山本周五郎 赤ひげ診療譚 三度目の正直 8

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映画でも有名な、山本周五郎の傑作連作短編です。
赤ひげ診療譚の第四話です。
順位 名前 スコア 称号 打鍵/秒 正誤率 時間(秒) 打鍵数 ミス 問題 日付
1 baru 3640 D+ 3.9 91.7% 515.3 2061 185 43 2024/11/21

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問題文

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(「としがあけたらしゅうげんをしよう、ということになりましたが」ととうきちはいった、)

「年が明けたら祝言をしよう、ということになりましたが」と藤吉は云った、

(「しょうがつのまつがとれるとすぐ、あっしはみとへゆくことになった、)

「正月の松が取れるとすぐ、あっしは水戸へゆくことになった、

(みとのさがみやという、かいさんぶつしょうのいんきょじょをたてるしごとで、)

水戸の相模屋という、海産物商の隠居所を建てる仕事で、

(だいく、さかん、たてぐやなど、にじゅうにんばかりのしょくにんをつかうことになったんです、)

大工、左官、建具屋など、二十人ばかりの職人を使うことになったんです、

(そのしたじゅんびができて、えどをたつみっかまえのことでしたが、)

その下準備ができて、江戸を立つ三日まえのことでしたが、

(いのがきゅうにおれもつれていってくれといいだしました」)

猪之が急におれも伴れていってくれと云いだしました」

(もうひとえらびはきまったからだめだ、とうりょうがゆるしゃあしないといいながら、)

もう人選びはきまったからだめだ、頭梁が許しゃあしないと云いながら、

(ようすをみるとどうもおかしい。なにかあったのか、ととうきちはきいた。)

ようすを見るとどうもおかしい。なにかあったのか、と藤吉は訊いた。

(うん、といのはもじもじしていたが、)

うん、と猪之はもじもじしていたが、

(やがて、どきょうをすえたというかおつきでいった。)

やがて、度胸を据えたという顔つきで云った。

(ーーよめにほしいむすめがいるんだ、すまねえがあにきにくちをきいてもらいたいんだ。)

ーー嫁に欲しい娘がいるんだ、済まねえがあにきに口をきいてもらいたいんだ。

(とうきちはいきをしずめてからききかえした。)

藤吉は息をしずめてから訊き返した。

(ーーもうそのはなしはきまってるじゃねえか。)

ーーもうその話はきまってるじゃねえか。

(ーーいや、いまはじめてたのむんだ。)

ーーいや、いま初めて頼むんだ。

(ーーうめもとのおよのじゃあねえのか。)

ーー梅本のおよのじゃあねえのか。

(ーーもちろんそうじゃねえさ。)

ーーもちろんそうじゃねえさ。

(とうきちはいかりをおさえるのにひまがかかった。)

藤吉は怒りを押えるのに暇がかかった。

(ーーうめもとのおよのはどうするんだ。)

ーー梅本のおよのはどうするんだ。

(ーーことわっちまうさ、あんなあま、といのはくちびるをまげた。)

ーー断わっちまうさ、あんなあま、と猪之は唇を曲げた。

(いまになってみると、どうしてあんなおんなにほれこんだかわけがわからねえ、)

いまになってみると、どうしてあんな女に惚れこんだかわけがわからねえ、

など

(しょうじきのところじぶんでじぶんがおかしいくらいなんだ。)

正直のところ自分で自分が訝(おか)しいくらいなんだ。

(ーーおい、よくきけいの。)

ーーおい、よく聞け猪之。

(ーーわかってるよ、あにきがおこるだろうってことはわかってるんだ、)

ーーわかってるよ、あにきが怒るだろうってことはわかってるんだ、

(といのはせきこんでいった。ほかのものならこんなことをたのめやあしねえ、)

と猪之はせきこんで云った。ほかの者ならこんなことを頼めやあしねえ、

(あにきだからこそ、おこられるのをしょうちでたのむんだ、)

あにきだからこそ、怒られるのを承知で頼むんだ、

(さんどめのしょうじき、こんどこそまちげえのねえむすめなんだから。)

三度目の正直、こんどこそまちげえのねえ娘なんだから。

(とうきちはじっといののめをみつめた。)

藤吉はじっと猪之の眼をみつめた。

(ーーそんなむすめがいるのに、どうしてみとへゆこうというんだ。)

ーーそんな娘がいるのに、どうして水戸へゆこうというんだ。

(ーーそれあその、うめもとのほうをしばらく。)

ーーそれあその、梅本のほうを暫く。

(ーーしばらくどうだってんだ。)

ーー暫くどうだってんだ。

(いのはあたまをかきかき、つまりしばらくほとぼりをさまそうとおもうんだ、といった。)

猪之は頭を掻き掻き、つまり暫くほとぼりをさまそうと思うんだ、と云った。

(「あっしはどなりました、どなりつけてやりました」)

「あっしはどなりました、どなりつけてやりました」

(とうきちはさけがなくなったのにきづき、のぼるにむかってかんどっくりをふってみせた、)

藤吉は酒がなくなったのに気づき、登に向かって燗徳利を振ってみせた、

(「もうちっとやりてえが、ごめいわくですか」)

「もうちっとやりてえが、御迷惑ですか」

(「いいとも」とのぼるはうなずいた。)

「いいとも」と登は頷いた。

(とうきちがてをたたくと、かいかでへんじがきこえ、ころあいをはかっていたのだろうか、)

藤吉が手を叩くと、階下で返辞が聞え、ころあいを計っていたのだろうか、

(まもなくにょうぼうがかんどっくりをにほんもってきた。)

まもなく女房が燗徳利を二本持って来た。

(「しかしつまるところ、どなるほうがまけというやつですかね」)

「しかしつまるところ、どなるほうが負けというやつですかね」

(とてじゃくでひとくちすすりながらとうきちははなしつづけた、)

と手酌で一と口啜りながら藤吉は話し続けた、

(「やりこめるだけやりこめたあげくが、いののおもうつぼにはまったかたちで、)

「やりこめるだけやりこめたあげくが、猪之の思う壺にはまったかたちで、

(だらしのねえはなしだが、またかけあいにゆきました」)

だらしのねえ話だが、また掛合いにゆきました」

(こんどのあいてはおうみやという、たびももひきどんやのじょちゅうで、)

こんどの相手は近江屋という、足袋股引(たびももひき)問屋の女中で、

(おまつというじゅうはちのむすめであった。)

お松という十八の娘であった。

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