『赤とんぼ』新美南吉2【完】
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問題文
(あかとんぼは、ほっとしてそらへとびあがりました。)
赤とんぼは、ホッとして空へ飛び上がりました。
(よいおじょうちゃんだな、とおもいながら。そらはまっさおにはれています。)
良いお嬢ちゃんだな、と思いながら。空は真っ青に晴れています。
(どこまでもすんでいます。あかとんぼは、まどにはねをやすめて、)
どこまでも澄んでいます。赤とんぼは、窓に羽を休めて、
(しょせいさんのおはなしにみみをかたむけています。かわいいおじょうちゃんとおなじように。)
書生さんのお話に耳をかたむけています。可愛いお嬢ちゃんと同じように。
(「それからね、そのとんぼは、おこっておおぐものやつにくいかかりました。)
「それからね、そのとんぼは、怒って大蜘蛛の奴に食いかかりました。
(くいつかれたおおぐもは、いたいいたい、たすけてくれってね、)
食いつかれた大蜘蛛は、痛い痛い、助けてくれってね、
(おおごえにさけんだのですよ。するとでてきたわでてきたわ、ちいさなくもが、)
大声に叫んだのですよ。すると出てきたわ出てきたわ、小さな蜘蛛が、
(くものようにでてきました。けれども、とんぼはもともとつよいんですから、)
雲のように出てきました。けれども、とんぼは元々強いんですから、
(かたっぱしからくもにくいついて、とうとういっぴきのこらずころしてしまいました。)
片っ端から蜘蛛に食いついて、とうとう一匹残らず殺してしまいました。
(ほっとしてそのとんぼが、じぶんのすがたをみると、これはまあどうでしょう。)
ホッとしてそのとんぼが、自分の姿を見ると、これはまあどうでしょう。
(くものちが、まっかについているじゃありませんか。)
蜘蛛の血が、真っ赤についているじゃありませんか。
(さあたいへんだって、とんぼはいずみへとんでいって、からだをあらいました。)
さあ大変だって、とんぼは泉へ飛んで行って、体を洗いました。
(が、あかいちはちっともとれません。で、かみさまにおねがいしてみると、)
が、赤い血はちっともとれません。で、神様にお願いしてみると、
(おまえはつみのないくもをたくさんころしたから、そのたたりでそんなになったんだと、)
お前は罪の無い蜘蛛を沢山殺したから、その祟りでそんなになったんだと、
(しかられてしまいました。そのとんぼがいまのあかとんぼなんですよ。)
叱られてしまいました。そのとんぼが今の赤とんぼなんですよ。
(だから、あかとんぼはよくないとんぼです」しょせいさんのおはなしはおわりました。)
だから、赤とんぼは良くないとんぼです」書生さんのお話は終わりました。
(わたしは、そんなひどいことをしたおぼえはないがと、)
私は、そんな酷いことをした覚えはないがと、
(あかとんぼがくびをひねってかんがえましたとき、おじょうちゃんがおおごえでさけびました。)
赤とんぼが首をひねって考えました時、お嬢ちゃんが大声で叫びました。
(「うそだうそだ、やまだのおはなしは、みんなうそだよ。あんなかわいらしいあかとんぼが、)
「嘘だ嘘だ、山田のお話は、みんな嘘だよ。あんな可愛らしい赤とんぼが、
(そんなひどいことをするなんて、くものあかいちだなんてみんなうそだよ」)
そんな酷いことをするなんて、蜘蛛の赤い血だなんてみんな嘘だよ」
(あかとんぼは、ほんとうにうれしくおもいました。)
赤とんぼは、本当に嬉しく思いました。
(れいのしょせいさんは、かおをあかくしていってしまいました。)
例の書生さんは、顔を赤くして行ってしまいました。
(まどからはなれてあかとんぼは、おじょうちゃんのかたにつかまりました。)
窓から離れて赤とんぼは、お嬢ちゃんの肩につかまりました。
(「まあ、あたしのあかとんぼ。かわいいあかとんぼ」)
「まあ、あたしの赤とんぼ。可愛い赤とんぼ」
(おじょうちゃんのひとみは、くろくすんでいました。)
お嬢ちゃんの瞳は、黒く澄んでいました。
(あつかったなつは、いつのまにかすぎさってしまいました。)
暑かった夏は、いつの間にか過ぎ去ってしまいました。
(あさがおはかきねにまきついたまま、しおれました。)
朝顔は垣根に巻ついたまま、しおれました。
(すずむしがすずしいこえでなくようになりました。)
鈴虫が涼しい声で鳴くようになりました。
(きょうもあかとんぼは、おじょうちゃんにあいにやってきました。)
今日も赤とんぼは、お嬢ちゃんに会いにやってきました。
(あかとんぼは、ちょっとびっくりしました。)
赤とんぼは、ちょっとびっくりしました。
(それは、いつもあいているまどが、ぜんぶしまっているからです。)
それは、いつもあいている窓が、全部閉まっているからです。
(どうしたのかしらと、あかとんぼがかんがえたとき、)
どうしたのかしらと、赤とんぼが考えた時、
(げんかんからだれかとびだしてきました。おじょうちゃんです。)
玄関から誰かとび出してきました。お嬢ちゃんです。
(あのかわいいおじょうちゃんです。けれども、きょうのおじょうちゃんは、)
あの可愛いお嬢ちゃんです。けれども、今日のお嬢ちゃんは、
(かなしいかおつきでした。そして、このべっそうへはじめてきたときかぶっていた、)
悲しい顔つきでした。そして、この別荘へ初めて来た時かぶっていた、
(あかいりぼんのぼうしをつけ、きれいなふくをきていました。)
赤いリボンの帽子をつけ、きれいな服を着ていました。
(あかとんぼはいつものようにとんでいって、おじょうちゃんのかたにとまりました。)
赤とんぼはいつものように飛んでいって、お嬢ちゃんの肩にとまりました。
(「あたしのあかとんぼ。かわいいあかとんぼ。)
「あたしの赤とんぼ。可愛い赤とんぼ。
(あたし、とうきょうへかえるのよ、もうおわかれよ」)
あたし、東京へ帰るのよ、もうお別れよ」
(おじょうちゃんは、ちいさくほそいこえでなくようにいいました。)
お嬢ちゃんは、小さく細い声で泣くように言いました。
(あかとんぼはかなしくなりました。じぶんもおじょうちゃんといっしょに)
赤とんぼは悲しくなりました。自分もお嬢ちゃんと一緒に
(とうきょうへいきたいなとおもいました。そのとき、おじょうちゃんのおかあさんと、)
東京へ行きたいなと思いました。その時、お嬢ちゃんのお母さんと、
(あかとんぼにいたずらをしたしょせいさんが、でてまいりました。)
赤とんぼにいたずらをした書生さんが、出てまいりました。
(「ではまいりましょう」ぜんいんあるきだしました。)
「ではまいりましょう」全員歩きだしました。
(あかとんぼは、やがておじょうちゃんのかたをはなれて、かきねのたけのさきにうつりました。)
赤とんぼは、やがてお嬢ちゃんの肩を離れて、垣根の竹の先に移りました。
(「あたしのあかとんぼよ、さようなら」)
「あたしの赤とんぼよ、さようなら」
(かわいいおじょうちゃんは、なんどもふりかえっていいました。)
可愛いお嬢ちゃんは、何度も振り返って言いました。
(けれどとうとう、ぜんいんのすがたはみえなくなってしまったのです。)
けれどとうとう、全員の姿は見えなくなってしまったのです。
(もう、これからは、このいえはあきやになるのかなあかとんぼは、)
もう、これからは、この家は空家になるのかな赤とんぼは、
(しずかにくびをかたむけました。)
静かに首をかたむけました。
(さびしいあきのゆうがたなど、あかとんぼは、おばなのほさきにとまって、)
さびしい秋の夕方など、赤とんぼは、おばなの穂先にとまって、
(あのかわいいおじょうちゃんをおもいだしています。)
あの可愛いお嬢ちゃんを思い出しています。