中島敦 光と風と夢 16

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投稿者投稿者神楽@社長推しいいね0お気に入り登録
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中島敦の中編小説です

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(しゅうぜいりにしんたくのぜいをとくそくさる。ゆうびんきょくへいき、「しまのやわ」ろくぶをうけとる。) 収税吏に新宅の税を督促さる。郵便局へ行き、「島の夜話」六部を受取る。 (さしえをみておどろいた。さしえがかはなんようをみたことがないのだ。) 挿絵を見て驚いた。挿絵画家は南洋を見たことがないのだ。 (ろくがつばつばつにち) 六月日 (しょうかふりょうときつえんかたと、かねにならぬかろうとで、まったくしにそうだ。) 消化不良と喫煙過多と、金にならぬ過労とで、全く死にそうだ。 (「えっぶ・たいど」ひゃくいちぺーじまでようやくたどりつく。ひとりのじんぶつのせいかくが) 「退潮[エッブ・タイド]」百一頁迄漸く辿りつく。一人の人物の性格が (はっきりつかめない。それにちかごろはぶんしょうにまでくろうするんだから、はなしにならぬ。) はっきり掴めない。それに近頃は文章に迄苦労するんだから、話にならぬ。 (ひとつのもんくにはんじかんかかる。いろいろなるいじのもんくをむやみにならべてみても、) 一つの文句に半時間かかる。色々な類似の文句を無闇に並べて見ても、 (なかなかきにいるのがみつからない。こんなばかげたくろうは、なんのものをも) 中々気に入るのが見付からない。斯んな莫迦げた苦労は、何のものをも (うみはせぬ。くだらぬじょうりゅうだ。) 産みはせぬ。くだらぬ蒸留だ。 (きょうはあさからせいふう、あめ、しぶき、れいれいしたきおん。ヴぇらんだに) 今日は朝から西風、雨、飛沫[しぶき]、冷々した気温。ヴェランダに
(たっていたら、ふと、あるいじょうな(いっけんこんきょのない)かんじょうがわたしをとおってながれた。) 立っていたら、ふと、或る異常な(一見根拠のない)感情が私を通って流れた。 (わたしはもじどおり、よろめいた。それから、やっとみいだしたからだとさとった。) 私は文字通り、よろめいた。それから、やっと見出したからだと悟った。 (へいぜいのさもあとはにてもつかない・このれいれいした・しめっぽい・なまりいろのふうけいが、) 平生のサモアとは似てもつかない・この冷々した・湿っぽい・鉛色の風景が、 (わたしをいつしか、そんなじょうたいにかえていたのだ。はいらんどのしょうしゃ。) 私を何時しか、そんな状態に変えていたのだ。ハイランドの小舎。 (でいたんのけむり。ぬれたきもの。ういすきい。ますのおどるうずまくおがわ。いまここからきこえる) 泥炭の煙。濡れた着物。ウイスキイ。鱒の躍る渦巻く小川。今此処から聞える (ヴぁいとぅりんがのみずおとまでが、はいらんどのきゅうりゅうのそれのようなきがしてくる。) ヴァイトゥリンガの水音までが、ハイランドの急流のそれの様な気がして来る。 (じぶんはなんのためにこきょうをとびだして、こんなところまでながれてきたのか?) 自分は何の為に故郷を飛出して、こんな所迄流れて来たのか? (むねをしめつけられるようなしぼをもってとおくからそれをおもいだすために、か?) 胸を締めつけられる様な思慕を以て遠くからそれを思出すために、か? (ひょいと、なにのかんけいもない・みょうなぎねんがわいた。じぶんはいままでなにかよきしごとを) ひょいと、何の関係もない・妙な疑念が湧いた。自分は今迄何か良き仕事を (このちじょうにのこしたか?と。これはあやしいものだ。なぜまたわたしは、そんなことを) 此の地上に残したか?と。之は怪しいものだ。何故又私は、そんな事を
など
(しりたいとのぞむのか?ほんのわずかのときがたてば、わたしも、えいこくも、えいごも、) 知りたいと望むのか?ほんの僅かの時が経てば、私も、英国も、英語も、 (わがしそんのほねも、みんなきおくからきえてしまうだろうに。しかもそれでも) わが子孫の骨も、みんな記憶から消えて了うだろうに。しかもそれでも (にんげんは、ほんのしばしのあいだでもひとびとのこころにじぶんのすがたをとどめておきたいとかんがえる。) 人間は、ほんの暫しの間でも人々の心に自分の姿を留めて置きたいと考える。 (くだらぬなぐさみだ。・・・・・・・・・・・・) 下らぬ慰みだ。・・・・・・・・・・・・ (こんなくらいきもちにとりつかれるのも、かろうと、「えっぶ・たいど」の) こんな暗い気持にとりつかれるのも、過労と、「退潮[エッブ・タイド]」の (くるしみとのけっかだ。) 苦しみとの結果だ。 (ろくがつばつばつにち) 六月日 (「えっぶ・たいど」はいちじあんしょうにのりあげたままにしておいて、) 「退潮[エッブ・タイド]」は一時暗礁に乗上げたままにして置いて、 (「えんじにーあのいえ」のそふのしょうをかきあげた。) 「エンジニーアの家」の祖父の章を書上げた。 (「えっぶ・たいど」はさいあくのさくひんにあらざるか?) 「退潮[エッブ・タイド]」は最悪の作品に非ざるか? (しょうせつというぶんがくのけいしきすくなくともわたしのけいしきがいやになってきた。) 小説という文学の形式少くとも私の形式が厭になって来た。 (いしゃにみてもらうと、すこしきゅうようをとれ、という。しっぴつをやめてかるいこがいうんどうだけに) 医者に診て貰うと、少し休養をとれ、と云う。執筆を止めて軽い戸外運動だけに (することだ、と。) することだ、と。 (いしゃというものを、かれはしんようしなかった。いしゃは、ただ、いちじてきのくつうを) 十一 医者というものを、彼は信用しなかった。医者は、ただ、一時的の苦痛を (しずめてくれるだけだ。いしゃは、かんじゃのにくたいのこしょう(いっぱんにんげんのふつうの) 鎮めて呉れるだけだ。医者は、患者の肉体の故障(一般人間の普通の (せいりじょうたいとひかくしてのいじょう)をみいだしはするが、そのにくたいのしょうがいと、) 生理状態と比較しての異常)を見出しはするが、其の肉体の障害と、 (そのかんじゃじしんのせいしんせいかつとのかんれんとか、また、そのにくたいのこしょうが、) その患者自身の精神生活との関聯[かんれん]とか、又、その肉体の故障が、 (そのかんじゃのいっしょうのだいけいさんのなかにおいて、どのていどのじゅうようさにみつもらるべきか、) 其の患者の一生の大計算の中に於て、どの程度の重要さに見積らるべきか、 (などについては、なにごとをもしらぬのである。いしゃのげんにのみもとづいて) などに就いては、何事をも知らぬのである。医者の言にのみ基づいて (いっしょうのけいかくをへんこうしたりするごときは、なんとだきすべき) 一生の計画を変更したりする如きは、何と唾棄すべき (ぶっしつしゅぎ・にくたいばんのうしゅぎであるか!「なにはともあれ、なんじのせいさくをはじめよ。) 物質主義・肉体万能主義であるか!「何はともあれ、汝の制作を始めよ。 (たとえ、いしゃがなんじにいちねんの、あるいはいちがつのよせいすらほしょうせずとも、) 仮令[たとえ]、医者が汝に一年の、或いは一月の余生すら保証せずとも、 (おそれずしてしごとにむかい、しかして、いっしゅうかんになされえるせいかをみよ。) 怯[おそ]れずして仕事に向い、而して、一週間に為され得る成果を見よ。 (われわれがいぎあるろうさくをたたうべきは、かんせいされたるしごとにおいてのみではない。」) 我々が意義ある労作を讃うべきは、完成されたる仕事に於てのみではない。」 (しかし、すこしのかろうがすぐにこたえて、たおれたりかっけつしたりするのには、) しかし、少しの過労が直ぐに応えて、倒れたり喀血したりするのには、 (かれもへいこうした。いかにかれがいしゃのげんをむししようとも、こればかりは) 彼も閉口した。如何に彼が医者の言を無視しようとも、之ばかりは (どうにもならぬげんじつである。(けれども、おかしいことに、それがかれのせいさくを) どうにもならぬ現実である。(けれども、おかしいことに、それが彼の制作を (さまたげるというじっさいてきなふべんをのぞいては、かれは、じぶんのびょうじゃくを、あまりふこうと) 妨げるという実際的な不便を除いては、彼は、自分の病弱を、余り不幸と (かんじていないらしくみえた。かっけつのなかにすらかれはみずから、r・l・s・しきなものを) 感じていないらしく見えた。喀血の中にすら彼は自ら、R・L・S・式なものを (みだして、いささかのまんぞく(?)をおぼえていたのである。これが、かおのみにくく) 見出して、些かの満足(?)を覚えていたのである。之が、顔の醜く (むくんでくるじんぞうえんだったら、どんなにかれはいやがったことであろう。)) むくんで来る腎臓炎だったら、どんなに彼は厭がったことであろう。) (かくて、わかくしてじぶんのじゅみょうのみじかいであろうことをかくごさせられたとき、とうぜん、) 斯くて、若くして自分の寿命の短かいであろうことを覚悟させられた時、当然、 (ひとつのあんいなしょうらいのみちがおもいうかべられた。でぃれったんととしていきること。) 一つの安易な将来の途が思浮べられた。ディレッタントとして生きること。 (ほねみをけずるせいさくからしりぞいて、なにからくなせいぎょうにつき、(かれのちちはそうとうに) 骨身を削る製作から退いて、何か楽な生業に就き、(彼の父は相当に (ふゆうだったのだから)ちのうやきょうようはすべてかんしょうときょうじゅとにもちいること。) 富裕だったのだから)知能や教養は凡て鑑賞と享受とに用いること。 (なんとうつくしくたのしいいきかたであろう!じじつ、かれはかんしょうかとしてもだいにりゅうには) 何と美しく楽しい生き方であろう!事実、彼は鑑賞家としても第二流には (おちないじしんがあった。しかし、けっきょく、あるのっぴきならぬものが、かれをその) 堕ちない自身があった。しかし、結局、或るのっぴきならぬものが、彼を其の (たのしいとから、さらっていってしまった。まさしく、かれでないあるものが。) 楽しい途から、さらって行って了った。正[まさ]しく、彼でない或るものが。 (そのものがかれにやどるとき、かれは、ぶらんこでおおきくゆりあげられるこどものように、) そのものが彼に宿る時、彼は、ブランコで大きく揺上げられる子供の様に、 (こうこつとしてそのいきおいにみをまかせるほかはない。かれは、まんしんにでんきをはらんだような) 恍惚として其の勢に身を任せるほかはない。彼は、満身に電気を孕んだような (じょうたいになり、ただ、かきにかいた。それがせいめいをすりへらすであろうとのけねんは、) 状態になり、唯、書きに書いた。それが生命をすり減らすであろうとの懸念は、 (どこかへおきわすれられた。ようじょうしたとて、どれほどながくいきられようぞ。たとえ) 何処かへ置忘れられた。養生したとて、どれ程長く生きられようぞ。たとえ (ちょうせいしたとて、このみちにいきるにあらずして、なんのよきことがあろうぞ!) 長生したとて、斯の道に生きるに非して、何の良きことがあろうぞ! (さて、そうしてここににじゅうねん。いしゃが、それまではいきられまいといった) さて、そうして茲[ここ]に二十年。医者が、それ迄は生きられまいと云った (よんじゅうのとしをもはやさんねんもいきのびたのである。) 四十の歳を最早三年も生延びたのである。 (すてぃヴんすんはかれのいとこのぼっぶのことをいつもかんがえる。さんさいとしうえの) スティヴンスンは彼の従兄のボッブのことを何時も考える。三歳年上の (このいとこは、にじゅっさいぜんごのすてぃヴんすんにとって、しそうじょうしゅみじょうのちょくせつの) この従兄は、二十歳前後のスティヴンスンにとって、思想上趣味上の直接の (きょうしであった。けんらんたるさいきとせんれんされたしゅみとがいはくなちしきとをもった・) 教師であった。絢爛たる才気と洗錬された趣味と該博な知識とを有った・ (たんげいすべからざるさいじんだった。しかもかれはなにをなしたか?) 端倪[たんげい]すべからざる才人だった。しかも彼は何を為したか? (なにごとをもしなかった。かれはいまぱりで、にじゅうねんまえとおなじく、いぜん、あらゆることを) 何事をもしなかった。彼は今パリで、二十年前と同じく、依然、あらゆる事を (りかいして、しかも、なにごとをもなさぬ・いっかいのでぃれったんとである。めいせいの) 理解して、しかも、何事をも為さぬ・一介のディレッタントである。名声の (あがらぬことをいうのではない。かれのせいしんがそこからせいちょうせぬことをいうのだ。) 挙がらぬことをいうのではない。彼の精神が其処から成長せぬことをいうのだ。 (にじゅうねんまえ、すてぃヴんすんをでぃれったんてぃずむからすくったでえもんは) 二十年前、スティヴンスンをディレッタンティズムから救ったデエモンは (たたえられるべきであった。) 讃えられるべきであった。 (こどものときのもっともしたしいあそびどうぐだった「いっぺにいならむさいしょく・) 子供の時の最も親しい遊道具だった「一片[ペニイ]なら無彩色・ (にぺんすならいろつき」のかみしばい(それをおもちゃやからかってきていえでくみたてて) 二片[ペンス]なら色つき」の紙芝居(それを玩具屋から買って来て家で組立て (「あらでぃん」や「ろびん・ふっと」や「さんぼんゆびのじゃっく」をみずからえんしゅつして) 「アラディン」や「ロビン・フット」や「三本指のジャック」を自ら演出して (あそぶのだが)のえいきょうであろうか、すてぃヴんすんのそうさくはいつでもひとつひとつの) 遊ぶのだが)の影響であろうか、スティヴンスンの創作は何時でも一つ一つの (じょうけいのそうきからはじまる。はじめ、ひとつのじょうけいがうかび、そのふんいきにふさわしい) 情景の想起から始まる。初め、一つの情景が浮かび、その雰囲気にふさわしい (じけんやせいかくが、つぎにうかびあがってくる。つぎつぎになんじゅうというかみしばいのぶたいめんが、) 事件や性格が、次に浮かび上って来る。次々に何十という紙芝居の舞台面が、 (それらをつなぐものがたりをともなってあたまのなかにあらわれ、もくぜんにありありとみえるそれらの) 其等を繋ぐ物語を伴って頭の中に現れ、目前にありありと見える其等の (ひとつひとつをじゅんじゅんにびょうしゃしつづけることによって、かれのものがたりはまことにたのしく) 一つ一つを順々に描写し続けることによって、彼の物語は誠に楽しく (できあがるのだ。うすっぺらで、むせいかくなr・l・s・のつうぞくしょうせつとひひょうかの) 出来上るのだ。薄っぺらで、無性格なR・L・S・の通俗小説と批評家の (いうところのものが。ほかのせいさくほうほうたとえば、ひとつのてつがくてきかんねんをれいしょうせんと) いう所のものが。他の制作方法例えば、一つの哲学的観念を例証せんと (もくてきのもとにぜんたいのこうそうをたてるとか、ひとつのせいかくのせつめいのために、じけんを) 目的の下に全体の構想を立てるとか、一つの性格の説明の為に、事件を (つくりあげるとか、は、かれにはぜんぜんかんがえることもできなかった。) 作上げるとか、は、彼には全然考えることも出来なかった。 (すてぃヴんすんにとって、ろぼうにみるひとつのじょうけいは、いまだなんびとによっても) スティヴンスンにとって、路傍に見る一つの情景は、未だ何人によっても (きろくされざるひとつのものがたりをかたるごとくにおもわれた。ひとつのかお、ひとつのそぶりも、) 記録されざる一つの物語を語る如くに思われた。一つの顔、一つの素振も、 (どうように、しられざるものがたりのほったんとみえた。まなつのよるのゆめのもんくではないが、) 同様に、知られざる物語の発端と見えた。真夏の夜の夢の文句ではないが、 (それら、なとところをもたぬものに、めいかくなひょうげんをあたえるのがしじんさっかだと) 其等、名と所を有たぬものに、明確な表現を与えるのが詩人作家だと (すれば、すてぃヴんすんはたしかにうまれながらのものがたりさっかにちがいない。ひとつの) すれば、スティヴンスンは確かに生れながらの物語作家に違いない。一つの (ふうけいをみて、それにふさわしいじけんをあたまのなかにくみたてることは、かれにとって、) 風景を見て、それにふさわしい事件を頭の中に組立てることは、彼にとって、 (こどものときから、しょくよくとおなじくらいにつよいほんのうだった。こりんとんの(ははかたの)そふの) 子供の時から、食慾と同じ位に強い本能だった。コリントンの(母方の)祖父の (ところへいくときは、いつもそのへんのもりやかわやすいしゃにあいそうなものがたりをこしらえて、) 所へ行く時は、何時も其の辺の森や川や水車に合いそうな物語を拵えて、 (うぇいヴぁり・のヴるすちゅうのしょじんぶつをじゅうおうにかつやくさせたものだ。) ウェイヴァリ・ノヴルス中の諸人物を縦横に活躍させたものだ。 (がい・まなりんぐやろぶ・ろいやあんどるう・ふぇあさーヴぃすなどを。) ガイ・マナリングやロブ・ロイやアンドルウ・フェアサーヴィスなどを。 (あおじろい、ひよわなしょうねんのころのそれのくせがいまだにぬけきらない。というよりも、) 蒼白い、ひよわな少年の頃の其の癖が未だに抜けきらない。というよりも、 (あわれなだいしょうせつかr・l・s・しはこうしたようちなくうそういがいにそうさくかつどうを) 哀れな大小説家R・L・S・氏は斯うした幼稚な空想以外に創作活動を (しらないのである。くものようにわきおこるくうそうてきじょうけい。まんげきょうのごときえいぞうのらんぶ。) 知らないのである。雲のように湧起る空想的情景。万華鏡の如き映像の乱舞。
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