『卵』夢野久作1

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プレイ回数948難易度(4.5) 3889打 長文
肉体ではなく魂が交わったことで生まれたナゾの卵の話
※分かりやすくする為、表記等を一部改変しております

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問題文

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(さんたろうくんはべんきょうにあきて、うらにわにでました。)

三太郎君は勉強に飽きて、裏庭に出ました。

(そらにはいちめんにしろいうろこぐもがただよって、あわいたいようがあたたかくてっておりました。)

空には一面に白いうろこ雲が漂って、淡い太陽が暖かく照っておりました。

(そのしたにたちならぶこうがいのいえいえは、ひとけもないくらいひっそりとして、)

その下に立ち並ぶ郊外の家々は、人気もないくらいヒッソリとして、

(おとなりのとちととちのきょうかいにさいたこすもすがいっぱいあり、)

お隣りの土地と土地の境界に咲いたコスモスが一杯あり、

(はなびらひとつうごかさずに、あわいそらのひかりをいろんなほうこうにはんしゃしておりました。)

花びら一つ動かさずに、淡い空の光りを色んな方向に反射しておりました。

(そのはなのかげのくろいじめじめしたつちのうえに、)

その花の陰の黒いジメジメした土の上に、

(あかんぼうのあたまぐらいのしろくてまるいものがみえます。)

赤ん坊の頭ぐらいの白くて丸い物が見えます。

(「おや、なんだろう」と、さんたろうくんはふしぎにおもってちかよってみますと、)

「オヤ、なんだろう」と、三太郎君は不思議に思って近寄ってみますと、

(それはひとつのおおきなたまごで、しろいからがだいりせきのようなこうたくをおびておりました。)

それは一つの大きな卵で、白い殻が大理石のような光沢を帯びておりました。

(そのよこのじめんには、たけぎれかなにかでじがかいてありました。)

その横の地面には、竹ぎれかなにかで字が書いてありました。

(「さんたろうさまへ、つゆこより」)

「三太郎様へ、露子より」

(さんたろうくんははっとして、あわてながらそのもじをげたでふみけしました。)

三太郎君はハッとして、慌てながらその文字を下駄で踏み消しました。

(そうしてこすもすのはなごしに、あきちつづきになっている)

そうしてコスモスの花越しに、空き地続きになっている

(うらどなりのにかいをみあげました。)

裏隣りの二階を見上げました。

(そのにかいは、いっかいとどうようにあまどがしまっていて、)

その二階は、一階と同様に雨戸が閉まっていて、

(「かしや」とかかれたあたらしいはんしがななめにはってありました。)

「貸家」と書かれた新しい半紙がななめに貼ってありました。

(つゆこさんのいえは、ゆうべさんたろうくんがねむっているうちに、)

露子さんの家は、ゆうべ三太郎君がねむっているうちに、

(どこかへひっこしてしまったらしいのです。)

どこかへ引っ越してしまったらしいのです。

(つゆこさんとさんたろうくんがはじめてかおをみあわせたのは、ことしのしょしゅんでした。)

露子さんと三太郎君が初めて顔を見合わせたのは、今年の初春でした。

(それは、つゆこさんいっかがここにうつってきてからまもない、あるひのことです。)

それは、露子さん一家がここに移って来てからまもない、ある日の事です。

など

(そのときには、かしやのふだがはってあるにかいのしょうじがひらいており、)

その時には、貸家の札が貼ってある二階の障子がひらいており、

(てすりからこちらのにわをみおろしたつゆこさんのしせんと、)

手すりからこちらの庭を見下ろした露子さんの視線と、

(ざしきのしょうじをぜんかいにしてべんきょうをしていたさんたろうくんのしせんが、)

座敷の障子を全開にして勉強をしていた三太郎君の視線が、

(ほんのちょっとためらいながら、すれちがっただけでした。)

ほんのちょっとためらいながら、すれ違っただけでした。

(つゆこさんはそのまま、ひややかなたいどでめをふせて、)

露子さんはそのまま、冷ややかな態度で目を伏せて、

(しょうじをしめながらひっこんでいきましたし、)

障子を閉めながら引っ込んで行きましたし、

(それをみおくったさんたろうくんもしずかにたちあがって、しょうじをしめてしまったのです。)

それを見送った三太郎君も静かに立ち上って、障子をしめてしまったのです。

(それから、きのうまでのすうかげつかん、)

それから、きのうまでの数カ月間、

(つゆこさんとさんたろうくんはまいにちのようにかおをあわせておりました。)

露子さんと三太郎君は毎日のように顔を合わせておりました。

(おたがいにこいごころをいだいていることをかんじながら、わざとよそよそしくふるまい、)

お互いに恋心を抱いていることを感じながら、わざとヨソヨソしく振る舞い、

(うっかりしせんでもあえば、あわててめをそらして、)

うっかり視線でも合えば、慌てて目をそらして、

(にげるようにいえのなかへひっこんでしまうのでした。)

逃げるように家の中へ引っ込んでしまうのでした。

(ふたりはこうしてかおをあわせるたびに、おたがいのたいどをまねるのでした。)

二人はこうして顔を合わせる度に、お互いの態度を真似るのでした。

(そうして、とうとうにっこりしあうきかいがいちどもないうちに、)

そうして、とうとうニッコリし合う機会が一度もないうちに、

(わかれなくてはならなくなったらしいのです。)

別れなくてはならなくなったらしいのです。

(ふたりは、なんというおろかなふたりだったでしょう。)

二人は、なんという愚かな二人だったでしょう。

(なぜ、あんなにかたぐるしくまじめなたいどをとったのでしょう。)

なぜ、あんなに堅苦しく真面目な態度をとったのでしょう。

(なぜあんなに、おたがいのこいをけいかいしあったのでしょうか。)

なぜあんなに、お互いの恋を警戒し合ったのでしょうか。

(さんたろうくんはそのげんいんをしっていました。)

三太郎君はその原因を知っていました。

(ほんとうのことをいいますと、あのつゆこさんのかおをはじめてみたばんに、)

本当の事をいいますと、あの露子さんの顔を初めて見た晩に、

(さんたろうくんのたましいは、よくねむっているさんたろうくんのにくたいを)

三太郎君の魂は、よく眠っている三太郎君の肉体を

(そーっとぬけだしていったのです。)

ソーッと抜け出して行ったのです。

(そうして、ちょうどいまさんたろうくんがつったっているくろいつちのうえで、)

そうして、ちょうど今三太郎君が突っ立っている黒い土の上で、

(まっていたつゆこさんとしのびあったのです。)

待っていた露子さんと忍び合ったのです。

(それからさんたろうくんのたましいはまいばんのように、)

それから三太郎君の魂は毎晩のように、

(おなじところでつゆこさんとであい、ささやきあい、なきあい、わらいあったのです。)

同じ所で露子さんと出会い、ささやき合い、泣き合い、笑い合ったのです。

(もっともさいしょのうちは、それをじぶんひとりだけのげんそうだとおもって、)

もっとも最初のうちは、それを自分一人だけの幻想だと思って、

(さんたろうくんははじていたのです。)

三太郎君は恥じていたのです。

(つゆこさんのうしろすがたや、きものをわずかにみただけでも、)

露子さんのうしろ姿や、着物をわずかに見ただけでも、

(すまない、はずかしい、どうなるのだろう、というようなきもちにとらわれて、)

すまない、恥ずかしい、どうなるのだろう、というような気持ちに囚われて、

(ひとしれずがんめんのきんにくをきんちょうさせておりました。)

人知れず顔面の筋肉を緊張させておりました。

(ところがそのうち、つゆこさんもさんたろうくんとおなじきもちで、)

ところがそのうち、露子さんも三太郎君と同じ気持ちで、

(こちらをみていることがわかってきたのでした。)

こちらを見ていることがわかってきたのでした。

(つゆこさんがさんたろうくんとかおをみあわすたびにみせるなんともいえない、)

露子さんが三太郎君と顔を見合わす度に見せるなんともいえない、

(つめたくきんちょうしたひょうじょうが、そうしたつゆこさんのこころのそこのひみつを、)

冷たく緊張した表情が、そうした露子さんの心の底の秘密を、

(ありのままにものがたっているのでした。)

ありのままに物語っているのでした。

(さんたろうくんがたいけんしているものは、けっしてさんたろうくんひとりのきのまよいではないと。)

三太郎君が体験しているものは、決して三太郎君一人の気の迷いではないと。

(うたがいもなく、ふたりのたましいはそのままにくたいをぬけだして、)

疑いもなく、二人の魂はそのまま肉体を抜け出して、

(まいよここであいびきをしてたのしんでいる。)

毎夜ここで逢引をして楽しんでいる。

(そのようなことがしだいにはっきりと、さんたろうくんにいしきされてきたのです。)

そのような事が次第にハッキリと、三太郎君に意識されてきたのです。

(そうして、それとどうじに、ふたりがこうしてげんじつのこいをせんたくしないで、)

そうして、それと同時に、二人がこうして現実の恋を選択しないで、

(たましいだけでしのびあうのにまんぞくしているのは、)

魂だけで忍び合うのに満足しているのは、

(けっしてこいをおそれているのではなく、げんじつのこいからひつぜんてきにうまれる)

決して恋を恐れているのではなく、現実の恋から必然的に生まれる

(「あるけっか」をおそれあっているからだ、ということまでも)

「ある結果」を恐れ合っているからだ、という事までも

(はっきりとさんたろうくんにはわかっているのでした。)

ハッキリと三太郎君にはわかっているのでした。

(ふたりがひるまにかわすめつきは、いっそうひややかになっていきましたが、)

二人が昼間に交わす目付きは、一層冷やかになっていきましたが、

(はんたいにふたりのたましいはひがくれると、このくろいつちのうえでおうせをたのしむのです。)

反対に二人の魂は日が暮れると、この黒い土の上で逢瀬を楽しむのです。

(そんなうちになつがすぎ、このくろいつちのうえにだれがたねをまいたのか、)

そんなうちに夏が過ぎ、この黒い土の上に誰が種をまいたのか、

(こすもすがたかくおいしげりました。)

コスモスが高く生い茂りました。

(そうしてあきにはいってから、まぶしいほどうつくしくまんかいした)

そうして秋に入ってから、まぶしいほど美しく満開した

(とおもうまもなくきょうになって、このようなきみょうなできごとがおこったのです。)

と思うまもなく今日になって、このような奇妙な出来事が起こったのです。

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