一房の葡萄(1/5)有島武郎

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問題文

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(ぼくはちいさいときにえをかくことがすきでした。)

僕は小さい時に絵を描くことが好きでした。

(ぼくのかよっていたがっこうはよこはまのやまのてというところにありましたが、)

僕の通っていた学校は横浜の山の手という所にありましたが、

(そこいらはせいようじんばかりすんでいるまちで、)

そこいらは西洋人ばかり住んでいる町で、

(ぼくのがっこうもきょうしはせいようじんばかりでした。)

僕の学校も教師は西洋人ばかりでした。

(そしてそのがっこうのいきかえりにはいつでも)

そしてその学校の行き帰りにはいつでも

(ほてるやせいようじんのかいしゃなどがならんでいるかいがんのとおりをとおるのでした。)

ホテルや西洋人の会社などが並んでいる海岸の通りを通るのでした。

(とおりのうみぞいにたってみると、まっさおなうみのうえに)

通りの海添いに立って見ると、真っ青な海の上に

(ぐんかんだのしょうせんだのがいっぱいならんでいて、えんとつからけむりのでているのや、)

軍艦だの商船だのが一ぱい並んでいて、煙突から煙の出ているのや、

(ほばしらからほばしらへばんこくきをかけわたしたのやがあって、)

檣(ほばしら)から檣へ万国旗をかけ渡したのやがあって、

(めがいたいようにきれいでした。ぼくはよくきしにたってそのけしきをみわたして、)

眼がいたいように綺麗でした。僕はよく岸に立ってその景色を見渡して、

(いえにかえると、おぼえているだけをできるだけうつくしくえにかいてみようとしました。)

家に帰ると、覚えているだけを出来るだけ美しく絵に描いて見ようとしました。

(けれどもあのすきとおるようなうみのあいいろと、しろいほまえせんなどの)

けれどもあの透き通るような海の藍色と、白い帆前船(ほまえせん)などの

(みずぎわちかくにぬってあるようこうしょくとは、ぼくのもっているえのぐでは)

水際近くに塗ってある洋紅色(ようこうしょく)とは、僕の持っている絵具では

(どうしてもうまくだせませんでした。いくらかいてもかいても)

どうしてもうまく出せませんでした。いくら描いても描いても

(ほんとうのけしきでみるようないろにはかけませんでした。)

本当の景色で見るような色には描けませんでした。

(ふとぼくはがっこうのともだちのもっているせいようえのぐをおもいだしました。)

ふと僕は学校の友達の持っている西洋絵具を思い出しました。

(そのともだちはやはりせいようじんで、しかもぼくよりふたつとしがうえでしたから、)

その友達はやはり西洋人で、しかも僕より二つ位齢(とし)が上でしたから、

(せいはみあげるようにおおきいこでした。)

身長(せい)は見上げるように大きい子でした。

(じむというそのこのもっているえのぐははくらいのじょうとうのもので、)

ジムというその子の持っている絵具は舶来の上等のもので、

(かるいきのはこのなかに、じゅうにいろのえのぐがちいさなすみのように)

軽い木の箱の中に、十二種(じゅうにいろ)の絵具が小さな墨のように

など

(しかくなかたちにかためられて、にれつにならんでいました。どのいろもうつくしかったが、)

四角な形に固められて、二列に並んでいました。どの色も美しかったが、

(とりわけてあいとようこうとはびっくりするほどうつくしいものでした。)

とりわけて藍と洋紅とは喫驚(びっくり)するほど美しいものでした。

(じむはぼくよりせいがたかいくせに、えはずっとへたでした。)

ジムは僕より身長(せい)が高いくせに、絵はずっと下手でした。

(それでもそのえのぐをぬると、へたなえさえが)

それでもその絵具をぬると、下手な絵さえが

(なんだかみちがえるようにうつくしくみえるのです。)

何だか見違えるように美しく見えるのです。

(ぼくはいつでもそれをうらやましいとおもっていました。あんなえのぐさえあれば)

僕はいつでもそれを羨ましいと思っていました。あんな絵具さえあれば

(ぼくだってうみのけしきをほんとうにうみにみえるようにかいてみせるのになあと、)

僕だって海の景色を本当に海に見えるように描いて見せるのになあと、

(じぶんのわるいえのぐをうらみながらかんがえました。そうしたら、そのひから)

自分の悪い絵具を恨みながら考えました。そうしたら、その日から

(じむのえのぐがほしくってほしくってたまらなくなりました。)

ジムの絵具が欲しくって欲しくってたまらなくなりました。

(けれどもぼくはなんだかおくびょうになって、ぱぱにもままにもかってくださいと)

けれども僕はなんだか臆病になって、パパにもママにも買って下さいと

(ねがうきになれないので、まいにちまいにちそのえのぐのことを)

願う気になれないので、毎日々々その絵具のことを

(こころのなかでおもいつづけるばかりでいくにちかひがたちました。)

心の中で思い続けるばかりで幾日か日が経ちました。

(いまではいつのころだったかおぼえてはいませんがあきだったのでしょう。)

今ではいつの頃だったか覚えてはいませんが秋だったのでしょう。

(ぶどうのみがじゅくしていたのですから。てんきはふゆがくるまえのあきによくあるように)

葡萄の実が熟していたのですから。天気は冬が来る前の秋によくあるように

(そらのおくのおくまでみすかされそうにはれわたったひでした。)

空の奥の奥まで見透かされそうに霽(は)れ渡った日でした。

(ぼくたちはせんせいといっしょにべんとうをたべましたが、そのたのしみなべんとうのさいちゅうでも)

僕たちは先生と一緒に弁当を食べましたが、その楽しみな弁当の最中でも

(ぼくのこころはなんだかおちつかないで、そのひのそらとはうらはらにくらかったのです。)

僕の心はなんだか落ち着かないで、その日の空とは裏腹に暗かったのです。

(ぼくはじぶんひとりでかんがえこんでいました。)

僕は自分一人で考えこんでいました。

(だれかがきがついてみたら、かおもきっとあおかったかもしれません。)

誰かが気がついてみたら、顔も屹度(きっと)青かったかも知れません。

(ぼくはじむのえのぐがほしくってほしくってたまらなくなってしまったのです。)

僕はジムの絵具が欲しくって欲しくってたまらなくなってしまったのです。

(むねがいたむほどほしくなってしまったのです。)

胸が痛むほど欲しくなってしまったのです。

(じむはぼくのむねのなかでかんがえていることをしっているにちがいないとおもって、)

ジムは僕の胸の中で考えていることを知っているに違いないと思って、

(そっとそのかおをみると、)

そっとその顔を見ると、

(じむはなんにもしらないように、おもしろそうにわらったりして、)

ジムは何にも知らないように、面白そうに笑ったりして、

(わきにすわっているせいととはなしをしているのです。)

わきに坐(すわ)っている生徒と話をしているのです。

(でもそのわらっているのがぼくのことをしっていてわらっているようにもおもえるし、)

でもその笑っているのが僕のことを知っていて笑っているようにも思えるし、

(なにかはなしをしているのが、「いまにみろ、あのにほんじんがぼくのえのぐを)

何か話をしているのが、「いまに見ろ、あの日本人が僕の絵具を

(とるにちがいないから。」といっているようにもおもえるのです。)

取るに違いないから。」と言っているようにも思えるのです。

(ぼくはいやなきもちになりました。けれどもじむがぼくをうたがっているように)

僕は嫌な気持ちになりました。けれどもジムが僕を疑っているように

(みえればみえるほど、ぼくはそのえのぐがほしくてならなくなるのです。)

見えれば見えるほど、僕はその絵具が欲しくてならなくなるのです。

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