悪獣篇 泉鏡花 5

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投稿者投稿者神楽@社長推しいいね0お気に入り登録
プレイ回数94難易度(4.4) 4913打 長文
泉鏡花の中編小説です
「ぎっ'ちょ」って駄目なんだそうですね。虫の鳴き声なのに、、。という訳で「.」が間に入ってます。タイプのときも入れてやってください。

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問題文

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(うすいけむりにつつまれて、ちゃはわいていそうだけれど、よしずばりがぼんやりして、)

薄い煙に包まれて、茶は沸いていそうだけれど、葦簀張がぼんやりして、

(かかるてんきに、なにごとぞ、うろにくちたりな。)

かかる天気に、何事ぞ、雨露に朽ちたりな。

(「いいじゃありませんか、せんせい、びくはぼくがもっていますから、)

「可いじゃありませんか、先生、畚は僕が持っていますから、

(まつなんぞぐずぐずいったら、ぶっつけてやります。」)

松なんぞ愚図々々言ったら、ぶッつけてやります。」

(むにのみかたでたのもしくなぐさめた。)

無二の味方で頼母[たのも]しく慰めた。

(「いやまた、こうへきえきして、さおをたたんで、ふところへ)

「いやまた、こう辟易して、棹を畳んで、懐中[ふところ]へ

(りしまいこんで、きせるづつをわすれた、というかおでかえるところも)

了[しま]い込んで、煙管筒を忘れた、という顔で帰る処も

(おもしろいかんじがするで。)

おもしろい感じがするで。

(それにのどもかわいた、ちゃをひとつのみましょう。まずやすんで、」)

それに咽喉[のど]も乾いた、茶を一つ飲みましょう。まず休んで、」

(とみあしばかり、みちをよこへ、ちゃみせのまえの、ひとまばかりあしが)

と三足[みあし]ばかり、路を横へ、茶店の前の、一間ばかり蘆が

(さゆうへわかれていた、ねがしろくぬれちがすいてみえて、)

左右へ分れていた、根が白く濡地[ぬれち]が透いて見えて、

(ぶくぶくとかにのあな、うたかたのあわれをふいて、あかねがさして、ひはいまだたかいが)

ぶくぶくと蟹の穴、うたかたのあわれを吹いて、茜がさして、日は未だ高いが

(むしのこえ、ろをこぐように、ぎい、ぎっ.ちょっ、ちょ。)

虫の声、艫[ろ]を漕ぐように、ギイ、ギッ.チョッ、チョ。

(「さあ、おかけ。」)

「さあ、お掛け。」

(としょうねんを、じぶんのしょうぎのわきにおらせて、)

と少年を、自分の床几[しょうぎ]の傍[わき]に居[お]らせて、

(せんせいはかわくといった、そのくちびるをなでながら、)

先生は乾くと言った、その唇を撫でながら、

(「ちゃをひとつくださらんか。」)

「茶を一つ下さらんか。」

(くらいなかからしろいなり、あさのはいろのまきつけおびで、ぞうりのおと、)

暗い中から白い服装[なり]、麻の葉いろの巻つけ帯で、草履の音、

(ひたひた、ときゃくをみてはやよういをしたか、)

ひたひた、と客を見て早や用意をしたか、

(きりぎりすのかじったぬりぼんに、あさがおぢゃわんのひびだらけ、)

蟋蟀[きりぎりす]の噛[かじ]った塗盆に、朝顔茶碗の亀裂[ひび]だらけ、

など

(ちゃしぶでさびたのをふたつのせて、)

茶渋で錆びたのを二つのせて、

(「あがりまし、」)

「あがりまし、」

(とすえてだし、こしをかがめたおうなをみよ。ひとすじごとにうつくしくくしのはをいれたように、)

と据えて出し、腰を屈めた嫗を見よ。一筋ごとに美しく櫛の歯を入れたように、

(けすじがとおって、はえぎわのそろった、やわらかな、ちゃにややかばを)

毛筋が透って、生際[はえぎわ]の揃った、柔かな、茶にやや褐[かば]を

(おびたかみのいろ。くろきけ、しらがのちりばかりをもまじえぬを、きりかみにぷつりとさげた、)

帯びた髪の色。黒き毛、白髪の塵ばかりをも交えぬを、切髪にプツリと下げた、

(いろのしろい、つやのある、ほそおもてのおとがいとがって、はなすじのつととおった、)

色の白い、艶のある、細面の頤[おとがい]尖って、鼻筋の衝[つ]と通った、

(どこかにけだかいところのある、としはたがめも)

どこかに気高い処のある、年紀[とし]は誰[た]が目も

(おなじ・・・・・・である。)

同一[おなじ]・・・・・・である。

(「びょうびょうことして、あしじゃ。おばあさん、)

九 「渺々乎[びょうびょうこ]として、蘆じゃ。お婆さん、

(いいけしきだね。にさんどきてみたところぢゃけれど、このみせのぐあいが)

好[いい]景色だね。二三度来て見た処ぢゃけれど、この店の工合が

(いいせいか、きょうはかくべつにひろくかんじる。)

可いせいか、今日は格別に広く感じる。

(このうみのほかに、またこんなうみがあろうとはおもえんくらいじゃ。」)

この海の他に、またこんな海があろうとは思えんくらいじゃ。」

(とうなずくようにちゃをひとくち。ちゃわんにかかるほど、しゃつのそでの)

と頷くように茶を一口。茶碗にかかるほど、襯衣[しゃつ]の袖の

(ふくらかなので、かいいだくていにちゃわんをもって。)

膨らかなので、掻抱[かいいだ]く体[てい]に茶碗を持って。

(しょうねんはうしろむきに、やまをながめて、おつきあいというかおつき。)

少年はうしろ向に、山を視[なが]めて、おつきあいという顔色[かおつき]。

(せんせいのかげにしゃくをへだてず、きゅうくつそうにただもじもじ。)

先生の影二尺を隔てず、窮屈そうにただもじもじ。

(おうなはいぎただしく、ひざのあたりまでてをたれて、)

嫗は威儀正しく、膝のあたりまで手を垂れて、

(「はい、もうされまするとおり、よがまだあけませぬどろぬまのときのような)

「はい、申されまする通り、世がまだ開けませぬ泥沼の時のような

(あしはらでござるわや。)

蘆原でござるわや。

(このかわぞいは、どこもかしこも、あしがはえてあるなれど、わいが)

この川沿は、どこもかしこも、蘆が生えてあるなれど、私[わい]が

(こいえのまわりには、まだいこうしげってござる。)

小家[こいえ]のまわりには、まだ多[いこ]う茂ってござる。

(あきにもなってみやしゃりませ。たけがたこう、ほがのびて、こやはやねにつつまれる、)

秋にもなって見やしゃりませ。丈が高う、穂が伸びて、小屋は屋根に包まれる、

(やまのふところもかくれるけに、こいではいるふねのろかいのおとも、みずのそこに)

山の懐も隠れるけに、漕いで入る船の艫櫂[ろかい]の音も、水の底に

(いんきにきこえて、さびしくなるがの。そのときいねがみのるでござって、おひよりじゃ、)

陰気に聞えて、寂しくなるがの。その時稲が実るでござって、お日和じゃ、

(ことしは、さくもとほうねんそうにござります。)

今年は、作も豊年そうにござります。

(もう、このようにおいくちて、あとをいただくごぼさつのつぶも、いつつななつと、)

もう、このように老い朽ちて、あとを頂く御菩薩の粒も、五つ七つと、

(かぞえるようになったれども、しょうあるものはあさましゅうての、)

算[かぞ]えるようになったれども、生[しょう]あるものは浅間しゅうての、

(あしのしげるをみるにつけても、いねのふとるがうれしゅうてなりませぬ、はい、はい。」)

蘆の茂るを見るにつけても、稲の太るが嬉しゅうてなりませぬ、はい、はい。」

(とほそいがきくもののみみにひびく、とおるこえでいいながら、どこをどうしたら)

と細いが聞くものの耳に響く、透る声で言いながら、どこをどうしたら

(わらえよう、つらきうきよのしおかぜに、つめたくだいりせきに)

笑えよう、辛き浮世の汐風[しおかぜ]に、冷[つめた]く大理石に

(なったような、そのほとけつくったかおに、さびしげににっこりわらった。)

なったような、その仏造った顔に、寂しげに莞爾[にっこり]笑った。

(かねをふくんだはがそろって、かいのようにうつくしい。)

鉄漿[かね]を含んだ歯が揃って、貝のように美しい。

(それとなおめについたは、かおのいろのしろいのに、そのねむったような)

それとなお目についたは、顔の色の白いのに、その眠ったような

(ほそいめの、くれないのいと、とみるばかり、あかくせんをひいていたのである。)

繊[ほそ]い目の、紅の糸、と見るばかり、赤く線を引いていたのである。

(「なるほど、はあ、いかにも、」)

「成程、はあ、いかにも、」

(といったばかり、おうなのことばは、このけいにたいするものをして、)

と言ったばかり、嫗の言[ことば]は、この景に対するものをして、

(やくはんときのあいだ、みらいのあきをそうぞうせしむるにあまりあって、せんせいはてなるちゃわんを)

約半時の間、未来の秋を想像せしむるに余りあって、先生は手なる茶碗を

(したにもおかず、しばらくあしをみて、やがてそのほのひとのたけよりも)

下にも措[お]かず、しばらく蘆を見て、やがてその穂の人の丈よりも

(たかかるべきをおもい、しろあわのずぶずぶと、ぬれつちにつぶやくかにの、やがてさらさらと)

高かるべきを思い、白泡のずぶずぶと、濡土に呟く蟹の、やがてさらさらと

(ほによじて、はさみにつきをまねくやなど、ぼうぜんとして)

穂に攀[よ]じて、鋏[はさみ]に月を招くやなど、呆然として

(ながめたのであった。)

視[なが]めたのであった。

(あしのなかにみちがあって、さらさらとはずれのおと、よしずのそとへまたひとり、)

蘆の中に路があって、さらさらと葉ずれの音、葦簀[よしず]の外へまた一人、

(くろいきもののおうながでてきた。)

黒い衣[きもの]の嫗が出て来た。

(ちゃいろのおびをまえむすび、かたのはばひろく、みもややこえて、かみはまだくろかったが、)

茶色の帯を前結び、肩の幅広く、身もやや肥えて、髪はまだ黒かったが、

(うすさはすじをそろえたばかり。はえぎわがぬけあがってつむりのなかばから)

薄さは条[すじ]を揃えたばかり。生際が抜け上って頭[つむり]の半ばから

(ひっつめた、ぼんのくどにてちいさなおばこに、かいのかたちのこうがい)

引詰[ひッつ]めた、ぼんのくどにて小さなおばこに、櫂の形の笄[こうがい]

(さした、かたほやせて、かたほこふとく、)

さした、片頬[かたほ]痩せて、片頬肥[ふと]く、

(めもはなもくちもあごも、いびつけなりゆがんだが、かたもよこに、)

目も鼻も口も頤[あご]も、いびつ形[なり]に曲[ゆが]んだが、肩も横に、

(むねもよこに、こしぼねのあたりもよこに、だるそうにてをくんだ、これでつりあいを)

胸も横に、腰骨のあたりも横に、だるそうに手を組んだ、これで釣合いを

(とるのであろう。ただそのままではねからくずれて、うみのほうへ)

取るのであろう。ただそのままでは根から崩れて、海の方へ

(よこだおれにならねばならぬ。)

横倒れにならねばならぬ。

(かたとくびとで、うそうそと、ななめにこやをさしのぞいて、)

肩と首とで、うそうそと、斜めに小屋を差覗[さしのぞ]いて、

(「ござるかいの、おばあさん。」)

「ござるかいの、お婆さん。」

(とかたほゆうひにまぶしそう、ふくれたかたほはいろのわるさ、あおざめてあいのよう、)

と片頬夕日に眩しそう、ふくれた片頬は色の悪さ、蒼ざめて藍のよう、

(ぎんいろのどろりとしため、またたきをしながらよんだ。)

銀色のどろりとした目、瞬[またたき]をしながら呼んだ。

(だがしのはこをならべただいの、かげにはいってしゃがんでいた、)

駄菓子の箱を並べた台の、陰に入って踞[しゃが]んで居た、

(こなたのおうながかおをだして、)

此方[こなた]の嫗が顔を出して、

(「ぬしか。やれもやれも、おたっしゃでござるわや。」)

「主[ぬし]か。やれもやれも、お達者でござるわや。」

(と、ぬいとたつと、そのべにいとのめがうごく。)

と、ぬいと起[た]つと、その紅糸の目が動く。

(きたのがくちもあけず、のどでものをいうように、)

十 来たのが口もあけず、咽喉[のど]でものを云うように、

(かおもじっとかたむいたるまま、)

顔も静[じっ]と傾いたるまま、

(「ぬしもそくさいでめでたいぞの。」)

「主もそくさいでめでたいぞの。」

(「おてんきもようでござるわや。あつさにはあえぎ、さむさにはなやみ、のう、)

「お天気模様でござるわや。暑さには喘ぎ、寒さには悩み、のう、

(じこうよければかわずのように、くらしのへびにおわれるに、)

時候よければ蛙[かわず]のように、くらしの蛇に追われるに、

(このとしになるまでも、かんろのひよりときくけれども、)

この年になるまでも、甘露の日和と聞くけれども、

(あまいつゆはのまぬわよ、ほほほ、」)

甘い露は飲まぬわよ、ほほほ、」

(とうすわらいした、またはがくろい。)

と薄笑いした、また歯が黒い。

(「おいの、さればいの、おたがいにいさごのかずほどくるしみのたねはつきぬこといの。)

「おいの、さればいの、お互に沙の数ほど苦しみのたねは尽きぬ事いの。

(やれもやれも、」といいながら、ななめにたったひさごのした、なにをのぞくか)

やれもやれも、」と言いながら、斜めに立った廂[ひさご]の下、何を覗くか

(つまだつがごとくにして、しかもかたこしはつくりつけたもののよう、)

爪立[つまだ]つがごとくにして、しかも肩腰は造りつけたもののよう、

(うごかざることくちきのごとし。)

動かざること如朽木[くちきのごとし]。

(「わかいしゅのぐちよりとしよりのぐちじゃ、きくひともうるさかろ、)

「若い衆[しゅ]の愚痴より年よりの愚痴じゃ、聞く人も煩さかろ、

(おかっしゃれ、ほほほ。のう、おばあさん。ぬしはされどこへなにをこころざして)

措[お]かっしゃれ、ほほほ。のう、お婆さん。主はされどこへ何を志して

(でてござった、やまかいの、かわかいの。」)

出てござった、山かいの、川かいの。」

(「いんにゃの、おそろしゅうはがうずいて、きりきりのみでえぐるようじゃ、と)

「いんにゃの、恐しゅう歯がうずいて、きりきり鑿[のみ]で抉るようじゃ、と

(くるしむものがあるによって、わしがまじのうてしんじょうと、)

苦しむ者があるによって、私[わし]がまじのうて進じょうと、

(はまへえいのはりほりにでたらばよ、りょうしどものうわさを)

浜へ鱏[えい]の針掘りに出たらばよ、漁師共の風説[うわさ]を

(きかっしゃれ。こころざすひとがあって、このかわぞいのみつまたへ、)

聞かっしゃれ。志す人があって、この川ぞいの三股[みつまた]へ、

(いしじぞうがたつというわいの。」)

石地蔵が建つというわいの。」

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