『卵』夢野久作2【完】

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プレイ回数435難易度(4.5) 3648打 長文
肉体ではなく魂が交わったことで生まれたナゾの卵の話
※分かりやすくする為、表記等を一部改変しております

↓のURLからの続きですので、未プレイの方はプレイしてから
こちらのタイピングをしてください
https://typing.twi1.me/game/332206

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問題文

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(さんたろうくんはきみょうにもこうこつとしたきもちになって、)

三太郎君は奇妙にも恍惚とした気持ちになって、

(そのおおきなたまごをそっとだきあげてみました。)

その大きな卵をソッと抱き上げてみました。

(それはよくみるとあおいような、きいろいような、はんとうめいなからのなかに、)

それはよく見ると青いような、黄色いような、半透明な殻の中に、

(とろとろとしたえきたいがいっぱいにはいっており、みずぐらいのおもたさでした。)

トロトロとした液体が一杯に入っており、水ぐらいの重たさでした。

(くわえて、たいようのひかりがあたっているうえはんぶんは、あたたかかったのです。)

加えて、太陽の光が当たっている上半分は、温かかったのです。

(さんたろうくんは、それからまいばんそのたまごをだいてねました。)

三太郎君は、それから毎晩その卵を抱いて寝ました。

(そのつめたいからが、さんたろうくんのはだとおなじあったかさになると、)

その冷たい殻が、三太郎君の肌と同じ温かさになると、

(たまごのなかからすやすやというねいきが、かすかにきこえてくるようにおもわれました。)

卵の中からスヤスヤという寝息が、かすかに聞えて来るように思われました。

(しかも、それがさんたろうくんのもうそうでないしょうこに、)

しかも、それが三太郎君の妄想でない証拠に、

(ちょっとゆさぶってみますと、そのねいきのおとがぴったりとまるのでした。)

ちょっと揺さぶってみますと、その寝息の音がピッタリ止まるのでした。

(また、おちちのようなあまったるいにおいが、ほのかにわいてくるのです。)

また、お乳のような甘ったるい匂いが、ほのかに湧いて来るのです。

(さんたろうくんは、たまごがかわいくなりました。)

三太郎君は、卵が可愛くなりました。

(まいにちくらくなるのがまちどおしくなり、こわさないようにそっとだいてねるのが、)

毎日暗くなるのが待ち遠しくなり、壊さないようにソッと抱いて寝るのが、

(このうえもなくたのしみになってきました。)

この上もなく楽しみになってきました。

(よるがあければ、すぐにふとんをおしいれにいれて、)

夜が明ければ、すぐに布団を押し入れに入れて、

(じぶんのぬくもりがこもったふとんのなかにそっといれてやるのでした。)

自分のぬくもりがこもった布団の中にソッと入れてやるのでした。

(こうしてどくしんのまま、かわいいたまごをだいてしょうがいをすごしたら、)

こうして独身のまま、可愛い卵を抱いて生涯を過ごしたら、

(どんなにきらくでうれしいだろう、などとくうそうしたりしました。)

どんなに気楽で嬉しいだろう、などと空想したりしました。

(ですが、たまごはしだいにへんかしてきました。)

ですが、卵は次第に変化してきました。

(からのいろがきいろからももいろへ、ももいろからちゃいろへ、ちゃいろからはいいろへ。)

殻の色が黄色から桃色へ、桃色から茶色へ、茶色から灰色へ。

など

(それとどうじによるがふかまるにつれて、なかからきこえるものおとがたかまり、)

それと同時に夜が深まるにつれて、中から聞こえる物音が高まり、

(しまいにはうんうんといううなりごえかのようなおとになりました。)

しまいにはウンウンという唸り声かのような音になりました。

(さんたろうくんはきみがわるくなってきました。)

三太郎君は気味が悪くなってきました。

(きっと、たまごがかえりかけているにちがいない。)

きっと、卵がかえりかけているに違いない。

(そして、なかにいるものがからをやぶりきれずに、くるしがっているにちがいないと。)

そして、中に居るモノが殻を破りきれずに、苦しがっているに違いないと。

(しかしそのうちに、かってにうちがわからやぶれるであろうとおもい、)

しかしそのうちに、勝手に内側から破れるであろうと思い、

(まんがいちわってはたいへんだと、がまんしながらだいておりました。)

万が一割っては大変だと、我慢しながら抱いておりました。

(あきがふかまるにつれて、たまごはだんだんはいいろからむらさきいろへかわっていきました。)

秋が深まるにつれて、卵は段々灰色から紫色へ変わっていきました。

(それはしにんのようにきみがわるいいろで、うすあかいはんてんもまじってきました。)

それは死人のように気味が悪い色で、薄赤い斑点も混じってきました。

(たまごのなかのうなりごえもしだいにたかまり、はをむきだしたやじゅうか)

卵の中の唸り声も次第に高まり、歯をむき出した野獣か

(なにかのように、しょうきをうしなったようになってきました。)

なにかのように、正気を失ったようになってきました。

(ときおり、きりきりとはぎしりするようなおとさえ、からのなかでおこるのでした。)

時折、キリキリと歯ぎしりするような音さえ、殻の中で起こるのでした。

(さんたろうくんは、そのたびにぞっとさせられました。)

三太郎君は、その度にゾッとさせられました。

(よどおしねむれないこともありました。)

夜通しねむれない事もありました。

(これは、こらえきれないとおもったこともありました。)

これは、こらえきれないと思った事もありました。

(そんなよるがつづいたあるばん、さんたろうくんがうんうんうなるたまごをふところにいれたまま、)

そんな夜が続いたある晩、三太郎君がウンウン唸る卵を懐に入れたまま、

(うつらうつらねむっているうちに、ふいにどこからともなく)

ウツラウツラねむっているうちに、不意にどこからともなく

(しゃがれたこえがきこえてきました。)

しゃがれた声が聞こえて来ました。

(「おとうさんおとうさんおとうさんおとうさん」)

「オトウサンオトウサンオトウサンオトウサン」

(それはしにものぐるいでもがいている、ちいさいにんげんのこえのようでした。)

それは死に物狂いでもがいている、小さい人間の声のようでした。

(さんたろうくんは、はっとめをさましました。)

三太郎君は、ハッと目を覚ましました。

(たまごはさんたろうくんのみぞおちのところで、びょうにんのようにあつくなっていました。)

卵は三太郎君のみぞおちの所で、病人のように熱くなっていました。

(そのなかからしょうべんのような、くさったさかなのような、)

その中から小便のような、腐った魚のような、

(あたたかいしゅうきがふとんのなかいっぱいにこもっています。)

温かい臭気が布団の中一杯にこもっています。

(さんたろうくんはあわててたまごをかかえなおすと、)

三太郎君は慌てて卵を抱え直すと、

(そのままおきあがって、おおいそぎであまどをあけました。)

そのまま起き上がって、大急ぎで雨戸をあけました。

(もとのばしょへかえそうとおもい、にわげたをつっかけましたが、)

元の場所へ返そうと思い、庭下駄を突っかけましたが、

(あまりにもあわてておりましたので、おもわずまえのめりになり、)

あまりにも慌てておりましたので、思わず前のめりになり、

(まっくらなにわにおいてあるふみだいようのいしに、たまごをころりとおとしました。)

真っ暗な庭に置いてある踏み台用の石に、卵をコロリと落としました。

(するとばっちゃりとつぶれたおとがして、)

するとバッチャリと潰れた音がして、

(なまあたたかくてすっぱいような、しょうべんのにおいがむらむらとかおにせまってきました。)

生温かくて酸っぱいような、小便の匂いがムラムラと顔に迫って来ました。

(さんたろうくんはよろよろあとずさりしながら、かおをそむけました。)

三太郎君はヨロヨロあとずさりしながら、顔をそむけました。

(そらにはいちめんにほしがちらばっていました。)

空には一面に星が散らばっていました。

(さんたろうくんは、あともみずにぴっしゃりとまどをしめました。)

三太郎君は、あとも見ずにピッシャリと窓を閉めました。

(ぜんしんのあせがひやひやとひえて、かわいていくのをかんじつつ、)

全身の汗がヒヤヒヤと冷えて、乾いていくのを感じつつ、

(ねどこにもぐって、わなわなとふるえておりましたが、)

寝床にもぐって、ワナワナと震えておりましたが、

(そのうちにうとうとしはじめたかとおもうと、またはっとめをさましました。)

そのうちにウトウトし始めたかと思うと、またハッと目を覚ましました。

(あとしまつをしなければとおもい、おそるおそるあまどをひらいてみますと、)

後始末をしなければと思い、 恐る恐る雨戸をひらいてみますと、

(いつのまにかよるがあけており、そとはひじょうにあかるいこはるびよりでした。)

いつのまにか夜が明けており、外は非常に明るい小春日和でした。

(うらにわのすみには、まだこすもすのしろいはなが、)

裏庭の隅には、まだコスモスの白い花が、

(くろいえだのあいだにちらほらとさきのこっています。)

黒い枝のあいだにチラホラと咲き残っています。

(ふみだいようのいしには、なんのあとかたもありませんでした。)

踏み台用の石には、なんの跡形もありませんでした。

(おおかた、さくやのうちにきんじょのいぬかねこがきて、)

おおかた、昨夜のうちに近所の犬か猫が来て、

(なめてしまったのだろうとおもわれるくらい、きれいになっておりました。)

なめてしまったのだろうと思われるくらい、キレイになっておりました。

(さんたろうくんはほっとしました。)

三太郎君はホッとしました。

(そうして、なにくわぬかおでちょうしょくまえのさんぽにでかけました。)

そうして、何食わぬ顔で朝食前の散歩に出かけました。

(うらのいえには、まただれかあたらしいひとがひっこしてくるのか、)

裏の家には、また誰か新しい人が引っ越して来るのか、

(かしやのふだがきれいにはぎとられてありました。)

貸家の札がキレイに剥ぎ取られてありました。

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