ああ玉杯に花うけて 第十二部 2

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プレイ回数320難易度(4.5) 5276打 長文
大正時代の人気少年向け小説!
現代では不適切な言葉を含みます。
青空文庫より引用

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問題文

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(このもよおしをきいてうらわのまちのふけいたちもていこくまえにかいじょうへつめかけた。)

この催しを聞いて浦和の町の父兄達も定刻前に会場へつめかけた。

(かくがっこうのせんせいたちはわがせいとにかたせようとしのびしのびにぐんしゅうのなかに)

各学校の先生達はわが生徒に勝たせようとしのびしのびに群集の中に

(まぎれこんでいった。じこくになるとしはんせいのおそろしくたけのたかいおとこが)

まぎれこんでいった。時刻になると師範生のおそろしく丈の高い男が

(えんだんにあらわれた。かれはすこぶるあいきょうものであたまのよこににせんどうかぐらいのはげが)

演壇に現われた。かれはすこぶる愛嬌者で頭の横に二銭銅貨ぐらいのはげが

(あるのでどうかのあだながあった。かれはみょうにきどってりょうてをこしのさゆうにくのじに)

あるので銅貨のあだ名があった。かれは妙にきどって両手を腰の左右にくの字に

(つっぱった。 「おもちゃのへいたい!」とだれかがこえをかけた。かれはそれをきいて)

つっぱった。 「玩具の兵隊!」とだれかが声をかけた。かれはそれを聞いて

(あしをかたくつっぱってあるくまねをしたのでぐんしゅうはどっとわらった。こういうこっけいな)

脚を固くつっぱって歩くまねをしたので群集はどっとわらった。こういう滑稽な

(おとこがしかいをしたということはかいのいげんをそんじたにちがいないが、しかし)

男が司会をしたということは会の威厳を損じたに違いないが、しかし

(ふたつのがっこうのせいとがしのぎをけずってたたかおうというさっきだったかいじょうをはるのごとく)

二つの学校の生徒がしのぎをけずって戦おうという殺気立った会場を春のごとく

(へいわにしたのはこのおとこのおかげである。 べんろんのだいはこのせきじょうでたすうけつで)

平和にしたのはこの男のおかげである。  弁論の題はこの席上で多数決で

(きめることになっている。 かくじのほうふをのべること、かがくについて、)

決めることになっている。  各自の抱負をのべること、 科学について、

(えいゆうろん、 このみっつがていしゅつされた。えいゆうろんをていしゅつしたのはてづかであった。)

英雄論、  この三つが提出された。英雄論を提出したのは手塚であった。

(しかいしゃはさいけつした。えいゆうろんがだいたすうをもってつうかした。)

司会者は採決した。英雄論が大多数をもって通過した。

(それはいかにもせいねんにふさわしきだいであった。がくせいのめはことごとくいようにかがやき)

それはいかにも青年にふさわしき題であった。学生の眼はことごとく異様に輝き

(そのこきゅうがしだいにせまってきた。しかしだれあってまっさきにたつものが)

その呼吸が次第にせまってきた。しかしだれあってまっさきに立つ者が

(なかった。すべてこういうばあいにせんとうをするものはきわめてそんである。)

なかった。すべてこういう場合に先登をする者はきわめて損である。

(いかんとなればあとのべんしにこうげきされるからである。ちゅうがくせいはことごとくてづかと)

いかんとなれば後の弁士に攻撃されるからである。中学生はことごとく手塚と

(やなぎのほうをみやった。てづかはしきりにのーとをくっている。)

柳の方を見やった。手塚はしきりにノートをくっている。

(こういちはびしょうしている、しはんがっこうがわではのぶちというじょうきゅうせいとやじまというのが)

光一は微笑している、師範学校側では野淵という上級生と矢島というのが

(ひとびとにかたをつかれていた。もくもくじゅくではみながちびこうをめざした。)

人々に肩をつかれていた。黙々塾ではみながチビ公をめざした。

など

(ちびこうはあたまをちぢめてひっこんだ。と、とつぜんえんだんにたったせいねんがある。)

チビ公は頭を縮めてひっこんだ。と、突然演壇に立った青年がある。

(それはれいのはまもとしょうぎたいであった。かれはけんどうのけいこぎにしろいはかまをはき、)

それは例の浜本彰義隊であった。かれは剣道の稽古着に白いはかまをはき、

(ひものよこにきたないてぬぐいをぶらさげたまま、のそのそとてーぶるのうえの)

紐の横にきたない手ぬぐいをぶらさげたまま、のそのそとテーブルの上の

(みずさしからこっぷでみずをのんだ。 「みずをのみにあがっちゃいかん」)

水さしからコップで水を飲んだ。 「水を飲みにあがっちゃいかん」

(とだれかがいった。じっさいしょうぎたいはべんぜつがへたなので)

とだれかがいった。実際彰義隊は弁舌がへたなので

(なんぴともかれがえんぜつをするとおもわなかったのである。 「まんじょうのしょくん!」)

何人もかれが演説をすると思わなかったのである。 「満場の諸君!」

(しょうぎたいはきっとちょくりつしてりょうてをはかまのひものあいだにはさみ、)

彰義隊はきっと直立して両手をはかまの紐の間にはさみ、

(おそろしくおおきなこえでどなった。かいしゅうはわっとわらいだしたがすぐ)

おそろしく大きな声でどなった。会衆はわっとわらいだしたがすぐ

(しずかになった。 「まんじょうのしょくん!」とかれはふたたびいった。)

しずかになった。 「満場の諸君!」とかれはふたたびいった。

(そうしてまた「まんじょうのしょくん!」とどなった。かいしゅうはわくがごとくわらった。)

そうしてまた「満場の諸君!」とどなった。会衆はわくがごとくわらった。

(「わがはいはえいゆうをすうはいする、わがはいはえいゆうたらんとしつつある。)

「わが輩は英雄を崇拝する、わが輩は英雄たらんとしつつある。

(わがはいはしょくんがえいゆうたることをのぞむ、しょうせつやおんがくやしばいやさらにもっとも)

わが輩は諸君が英雄たることを望む、小説や音楽や芝居やさらにもっとも

(げれつなるかつどうしゃしんをみるようなやつはとうていえいゆうにはなれない。わがはいは)

下劣なる活動写真を見るようなやつは到底英雄にはなれない。わが輩は

(そいつらをばかやろうとよぶ、こんやここにえいゆうもきているだろうが、)

そいつらをばかやろうと呼ぶ、今夜ここに英雄もきているだろうが、

(ばかやろうもなかなかおおい、わがはいはかたっぱしからぶんなぐってくびをぬいてやる)

ばかやろうもなかなか多い、わが輩は片っ端からぶんなぐって首を抜いてやる

(からそうおもえ」「だっせんだっせん」とさけんだものがある。 「なにを?・・・・・・」)

からそう思え」「脱線脱線」と叫んだものがある。 「なにを? ……」

(「ぼうげんはやめてください」としかいしゃのどうかがちゅういした。 「よしっ、)

「暴言はやめてください」と司会者の銅貨が注意した。 「よしッ、

(わかりました、そこでまんじょうのしょくん!」 しょうぎたいはこうむきなおって)

わかりました、そこで満場の諸君!」  彰義隊はこう向きなおって

(なにかつづけようとしたがなにをいうつもりであったかわすれたので)

なにかつづけようとしたがなにをいうつもりであったか忘れたので

(しきりにあたまをかいた。「おわりっ」 かれはだんをおりた、はくしゅとしょうせいとが)

しきりに頭をかいた。「おわりッ」 かれは壇を降りた、拍手と笑声とが

(いちどにとどろいた。 「ただいまのはすこしだっせんしました、つぎは・・・・・・」)

一度にとどろいた。 「ただいまのは少し脱線しました、次は……」

(とどうかがいった。このときてづかがみなにおされてざせきをはなれた。)

と銅貨がいった。このとき手塚がみなに押されて座席をはなれた。

(かいしゅうはなみのごとくうごいた。てづかはきようでとんちがある、ひとまねがじょうずで、)

会衆は波の如く動いた。手塚は器用で頓知がある、人まねがじょうずで、

(かつどうのべんしのこわいろはもっともとくいとするところであり、かつまいつきおおくのざっしを)

活動の弁士の仮声はもっとも得意とするところであり、かつ毎月多くの雑誌を

(よんであらゆるりゅうこうごをしっている。かれはあたらしいせいふくをきて)

読んであらゆる流行語を知っている。かれは新しい制服を着て

(なめらかにひかるくつをはいていた。 はくしゅにおくられてかれはえんだんにたった。)

なめらかに光る靴をはいていた。  拍手に送られてかれは演壇に立った。

(「わたしはえいゆうをひにんするためにこのえんだんにあがりました、)

「私は英雄を非認するためにこの演壇に上がりました、

(わたしはれきしのあらゆるぺーじからえいゆうをまっさつしたいとおもいます。えいゆうなるもじは)

私は歴史のあらゆる頁から英雄を抹殺したいと思います。英雄なる文字は

(ひっきょうどれいなるもじのたいしょうであります、わたくしどものそせんはえいゆうのどれいであったのです、)

畢竟奴隷なる文字の対象であります、私共の祖先は英雄の奴隷であったのです、

(こじんのけんりをしんりゃくしてじこのせいふくよくをまんぞくさせたものはえいゆうであります、)

個人の権利を侵掠して自己の征服欲を満足させたものは英雄であります、

(もしこんにち・・・・・・でもくらしーのこんにちにおいてなおえいゆうをすうはいするものあらば)

もし今日……デモクラシーの今日においてなお英雄を崇拝するものあらば

(それはこじんのせいぞんけんりをしらないふるいあたまのもちぬしであります」)

それは個人の生存権利を知らない旧い頭の持ち主であります」

(いっきにすらすらといいだしたりゅうちょうなべんぜつはさわやかにうつくしい、かれのめは)

一気にすらすらといいだした流暢な弁舌はさわやかに美しい、彼の眼は

(いかにもそうめいにかがやき、そのほおはとくいのしんじょうとともにあからんだ。)

いかにも聡明に輝き、その頬は得意の心状と共にあからんだ。

(「よくしゃべるやつだ」としょうぎたいがさけんだ。 「しっしっ」とせいするこえ。)

「よくしゃべる奴だ」と彰義隊が叫んだ。 「しッしッ」と制する声。

(てづかはかいしゅうをまんぞくそうにみおろしてつづけた。)

手塚は会衆を満足そうに見おろしてつづけた。

(「いっしょうこうなりてばんこつかるというこげんがあります、ひとりのとのさまがおしろをきずく)

「一将功成りて万骨枯かるという古言があります、ひとりの殿様がお城をきずく

(に、まんにんのひゃくしょうをくるしめました、しかもとのさまはえいゆうとうたわれ)

に、万人の百姓を苦しめました、しかも殿様は英雄とうたわれ

(ひゃくしょうはそうもうのあいだにつかれてしにます、きよもり、よりとも、たいこう、いえやす、しょくんは)

百姓は草莽の間につかれて死にます、清盛、頼朝、太閤、家康、諸君は

(かれらをえいゆうなりというでしょう、しかしかれらがどれだけしょくんのそせんを)

かれらを英雄なりというでしょう、しかしかれらがどれだけ諸君の祖先を

(こうふくにしましたか、こじんがそのちりょくとわんりょくをもってほかのおおくのこじんをせいふくし、)

幸福にしましたか、個人がその知力と腕力をもって他の多くの個人を征服し、

(しんりゃくし、しかもそのしそんにまでおよぼすということはきょうのよに)

侵掠し、しかもその子孫にまでおよぼすということは今日の世に

(ゆるすべからざることであります、すでにせかいにおいてはおうしゅうせんそういらいすべてが)

ゆるすべからざることであります、すでに世界においては欧州戦争以来すべてが

(でもくらしーになりました、みんしゅうがすなわちこっかであります、みんしゅうのいしが)

デモクラシーになりました、民衆がすなわち国家であります、民衆の意志が

(こっかのいしであります、ここにおいてむかしのようにえいゆうなるひとりのぼうぎゃくしゃのもとに)

国家の意志であります、ここにおいて昔のように英雄なる一人の暴虐者の下に

(ひざをくっするということはだんじてやめなければなりません。しょくんはなぽれおんを)

膝を屈するということは断じてやめなければなりません。諸君はナポレオンを

(えいゆうなりという、しかしなぽれおんのためにふらんすはどれだけえいこくやろしあや)

英雄なりという、しかしナポレオンのためにフランスはどれだけ英国やロシアや

(どいつのあっぱくをうけたか、いちえいゆうのためにくにはつかれついにめめしくも)

ドイツの圧迫を受けたか、一英雄のために国は疲れついにめめしくも

(じょうかのちかいをなしてかれのえいゆうをせんとへれなへながしたではないか、)

城下のちかいをなして彼の英雄をセントヘレナへ流したではないか、

(おそるべきはえいゆうである、いむべきはえいゆうである、げんだいのにほんは)

おそるべきは英雄である、忌むべきは英雄である、現代の日本は

(えいゆうすうはいのもうねんをさってびょうどうとじゆうにむかってすすまねばならぬ、)

英雄崇拝の妄念を去って平等と自由に向かって進まねばならぬ、

(すべてのぐうぞうをやいてせかいのすうせいにしたがわねばならぬ、)

すべての偶像を焼いて世界の趨勢にしたがわねばならぬ、

(わたしのろんはこれをもっておわりとします」 かいしゅうはこうこつとしてかれのこえを)

私の論はこれをもっておわりとします」  会衆は恍惚としてかれの声を

(きいていた、それはきわめてだいたんできばつで、そうしてざんしんなろんしである)

きいていた、それはきわめて大胆で奇抜で、そうして斬新な論旨である

(ぐうぞうはかい!びょうどうとじゆう!でもくらしーのいぎ!)

偶像破壊! 平等と自由! デモクラシーの意義!

(わるるばかりのはくしゅにおくられててづかはだんをおりた。)

わるるばかりの拍手に送られて手塚は壇をおりた。

(かれのさゆうからこうゆうがかわりがわりにあくしゅするやらかたをうつやらした。)

かれの左右から校友がかわりがわりに握手するやら肩を打つやらした。

(てづかはようようとしてせきについた。)

手塚は揚々として席についた。

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