中島敦 光と風と夢 18

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投稿者投稿者神楽@社長推しいいね0お気に入り登録
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中島敦の中編小説です

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問題文

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(わたしにはわたしのしごとがあった。つづいてはこばれてくるにちがいないふしょうしゃの)

私には私の仕事があった。続いて運ばれて来るに違いない負傷者の

(しゅうようのために、こうかいどうをつかわせてもらいたいとぼくしのくらーくしらがいうので、)

収容の為に、公会堂を使わせて貰い度いと牧師のクラーク氏等が言うので、

(まちじゅうをはしりまわって、(ごくさいきん、わたしがこうあんいいんかいにくわわるようになったので))

街中を走り廻って、(極く最近、私が公安委員会に加わるようになったので)

(ひとびとをたたきおこし、きんきゅういいんかいをひらき、こうかいどうをていきょうすることにきめた。)

人々を叩き起し、緊急委員会を開き、公会堂を提供することに決めた。

((ひとりのはんたいしゃあり。ついにせっとくす。)このことについてのひようのきょしゅつもかけつ。)

(一人の反対者あり。遂に説得す。)この事に就いての費用の拠出も可決。

(やはん、びょういんにもどる。いしゃはきていた。ふたりのかんじゃがしにひんしている。)

夜半、病院に戻る。医者は来ていた。二人の患者が死に瀕している。

(ひとりはふくぶをやられたもの。かおをゆがめつつ、しかしちんもくせる・)

一人は腹部をやられた者。顔をゆがめつつ、しかし沈黙せる・

(いたいたしきじんじふせい。)

傷々[いたいた]しき人事不省。

(せんこくの・はいをうたれたしゅうちょうは、いっぽうのかべぎわでさいごのてんしをまつもののごとく)

先刻の・肺を射[う]たれた酋長は、一方の壁際で最後の天使を待つものの如く

(みえた。かぞくらがそのてあしをささえていた。みなむごん。とつぜん、ひとりのおんなが、)

見えた。家族等が其の手足を支えていた。みな無言。突然、一人の女が、

(しにいくもののひざをいだいてどうこくした。どうこくのこえは)

死に行く者の膝を抱いて慟哭[どうこく]した。慟哭の声は

(ごびょうもつづいたろうか。ふたたび、いたいたしいちんもく。)

五秒も続いたろうか。再び、いたいたしい沈黙。

(にじすぎきたく。まちのうわさをそうごうすると、いくさは、またーふぁにふりだったらしい。)

二時過帰宅。街の噂を綜合すると、戦は、マターファに不利だったらしい。

(しちがつここのか)

七月九日

(ようやくいくさのけっかがあきらかになった。)

漸く戦の結果が明らかになった。

(きのうあぴあからにしにしんげきをはじめたらうぺぱぐんは、しょうごごろ、またーふぁぐんと)

昨日アピアから西に進撃を始めたラウペパ軍は、正午頃、マターファ軍と

(ぶっつかった。ただし、こっけいなことに、はじめはせんそうどころか、りょうぐんのしょうしが)

ぶっつかった。但し、滑稽なことに、初めは戦争どころか、両軍の将士が

(あいようしてかヴぁをくみかわし、さかんなこうかんがおこなわれたらしい。)

相擁してカヴァを酌みかわし、盛んな交驩[こうかん]が行われたらしい。

(それが、とつぜんのふちゅういないちはつのにせほうから、たちまちらんとうにへんじ、ほんものの)

それが、突然の不注意な一発の偽砲から、忽ち乱闘に変じ、本ものの

(せんそうになった。ゆうこくになって、またーふぁぐんがしりぞき、まりえがいかくのいしかべによって)

戦争になった。夕刻になって、マターファ軍が退き、マリエ外郭の石壁に拠って

など

(さくやひとばんじゅうぼうせんしたが、いまあさになってついについえた。またーふぁはむらをやいて、)

昨夜一晩中防戦したが、今朝になって終に潰えた。マターファは村を焼いて、

(かいろさヴぁいいへのがれたという。)

海路サヴァイイへ逃れたという。

(ながいあいだこのしまのせいしんてきなおうじゃだったまたーふぁのぼつらくにたいして、)

長い間此の島の精神的な王者だったマターファの没落に対して、

(いうべきことばをしらぬ。いちねんまえだったら、かれは、らうぺぱをもはくじんせいふをも)

言うべき言葉を知らぬ。一年前だったら、彼は、ラウペパをも白人政府をも

(よういにいっそうしえただろうに。またーふぁとともに、わがかっしょくのとものおおくが)

容易に一掃し得ただろうに。マターファと共に、我が褐色の友の多くが

(さいがいをうけたにちがいない。おれはかれらのためになにをしたか?こんごも、)

災害を受けたに違いない。俺は彼等の為に何をしたか?今後も、

(なにをなしえるか?さげすむべききしょうかんそくしゃ!)

何を為し得るか?蔑むべき気象観測者!

(ちゅうしょくご、まちへ。びょういんへいってみたら、うる(はいをやられたしゅうちょうのな)は、)

昼食後、街へ。病院へ行って見たら、ウル(肺をやられた酋長の名)は、

(まだふしぎにいきていた。はらをやられたおとこはすでにしんでいた。)

まだ不思議に生きていた。腹をやられた男は既に死んでいた。

(きりとられたじゅういちのくびがむりぬうにもちこまれた。どじんらのおおいに)

斬取られた十一の首がムリヌウに持込まれた。土人等の大いに

(おどろきおそれたことに、そのくびのひとつは、しょうじょのであった。しかも、)

驚き懼[おそ]れたことに、其の首の一つは、少女のであった。しかも、

(さヴぁいいのあるむらのたうぽう(むらをだいひょうするうつくしいむすめ)のくびだった。)

サヴァイイの或る村のタウポウ(村を代表する美しい娘)の首だった。

(なんかいのきしをもってにんずるさもあじんのあいだにあって、これはゆるすべからざる)

南海の騎士を以て任ずるサモア人の間に在って、之は許すべからざる

(ぼうこうである。このくびだけは、さいじょうなどのきぬにつつまれ、ていねいなちんしゃじょうとともに、)

暴行である。此の首だけは、最上等の絹に包まれ、叮嚀な陳謝状と共に、

(さっそく、まりえへおくりかえされたそうだ。しょうじょはちちのてつだいにだんやくでもはこんでいたところを)

早速、マリエへ送り返されたそうだ。少女は父の手伝に弾薬でも運んでいた所を

(うたれたものにちがいない。ちちおやのかぶとのかざりげにするためにじぶんのかみを)

射たれたものに違いない。父親の兜の飾り毛にする為に自分の髪を

(かったらしく、おとこのようなかりあげだったので、くびをとられたのだともいう。)

刈ったらしく、男の様な刈上げだったので、首を取られたのだともいう。

(しかし、なんと、かのじょのびにふさわしき、えらばれたるさいごでありしよ!)

しかし、何と、彼女の美にふさわしき、選ばれたる最期でありしよ!

(またーふぁのおいのれあうぺぺだけは、くびとどうとりょうほうともはこばれた。むりぬうの)

マターファの甥のレアウぺぺだけは、首と胴と両方とも運ばれた。ムリヌウの

(おおどおりでらうぺぱがそれをえっけんし、ぶかのこうろうにしゃするえんぜつをした。)

大通りでラウペパがそれを閲見し、部下の功労に謝する演説をした。

(にどめにびょういんによったとき、かんごふやかんごそつはひとりもいず、)

二度目に病院に寄った時、看護婦や看護卒は一人もいず、

(かんじゃのかぞくだけだった。かんじゃもつきそいにんもきまくらでひるねをしていた。けいしょうの)

患者の家族だけだった。患者も附添人も木枕で昼寝をしていた。軽傷の

(びせいねんがいた。ふたりのしょうじょがかれをいたわり、ともにさゆうからかれのまくらに)

美青年がいた。二人の少女が彼をいたわり、共に左右から彼の枕に

(まくらしておった。ほかのいちぐうには、だれもつきそっていないひとりのふしょうしゃが、)

枕しておった。他の一隅には、誰も附添っていない一人の負傷者が、

(うちすてられ、きぜんたるようすでよこたわっていた。まえのびせいねんにくらべて、)

打捨てられ、毅然たる様子で横たわっていた。前の美青年に比べて、

(はるかにりっぱなたいどとうつったが、かれのようぼうはうつくしくはなかった。がんめんこうぞうの)

遥かに立派な態度と映ったが、彼の容貌は美しくはなかった。顔面構造の

(ごくびのさがもたらすなんというはなはだしいそうい!)

極微の差が齎す何という甚だしい相違!

(しちがつとおか)

七月十日

(きょうはつかれてうごけない。)

今日は疲れて動けない。

(さらにおおくのくびがむりぬうにもちこまれたそうだ。くびがりのかぜをやめさせるのは)

更に多くの首がムリヌウに持込まれたそうだ。首狩の風をやめさせるのは

(よういなことではない。「これいがいのどんなほうほうでゆうかんさをあかしえるか?」また、)

容易なことではない。「之以外のどんな方法で勇敢さを証し得るか?」又、

(「だヴぃっどがごらいあすをたいじしたとき、かれはきょじんのくびをもちかえらなかったか?」)

「ダヴィッドがゴライアスを退治した時、彼は巨人の首を持帰らなかったか?」

(とかれらはいう。しかし、こんどの、しょうじょのくびをとったことだけは、)

と彼等はいう。しかし、今度の、少女の首を取ったことだけは、

(まったくきょうしゅくしているようだ。)

全く恐縮しているようだ。

(またーふぁはぶじにさヴぁいいにむかえられたというせつと、さヴぁいいのじょうりくを)

マターファは無事にサヴァイイに迎えられたという説と、サヴァイイの上陸を

(きょぜつされたというせつとがおこなわれている。どちらがほんとうか、まだわからない。)

拒絶されたという説とが行われている。どちらが本当か、まだ判らない。

(さヴぁいいにむかえられたとすれば、なおだいきぼなせんそうがつづけられよう。)

サヴァイイに迎えられたとすれば、尚大規模な戦争が続けられよう。

(しちがつじゅうににち)

七月十二日

(たしかなほうどうははいらず。りゅうげんのみしきりなり。らうぺぱぐんはまののへむけ)

確かな報道は入らず。流言のみ頻[しき]りなり。ラウペパ軍はマノノへ向け

(しんぱつしたと。)

進発したと。

(しちがつじゅうさんにち)

七月十三日

(またーふぁがさヴぁいいをおわれ、まののにもどったよし、かくほうあり。)

マターファがサヴァイイを追われ、マノノに戻った由、確報あり。

(しちがつじゅうしちにち)

七月十七日

(さいきんとうびょうしたかとぅーばごうのびっくふぉーどかんちょうをとう。かれは、)

最近投錨[とうびょう]したカトゥーバ号のビックフォード艦長を訪う。彼は、

(またーふぁちんあつのめいをうけ、みんちょうふつぎょう、まののへむけてしゅっこうすると。)

マターファ鎮圧の命を受け、明朝払暁、マノノへ向けて出航すると。

(またーふぁのため、かんちょうのあたうかぎりのこういをやくそくしてもらう。)

マターファの為、艦長の能[あた]う限りの好意を約束して貰う。

(しかし、またーふぁはおめおめとこうふくするだろうか?かれのいっとうはぶそうかいじょに)

しかし、マターファはおめおめと降伏するだろうか?彼の一統は武装解除に

(あまんずるだろうか?)

甘んずるだろうか?

(まののへげきれいのしょしんをやるすべもない。)

マノノへ激励の書信をやるすべもない。

(どく・えい・べいさんごくにたいするはいざんのいちまたーふぁでは、きすうは)

十三 独・英・米三国に対する敗残の一マターファでは、帰趨[きすう]は

(あまりにさやかであった。まののとうへきゅうこうしたびっくふぉーどかんちょうはさんじかんの)

余りに明かであった。マノノ島へ急航したビックフォード艦長は三時間の

(きげんつきでこうふくをうながした。またーふぁはとうこうし、どうじに、ついげきしてきた)

期限付で降伏を促した。マターファは投降し、同時に、追撃して来た

(らうぺぱぐんのためにまののはやかれりゃくだつされた。またーふぁは)

ラウペパ軍のためにマノノは焼かれ掠奪[りゃくだつ]された。マターファは

(しょうごうはくだつのうえ、はるかやるーとじまへりゅうたくされ、かれのぶかのしゅうちょうじゅうさんにんも)

称号剥奪の上、遥かヤルート島へ流謫され、彼の部下の酋長十三人も

(それぞれほかのしまじまについほうされた。はんらんしゃがわのむらむらへのかりょうろくせんろっぴゃくぽんど。)

それぞれ他の島々に追放された。叛乱者側の村々への科料六千六百磅。

(むりぬうかんごくにとうぜられただいしょうしゅうちょうにじゅうななにん。これがすべてのけっかであった。)

ムリヌウ監獄に投ぜられた大小酋長二十七人。之が凡ての結果であった。

(やっきになったすてぃヴんすんのほんそうもむだになった。)

躍起になったスティヴンスンの奔走も無駄になった。

(りゅうざんしゃはかぞくのたいどうをゆるされず、また、なんびととのぶんつうをも)

流竄者[りゅうざんしゃ]は家族の帯同を許されず、又、何人との文通をも

(きんぜられた、かれらをたずねることのできるのはぼくしだけである。すてぃヴんすんは)

禁ぜられた、彼等を訪ねることの出来るのは牧師だけである。スティヴンスンは

(またーふぁへのしょしんとおくりものとをかとりっくのそうにたくそうとしたが、きょぜつされた。)

マターファへの書信と贈物とをカトリックの僧に託そうとしたが、拒絶された。

(またーふぁはすべてのしたしいもの、したしいとちときりはなされ、ほっぽうのひくいさんごとうで、)

マターファは凡ての親しい者、親しい土地と切離され、北方の低い珊瑚島で、

(しおけのあるみずをのんでいる。(こうざんけいりゅうにとむさもあのにんげんは)

鹹気[しおけ]のある水を飲んでいる。(高山渓流に富むサモアの人間は

(かんすいにいちばんへいこうする。)かれはどんなつみをおかしたのか?さもあのこらいのしゅうかんに)

鹹水に一番閉口する。)彼はどんな罪を犯したのか?サモアの古来の習慣に

(したがってとうぜんようきゅうすべきおういを、えんりょしてきながにまちすぎたというつみを)

従って当然要求すべき王位を、遠慮して気永に待ち過ぎたという罪を

(おかしただけだ。そのため、てきにじょうぜられ、けんかをうりつけられ、はんぎゃくしゃのなを)

犯しただけだ。そのため、敵に乗ぜられ、喧嘩を売付けられ、叛逆者の名を

(せんせられたのである。さいごまでちゅうじつにあぴあせいふにぜいきんをおさめていたのは)

宣せられたのである。最後迄忠実にアピア政府に税金を納めていたのは

(かれであった。くびがりきんぜつをしゅちょうするしょうすうのはくじんのせつをもちいて、まっさきにこれを)

彼であった。首狩禁絶を主張する少数の白人の説を用いて、真先に之を

(ぶかにじっこうさせたのはかれであった。かれは、はくじんをもふくめたぜんさもあきょじゅうしゃの)

部下に実行させたのは彼であった。彼は、白人をも含めた全サモア居住者の

(なかで(とすてぃヴんすんはしゅちょうする。)もっともきょげんをつかぬにんげんだ。)

中で(とスティヴンスンは主張する。)最も嘘言[きょげん]を吐かぬ人間だ。

(しかも、こうしたおとこのふこうをすくうために、すてぃヴんすんはなにひとつ)

しかも、斯うした男の不幸を救う為に、スティヴンスンは何一つ

(してやれなかった。またーふぁはかれをあんなにしんらいしていたのに。ぶんつうのしゅだんの)

して遣れなかった。マターファは彼をあんなに信頼していたのに。文通の手段の

(たたれたまたーふぁはおそらく、すてぃヴんすんのことを、しんせつそうなことを)

絶たれたマターファは恐らく、スティヴンスンのことを、親切そうなことを

(いいながらけっきょくなにひとつじっさいにはしてくれないはくじん(ありきたりのはくじん)に)

言いながら結局何一つ実際にはして呉れない白人(ありきたりの白人)に

(すぎなかったのだと、しつぼうしているのではないか?)

過ぎなかったのだと、失望しているのではないか?

(せんししゃのいちぞくのおんなが、せんしのばしょへいってはなむしろをそこにひろげる。)

戦死者の一族の女が、戦死の場所へ行って花蓆[はなむしろ]を其処に拡げる。

(ちょうとかそのほかのこんちゅうがきて、それにとまる。いちどおう。にげる。またおう。)

蝶とか其の他の昆虫が来て、それにとまる。一度追う。逃げる。又追う。

(にげる。それでもさんどめにそこへとまりにきたら、それはそこでせんししたものの)

逃げる。それでも三度目に其処へとまりに来たら、それは其処で戦死した者の

(たましいとみなされる。おんなはそのむしをていねいにとらえ、いえにもちかえってまつるのである。)

魂と見做される。女は其の虫を叮嚀に捕え、家に持帰って祀るのである。

(こうしたしょうしんのふうけいがずいしょにみられた。いっぽう、とうごくされたしゅうちょうたちが)

こうした傷心の風景が随処に見られた。一方、投獄された酋長達が

(まいにちむちうたれているといううわさもあった。)

毎日笞[むち]打たれているという噂もあった。

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