沢の水に湧く月

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師匠シリーズ
マイタイピングに師匠シリーズが沢山あったと思ったのですが、なくなってしまっていたので、作成しました。
順位 名前 スコア 称号 打鍵/秒 正誤率 時間(秒) 打鍵数 ミス 問題 日付
1 daifuku 3783 D++ 4.0 93.6% 1207.5 4904 335 80 2024/10/15

関連タイピング

問題文

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(だいがくにねんのなつやすみに、しりあいのいなかへついていった。)

大学2年の夏休みに、知り合いの田舎へついて行った。

(ししょうとあおぐおかるとずきのせんぱいのだ。)

師匠と仰ぐオカルト好きの先輩のだ。

(ししょうはそこでなにかうすきみのわるいものをさがしているようだったが、)

師匠はそこで何か薄気味の悪いものを探しているようだったが、

(おれはとくにすることがなくて、みょうにいごこちのわるいししょうのしんせきのいえには)

俺は特にすることがなくて、妙に居心地の悪い師匠の親戚の家には

(あまりいず、まいにちなにもないやまのなかでひたすらひまをつぶしていた。)

あまり居ず、毎日なにもない山の中でひたすら暇をつぶしていた。

(よっかめのよるはまんげつだった。ばんごはんをいそうろうさきでたべおえたおれは、)

4日目の夜は満月だった。晩御飯を居候先で食べ終えた俺は、

(さっそくどこかにきえたししょうをほっておいて、いづらいそのいえからさんぽにでた。)

さっそくどこかに消えた師匠を放っておいて、居づらいその家から散歩に出た。

(とくにあてもなくさんさくしていると、ふととおりがかったばしょでかすかな)

特にあてもなく散策していると、ふと通りがかった場所でかすかな

(いわかんをおぼえてたちどまった。ややおくまったさんちゅうとはいえ)

違和感を覚えて立ち止まった。やや奥まった山中とはいえ

(つきあかりにてらされていて、きのうもいっさくじつもとおりがかった)

月明かりに照らされていて、昨日も一昨日も通りがかった

(ちいさなさわなのだが・・・かれさわだったはずがいまはふしぎなことに)

小さな沢なのだが・・・枯れ沢だったはずが今は不思議なことに

(きらきらとひかりがゆれている。ちかくによってみると、たしかにきのうまで)

キラキラと光が揺れている。近くに寄ってみると、確かに昨日まで

(かれていたさわにみずがわいていて、きれいなつきがすいめんにうつっていた。)

枯れていた沢に水が湧いていて、綺麗な月が水面に映っていた。

(このところあめもふっていないのになぁ・・・とくびをかしげながら)

このところ雨も降っていないのになァ・・・と首をかしげながら

(いそうろうさきのいえにかえると、ししょうもかえってきていた。さっそくそのことをはなすと、)

居候先の家に帰ると、師匠も帰ってきていた。さっそくそのことを話すと、

(「それはつきのわくさわだよ」という。どうやらこのあたりではゆうめいなさわで、)

「それは月の湧く沢だよ」という。どうやらこのあたりでは有名な沢で、

(ふだんはかれているがまんげつのよるにだけ、わきみずであふれるのだという。)

普段は枯れているが満月の夜にだけ、湧き水で溢れるのだという。

(どうしてそんなふしぎなことがおこるんだろうとおもっていると、)

どうしてそんな不思議なことが起こるんだろうと思っていると、

(ししょうはあっさりといった。「このむらからひょうこうで300めーとるくらい)

師匠はあっさりといった。「この村から標高で300メートルくらい

(さがったところにだむこがあるんだけど、たぶんそのせいだとおもう。)

下がったところにダム湖があるんだけど、たぶんそのせいだと思う。

など

(あれができてから、わきみずのばしょもずいぶんかわったととしよりはいってる。)

あれが出来てから、湧き水の場所も随分変わったと年寄りはいってる。

(ちかすいみゃくのながれがかわったんだよ」)

地下水脈の流れが変わったんだよ」

(しかし、わいたりかれたりというのはへんなきがする。)

しかし、湧いたり枯れたりというのは変な気がする。

(しかもまんげつのよるにだけわくというのはできすぎている。ところが)

しかも満月の夜にだけ湧くというのは出来すぎている。ところが

(「ちょうせきりょくだよ」とまたもししょうはあっさりいった。つきのいんりょくがちきゅうにあたえる)

「潮汐力だよ」とまたも師匠はあっさりいった。月の引力が地球に与える

(えいきょうはわずかなものだが、えきたいであるうみなどはもろにそのえいきょうをうける。)

影響はわずかなものだが、液体である海などはモロにその影響を受ける。

(しおのみちひきがそのだいひょうで、そのちからを「ちょうせきりょく」とよぶ。)

潮の満ち干きがその代表で、その力を「潮汐力」と呼ぶ。

(そしてまんげつのひはそのちからがさいだいになり、だいきぼなだむこもまたそのえいきょうを)

そして満月の日はその力が最大になり、大規模なダム湖もまたその影響を

(うけたのではないか、とししょうはいうのである。)

受けたのではないか、と師匠はいうのである。

(「こすいのわずかなあつりょくのへんかが、だむこにながれこむちかすいへの)

「湖水のわずかな圧力の変化が、ダム湖に流れ込む地下水への

(あつりょくのへんかとなり、わきみずにびみょうなえいきょうをあたえたんじゃないかな」)

圧力の変化となり、湧き水に微妙な影響を与えたんじゃないかな」

(「なるほど」ひっかかるところもあったとはいえ、おれはそのこたえに)

「なるほど」ひっかかるところもあったとはいえ、俺はその答えに

(すなおにかんしんした。「ただね、このむらではあのさわはあくまでも)

素直に感心した。「ただね、この村ではあの沢はあくまでも

(「つきのわくさわ」であって、そんなぶすいなこうぞうによるものじゃない。)

『月の湧く沢』であって、そんな無粋な構造によるものじゃない。

(こんないいつたえがあるんだ。「あのさわにわいたつきをのんだものには)

こんな言い伝えがあるんだ。『あの沢に湧いた月を飲んだ者には

(れいりょくがやどる」」ろまんてぃっくなはなしだ。)

霊力が宿る』」ロマンティックな話だ。

(でも、れいりょく、というひびきにふきつなものをかんじたのもたしかだ。)

でも、霊力、という響きに不吉なものを感じたのも確かだ。

(あんのじょう、ししょうはいった。「じゃ、いこうか」)

案の定、師匠はいった。「じゃ、行こうか」

(くらがりのなかを、かいちゅうでんとうをしぼっておれたちはすすんだ。さわはそんなにとおくない。)

暗がりの中を、懐中電灯をしぼって俺たちは進んだ。沢はそんなに遠くない。

(よそもののふたりがこんなじかんにこそこそであるいているのをみられたらますます)

よそ者の二人がこんな時間にこそこそ出歩いているのを見られたらますます

(いづらくなりそうだったが、さいわいだれともすれちがわなかった。)

居づらくなりそうだったが、幸い誰ともすれ違わなかった。

(さわにつくとおれはほっとした。ひょっとすると、まぼろしのようにみずが)

沢に着くと俺はほっとした。ひょっとすると、幻のように水が

(きえているのではないかというきがしていたのだ。やまのしゃめんによりそうような)

消えているのではないかという気がしていたのだ。山の斜面に寄り添うような

(すいめんにまんげつがゆらゆらとゆれている。ししょうはさわのふちにかがみこんで、)

水面に満月がゆらゆらと揺れている。師匠は沢の淵に屈みこんで、

(めをらんらんとさせながらがんかのつきをみている。おれは「ちょうせきりょくだよ」といった)

目を爛々とさせながら眼下の月を見ている。俺は「潮汐力だよ」といった

(ししょうのこたえにいだいた、ひっかかりのことをかんがえていた。りかはにがてだったが、)

師匠の答えに抱いた、ひっかかりのことを考えていた。理科は苦手だったが、

(たしかにそんなちからがそんざいすることはしっている。しかし・・・)

たしかにそんな力が存在することは知っている。しかし・・・

(ちょうせきりょくがさいだいになるのはまんげつのひだけだっただろうか?)

潮汐力が最大になるのは満月の日だけだっただろうか?

(おぼろげなきおくではあるが、たしかつきのきえた「しんげつ」のひにもちょうせきりょくは)

おぼろげな記憶ではあるが、確か月の消えた「新月」の日にも潮汐力は

(さいだいになるのではなかったか。では、まんげつのひにだけわくというこのさわは)

最大になるのではなかったか。では、満月の日にだけ湧くというこの沢は

(いったいなんだ?ししょうのめがらんらんとしている。なによりししょうのめが、)

いったい何だ?師匠の目が爛々としている。なにより師匠の目が、

(「ちょうせきりょく」というこたえをひていしているようだった。)

「潮汐力」という答えを否定しているようだった。

(おれはえたいのしれないさむけにおそわれた。ちゃぽというおとをたてて、)

俺は得体の知れない寒気に襲われた。チャポという音を立てて、

(ししょうがさわのみずをすくっている。のむきだ。)

師匠が沢の水を掬っている。飲む気だ。

(ししょうはすくいとったてのひらにまんげつをみただろうか。いっしんふらんにみずをのみはじめた。)

師匠は掬い取った手の平に満月を見ただろうか。一心不乱に水を飲みはじめた。

(なんどもなんどもてをさしいれて。おれはたちつくしたままそれをみている。)

何度も何度も手を差し入れて。俺は立ち尽くしたままそれを見ている。

(やがてしんじられないものをおれはみて、へたへたとすわりこんだ。)

やがて信じられないものを俺は見て、ヘタヘタと座り込んだ。

(きがつくとししょうのてがとまっていて、そのしたにはすいめんがゆれている。)

気がつくと師匠の手が止まっていて、その下には水面が揺れている。

(つきが、もううつっていなかった。きえた。)

月が、もう映っていなかった。消えた。

(おれはにげだしたくなるきもちをおさえ、このできごとにごうりてきな)

俺は逃げ出したくなる気持ちを抑え、この出来事に合理的な

(かいしゃくをあたえようとしていた。「ちょうせきりょくだよ」というそんなちからづよいことばのような。)

解釈を与えようとしていた。『潮汐力だよ』というそんな力強い言葉のような。

(うごけないでいるとししょうがなにごともなかったかのようにあゆみよってきて、)

動けないでいると師匠が何事もなかったかのように歩み寄ってきて、

(「もうつきものんだし、かえろう」といった。そのしゅんかんわかった。)

「もう月も飲んだし、帰ろう」といった。その瞬間わかった。

(へたりこんだままそらをみあげて、おれはばかばかしくなってわらった。)

へたりこんだまま空を見上げて、俺はバカバカしくなって笑った。

(いつのまにかそらはくもって、つきはかくれていたのだ。ほんとうにばかばかしかった。)

いつのまにか空は曇って、月は隠れていたのだ。本当にバカバカしかった。

(しんげつのなぞさえわすれていれば。つぎのひ、ししょうがあっさりおしえてくれた。)

新月の謎さえ忘れていれば。次の日、師匠があっさり教えてくれた。

(「あのだむはね、さんじゅうにちごとにしけんほうりゅうをするんだ」)

「あのダムはね、30日ごとに試験放流をするんだ」

(そのしゅうきとまんげつのしゅうきとがたまたまかぶっているというのだ。)

その周期と満月の周期とがたまたまかぶっているというのだ。

(つきのみちかけがいっしゅうするまでのきかんをさくぼうつきといい、へいきんすると)

月の満ち欠けが一周するまでの期間を朔望月といい、平均すると

(おおよそにじゅうきゅうてんごーさんにち。さんじゅうにちごとのしけんほうりゅうではいちねんかんで)

おおよそ29.53日。30日ごとの試験放流では一年間で

(むいかほどずれがしょうじるはずだが、ほうりゅうよていびがきゅうじつだったばあいはそのぜんじつに)

6日ほどズレが生じるはずだが、放流予定日が休日だった場合はその前日に

(まえだおしすることになっており、そのしゅうきがさくぼうつきにちかづくのだという。)

前倒しすることになっており、その周期が朔望月に近づくのだという。

(「でもぴったりまんげつのひにあのさわがわくのはめずらしいらしいけどね」)

「でもぴったり満月の日にあの沢が湧くのはめずらしいらしいけどね」

(ちからがぬけた。ちかすいのあつりょくへんかのげんいんはちょうせきりょくですらなく、)

力が抜けた。地下水の圧力変化の原因は潮汐力ですらなく、

(ただのだむのほうりゅうだった。ようするにかつがれたわけだ。)

ただのダムの放流だった。ようするに担がれたわけだ。

(しかし、あのよるおこったことのほんとうのいみをしったときにはもう、)

しかし、あの夜起こったことの本当の意味を知った時にはもう、

(ししょうはいなかった。すうねんご、ししょうのなぞのしっそうのあとあのよるのことを)

師匠はいなかった。数年後、師匠の謎の失踪のあとあの夜のことを

(おもいだしていて、まだひとつだけとけていないなぞにきがついたのだ。)

思い出していて、まだひとつだけ解けていない謎に気がついたのだ。

(あのよる、おれとししょうはかいちゅうでんとうをしぼってさわにむかった。つきのわくというさわに。)

あの夜、俺と師匠は懐中電灯をしぼって沢に向かった。月の湧くという沢に。

(そらはいつからくもっていたのか。)

空はいつから曇っていたのか。

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