中島敦 光と風と夢 20

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投稿者投稿者神楽@社長推しいいね0お気に入り登録
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中島敦の中編小説です

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問題文

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(じゅうにがつばつにち)

十二月日

(なんこうの「えっぶ・たいど」やっとおわる。あくさく?)

難航の「退潮[エッブ・タイド]」やっと終る。悪作?

(ちかごろひきつづいてもんてえにゅのだいにかんをよんでいる。かつてはたちまえに、)

近頃引続いてモンテエニュの第二巻を読んでいる。曾て二十歳[はたち]前に、

(ぶんたいしゅうとくのもくてきをもってこのほんをよんだことがあるのだから、まったくあきれたものだ。)

文体習得の目的を以て此の本を読んだことがあるのだから、全く呆れたものだ。

(あのころ、このほんのなにがわたしにわかったろう?)

あの頃、此の本の何が私に判ったろう?

(こうしたどえらいしょもつをよんだあとでは、どんなさっかもこどもにみえて、よむきが)

斯うしたどえらい書物を読んだ後では、どんな作家も子供に見えて、読む気が

(しなくなる。それはじじつだ。しかし、それでもなお、わたしは、しょうせつがしょもつのなかで)

しなくなる。それは事実だ。しかし、それでも尚、私は、小説が書物の中で

(さいじょう(あるいはさいきょう)のものであることをうたがわない。どくしゃにのりうつり、そのたましいを)

最上(或いは最強)のものであることを疑わない。読者にのりうつり、其の魂を

(うばい、そのちとなりにくとかしてかんぜんにきゅうしゅうされつくすのは、しょうせつのほかにない。)

奪い、其の血となり肉と化して完全に吸収され尽くすのは、小説の他にない。

(ほかのしょもつにあっては、なにかしらねんしょうしきれずにのこるものがある。わたしがいま)

他の書物にあっては、何かしら燃焼しきれずに残るものがある。私が今

(すらんぷにあえいでいるのはひとつのこと、わたしがこのみちにかぎりないほこりをかんずるのは)

スランプに喘いでいるのは一つの事、私が斯の道に限無い誇を感ずるのは

(ほかのことである。)

他の事である。

(どじん、はくじんのりょうほうにおけるふじんぼうと、あいつづくふんそうにたいするいんせきとで、ついに)

土人、白人の両方に於ける不人望と、相続く紛争に対する引責とで、遂に

(せいむちょうかんふぉん・ぴるざっはがじしょくした。ちーふ・じゃすてぃすも)

政務長官フォン・ピルザッハが辞職した。裁判所長[チーフ・ジャスティス]も

(ちかくやめるはず。もっかのところかれのほうていはすでにとじられているが、かれの)

近く辞める筈。目下の所彼の法廷は既に閉じられているが、彼の

(ぽけっとのみは、まだほうきゅうをうけるべくひらかれている。かれのこうにんは)

ポケットのみは、まだ俸給を受けるべく開かれている。彼の後任は

(いいだしとないていのよし。とにかくしんせいむちょうかんらいにんまでは、むかしのように、)

イイダ氏と内定の由。とにかく新政務長官来任迄は、昔のように、

(えいべいどくりょうじのさんとうせいじだ。)

英米独領事の三頭政治だ。

(ああなのほうめんにぼうどうのおこりそうなけいせいがある。)

アアナの方面に暴動の起りそうな形勢がある。

(またーふぁがやるーとへながされたあとも、どみんのいっきはたえなかった。)

十五 マターファがヤルートへ流された後も、土民の一揆は絶えなかった。

など

(せんはっぴゃくきゅうじゅうさんねんのくれ、かつてのさもあおうたませせのいじが、とぅぷあぞくをひきいて)

一八九三年の暮、曾てのサモア王タマセセの遺児が、トゥプア族を率いて

(へいをあげた。しょうたませせは、おうおよびぜんはくじんのとうがいほうちく(あるいはせんめつ)を)

兵を挙げた。小タマセセは、王及び全白人の島外放逐(或いは殲滅)を

(ひょうぼうしてたったのだが、けっきょくらうぺぱおうきかのさヴぁいいぜいに)

標榜して起ったのだが、結局ラウペパ王麾下[きか]のサヴァイイ勢に

(せめられ、ああなでついえた。はんぐんにたいするしょばつとしては、じゅうごじゅっちょうのぼっしゅう、)

攻められ、アアナで潰えた。叛軍に対する処罰としては、銃五十梃の没収、

(みのうのぜいきんちょうしゅう、にじゅうまいるのどうろこうじなどがかせられたにすぎなかった。)

未納の税金徴収、二十哩の道路工事等が課せられたに過ぎなかった。

(まえのまたーふぁのばあいのげんばつとくらべてあまりにもふこうへいである。ちちのたませせが)

前のマターファの場合の厳罰と比べて余りにも不公平である。父のタマセセが

(むかし、どいつじんにようりつされたろぼっとだったかんけいで、しょうたませせには)

昔、独逸人に擁立された虚器[ロボット]だった関係で、小タマセセには

(いちぶどいつじんのしじがあったからだ。すてぃヴんすんはまた、むえきなこうぎを)

一部独逸人の支持があったからだ。スティヴンスンは又、無益な抗議を

(ほうぼうにむかってこころみた。しょうたませせにげんばつをあたえよ、というのでは、もちろんない。)

方々に向って試みた。小タマセセに厳罰を与えよ、というのでは、勿論ない。

(またーふぁのげんけいをもとめたのだ。ひとびとはもはや、すてぃヴんすんがまたーふぁの)

マターファの減刑を求めたのだ。人々は最早、スティヴンスンがマターファの

(なをくちにだすと、わらいだすようになった。それでもかれはむきになって、ほんごくの)

名を口に出すと、笑出すようになった。それでも彼はむきになって、本国の

(しんぶんやざっしにさもあのじじょうをくりかえしくりかえしうったえた。)

新聞や雑誌にサモアの事情を繰返し繰返し訴えた。

(こんどのさわぎにもやはりくびがりがさかんにおこなわれた。くびがりはんたいろんじゃのすてぃヴんすんは、)

今度の騒ぎにも矢張首狩が盛んに行われた。首狩反対論者のスティヴンスンは、

(さっそく、くびをきりとったものにたいするしょばつをようきゅうした。これのらんのはじまるちょくぜんに、)

早速、首を斬取った者に対する処罰を要求した。此の乱の始まる直前に、

(しんにんのちーふ・じゃすてぃすのいいだしがぎかいをつうじてくびがりきんしれいを)

新任のチーフ・ジャスティスのイイダ氏が議会を通じて首狩禁止令を

(だしているのだから、これはとうぜんである。しかし、これのしょばつはじっさいには)

出しているのだから、之は当然である。しかし、此の処罰は実際には

(おこなわれなかった。すてぃヴんすんはいきどおった。しまのしゅうきょうかどもがあんがいくびがりについて)

行われなかった。スティヴンスンは憤った。島の宗教家共が案外首狩に就いて

(むかんしんなのにも、かれははらをたてた。もっかのところさヴぁいいぞくはあくまで)

無関心なのにも、彼は腹を立てた。目下の所サヴァイイ族は飽く迄

(くびがりをこしゅうしているが、つあまさんがぞくはくびのかわりにみみをきりとるだけで)

首狩を固執しているが、ツアマサンガ族は首の代りに耳を斬取るだけで

(がまんしているのだ。かつてのまたーふぁごときは、ぶかにほとんどぜったいに)

我慢しているのだ。かつてのマターファ如きは、部下に殆ど絶対に

(くびをとらせなかった。どりょくひとつでかならずこれのあくしゅうはこんぜつできるのだと、)

首を取らせなかった。努力一つで必ず此の悪習は根絶できるのだと、

(かれはかんがえていた。)

彼は考えていた。

(つぇだるくらんつのしっせいのあとをうけ、こんどのちーふ・じゃすてぃすはしだいに)

ツェダルクランツの失政のあとを受け、今度のチーフ・ジャスティスは次第に

(はくじんやどじんのあいだにおけるせいふのしんようをかいふくしつつあるかにみえた。しかし、)

白人や土人の間に於ける政府の信用を回復しつつあるかに見えた。しかし、

(しょうきぼのぼうどうや、どみんかんのふんそうや、はくじんへのきょうはくは、)

小規模の暴動や、土民間の紛争や、白人への脅迫は、

(せんはっぴゃくきゅうじゅうよねんをつうじて、いつもたえることがなかった。)

一八九四年を通じて、何時も絶えることがなかった。

(せんはっぴゃくきゅうじゅうよねんにがつばつにち)

十六 一八九四年二月日

(さくやれいのごとくはなれのしょうしゃでひとりしごとをしていると、らふぁえれがちょうちんと)

昨夜例の如く離れの小舎で独り仕事をしていると、ラファエレが提灯と

(ふぁにいからのしへんとをもってやってきた。うちのもりのなかにぼうみんどもが)

ファニイからの紙片とを持ってやって来た。うちの森の中に暴民共が

(おおくあつまっているらしいから、しきゅうきてほしいむね、かかれている。)

多く集まっているらしいから、至急来て欲しい旨、書かれている。

(はだしでぴすとるをたずさえ、らふぁえれとともにおりていく。とちゅうで)

跣足[はだし]でピストルを携え、ラファエレと共に下りて行く。途中で

(ふぁにいのあがってくるのにあう。いっしょにいえにはいり、きみのわるいいちやをあかす。)

ファニイの上って来るのに会う。一緒に家に入り、気味の悪い一夜を明かす。

(たぬんがまのののほうからしゅうや、たいことかんせいとがきこえた。はるかしたのまちでは)

タヌンガマノノの方から終夜、太鼓と喊声とが聞えた。遥か下の街では

(げっこう(つきはおそくでた)のしたできょうらんをえんじていたようだ。うちのもりにもたしかに)

月光(月は遅く出た)の下で狂乱を演じていたようだ。うちの森にも確かに

(どみんどもがひそんでいるらしいが、ふしぎにさわがない。ひっそりしているほうが)

土民共が潜んでいるらしいが、不思議に騒がない。ひっそりしている方が

(かえってぶきみだ。つきのでないまえ、ていはくちゅうのどくかんのさーちらいとがあおじろい)

却って不気味だ。月の出ない前、碇泊中の独艦のサーチライトが蒼白い

(はばひろのこうぼうをやみぞらにせんかいさせて、うつくしかった。とこについたがけいぶのりうまちすが)

幅広の光芒を闇空に旋回させて、美しかった。床に就いたが頸部のリウマチスが

(おこってなかなかねむれない。くどめにねつこうとしたとき、あやしいうめきごえが)

起って中々眠れない。九度目に寝つこうとした時、怪しい呻声が

(げなんべやのほうからきこえた。くびをおさえ、ぴすとるをもって、げなんべやへいく。)

下男部屋の方から聞えた。頸を抑え、ピストルを持って、下男部屋へ行く。

(みんなまだおきていてすうぃぴ(かるたとばく)をやっている。)

みんな未だ起きていてスウィピ(骨牌賭博[カルタとばく])をやっている。

(ばかもののみしふぉろがまけておおげさなうめきごえをはっしたのだ。)

莫迦者のミシフォロが負けて大袈裟な呻声を発したのだ。

(けさはちじ、たいこのおととともにじゅんらへいふうのどみんのいったいが、)

今朝八時、太鼓の音と共に巡邏兵[じゅんらへい]風の土民の一隊が、

(ひだりてのもりからあらわれた。と、ヴぁえあやまにつづくみぎてのもりからもしょうすうのへいが)

左手の森から現れた。と、ヴァエア山に続く右手の森からも少数の兵が

(でてきた。かれらはいっしょになって、うちへ、はいってきた。せいぜい)

出て来た。彼等は一緒になって、うちへ、はいって来た。せいぜい

(ごじゅうめいくらいのものだ。びすけっととかヴぁをちそうしてやったら、おとなしく)

五十名位のものだ。ビスケットとカヴァを馳走してやったら、大人しく

(あぴあかいどうのほうへこうしんしていった。)

アピア街道の方へ行進して行った。

(ばかげたいかくだ。それでもりょうじたちはさくやひとばんじゅうねむれなかったろう。)

莫迦げた威嚇だ。それでも領事達は昨夜一晩中眠れなかったろう。

(せんじつまちへいったとき、みしらぬどじんからあおふうとうのこうしきのしょじょうをわたされた。)

先日街へ行った時、見知らぬ土人から青封筒の公式の書状を渡された。

(きょうはくじょうだ。はくじんは、おうがわのものとかんけいすべからず。かれらのおくりものをも)

脅迫状だ。白人は、王側の者と関係すべからず。彼等の贈物をも

(うけとるべからず・・・・・・・・・・・・わたしがまたーふぁをうらぎったとでも)

受取るべからず・・・・・・・・・・・・私がマターファを裏切ったとでも

(おもっているのだろうか?)

思っているのだろうか?

(さんがつばつにち)

三月日

(「せんと・あいヴす」しんこうちゅうのところへ、ろかげついぜんにちゅうもんしたさんこうしょがようやく)

「セント・アイヴス」進行中の所へ、六ヶ月以前に註文した参考書が漸く

(とうちゃく。せんはっぴゃくじゅうよねんとうじのしゅうじんがかくもちんみょうなせいふくをきせられ、)

到着。一八一四年当時の囚人が斯くも珍妙な制服を着せられ、

(いっしゅうにかいずつひげをそっていたとは!すっかりかきかえねばならなくなった。)

一週二回ずつ髭を剃っていたとは!すっかり書きかえねばならなくなった。

(めれでぃすしよりていちょうなてがみをいただく。こうえいなり。)

メレディス氏より鄭重[ていちょう]な手紙を戴く。光栄なり。

(「びーちゃむのしょうがい」はいまなおなんかいにおけるわがあいどくしょのひとつだ。)

「ビーチャムの生涯」は今なお南海に於ける我が愛読書の一つだ。

(まいにちおーすてぃんしょうねんのためにれきしのこうぎをしているほか、さいきん、にちようがっこうの)

毎日オースティン少年の為に歴史の講義をしているほか、最近、日曜学校の

(せんせいをもしている。たのまれておもしろはんぶんしているのだが、いまからかしやけんしょうなどで)

先生をもしている。頼まれて面白半分しているのだが、今から菓子や懸賞などで

(こどもたちをつっているしまつだから、いつまでつづくかわからぬ。)

子供達を釣っている始末だから、何時迄続くか分らぬ。

(ばくすたあとこるヴぃんとのりつあんで、わたしのぜんしゅうをだそうと、)

バクスタアとコルヴィンとの立案で、私の全集を出そうと、

(ちゃとお・あんど・うぃんだすしゃからいってくる。すこっとのよんじゅうはちかんの)

チャトオ・アンド・ウィンダス社から言って来る。スコットの四十八巻の

(うぇいヴぁり・のヴるずとおなじようなあかいろのそうていで、ぜんにじゅっかん、せんぶげんていばんとし、)

ウェイヴァリ・ノヴルズと同じ様な赤色の装釘で、全二十巻、千部限定版とし、

(わたしのかしらもじをすかしはいりにしたとくべつのようしをつかうのだそうだ。せいぜんに、)

私の頭文字を透かし入りにした特別の用紙を使うのだ荘だ。生前に、

(こんなぜいたくなものをだしてもらうほどのさっかであるか、どうかは、いささかぎもんだが、)

こんな贅沢なものを出して貰う程の作家であるか、どうかは、些か疑問だが、

(ゆうじんたちのこういはまったくありがたい。しかし、もくじをいっけんして、わかいじぶんのかんがんものの)

友人達の好意は全く有難い。しかし、目次を一見して、若い自分の汗顔ものの

(えっせいだけは、どうしてもけずってもらわねばならぬとおもう。)

エッセイだけは、どうしても削って貰わねばならぬと思う。

(わたしのいまのにんき(?)がいつまでつづくものか、わたしはしらない。わたしはいまだに)

私の今の人気(?)が何時迄続くものか、私は知らない。私は未だに

(たいしゅうをしんずることができない。かれらのひはんはけんめいなのか、おろかしいのか?)

大衆を信ずることが出来ない。彼等の批判は賢明なのか、愚かしいのか?

(こんとんのなかからいりあっどやえねいどをえらびのこしたかれらは、)

混沌の中からイリアッドやエネイドを選び残した彼等は、

(かしこいといわねばなるまい。しかも、げんじつのかれらがぎりにもけんめいと)

賢いといわねばなるまい。しかも、現実の彼等が義理にも賢明と

(いえるだろうか?しょうじきなところ、わたしはかれらをしんようしていないのだ。しかし、)

いえるだろうか?正直な所、私は彼等を信用していないのだ。しかし、

(それならわたしはいったいだれのためにかく?やはり、かれらのために、かれらによんでもらうために)

それなら私は一体誰の為に書く?矢張、彼等の為に、彼等に読んで貰う為に

(かくのだ。そのなかのすぐれたしょうすうしゃのために、などというのは、あきらかにうそだ。)

書くのだ。その中の優れた少数者の為に、などというのは、明らかに嘘だ。

(しょうすうのひひょうかのみにほめられ、そのかわりたいしゅうにかえりみられなくなったとしたら、)

少数の批評家のみに褒められ、その代り大衆に顧みられなくなったとしたら、

(わたしはあきらかにふこうであろう。わたしはかれらをけいべつし、しかもぜんしんてきにかれらに)

私は明らかに不幸であろう。私は彼等を軽蔑し、しかも全身的に彼等に

(よりかかっている。わがままむすこと、むちでかんようなそのちちおや?)

凭[よ]りかかっている。我が儘息子と、無知で寛容な其の父親?

(ろばぁと・ふぁーがすん。ろばぁと・ばあんず。ろばぁと・るぅいす・)

ロバァト・ファーガスン。ロバァト・バアンズ。ロバァト・ルゥイス・

(すてぃヴんすん。ふぁーがすんはいだいなものをよこくし、ばあんずはその)

スティヴンスン。ファーガスンは偉大なものを予告し、バアンズは其の

(いだいなものをなしとげ、わたしはただそのそうはくをなめたにすぎぬ。)

偉大なものを成しとげ、私は唯其の糟粕[そうはく]を嘗めたにすぎぬ。

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