谷崎潤一郎 痴人の愛 52

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投稿者投稿者神楽@社長推しいいね1お気に入り登録
プレイ回数570難易度(4.5) 5801打 長文
谷崎潤一郎の中編小説です
私のお気に入りです
順位 名前 スコア 称号 打鍵/秒 正誤率 時間(秒) 打鍵数 ミス 問題 日付
1 ばぼじま 4919 B 5.0 96.6% 1117.7 5697 198 96 2024/09/25

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問題文

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(「そうするときみは、なおみにあってくれたんですか?あってはなしはしてみた)

「そうすると君は、ナオミに会ってくれたんですか?会って話はしてみた

(けれども、とてもぜつぼうだというんですか?」)

けれども、とても絶望だと云うんですか?」

(「いや、なおみさんにはあいやしません。ぼくはくまがいのところへいって、すっかりようすを)

「いや、ナオミさんには会やしません。僕は熊谷の所へ行って、すっかり様子を

(きいてきたんです。そしてあんまりひどすぎるんで、じつにおどろいちまったんです」)

聞いて来たんです。そしてあんまりヒド過ぎるんで、実に驚いちまったんです」

(「だけどはまだくん、なおみはどこにいるんです?ぼくはだいいちにそれをきかして)

「だけど浜田君、ナオミは何処に居るんです?僕は第一にそれを聞かして

(もらいたいんだ」)

貰いたいんだ」

(「それがどこといって、きまったところがあるわけじゃなく、あっちこっちを)

「それが何処と云って、極まった所がある訳じゃなく、彼方此方を

(とまりあるいているんですよ」)

泊り歩いているんですよ」

(「そんなにかたがたとまれるいえはないでしょうがね」)

「そんなに方々泊れる家はないでしょうがね」

(「なおみさんにはあなたのしらないおとこのともだちが、いくにんあるかしれやしません。)

「ナオミさんにはあなたの知らない男の友達が、幾人あるか知れやしません。

(もっともさいしょ、あなたとけんかをしたひには、くまがいのところへやってきたそうです。それも)

尤も最初、あなたと喧嘩をした日には、熊谷の所へやって来たそうです。それも

(あらかじめでんわをかけて、こっそりたずねてきてくれるんならよかったんだが、にもつを)

予め電話をかけて、コッソリ訪ねて来てくれるんならよかったんだが、荷物を

(つんで、じどうしゃをとばして、いきなりげんかんにのりつけたんで、いえじゅうのものが)

積んで、自動車を飛ばして、いきなり玄関に乗り着けたんで、家じゅうの者が

(いったいあれはなにものだというさわぎになったもんだから、「まあおあがり」ともいうわけに)

一体あれは何者だと云う騒ぎになったもんだから、『まあお上り』とも云う訳に

(いかず、さすがのくまがいもよわっちゃったといっていました」)

行かず、さすがの熊谷も弱っちゃったと云っていました」

(「ふうん、それから?」)

「ふうん、それから?」

(「それでしかたがないもんだから、にもつだけをくまがいのへやにかくして、ふたりで)

「それで仕方がないもんだから、荷物だけを熊谷の部屋に隠して、二人で

(ともかくもこがいへでて、それからなんでもあやしげなりょかんへいったというんですが、)

ともかくも戸外へ出て、それから何でも怪しげな旅館へ行ったと云うんですが、

(しかもそのりょかんが、このおおもりのおたくのきんじょのなんとかろうとかいういえで、そのひの)

しかもその旅館が、この大森のお宅の近所の何とか楼とか云う家で、その日の

(あさもそこでであってあなたにみつかったばしょだというから、じつにだいたんじゃ)

朝もそこで出会ってあなたに見付かった場所だと云うから、実に大胆じゃ

など

(ありませんか」)

ありませんか」

(「それじゃ、あのひにまたあそこへいったんですか」)

「それじゃ、あの日に又彼処へ行ったんですか」

(「ええ、そうだっていうんですよ。それをくまがいがとくいそうに、のろけまじりに)

「ええ、そうだって云うんですよ。それを熊谷が得意そうに、のろけ交りに

(しゃべりちらすんで、ぼくはきいていてふゆかいでした」)

しゃべり散らすんで、僕は聞いていて不愉快でした」

(「するとそのばんは、ふたりであそこへとまったんですね?)

「するとその晩は、二人で彼処へ泊ったんですね?

(「ところがそうじゃないんです。ゆうがたまではそこにいたけれど、それからいっしょに)

「ところがそうじゃないんです。夕方までは其処にいたけれど、それから一緒に

(ぎんざをさんぽして、おわりちょうのよつかどでわかれたんだそうです」)

銀座を散歩して、尾張町の四つ角で別れたんだそうです」

(「けれども、それはおかしいな。くまがいのやつ、うそをついているんじゃ)

「けれども、それはおかしいな。熊谷の奴、嘘をついているんじゃ

(ないかな、」)

ないかな、」

(「いや、まあおききなさい、わかれるときにくまがいがすこしきのどくになったんで、)

「いや、まあお聞きなさい、別れる時に熊谷が少し気の毒になったんで、

(「こんやはどこへとまるんだい」ってそういうと、「とまるところなんかいくらもあるわよ。)

『今夜は何処へ泊るんだい』ッてそう云うと、『泊る所なんか幾らもあるわよ。

(あたしこれからよこはまへいくわ」って、ちっともしょげてなんかないで、そのまま)

あたしこれから横浜へ行くわ』ッて、ちっともショゲてなんかないで、そのまま

(すたすたしんばしのほうへいくんだそうです。」)

スタスタ新橋の方へ行くんだそうです。」

(「よこはまというのは、だれのところなんです?」)

「横浜と云うのは、誰の所なんです?」

(「そいつがきみょうなんですよ、いくらなおみさんがかおがひろいって、よこはまなんかに)

「そいつが奇妙なんですよ、いくらナオミさんが顔が広いッて、横浜なんかに

(とまるところはないだろうから、ああいいながらたぶんおおもりへかえったんだろうと、)

泊る所はないだろうから、ああ云いながら多分大森へ帰ったんだろうと、

(そうくまがいがおもっていると、あくるひのゆうがたでんわがかかって、「えるどらどおで)

そう熊谷が思っていると、明くる日の夕方電話が懸って、『エルドラドオで

(まっているからすぐこないか」というわけなんです。それでいってみると、)

待っているから直ぐ来ないか』と云う訳なんです。それで行って見ると、

(なおみさんがめのさめるようなやかいふくをきて、くじゃくのはねのおうぎをもって、)

ナオミさんが目の覚めるような夜会服を来て、孔雀の羽根の扇を持って、

(くびかざりだの、うでわだのをぎらぎらさせて、せいようじんだのいろんなおとこに)

頸飾りだの、腕環だのをギラギラさせて、西洋人だのいろんな男に

(かこまれながら、さかんにはしゃいでいるんだそうです」)

囲まれながら、盛んにはしゃいでいるんだそうです」

(はまだのはなしをきいているとあたかもびっくりばこのようで、「おやっ」とおもうような)

浜田の話を聞いているとあたかもビックリ箱のようで、「おやッ」と思うような

(じじつがぴょんぴょんとびだしてくるのです。つまりなおみは、さいしょのばんは)

事実がピョンピョン跳び出して来るのです。つまりナオミは、最初の晩は

(せいようじんのところへとまったらしいのですが、そのせいようじんはうぃりあむ・まっかねるとか)

西洋人の所へ泊ったらしいのですが、その西洋人はウィリアム・マッカネルとか

(いうなまえで、いつぞやわたしがはじめてなおみとえるどらどおへだんすにいったとき、)

云う名前で、いつぞや私が始めてナオミとエルドラドオへダンスに行った時、

(しょうかいもなしにそばへよってきて、むりにかのじょといっしょにおどった、あのずうずうしい、)

紹介もなしに傍へ寄って来て、無理に彼女と一緒に踊った、あのずうずうしい、

(おおしろいをぬった、にやけたおとこがそれだったのです。ところがさらにおどろくことには、)

お白粉を塗った、にやけた男がそれだったのです。ところが更に驚くことには、

(これはくまがいのかんさつですが、なおみはあのばんとまりにいくまで、)

これは熊谷の観察ですが、ナオミはあの晩泊りに行くまで、

(そのまっかねるというおとことはなにもそれほどこんいななかではなかったのだと)

そのマッカネルと云う男とは何もそれほど懇意な仲ではなかったのだと

(いうのです。もっともなおみも、まえからうちうちあのおとこにおぼしめしがあったらしい。)

云うのです。尤もナオミも、前から内々あの男に思し召しがあったらしい。

(なにしろちょっとおんなずきのするかおだちで、すっきりとした、やくしゃのようなところが)

何しろちょっと女好きのする顔だちで、すっきりとした、役者のような所が

(あって、だんすなかまで「しきまのせいようじん」といううわさがあったばかりでなく、)

あって、ダンス仲間で「色魔の西洋人」と云う噂があったばかりでなく、

(なおみじしんも、「あのせいようじんはよこがおがいいわね、どこかじょん・ばりに)

ナオミ自身も、「あの西洋人は横顔がいいわね、何処かジョン・バリに

(にているじゃないの」じょん・ばりというのはあめりかのはいゆうで、)

似ているじゃないの」ジョン・バリと云うのは亜米利加の俳優で、

(かつどうしゃしんでおなじみのじょん・ばりーもあのことなのです。と、)

活動写真でお馴染みのジョン・バリーモアのことなのです。と、

(そういっていたくらいだから、たしかにあれにめをつけていたのだ。あるいは)

そう云っていたくらいだから、確かにあれに眼を着けていたのだ。或は

(ちょいちょいいろめぐらいはつかったことがあるかもしれない。それで)

ちょいちょい色眼ぐらいは使ったことがあるかも知れない。それで

(まっかねるのほうでも、「こいつはおれにきがある」とみて、からかったことが)

マッカネルの方でも、「此奴は己に気がある」と見て、からかったことが

(あるんだろう。だからともだちというのでもなく、ほんのそれだけのえんこでもって)

あるんだろう。だから友達と云うのでもなく、ほんのそれだけの縁故でもって

(おしかけていったにちがいないんだ。そしてたずねていってみると、)

押しかけて行ったに違いないんだ。そして訪ねて行って見ると、

(まっかねるのほうじゃおもしろいとりがとびこんだとおもって、「あなたこんばんわたしのいえへ)

マッカネルの方じゃ面白い鳥が飛び込んだと思って、「あなた今晩私の家へ

(とまりませんか」「ええ、とまってもかまわないわ」というようなことに)

泊りませんか」「ええ、泊っても構わないわ」と云うようなことに

(なったんだろう。)

なったんだろう。

(「なんぼなんでも、そいつはすこししんじかねるな、はじめてのおとこのところへいって、)

「何ぼ何でも、そいつは少し信じかねるな、始めての男の所へ行って、

(そのばんすぐにとまるなんて。」)

その晩すぐに泊るなんて。」

(「だけどかわいさん、なおみさんはそういうことはへいきでやるとおもいますね、)

「だけど河合さん、ナオミさんはそう云うことは平気でやると思いますね、

(まっかねるもいくらかふしぎにかんじたとみえて、「このおじょうさんはいったい)

マッカネルもいくらか不思議に感じたと見えて、『このお嬢さんは一体

(どこのひとですか」って、さくやくまがいにきいたそうです」)

何処の人ですか」ッて、昨夜熊谷に聞いたそうです」

(「どこのひとだかわからないおんなを、とめるほうもとめるほうだな」)

「何処の人だか分らない女を、泊める方も泊める方だな」

(「とめるどころかようふくをきせてやったり、うでわやくびかざりをつけてやったり)

「泊めるどころか洋服を着せてやったり、腕環や頸飾りを着けてやったり

(しているんだから、なおふるってるじゃありませんか。そうしてあなた、)

しているんだから、なお振ってるじゃありませんか。そうしてあなた、

(たったいちとばんですっかりなれなれしくなっちまって、なおみさんはそいつのことを)

たった一と晩ですっかり馴れ馴れしくなっちまって、ナオミさんは其奴のことを

(「ういりー、ういりー」ってよぶんだそうです」)

『ウイリー、ウイリー』ッて呼ぶんだそうです」

(「じゃ、ようふくやくびかざりも、そのおとこにかわせたんでしょうか?」)

「じゃ、洋服や頸飾りも、その男に買わせたんでしょうか?」

(「かわせたのもあるらしいし、せいようじんのことだから、ともだちのおんなのいしょうかなにかを)

「買わせたのもあるらしいし、西洋人のことだから、友達の女の衣裳か何かを

(かりてきて、そいつをいちじまにあわせたのもあるらしいっていうことですよ。)

借りて来て、そいつを一時間に合わせたのもあるらしいッて云うことですよ。

(なおみさんが「あたしようふくがきてみたいわ」って、あまったれたのがはじまりで、)

ナオミさんが『あたし洋服が着てみたいわ』ッて、甘ッたれたのが始まりで、

(とうとうおとこがごきげんをとることになっちまったんじゃないでしょうか。)

とうとう男が御機嫌を取ることになっちまったんじゃないでしょうか。

(そのようふくもできあいのようなものじゃなくって、からだにぴったりはまっていて、)

その洋服も出来合いのようなものじゃなくって、体にぴったり嵌まっていて、

(くつなんかもふれんち・ひーるのきゅっとかかとのたかいやつで、そうえなめるのつまさきの)

靴なんかもフレンチ・ヒールのきゅッと踵の高い奴で、総エナメルの爪先の

(ところに、たぶんしんだいやかなにかでしょうがこまかいほうせきがひかってるんです。)

ところに、多分新ダイヤか何かでしょうが細かい宝石が光ってるんです。

(まるでさくやのなおみさんは、おとぎばなしのしんでれらというふうでしたよ」)

まるで昨夜のナオミさんは、お伽噺のシンデレラと云う風でしたよ」

(わたしははまだにそういわれて、そのしんでれらのなおみのすがたがどんなに)

私は浜田にそう云われて、そのシンデレラのナオミの姿がどんなに

(うつくしかったかとおもうと、はっとわれしらずむねがおどってくるのでしたが、)

美しかったかと思うと、はっと我知らず胸が躍って繰るのでしたが、

(またそのつぎのしゅんかんには、あまりなふぎょうせきにあきれてしまって、あさましいような、)

又その次の瞬間には、あまりな不行跡に呆れてしまって、浅ましいような、

(なさけないような、くやしいような、なんともいえないいやなきもちになるのでした。)

情けないような、口惜しいような、何とも云えないイヤな気持になるのでした。

(くまがいならばまだしものこと、しょうのしれないせいようじんのところへなんぞでかけていって、)

熊谷ならばまだしものこと、性の知れない西洋人の所へなんぞ出かけて行って、

(ずるずるべったりにとまりこんで、きものをこしらえてもらうなんて、それがきのうまで)

ずるずるべったりに泊り込んで、着物を拵えて貰うなんて、それが昨日まで

(かりにもていしゅをもっていたおんなのすべきごうだろうか?あの、おれがながねんどうせいしていた)

仮りにも亭主を持っていた女のすべき業だろうか?あの、己が長年同棲していた

(なおみというのは、そんなよごれた、ばいしゅんふのようなおんなだったのか?おれには)

ナオミと云うのは、そんな汚れた、売春婦のような女だったのか?己には

(かのじょのしょうたいがいまのいままでわからないで、おろかなゆめをみていたのか?ああ、なるほど)

彼女の正体が今の今まで分らないで、愚かな夢を見ていたのか?ああ、成るほど

(はまだのいうように、おれはどんなにこいしくっても、もうあのおんなはあきらめなければ)

浜田の云うように、己はどんなに恋しくっても、もうあの女はあきらめなければ

(ならないのだ。おれはみごとにははじをかかされた、おとこのつらへどろを)

ならないのだ。己は見事に耻を掻かされた、男の面へ泥を

(ぬられた。・・・・・・・・・)

塗られた。・・・・・・・・・

(「はまだくん、くどいようでももういちどねんをおしますが、いまのはなしはのこらず)

「浜田君、くどいようでももう一度念を押しますが、今の話は残らず

(じじつなんですね?くまがいがしょうめいするばかりでなく、きみもしょうめいするんですね?」)

事実なんですね?熊谷が証明するばかりでなく、君も証明するんですね?」

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