにくちをきいてくれとたのんだ。)

藤吉に口をきいてくれと頼んだ。

(ちょうどそのとき、とうきちにもえんだんがはじまっていた。)

ちょうどそのとき、藤吉にも縁談が始まっていた。

(あいては「だいまさ」からでただいくのむすめで、だいまさのとうりょうからはなしがあり、)

相手は「大政」から出た大工の娘で、大政の頭梁から話があり、

(よければなこうどをする、といわれていた。)

よければ仲人をする、と云われていた。

(それがいまのにょうぼうおちよで、とうきちはしょうちしたものの、)

それがいまの女房おちよで、藤吉は承知したものの、

(あってみるとひどくまだこどもっぽかった。)

会ってみるとひどくまだ子供っぽかった。

(じゅうろくだというが、かおつきもほそいし、きもちもむすめになりきっていないようで、)

十六だというが、顔つきも細いし、気持も娘になりきっていないようで、

(ふうふになるのがいたいたしいようにおもえた。)

夫婦になるのがいたいたしいように思えた。

(ーーすこしかんがえさせてください。)

ーー少し考えさせて下さい。

(とうりょうにはそうこたえておいたが、そこへいのがはなしをもちだしたのであった。)

頭梁にはそう答えておいたが、そこへ猪之が話をもちだしたのであった。

(こんどもいざかやのおんなであった。)

こんども居酒屋の女であった。

(すみよしちょうの「うめもと」という、ちょっとしゃれたみせで、おんなはおよのといい、)

住吉町の「梅本」という、ちょっとしゃれた店で、女はおよのといい、

(としははたちぐらいにみえた。)

年ははたちぐらいにみえた。

(そのみせへやとわれてからまだごじゅうにちたらずだったが、)

その店へ雇われてからまだ五十日足らずだったが、

(さけもつよいしきゃくあしらいもてにいったもので、すっかりにんきものになっていた。)

酒も強いし客あしらいも手に入ったもので、すっかりにんき者になっていた。

(ーーあれはよせ、あれはいけねえ。)

ーーあれはよせ、あれはいけねえ。

(とうきちはくびをふった。はっきりいいきることはできないが、)

藤吉は首を振った。はっきり云いきることはできないが、

(あれはずぶのしろうとじゃあない。)

あれはずぶの素人じゃあない。

(すくなくともおとこをしってることはたしかだし、)

少なくとも男を知ってることは慥(たし)かだし、

など

(あんなにのむようではしょたいがもたない。)

あんなに飲むようでは世帯(しょたい)がもたない。

(あれだけはおもいきるほうがいい、ととうきちはつよくはんたいした。)

あれだけは思い切るほうがいい、と藤吉は強く反対した。

(ーーあにき、おれはしんけんだぜ。)

ーーあにき、おれはしんけんだぜ。

(いのはすわりなおした。さけはきゃくのあいてだからのむが、)

猪之は坐り直した。酒は客の相手だから飲むが、

(じぶんのしょたいをもてばのまなくなるだろう。)

自分の世帯を持てば飲まなくなるだろう。

(よっかいちのじゅうへいさんのかみさんをみてくれ、といのはいった。)

四日市の重平さんのかみさんをみてくれ、と猪之は云った。

(じゅうへいというのは、やはり「だいまさ」からでただいくで、よっかいちちょうにすんでいる。)

重平というのは、やはり「大政」から出た大工で、四日市町に住んでいる。

(にょうぼうのおつなはりょうりぢゃやのおんなで、)

女房のおつなは料理茶屋の女で、

(はたらいているあいだはあびるほどのんだというが、)

はたらいているあいだは浴びるほど飲んだというが、

(じゅうへいといっしょになったとたんに、ぴったりさかずきをてにしなくなり、)

重平といっしょになったとたんに、ぴったり盃を手にしなくなり、

(しょたいのきりまわしもうまいので、なかまうちのひょうばんになっていた。)

世帯のきりまわしもうまいので、なかまうちの評判になっていた。

(ーーそれに、もうおとこをしってるようだっていうけれども、といのはつづけた。)

ーーそれに、もう男を知ってるようだっていうけれども、と猪之は続けた。

(あにきはあそびなれているくせに、せけんのことをしらなすぎるぜ。)

あにきは遊び馴れているくせに、世間のことを知らなすぎるぜ。

(ーーおれがなにをしらねえんだ。)

ーーおれがなにを知らねえんだ。

(ーーおんなのことをよ、といのはいった。むかしはどうだかわからねえが、)

ーー女のことをよ、と猪之は云った。昔はどうだかわからねえが、

(とうせつはね、きむすめのままでよめにゆくおんななんて、)

当節はね、生娘(きむすめ)のままで嫁にゆく女なんて、

(せんにんにひとり、いや、ごせんにんにひとりもいやあしねえぜ。)

千人に一人、いや、五千人に一人もいやあしねえぜ。

(ーーおめえしってるのか。)

ーーおめえ知ってるのか。

(とうきちはひらきなおってはんもんした。)

藤吉はひらき直って反問した。

(おれもちかいうちによめをもらうことになってる、)

おれも近いうちに嫁を貰うことになってる、

(あいてがかきがらちょうのむすめのおちよだってことはおめえもしってるだろう、)

相手が蠣殻町の娘のおちよだってことはおめえも知ってるだろう、

(おちよもきむすめじゃねえっていうのか。)

おちよも生娘じゃねえっていうのか。

(じょうだんじゃねえ、といのはあかくなった。よしてくれじょうだんじゃねえ、)

冗談じゃねえ、と猪之は赤くなった。よしてくれ冗談じゃねえ、

(おらあそんな、だれかれとひとをさしていってるんじゃあねえ、)

おらあそんな、だれかれと人をさして云ってるんじゃあねえ、

(うん、とそこでいのはあたまをそらした。)

うん、とそこで猪之は頭を反らした。

(ーーおらあせけんいっぱんのことをいってるんだ。)

ーーおらあ世間一般のことを云ってるんだ。

(ーーきいたふうなことをいうな。)

ーーきいたふうなことを云うな。

(ーーいつかあにきがいったことだぜ。)

ーーいつかあにきがいったことだぜ。

(ーーなぞるにゃあおよばねえや。)

ーーなぞるにゃあ及ばねえや。

(とうきちは「うめもと」へかけあいにいった。)

藤吉は「梅本」へ掛合いにいった。

(じぶんもえんだんがあったときだし、いののようすがきまじめなので、)

自分も縁談があったときだし、猪之のようすがきまじめなので、

(ついそうするきになったのだろう。およのはしょうちした。)

ついそうする気になったのだろう。およのは承知した。

(かのじょはじゅうはちだといったが、やっぱりはたちにはなっていたようで、)

彼女は十八だといったが、やっぱりはたちにはなっていたようで、

(いもうとがひとりどこかにほうこうしているほか、)

妹が一人どこかに奉公しているほか、

(めんどうをみなければならないようなものはなかった。)

面倒をみなければならないような者はなかった。

(ーーあたしいいおかみさんになるわ。)

ーーあたしいいおかみさんになるわ。

(およのはそういって、しおらしくめをふせた。)

およのはそう云って、しおらしく眼を伏せた。

(とうきちは「うめもと」のしゅじんふうふにもはなして、そのえんだんをまとめた。)

藤吉は「梅本」の主人夫婦にも話して、その縁談をまとめた。

(それからいのにそのことをしらせると、かれはべそをかくようなわらいかたをして、)

それから猪之にそのことを知らせると、彼はべそをかくような笑いかたをして、

(ありがてえ、といった。)

ありがてえ、と云った。

(ーーおいどうしたんだ。)

ーーおいどうしたんだ。

(はなしはきまったんだぜ、うれしかあねえのか、ととうきちはきいた。)

話はきまったんだぜ、嬉しかあねえのか、と藤吉は訊いた。

(ーーありがてえっていってるじゃねえか、ありがてえよ、ほんとだぜ。)

ーーありがてえって云ってるじゃねえか、ありがてえよ、ほんとだぜ。

(ーーわかったよ。)

ーーわかったよ。

(とうきちはいののかおをみまもりながら、なんのりゆうもないのに、)

藤吉は猪之の顔を見まもりながら、なんの理由もないのに、

(せすじがひやっとするのをかんじた。)

背筋がひやっとするのを感じた。

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