中島敦 光と風と夢 10

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投稿者投稿者神楽@社長推しいいね0お気に入り登録
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中島敦の中編小説です

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問題文

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(ろいどしょうねんのえがいていたあるちずからおもいついたかいぞくぼうけんたんを、かれは)

ロイド少年の画いていた或る地図から思いついた海賊冒険譚を、彼は

(かきつづけていた。でぃなーのときになると、すてぃヴんすんはしたに)

書続けていた。ディナーの時になると、スティヴンスンは階下[した]に

(おりてくる。ごぜんちゅうのきんがとかれているので、こんどはじょうぜつである。)

下りて来る。午前中の禁が解かれているので、今度は饒舌である。

(よるになると、かれはそのひかきためたぶんを、みんなによんできかせる。そとでは)

夜になると、彼は其の日書溜めた分を、みんなに読んで聞かせる。外では

(あまかぜのおとがはげしく、すきまかぜにしょくだいのあかりがちらちらとゆれる。いちどうはおもいおもいの)

雨風の音が烈しく、隙間風に燭台の灯がちらちらと揺れる。一同は思い思いの

(しせいで、ねっしんにききとれている。はなしおわると、てんでにいろいろなちゅうもんやひひょうを)

姿勢で、熱心に聞きとれている。話終ると、てんでに色々な註文や批評を

(もちだす。ひとばんごとにきょうみをましてきて、ちちおやまでが、「びりぃ・ぼーんずの)

持出す。一晩毎に興味を増して来て、父親までが、「ビリィ・ボーンズの

(はこのなかのひんもくさくせいをうけもとう」といいいだした。ごすはごすで、また、べつのことを)

箱の中の品目作製を受持とう」と言出した。ゴスはゴスで、又、別の事を

(かんがえながら、あんぜんたるきもちでこのこうふくそうなだんらんをながめていた。)

考えながら、暗然たる気持で此の幸福そうな団欒[だんらん]を眺めていた。

(「このはなやかなしゅんさいのむしばまれたにくたいは、はたしていつまでもつだろうか?)

「此の華やかな俊才の蝕まれた肉体は、果して何時迄もつだろうか?

(いまこうふくそうにみえるこのちちおやは、ひとりむすこにさきだたれるふこうをみないで)

今幸福そうに見える此の父親は、一人息子に先立たれる不幸を見ないで

(すむだろうか。」と。)

済むだろうか。」と。

(しかし、とます・すてぃヴんすんしはそのふこうをみないですんだ。むすこがさいごに)

しかし、トマス・スティヴンスン氏は其の不幸を見ないで済んだ。息子が最後に

(えいこくをはなれるみつきまえに、かれはえでぃんばらでしんだ。)

英国を離れる三月前に、彼はエディンバラで死んだ。

(せんはっぴゃくきゅうじゅうにねんしがつばつにち)

八 一八九二年四月日

(おもいがけなくらうぺぱおうがごえいをつれてたずねてきた。うちでちゅうしょく。ろうじん、)

思いがけなくラウペパ王が護衛を連れて訪ねて来た。うちで昼食。老人、

(きょうはなかなかあいそうがいい。なぜじぶんをたずねてくれないんだ?などという。)

今日は中々愛想がいい。何故自分を訪ねて呉れないんだ?などと云う。

(おうとのかいけんにはりょうじたちのりょうかいがひつようだから、とわたしがいうと、そんなことはかまわぬ、)

王との会見には領事達の諒解が必要だから、と私がいうと、そんな事は構わぬ、

(といい、またちゅうしょくをともにしたいからにちじをしていせよという。このもくように)

といい、また昼食を共にしたいから日時を指定せよと言う。この木曜に

(かいしょくしようとやくそくする。)

会食しようと約束する。

など

(おうがかえるとまもなく、じゅんさのきしょうのようなものをつけたおとこが)

王が帰ると間もなく、巡査の徽章[きしょう]のようなものを佩[つ]けた男が

(たずねてきた。あぴあしのじゅんさではない。いわゆるはんらんしゃがわ(またーふぁがわのものを)

訪ねて来た。アピア市の巡査ではない。所謂叛乱者側(マターファ側の者を

(あぴあせいふのかんりは、そうよぶ。)のものだ。まりえからずっとあるきとおして)

アピア政府の官吏は、そう呼ぶ。)の者だ。マリエからずっと歩き通して

(きたのだという。またーふぁのてがみをもってきたのだ。わたしもいまではさもあごが)

来たのだという。マターファの手紙を持って来たのだ。私も今ではサモア語が

(よめる。(はなすほうはだめだが、)かれのじちょうをのぞんだせんじつのわたしのしょかんにたいする)

読める。(話す方は駄目だが、)彼の自重を望んだ先日の私の書簡に対する

(へんじのようなもので、あいたいかららいしゅうのげつようにまりえへきてくれという。)

返辞のようなもので、会い度いから来週の月曜にマリエへ来て呉れという。

(どごのせいしょをゆいいつのさんこうにして(「われまことになんじらにつぐ」しきのてがみだから、)

土語の聖書を唯一の参考にして(「我誠に汝らに告ぐ」式の手紙だから、

(せんぽうもおどろくだろう。)しょうちのむねをたどたどしいさもあごでしたためる。)

先方も驚くだろう。)承知の旨をたどたどしいサモア語でしたためる。

(いっしゅうかんのなかに、おうと、そのたいりつしゃとにあうわけだ。あっせんのみが)

一週間の中に、王と、其の対立者とに会う訳だ。斡旋[あっせん]の実が

(あがればよいとおもう。)

挙がれば良いと思う。

(しがつばつにち)

四月日

(からだのぐあいあまりよからず。)

身体の工合余り良からず。

(やくそくゆえ、むりぬうの、みすぼらしきおうきゅうへごちそうになりにいく。いつもながら、)

約束故、ムリヌウの、みすぼらしき王宮へ御馳走になりに行く。何時もながら、

(すぐむかいのせいむちょうかんかんていがめざわりでならぬ。きょうのらうぺぱのはなしは)

直ぐ向いの政務長官官邸が眼障りでならぬ。今日のラウペパの話は

(おもしろかった。ごねんぜんひそうなけついをもってどいつのじんえいにみをとうじ、ぐんかんに)

面白かった。五年前悲壮な決意を以て独逸の陣営に身を投じ、軍艦に

(のせられてみしらぬとちにつれゆかれたときのはなしである。そぼくなひょうげんが)

載せられて見知らぬ土地に連れ行かれた時の話である。素朴な表現が

(こころをうった。)

心を打った。

(「・・・・・・・・・・・・ひるはいけないが、よるだけはかんぱんにあがってもいいと)

「・・・・・・・・・・・・昼はいけないが、夜だけは甲板に上ってもいいと

(いわれた。ながいこうかいのあと、ひとつのみなとについた。じょうりくすると、おそろしく)

言われた。長い航海の後、一つの港に着いた。上陸すると、恐ろしく

(あついとちで、あしくびをふたりずつてつのくさりでつながれたしゅうじんらがはたらいていた。そこには)

暑い土地で、足首を二人ずつ鉄の鎖で繋がれた囚人等が働いていた。其処には

(はまのまさごのようにかずおおくのこくじんがいた。)

浜の真砂[まさご]のように数多くの黒人がいた。

(・・・・・・・・・・・・それからまただいぶふねにのり、どいつもちかいといわれたころ、)

・・・・・・・・・・・・それから又大分船に乗り、独逸も近いと言われた頃、

(ふしぎなかいがんをみた。みわたすかぎりまっしろながけがひにかがやいているのだ。)

不思議な海岸を見た。見渡す限り真白な崖が陽に輝いているのだ。

(さんじかんもたつと、それがてんにきえてしまったので、さらにおどろいた。)

三時間も経つと、それが天に消えて了ったので、更に驚いた。

(・・・・・・・・・・・・どいつにじょうりくしてから、なかにきしゃというものの)

・・・・・・・・・・・・独逸に上陸してから、中に汽車というものの

(たくさんはいっているがらすやねのおおきなたてもののなかをあるいた。それから、)

沢山はいっている硝子屋根の巨[おお]きな建物の中を歩いた。それから、

(いえみたいにまどとでっきとのあるばしゃにのり、ごひゃくもへやのあるいえにとまった。)

家みたいに窓とデッキとのある馬車に乗り、五百も部屋のある家に泊った。

(・・・・・・・・・・・・どいつをはなれてだいぶこうかいしてから、かわのようなせまいうみを)

・・・・・・・・・・・・独逸を離れて大分後悔してから、川の様な狭い海を

(ふねがゆっくりすすんだ。せいしょのなかできいていたこうかいだとおしえられ、)

船がゆっくり進んだ。聖書の中で聞いていた紅海だと教えられ、

(よろこばしいこうきしんでながめた。それから、うみのうえをゆうひのいろがまぶしく)

欣[よろこ]ばしい好奇心で眺めた。それから、海の上を夕日の色が眩しく

(あかあかとながれるじこく、べつのぐんかんにのりうつらせられた。・・・・・・・・・・・・」)

赤々と流れる時刻、別の軍艦に乗移らせられた。・・・・・・・・・・・・」

(ふるい、うつくしいさもあごのはつおんで、ゆっくりゆっくりかたられるこのはなしは、)

古い、美しいサモア語の発音で、ゆっくりゆっくり語られる此の話は、

(たいへんおもしろかった。)

大変面白かった。

(おうは、わたしがまたーふぁのなをくちにだすことをおそれているらしい。)

王は、私がマターファの名を口に出すことを懼[おそ]れているらしい。

(はなしずきな、ひとのよいろうじんだ。ただ、げんざいのじぶんのいちについてのじかくが)

話好きな、人の善い老人だ。ただ、現在の自分の位置に就いての自覚が

(ないのである。あさって、また、ぜひたずねてくれという。またーふぁとのかいけんも)

無いのである。明後日、又、是非訪ねて呉れという。マターファとの会見も

(せまっているし、からだのぐあいもよくないが、とにかくしょうちしておく。いご、つうやくは、)

迫っているし、身体の工合も良くないが、兎に角承知して置く。以後、通訳は、

(ぼくしのほいっとみいしにたのもうとおもう。どうしのたくであさって、)

牧師のホイットミイ氏に頼もうと思う。同氏の宅で明後日、

(おうとおちあうことにきめる。)

王と落合うことに決める。

(しがつばつにち)

四月日

(そうちょうばでまちへおり、はちじごろほいっとみいしのいえへいく。おうとやくそくの)

早朝馬で街へ下り、八時頃ホイットミイ氏の家へ行く。王と約束の

(かいけんのためなり。じゅうじごろまでまったが、おうはきたらず。つかいがきて、おうはいま、)

会見の為なり。十時頃迄待ったが、王は来らず。使が来て、王は今、

(せいむちょうかんとようだんちゅうにてこられぬとのこと。よるしちじごろならこられるという。)

政務長官と用談中にて来られぬとのこと。夜七時頃なら来られるという。

(いったんいえにもどり、ゆうこくまたほいっとみいしのうちにこて、はちじごろまでまったが、)

一旦家に戻り、夕刻又ホイットミイ氏の家に来て、八時頃迄待ったが、

(ついにこない。むだぼねおってひろうはなはだし。ちょうかんのかんしをのがれて、)

竟[つい]に来ない。無駄骨折って疲労甚だし。長官の監視を逃れて、

(こっそりやってくることさえ、よわきならうぺぱにはできないのだ。)

こっそりやって来ることさえ、弱気なラウペパには出来ないのだ。

(ごがつばつにち)

五月日

(ごぜんごじはんしゅっぱつ、ふぁにい、べる、どうどう。つうやくしゃけんこぎてとして、)

午前五時半出発、ファニイ、ベル、同道。通訳者兼漕手[こぎて]として、

(りょうりにんのたろろをつれていく。しちじにしょうこをこぎだす。きぶんいまだすぐれず。)

料理人のタロロを連れて行く。七時に礁湖を漕出す。気分未だすぐれず。

(まりえにつきまたーふぁからだいかんげいをうけく。ただし、ふぁにい、べる、ともに)

マリエに着きマターファから大歓迎を受く。但し、ファニイ、ベル、共に

(よがつまとおもわれたらしい。たろろはつうやくとしては、まるでなっていない。)

余が妻と思われたらしい。タロロは通訳としては、まるで成っていない。

(またーふぁがながながとしゃべるのに、このつうやくは、ただ、「わたしはおおいにおどろいた。」)

マターファが長々としゃべるのに、此の通訳は、唯、「私は大いに驚いた。」

(としかやくせない。なにをいっても「おどろいた」いってんばり。よのことばを)

としか訳せない。何を言っても「驚いた」一点張。余の言葉を

(せんぽうにつたえることもどうぜんらしい。ようだんしんちょくせず。)

先方に伝えることも同然らしい。用談進捗せず。

(かヴぁざけをのみ、あろう・るうとのりょうりをくう。しょくご、またーふぁとさんぽ。)

カヴァ酒を飲み、アロウ・ルウトの料理を喰う。食後、マターファと散歩。

(よのひんじゃくなるさもあごのゆるすはんいでかたりあった。ふじんれんのために、いえのまえで)

余の貧弱なるサモア語の許す範囲で語合った。婦人連の為に、家の前で

(ぶとうがおこなわれた。)

舞踏が行われた。

(くれてからきろにつく。このあたり、しょうこはすこぶるあさく、ぼーとのそこが)

暮れてから帰路に就く。此のあたり、礁湖頗[すこぶ]る浅く、ボートの底が

(かたがたにぶっつかる。せんげっこうあわし。だいぶおきへでたころ、さヴぁいいからかえるすうせきの)

方々にぶっつかる。繊月光淡し。大分沖へ出た頃、サヴァイイから帰る数隻の

(ほげいぼーとにおいこされる。あかりをつけた・じゅうにちょうろ・よんじゅうにんのりの)

捕鯨ボートに追越される。灯をつけた・十二丁櫓[ちょうろ]・四十人乗の

(おおがたぼーと。どのふねでもみなこぎながらがっしょうしていた。)

大型ボート。どの船でも皆漕ぎながら合唱していた。

(おそいのでうちへはかえれず。あぴあのほてるにとまる。)

遅いのでうちへは帰れず。アピアのホテルに泊る。

(ごがつばつばつにち)

五月日

(あさ、うちゅうをうまであぴあへ。きょうのつうやくされ・てーらーとまちあわせ、ごごから、)

朝、雨中を馬でアピアへ。今日の通訳サレ・テーラーと待合せ、午後から、

(またまりえへいく。きょうはりくろ。ななまいるのあいだずっとどしゃぶり。)

又マリエへ行く。今日は陸路。七哩[マイル]の間ずっと土砂降。

(ぬかるみ。うまのくびにたっするざっそう。ぶたごやのさくもはっかしょほどとびこす。)

泥濘[ぬかるみ]。馬の頸に達する雑草。豚小舎の柵も八ヶ所程飛越す。

(まりえについたときは、すでにはくぼ。まりえのむらにはそうとうりっぱなみんかがかなりある。)

マリエに着いた時は、既に薄暮。マリエの村には相当立派な民家がかなり在る。

(たかいどーむがたのかややねをもち、ゆかにこいしをしいた・しほうのかべの)

高いドーム型の茅屋根[かややね]をもち、床に小石を敷いた・四方の壁の

(あけっぱなしのたてものだ。またーふぁのいえもさすがにりっぱだ。いえのなかはすでにくらく、)

明けっぱなしの建物だ。マターファの家も流石に立派だ。家の中は既に暗く、

(やしからのあかりがちゅうおうにともっていた。よにんのめしつかいがでてきて、)

椰子殻[やしがら]の灯が中央に灯[とも]っていた。四人の召使が出て来て、

(またーふぁはいま、れいはいどうにいるという。そのほうがくからうたごえがもれてきた。)

マターファは今、礼拝堂にいるという。其の方角から歌声が洩れて来た。

(やがて、しゅじんがはいってき、われわれがぬれたきものをかえてから、せいしきのあいさつあり。)

やがて、主人がはいって来、我々が濡れた着物を換えてから、正式の挨拶あり。

(かヴぁざけがでる。れつざのしょしゅうちょうにむかって、またーふぁがよをしょうかいする。)

カヴァ酒が出る。列座の諸酋長に向って、マターファが余を紹介する。

(「あぴあせいふのはんたいをおかして、よ(またーふぁ)をたすけんがために)

「アピア政府の反対を冒して、余(マターファ)を助けんが為に

(うちゅうをはせきたりしじんぶつなれば、きょうらはいごつしたらとしたしみ、)

雨中を馳せ来たりし人物なれば、卿等は以後ツシタラと親しみ、

(いかなるばあいにもこれにえんじょをおしむべからず。」と。)

如何なる場合にも之に援助を惜しむべからず。」と。

(でぃなー、せいだん、かんしょう、かヴぁ、やはんまでつづく。にくたいてきにたえられなくなった)

ディナー、政談、観笑、カヴァ、夜半迄続く。肉体的に堪えられなくなった

(よのために、いえのいちぐうがかこわれ、そこにべっどがつくられた。ごじゅうまいの)

余のために、家の一隅が囲われ、其処にベッドが作られた。五十枚の

(ごくじょうのまっとをならべたうえでひとりねむる。ぶそうしたごえいへいと、ほかにいくにんかのやけいが、)

極上のマットを並べた上で独り眠る。武装した護衛兵と、他に幾人かの夜警が、

(てっしょういえのしゅういについている。にちぼつからひのでまでかれらはむこうたいである。)

徹宵家の周囲に就いている。日没から日の出まで彼等は無交代である。

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