『按摩』小酒井不木2【完】
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問題文
(するとまた、そのよくじつもよくよくじつも、おなじじこくにだんだんはげしく)
するとまた、その翌日も翌々日も、同じ時刻に段々激しく
(みぎめがいたみだし、もるひねちゅうしゃのかずもだんだんふえていきましたが、)
右目が痛みだし、モルヒネ注射の数も段々増えていきましたが、
(とうとうなのかめのばん、いややつの「しょなぬかのばん」と、)
とうとう七日目の晩、いや奴の「しょなぬかの晩」と、
(いったほうがよいかもしれません。みぎめがいたみとともにきゅうにみえなくなって、)
言った方がよいかも知れません。右目が痛みと共に急に見えなくなって、
(つぶれてしまいました。そうしたら、そのよくじつからは、れいのじこくがきても、)
つぶれてしまいました。そうしたら、その翌日からは、例の時刻が来ても、
(みぎめにいたみはおこりませんでした。だんな、こいのらいばるのちというやつは、)
右目に痛みは起こりませんでした。旦那、恋のライバルの血というやつは、
(よっぽどおそろしいものですねえ。こうもうすと、だんなは、)
よっぽど恐ろしいものですねえ。こう申すと、旦那は、
(どうしてわたしがたいほされなかったか、ふしんにおもうでしょう。)
どうして私が逮捕されなかったか、不審に思うでしょう。
(だんな、きょうあくなつみをおかしたものが、みをかくすのにいちばんよいところはびょういんですよ。)
旦那、凶悪な罪を犯した者が、身を隠すのに一番よい所は病院ですよ。
(よくおおどろぼうなどは、ちいさなつみをはくじょうしてかんごくへいれてもらい、)
よく大泥棒などは、小さな罪を白状して監獄へ入れてもらい、
(ひとごろしのつみをまぬかれるというはなしですが、わたしはひとごろしをしたら、)
人殺しの罪をまぬかれるという話ですが、私は人殺しをしたら、
(びょういんへかけこむにかぎるとおもうのです。しかし、おおきなびょういんはいけません。)
病院へ駆けこむに限ると思うのです。しかし、大きな病院はいけません。
(ちいさなびょういんでなくては。また、おかねをうんともっておらねばなりません。)
小さな病院でなくては。また、お金をうんと持っておらねばなりません。
(すると、びょういんはおかねほしさで、たいせつにかくまってくれます。)
すると、病院はお金欲しさで、大切にかくまってくれます。
(けいさつもまさかびょうにんがひとごろしをするわけがないとおもいますから、)
警察もまさか病人が人殺しをする訳がないと思いますから、
(しらべにもきませんよ。なに、にゅういんしたひづけなんざあ、)
調べにも来ませんよ。なに、入院した日付けなんざあ、
(こちらのいいなりしだいにごまかしてくれます。)
こちらの言いなり次第にごまかしてくれます。
(わたしはもちろんぎめいでにゅういんしました。とにかく、けいさつへはひっぱられずにすみ、)
私はもちろん偽名で入院しました。とにかく、警察へは引っ張られずにすみ、
(じけんは、それなんとかいいますねえ、そうそう「めいきゅういり」ですか。)
事件は、それなんとかいいますねえ、そうそう「迷宮入り」ですか。
(ぜんぶがうやむやにすみましたよ。ところがです、ほうりつじょうのばつは、)
全部がうやむやにすみましたよ。ところがです、法律上の罰は、
(みごとにまぬかれましたけれど、こいのらいばるのちのばつが、なおもはげしく、)
見事にまぬかれましたけれど、恋のライバルの血の罰が、なおも激しく、
(わたしにせめかかってまいりました。みぎめがつぶれて、)
私に攻めかかってまいりました。右目がつぶれて、
(よくじつからいたみはさりましたが、さあこんどは、れいのじこくがくると、)
翌日から痛みはさりましたが、さあ今度は、例の時刻が来ると、
(もるひねのちゅうしゃをしてもらわねば、からだじゅうがむしゃむしゃしてきて、)
モルヒネの注射をして貰わねば、体中がムシャムシャしてきて、
(とてもたえられないようになったんです。)
とても耐えられないようになったんです。
(それもふつうのもるひねちゅうどくとはちがって、)
それも普通のモルヒネ中毒とは違って、
(もるひねがからだのなかへはいっていくときのいたみがこいしくてこいしくてならぬ)
モルヒネが体の中へ入っていく時の痛みが恋しくて恋しくてならぬ
(ようになったんです。だんな、だんなは、もるひねがひふのなかに)
ようになったんです。旦那、旦那は、モルヒネが皮膚の中に
(しみこんでいくときの、あのよだれのたれるような、)
沁みこんでいく時の、あのヨダレの垂れるような、
(きもちのよいいたみをごけいけんになったことがありますか。)
気持ちのよい痛みをご経験になったことがありますか。
(あれですよ、あのいたみがこいしくなったんです。で、まいにち、)
あれですよ、あの痛みが恋しくなったんです。で、毎日、
(れいのじこくにもるひねをちゅうしゃしてもらいましたが、いち、にしゅうかんたつと、)
例の時刻にモルヒネを注射して貰いましたが、一、二週間経つと、
(うでやせなかのどこをちゅうしゃしてもらっても、そのこいしいいたみを)
腕や背中のどこを注射して貰っても、その恋しい痛みを
(おぼえなくなったんです。さあたいへん、わたしはからだじゅうのどこがいたいかと、)
覚えなくなったんです。さあ大変、私は体中のどこが痛いかと、
(ほうぼうをさがしまわったけっか、くちびるのまわりやあしのうらをさがしあてて、)
方々を探し回った結果、唇の周りや足の裏を探し当てて、
(いたみをあじわってきましたが、それもに、さんにちちゅうしゃがつづくと、)
痛みを味わってきましたが、それも二、三日注射が続くと、
(もうかんじなくなってしまいました。とうとう、しまいにはみずから)
もう感じなくなってしまいました。とうとう、しまいには自ら
(ちゅうしゃきをとって、ごぶれいなはなしですが、はずかしいぶぶんへちゅうしゃしたんです。)
注射器をとって、ご無礼な話ですが、恥ずかしい部分へ注射したんです。
(さすがにこのぶぶんのひふはいたみがつよくて、なんともいえぬゆかいをかんじましたが、)
さすがにこの部分の皮膚は痛みが強くて、なんともいえぬ愉快を感じましたが、
(それもしかしし、ごにちいじょうはつづきませんでした。)
それもしかし四、五日以上は続きませんでした。
(もういたいところは、どこにもなくなってしまいました。)
もう痛いところは、どこにもなくなってしまいました。
(だんな、わたしがなんとかしていたいところをみつけだそうと、)
旦那、私がなんとかして痛いところを見つけだそうと、
(あせったときのこころもちをおさっしください。れいのじこくがちかづいてくると、)
焦った時の心持ちをお察し下さい。例の時刻が近づいて来ると、
(わたしはきちがいのようにもだえましたが、もだえたあげく、)
私はキチガイのようにもだえましたが、もだえた挙句、
(たったひとつだけのこっている、いちばんいたいところをみつけたんです。)
たった一つだけ残っている、一番痛いところを見つけたんです。
(だんな、それはどこだとおもいますか。めですよ、め。)
旦那、それはどこだと思いますか。目ですよ、目。
(めにものがはいったときのいたみはだんなもよくごしょうちでしょう。)
目にものが入った時の痛みは旦那もよくご承知でしょう。
(つぶれためはいたくないですが、あいているめは、)
つぶれた目は痛くないですが、あいている目は、
(わたしのよくぼうをおもうぞんぶんかなえてくれるだろうと、わたしはよろこびいさんだものです。)
私の欲望を思う存分叶えてくれるだろうと、私は喜び勇んだものです。
(で、そのばん、れいのじこくに、もるひねのちゅうしゃばりをひだりめにずぶりとつきさして、)
で、その晩、例の時刻に、モルヒネの注射針を左目にズブリと突き刺して、
(じょじょにちゅうしゃしました。さすがにおもうぞんぶん、いたみをあじわえましたよ。)
じょじょに注射しました。さすがに思う存分、痛みを味わえましたよ。
(だんな、だんなはくろいほのおというものを、そうぞうしたことはありますか。)
旦那、旦那は黒い炎というものを、想像したことはありますか。
(もるひねがひだりめにちゅうしゃされていくとき、わたしにはなんとなく)
モルヒネが左目に注射されていく時、私にはなんとなく
(くろいほのおといったかんじがしましたよ。そうして、それきりわたしのひだりめは、)
黒い炎といった感じがしましたよ。そうして、それきり私の左目は、
(みえなくなってつぶれてしまいました。ふときがついてみると、だんな、)
見えなくなってつぶれてしまいました。ふと気がついてみると、旦那、
(そのひをいつだとおもいになりますか。やつがしんでから、)
その日をいつだと思いになりますか。奴が死んでから、
(ちょうどしじゅうくにちめでしたよ。そのよくじつからは、ふしぎにも、)
ちょうど四十九日目でしたよ。その翌日からは、不思議にも、
(もるひねがほしくなくなりました。そのかわりわたしは、ぜんもうになりました。)
モルヒネが欲しくなくなりました。そのかわり私は、全盲になりました。
(ですからだんな、もるひねちゅうどくは、めをつぶせばなおると、)
ですから旦那、モルヒネ中毒は、目をつぶせば治ると、
(わたしはいまでもおもっているのです」)
私は今でも思っているのです」
(じっときいていたかれは、ぜんしんにはげしいさむさをかんじた。)
じっと聞いていた彼は、全身に激しい寒さを感じた。
(まっさーじしがはなしおわるのとどうじにもみおわったが、)
マッサージ師が話し終わるのと同時にもみ終わったが、
(かれはもはやまきたばこをふかすゆうきもなく、まっさーじしのかおを)
彼はもはや巻き煙草をふかす勇気もなく、マッサージ師の顔を
(みるのがおそろしかったので、だまってかみいれのなかからいちえんさつをとりだして、)
見るのが恐ろしかったので、黙って紙入の中から一円札を取り出して、
(まっさーじしのてににぎらせた。おいたまっさーじしは、)
マッサージ師の手に握らせた。老いたマッサージ師は、
(それをすなおにうけとってふところにしまい、たちぎわにまたもやずるそうなわらいを)
それを素直に受け取って懐にしまい、立ち際にまたもやずるそうな笑いを
(うかべていった。「えへへ、だんな、おこっちゃいけませんよ。いまのはなしは、ありゃ、)
浮べて言った。「えへへ、旦那、怒っちゃいけませんよ。今の話は、ありゃ、
(みんなうそです。わたしはうまれながらぜんもうですが、どういうものか、)
みんな嘘です。私は生まれながら全盲ですが、どういうものか、
(たばこのけむりがだいきらいでしてね、だんなをもんでいるあいだ、)
煙草の煙が大嫌いでしてね、旦那をもんでいる間、
(どうにかやめていただきたいとおもっても、だんなはとてもいっぱんてきなほうほうでは)
どうにかやめて頂きたいと思っても、旦那はとても一般的な方法では
(おやめにならぬとおもったので、ついすこしばかりはなしがおおげさになりましたよ。)
おやめにならぬと思ったので、つい少しばかり話が大袈裟になりましたよ。
(へへへ、ではどうか、ごゆっくりおやすみを。へえ、へえ、)
へへへ、ではどうか、ごゆっくりおやすみを。へえ、へえ、
(にわかのぜんもうとはちがいますから、かんけいをたたなくてもだいじょうぶです」)
にわかの全盲とは違いますから、関係をたたなくても大丈夫です」