山本周五郎 赤ひげ診療譚 徒労に賭ける 4
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問題文
(きょじょうはじゅうななけんのしょうかをたずね、はちにんのおんなたちをしんさつした。)
去定は十七軒の娼家を訪ね、八人の女たちを診察した。
(そのなかにはてつだいだという、じゅうさんさいのしょうじょもひとりいた。)
その中には手伝いだという、十三歳の少女も一人いた。
(おんなしゅじんは「しんるいからあずかっているてつだいだ」といい、)
女主人は「親類から預かっている手伝いだ」と云い、
(しょうじょじしんはとしをじゅうごさいだといっていたが、)
少女自身は年を十五歳だと云っていたが、
(むねやこしのまだひらべったくほそいからだつきや、やせたこどもっぽいかおなどは、)
胸や腰のまだ平べったく細い躯つきや、痩せた子供っぽい顔などは、
(どうしてもじゅうさんさいよりうえとはみえなかった。)
どうしても十三歳より上とはみえなかった。
(きょじょうはまえからかのじょにめをつけていたらしく、むりやりにしんさつしたあと、)
去定はまえから彼女に眼をつけていたらしく、むりやりに診察したあと、
(おんなしゅじんをきびしくしかりつけた。)
女主人をきびしく叱りつけた。
(「こんなこどもにきゃくをとらせるやつがあるか、おれがとどけでたら、)
「こんな子供に客を取らせるやつがあるか、おれが届け出たら、
(おまえはくさいめしをくわなければならないぞ」)
おまえは臭いめしを食わなければならないぞ」
(「なにをおっしゃるんです、とんでもない」おんなしゅじんはやっきになってひていした、)
「なにを仰しゃるんです、とんでもない」女主人は躍起になって否定した、
(「これはあたしのしんるいのこです、いくらこんなしょうばいをしていたって、)
「これはあたしの親類の子です、いくらこんなしょうばいをしていたって、
(しんるいからあずかったこをきゃくにだすなんて、あたしゃそんなおんなじゃあありません」)
親類から預かった子を客に出すなんて、あたしゃそんな女じゃあありません」
(「これはそうどくだ」きょじょうはしょうじょのくちじりにあるはれものをゆびさした、)
「これは瘡毒(そうどく)だ」去定は少女の口尻にある腫物を指さした、
(「おれはまえからみていたんだ、からだにもこれができている、)
「おれはまえから見ていたんだ、からだにもこれができている、
(これはびょうどくもちのきゃくにせっしなければできないびょうきだ」)
これは病毒持ちの客に接しなければできない病気だ」
(「あたしはしりません」といって、おんなしゅじんはしょうじょのほうをみた、)
「あたしは知りません」と云って、女主人は少女のほうを見た、
(「それとも、ーーとよちゃん、)
「それとも、ーーとよちゃん、
(おまえあたしにかくれてわるいことをしたんじゃあないかい」)
おまえあたしに隠れて悪いことをしたんじゃあないかい」
(しょうじょはむひょうじょうにだまっていた。)
少女は無表情に黙っていた。
(「とよちゃん、へんじをしないの」)
「とよちゃん、返辞をしないの」
(「よせ」ときょじょうはおんなしゅじんにいった、「こんなさるしばいはたくさんだ、)
「よせ」と去定は女主人に云った、「こんな猿芝居はたくさんだ、
(それよりこのこをおやもとへかえすがいい、おやはどこにいるんだ」)
それよりこの子を親許へ帰すがいい、親はどこにいるんだ」
(「それがよくわからないんですよ」)
「それがよくわからないんですよ」
(きょじょうはだまっていた。)
去定は黙っていた。
(「おととしのくれまではほんじょのなりひらにいたんです」とおんなしゅじんはいった、)
「おと年の暮までは本所の業平(なりひら)にいたんです」と女主人は云った、
(「ふなやおやをやってたんですけれど、)
「舟八百屋をやってたんですけれど、
(こだくさんでくらしにこまってしょたいじまいをしたときにこのこをあずけたんですが、)
子だくさんでくらしに困って世帯じまいをしたときにこの子を預けたんですが、
(そのままどこへいったか、いまだにゆくえしれずなんです」)
そのままどこへいったか、いまだに行方知れずなんです」
(きょじょうはおとよにきいた、「しょうじきにいってごらん、おまえのうちはどこだ」)
去定はおとよに訊いた、「正直に云ってごらん、おまえのうちはどこだ」
(「しりません」としょうじょはかぶりをふった、)
「知りません」と少女はかぶりを振った、
(「かあさんの」といいかけてすぐにいいなおした、)
「かあさんの」と云いかけてすぐに云い直した、
(「おばさんのいうとおりもとはなりひらにあったんですけれど」)
「おばさんの云うとおりもとは業平にあったんですけれど」
(「うそをいってはだめだ」ときょじょうはさえぎった、)
「嘘を云ってはだめだ」と去定は遮った、
(「わたしがちからになってやるからほんとうのことをいってごらん」)
「私が力になってやるから本当のことを云ってごらん」
(けっしてしんぱいはない、だれにえんりょすることもない、わたしがついていてやるから、)
決して心配はない、誰に遠慮することもない、私が付いていてやるから、
(ときょじょうはいったが、おとよはおんなしゅじんとおなじことしかいわなかったし、)
と去定は云ったが、おとよは女主人と同じことしか云わなかったし、
(としもじゅうごだといいはった。)
年も十五だと云い張った。
(そこできょじょうは、そういうじじょうならようじょうしょへひきとるといいだした。)
そこで去定は、そういう事情なら養生所へ引取ると云いだした。
(おんなしゅじんはどうぞとこたえた。やっかいものがいなくなるのはありがたいくらいです、)
女主人はどうぞと答えた。厄介者がいなくなるのは有難いくらいです、
(どうかつれていってください。おんなしゅじんがそういっていると、)
どうか伴(つ)れていって下さい。女主人がそう云っていると、
(おとよがきゅうになきだしながら、あたしはいやです、といってかたをさゆうにふった。)
おとよが急に泣きだしながら、あたしはいやです、と云って肩を左右に振った。
(「あたいここのうちがいい」とおとよはこどもがだだをこねるようにさけんだ、)
「あたいここのうちがいい」とおとよは子供がだだをこねるように叫んだ、
(「あたいどこへもいかない、ここのうちにいるんだ、つれてっちゃいやだ」)
「あたいどこへもいかない、ここのうちにいるんだ、伴れてっちゃいやだ」
(それはほんしんのようであった。)
それは本心のようであった。
(おんなしゅじんをおそれるためではなく、ほんとうにこのいえにいたいというかんじが、)
女主人を恐れるためではなく、本当にこの家にいたいという感じが、
(そのこえにも、なみだのこぼれおちるめつきにも、よくあらわれていた。)
その声にも、涙のこぼれ落ちる眼つきにも、よくあらわれていた。
(「よくきけ」ときょじょうはなだめるようにいった、)
「よく聞け」と去定はなだめるように云った、
(「おまえはわるいびょうきにかかっている、このままこんなところにいたら、)
「おまえは悪い病気にかかっている、このままこんなところにいたら、
(そのびょうきのためにかたわかきちがいになってしまうぞ」)
その病気のために片輪か気違いになってしまうぞ」
(「いやだ、いやだ」とおとよはなきながらさけんだ、)
「いやだ、いやだ」とおとよは泣きながら叫んだ、
(「あたいこのうちにいる、あたいをつれてっちゃいやだ、いやだ」)
「あたいこのうちにいる、あたいを伴れてっちゃいやだ、いやだ」