谷崎潤一郎 痴人の愛 41

背景
投稿者投稿者神楽@社長推しいいね1お気に入り登録
プレイ回数483難易度(4.5) 5659打 長文
谷崎潤一郎の中編小説です
私のお気に入りです

関連タイピング

問題文

ふりがな非表示 ふりがな表示

(「かわいさん、ぼくはあなたがきょうだしぬけにここへおいでになったりゆうも、)

「河合さん、僕はあなたが今日出し抜けに此処へおいでになった理由も、

(そうぞうがつかなくはありません。ぼくはあなたをだましていたんです。それについては)

想像がつかなくはありません。僕はあなたを欺していたんです。それに就いては

(たといどんなせいさいでも、あまんじてうけるつもりなんです。いまさらこんなことをいうのは)

たといどんな制裁でも、甘んじて受ける積りなんです。今更こんな事を云うのは

(へんですけれど、ぼくはとうから、・・・・・・・・・いちどあなたにこういうところを)

変ですけれど、僕はとうから、・・・・・・・・・一度あなたにこう云う所を

(はっけんされるまでもなく、じぶんのつみをうちあけようと)

発見されるまでもなく、自分の罪を打ち明けようと

(おもっていました。・・・・・・・・・」)

思っていました。・・・・・・・・・」

(そういっているうちに、はまだのめにはなみだがいっぱいうかんできて、それがぽたぽた)

そう云っているうちに、浜田の眼には涙が一杯浮かんで来て、それがぽたぽた

(ほおをつたってながれだしました。すべてがまったく、わたしのよそうのそとでした。わたしはだまって、)

頬を伝って流れ出しました。総べてが全く、私の予想の外でした。私は黙って、

(まぶたをぱちぱちやらせながら、そのこうけいをながめていましたが、かれのじはくを)

眼瞼をパチパチやらせながら、その光景を眺めていましたが、彼の自白を

(いちおうしんようするとしても、まだわたしにはふにおちないことだらけでした。)

一往信用するとしても、まだ私には腑に落ちないことだらけでした。

(「かわいさん、どうかぼくをゆるすといってくれませんか、・・・・・・・・・」)

「河合さん、どうか僕を赦すと云ってくれませんか、・・・・・・・・・」

(「しかし、はまだくん、ぼくにはまだよくわかってないんだ。きみはなおみから)

「しかし、浜田君、僕にはまだよく分ってないんだ。君はナオミから

(かぎをもらって、ここへなにしにきていたというんです?」)

鍵を貰って、此処へ何しに来ていたと云うんです?」

(「ここで、・・・・・・・・・ここできょう、・・・・・・・・・なおみさんと)

「此処で、・・・・・・・・・此処で今日、・・・・・・・・・ナオミさんと

(あうやくそくになっていたんです」)

逢う約束になっていたんです」

(「え?なおみとここであうやくそくに?」)

「え?ナオミと此処で逢う約束に?」

(「ええ、そうです、・・・・・・・・・それもきょうだけじゃないんです。いままで)

「ええ、そうです、・・・・・・・・・それも今日だけじゃないんです。今まで

(なんどもそうしてたんです。・・・・・・・・・」)

何度もそうしてたんです。・・・・・・・・・」

(だんだんきくと、わたしたちがかまくらへひきうつってから、かれとなおみとはここでさんども)

だんだん聞くと、私たちが鎌倉へ引き移ってから、彼とナオミとは此処で三度も

(みっかいしているというのでした。つまりなおみは、わたしがかいしゃへでていったあとで、)

密会していると云うのでした。つまりナオミは、私が会社へ出て行ったあとで、

など

(ひときしゃかふたきしゃおくらせて、おおもりへやってくるのだそうです。いつも)

一と汽車か二た汽車おくらせて、大森へやって来るのだそうです。いつも

(たいがいあさのじゅうじぜんごにきて、じゅういちじはんにはかえっていく。それでかまくらへもどるのは)

大概朝の十時前後に来て、十一時半には帰って行く。それで鎌倉へ戻るのは

(おそくもごごいちじごろなので、かのじょがまさかそのあいだにおおもりまでいって)

おそくも午後一時頃なので、彼女がまさかその間に大森まで行って

(きたろうとは、やどのものにもきがつかれないようにしてある。そしてはまだは、)

来たろうとは、宿の者にも気がつかれないようにしてある。そして浜田は、

(けさもじゅうじにおちあうてはずになっていたので、さっきわたしがあがってきたのを、)

今朝も十時に落ち合う手筈になっていたので、さっき私が上って来たのを、

(てっきりなおみがきたのだとばかりおもっていた、と、そうかれはいうのでした。)

てっきりナオミが来たのだとばかり思っていた、と、そう彼は云うのでした。

(このおどろくべきじはくにたいして、さいしょにわたしのむねをいっぱいにみたしたものは、)

この驚くべき自白に対して、最初に私の胸を一杯に充たしたものは、

(ただぼうぜんたるかんじよりほかありませんでした。あいたくちがふさがらない、)

ただ茫然たる感じより外ありませんでした。開いた口が塞がらない、

(なんともかんともはなしにならない、じじつそのとおりのきもちでした。)

何ともかんとも話にならない、事実その通りの気持でした。

(ことわっておきますがわたしはそのときさんじゅうにさいで、なおみのとしはじゅうきゅうでした。)

断って置きますが私はその時三十二歳で、ナオミの歳は十九でした。

(じゅうきゅうのむすめが、かくもだいたんに、かくもかんかつに、わたしをあざむいていようとは!なおみが)

十九の娘が、かくも大胆に、かくも奸黠に、私を欺いていようとは!ナオミが

(そんなおそろしいしょうじょであるとは、いまのいままで、いや、いまになっても、まだわたしには)

そんな恐ろしい少女であるとは、今の今まで、いや、今になっても、まだ私には

(かんがえられないくらいでした。)

考えられないくらいでした。

(「きみとなおみとは、いったいいつからそういうかんけいになっていました?」)

「君とナオミとは、一体いつからそう云う関係になっていました?」

(はまだをゆるすゆるさないはにのつぎのもんだいとして、わたしはねほりはほり、じじつのしんそうを)

浜田を赦す赦さないは二の次の問題として、私は根掘り葉掘り、事実の真相を

(しりたいとおもうねがいにもえました。)

知りたいと思う願いに燃えました。

(「それはよほどまえからなんです。たぶんあなたがぼくをごぞんじにならない)

「それはよほど前からなんです。多分あなたが僕を御存知にならない

(じぶん、・・・・・・・・・」)

時分、・・・・・・・・・」

(「じゃ、いつだったかきみにはじめてあったことがありましたっけね、あれは)

「じゃ、いつだったか君に始めて会ったことがありましたっけね、あれは

(きょねんのあきだったでしょう、ぼくがかいしゃからかえってくると、かだんのところできみが)

去年の秋だったでしょう、僕が会社から帰って来ると、花壇のところで君が

(なおみとたちばなしをしていたのは?」)

ナオミと立ち話をしていたのは?」

(「ええ、そうでした、かれこれちょうどいちねんになります。」)

「ええ、そうでした、かれこれちょうど一年になります。」

(「すると、もうあのじぶんから?」)

「すると、もうあの時分から?」

(「いや、あれよりももっとまえからでした。ぼくはきょねんのさんがつからぴあのをならいに、)

「いや、あれよりももっと前からでした。僕は去年の三月からピアノを習いに、

(すぎさきじょしのところへかよいだしたんですが、あすこではじめてなおみさんを)

杉崎女史の所へ通い出したんですが、あすこで始めてナオミさんを

(しったんです。それからまもなく、なんでもみつきぐらいたってから、」)

知ったんです。それから間もなく、何でも三月ぐらい立ってから、」

(「そのじぶんはどこであってたんです?」)

「その時分は何処で逢ってたんです?」

(「やっぱりここの、おおもりのおたくでした。ごぜんちゅうはなおみさんはどこへもけいこに)

「やっぱり此処の、大森のお宅でした。午前中はナオミさんは何処へも稽古に

(いかないし、ひとりでさむしくってしようがないからあそびにきてくれといわれたんで、)

行かないし、独りで淋しくって仕様がないから遊びに来てくれと云われたんで、

(さいしょはそのつもりでたずねてきたんです」)

最初はそのつもりで訪ねて来たんです」

(「ふん、じゃ、なおみのほうからあそびにこいといったんですね?」)

「ふん、じゃ、ナオミの方から遊びに来いと云ったんですね?」

(「ええ、そうでした。それにぼくはあなたというものがあることを、まったく)

「ええ、そうでした。それに僕はあなたと云うものがあることを、全く

(しりませんでした。じぶんのくにはいなかのほうだものだから、おおもりのしんるいへ)

知りませんでした。自分の国は田舎の方だものだから、大森の親類へ

(きているので、あなたといとこどうしのあいだがらだと、なおみさんはいっていました。)

来ているので、あなたと従兄弟同士の間柄だと、ナオミさんは云っていました。

(それがそうでないとしったのは、あなたがはじめてえるどらどおのだんすに)

それがそうでないと知ったのは、あなたが始めてエルドラドオのダンスに

(こられたじぶんでした。けれどもぼくは、・・・・・・・・・もうそのときは)

来られた時分でした。けれども僕は、・・・・・・・・・もうその時は

(どうすることもできなくなっていたのです」)

どうすることも出来なくなっていたのです」

(「なおみがこのなつ、かまくらへいきたがったのは、きみとのそうだんのけっかなのじゃ)

「ナオミがこの夏、鎌倉へ行きたがったのは、君との相談の結果なのじゃ

(ないでしょうか?」)

ないでしょうか?」

(「いいえ、あれはぼくじゃないんです、なおみさんにかまくらいきをすすめたのは)

「いいえ、あれは僕じゃないんです、ナオミさんに鎌倉行きをすすめたのは

(くまがいなんです」)

熊谷なんです」

(はまだはそういって、きゅうにいちだんとごきをつよめて、)

浜田はそう云って、急に一段と語気を強めて、

(「かわいさん、だまされたのはあなたばかりじゃありません!ぼくもやっぱり)

「河合さん、欺されたのはあなたばかりじゃありません!僕もやっぱり

(だまされていたんです!」)

欺されていたんです!」

(「・・・・・・・・・それじゃなおみはくまがいくんとも?・・・・・・・・・」)

「・・・・・・・・・それじゃナオミは熊谷君とも?・・・・・・・・・」

(「そうです、いまなおみさんをいちばんじゆうにしているおとこはくまがいなんです。ぼくは)

「そうです、今ナオミさんを一番自由にしている男は熊谷なんです。僕は

(なおみさんがくまがいをすいているのを、とうからうすうすはかんづいていました。)

ナオミさんが熊谷を好いているのを、とうからうすうすは感づいていました。

(けれどもいっぽうぼくとかんけいしていながら、まさかくまがいともそうなっていようとは、)

けれども一方僕と関係していながら、まさか熊谷ともそうなっていようとは、

(ゆめにもおもっていなかったんです。それになおみさんは、じぶんはただおとこのともだちと)

夢にも思っていなかったんです。それにナオミさんは、自分はただ男の友達と

(むじゃきにさわぐのがすきなんだ、それいじょうのことはなにもないんだって)

無邪気に騒ぐのが好きなんだ、それ以上の事は何もないんだって

(いうもんだから、なるほどそれもそうかとおもって、・・・・・・・・・」)

云うもんだから、成る程それもそうかと思って、・・・・・・・・・」

(「ああ」)

「ああ」

(と、わたしはためいきをつきながらいいました。)

と、私はため息をつきながら云いました。

(「それがなおみのてなんですよ、ぼくもそういわれたものだから、それをしんじて)

「それがナオミの手なんですよ、僕もそう云われたものだから、それを信じて

(いたんですよ。・・・・・・・・・そうしてきみは、くまがいとそうなっているのを)

いたんですよ。・・・・・・・・・そうして君は、熊谷とそうなっているのを

(いつはっけんしたんです?」)

いつ発見したんです?」

(「それはあの、あめのふったばんにここでざこねをしたことがあったでしょう。)

「それはあの、雨の降った晩に此処で雑魚寝をしたことがあったでしょう。

(あのばんぼくはきがついたんです。・・・・・・・・・あのばん、ぼくはあなたに)

あの晩僕は気がついたんです。・・・・・・・・・あの晩、僕はあなたに

(ほんとうにどうじょうしました。あのときのふたりのずうずうしいたいどは、どうしたって)

ほんとうに同情しました。あの時の二人のずうずうしい態度は、どうしたって

(ただのあいだがらではないとおもえましたからね。ぼくはじぶんがしっとをかんじれば)

ただの間柄ではないと思えましたからね。僕は自分が嫉妬を感じれば

(かんじるほど、あなたのきもちをおさっしすることができたんです」)

感じるほど、あなたの気持をお察しすることが出来たんです」

(「じゃ、あのばんきみがきがついたというのは、ふたりのたいどからおしはかって、)

「じゃ、あの晩君が気がついたと云うのは、二人の態度から推し測って、

(そうぞうしたというだけの・・・・・・・・・」)

想像したと云うだけの・・・・・・・・・」

(「いいえ、そうじゃありません、そのそうぞうをたしかめるじじつがあったんです。)

「いいえ、そうじゃありません、その想像を確かめる事実があったんです。

(あけがた、あなたはねていらしってごぞんじなかったようでしたが、ぼくは)

明け方、あなたは寝ていらしって御存じなかったようでしたが、僕は

(ねむられなかったので、ふたりがせっぷんするところを、うとうとしながら)

眠られなかったので、二人が接吻するところを、うとうとしながら

(みていたのです」)

見ていたのです」

(「なおみはきみにみられたことを、しっているのでしょうか?」)

「ナオミは君に見られたことを、知っているのでしょうか?」

(「ええ、しっています。ぼくはそのあとなおみさんにはなしたんです。そしてぜひとも)

「ええ、知っています。僕はその後ナオミさんに話したんです。そして是非とも

(くまがいときれてくれろといったんです。ぼくはおもちゃにされるのはいやだ、)

熊谷と切れてくれろと云ったんです。僕はおもちゃにされるのは厭だ、

(こうなったいじょうなおみさんをもらわなければ・・・・・・・・・」)

こうなった以上ナオミさんを貰わなければ・・・・・・・・・」

(「もらわなければ?・・・・・・・・・」)

「貰わなければ?・・・・・・・・・」

(「ああ、そうでした、ぼくはあなたにふたりのこいをうちあけて、なおみさんを)

「ああ、そうでした、僕はあなたに二人の恋を打ち明けて、ナオミさんを

(じぶんのつまにもらいうけるつもりでした。あなたはわけのわかったかただから、ぼくらの)

自分の妻に貰い受けるつもりでした。あなたは訳の分った方だから、僕等の

(くるしいこころもちをおはなしすれば、きっとしょうちしてくださるだろうって、なおみさんは)

苦しい心持をお話すれば、きっと承知して下さるだろうって、ナオミさんは

(いっていました。じじつはどうかしりませんが、なおみさんのはなしだと、あなたは)

云っていました。事実はどうか知りませんが、ナオミさんの話だと、あなたは

(なおみさんにがくもんをしこむつもりでよういくなすっただけなので、どうせいは)

ナオミさんに学問を仕込むつもりで養育なすっただけなので、同棲は

(しているけれど、ふうふにならなけりゃいけないというやくそくがあるわけでもない。)

しているけれど、夫婦にならなけりゃいけないと云う約束がある訳でもない。

(それにあなたとなおみさんとはとしもたいへんちがっているから、けっこんしてもこうふくに)

それにあなたとナオミさんとは歳も大変違っているから、結婚しても幸福に

(くらせるかどうかわからないというような、・・・・・・・・・」)

暮せるかどうか分らないと云うような、・・・・・・・・・」

問題文を全て表示 一部のみ表示 誤字・脱字等の報告

神楽@社長推しのタイピング

オススメの新着タイピング

タイピング練習講座 ローマ字入力表 アプリケーションの使い方 よくある質問

人気ランキング

注目キーワード