人間失格【太宰治】22

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投稿者投稿者ひきにーと。  いいね0  お気に入り登録
プレイ回数4  難易度(4.0) 2815打 長文 かな
第二の手記15です
それから~笑いました。まで

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(それからひとつきじぶんはそのよるのおんじんとはあいませんでした) それから、ひとつき、自分は、その夜の恩人とは逢いませんでした。 (わかれてひがたつにつれてよろこびはうすれ) 別れて、日が経つにつれて、よろこびは薄れ、 (かりそめのおんをうけたことがかえっておそろしく) かりそめの恩を受けた事がかえっておそろしく、 (じぶんかってにひどいそくばくをかんじてきてあのかふぇのおかんじょうをあのとき) 自分勝手にひどい束縛を感じて来て、あのカフエのお勘定を、あの時、 (ぜんぶつねこのふたんにさせてしまったというぞくじさえしだいにきになりはじめて) 全部ツネ子の負担にさせてしまったという俗事さえ、次第に気になりはじめて、 (つねこもやはりげしゅくのむすめやあのじょしこうとうしはんとおなじく) ツネ子もやはり、下宿の娘や、あの女子高等師範と同じく、 (じぶんをきょうはくするだけのおんなのようにおもわれとおくはなれていながらも) 自分を脅迫するだけの女のように思われ、遠く離れていながらも、 (たえずつねこにおびえていてそのうえにじぶんはいっしょにやすんだことのあるおんなに) 絶えずツネ子におびえていて、その上に自分は、一緒に休んだ事のある女に、 (またあうとそのときにいきなりなにかれっかのごとくおこられそうなきがしてたまらず) また逢うと、その時にいきなり何か烈火の如く怒られそうな気がしてたまらず、 (あうのにすこぶるおっくうがるせいしつでしたのでいよいよぎんざはけいえんのかたちでしたが) 逢うのに頗るおっくうがる性質でしたので、いよいよ、銀座は敬遠の形でしたが
(しかしそのおっくうがるというせいしつはけっしてじぶんのこうかつさではなく) しかし、そのおっくうがるという性質は、決して自分の狡猾さではなく、 (じょせいというものはやすんでからのこととあさおきてからのこととのあいだにひとつの) 女性というものは、休んでからの事と、朝、起きてからの事との間に、一つの、 (ちりほどのつながりをももたせずかんぜんのぼうきゃくのごとく) 塵ほどの、つながりをも持たせず、完全の忘却の如く、 (みごとにふたつのせかいをせつだんさせていきているというふしぎなげんしょうを) 見事に二つの世界を切断させて生きているという不思議な現象を、 (まだよくのみこんでいなかったからなのでした) まだよく呑みこんでいなかったからなのでした。 (じゅういちがつのまつじぶんはほりきとかんだのやたいでやすざけをのみこのあくゆうは) 十一月の末、自分は、堀木と神田の屋台で安酒を飲み、この悪友は、 (そのやたいをでてからもさらにどこかでのもうとしゅちょうし) その屋台を出てからも、さらにどこかで飲もうと主張し、 (もうじぶんたちにはおかねがないのにそれでものもうのもうよ) もう自分たちにはお金が無いのに、それでも、飲もう、飲もうよ、 (とねばるのですそのときじぶんは) とねばるのです。その時、自分は、 (よってだいたんになっているからでもありましたがよしそんなら) 酔って大胆になっているからでもありましたが、「よし、そんなら、
など
(ゆめのくににつれていくおどろくなしゅちにくりんという) 夢の国に連れて行く。おどろくな、酒池肉林という、……」 (かふぇかそういこう) 「カフエか?」「そう」「行こう!」 (というようなことになってふたりしでんにのりほりきははしゃいで) というような事になって二人、市電に乗り、堀木は、はしゃいで、 (おれはこんやはおんなにうえかわいているんだじょきゅうにきすしてもいいか) 「おれは、今夜は、女に飢え渇いているんだ。女給にキスしてもいいか」 (じぶんはほりきがそんなすいたいをえんじることをあまりこのんでいないのでしたほりきも) 自分は、堀木がそんな酔態を演じる事を、あまり好んでいないのでした。堀木も (それをしっているのでじぶんにそんなねんをおすのでした) それを知っているので、自分にそんな念を押すのでした。 (いいかきすするぜおれのそばにすわったじょきゅうにきっときすしてみせる) 「いいか。キスするぜ。おれの傍に坐った女給に、きっとキスして見せる。 (いいかかまわんだろうありがたいおれはおんなにうえかわいているんだ) いいか」「かまわんだろう」「ありがたい! おれは女に飢え渇いているんだ」 (ぎんざよんちょうめでおりてそのいわゆるしゅちにくりんのだいかふぇに) 銀座四丁目で降りて、その所謂酒池肉林の大カフエに、 (つねこをたのみのつなとしてほとんどむいちもんではいり) ツネ子をたのみの綱としてほとんど無一文ではいり、 (あいているぼっくすにほりきとむかいあってこしをおろしたとたんに) あいているボックスに堀木と向かい合って腰をおろしたとたんに、 (つねこともうひとりのじょきゅうがはしりよってきてそのもうひとりのじょきゅうがじぶんのそばに) ツネ子ともう一人の女給が走り寄って来て、そのもう一人の女給が自分の傍に、 (そうしてつねこはほりきのそばにどさんとこしかけたのでじぶんははっとしました) そうしてツネ子は、堀木の傍にドサンと腰かけたので、自分は、ハッとしました (つねこはいまにきすされる) ツネ子は、いまにキスされる。 (おしいというきもちではありませんでしたじぶんには) 惜しいという気持ではありませんでした。自分には、 (もともとしょゆうよくというものはうすくまたたまにかすかにおしむきもちはあっても) もともと所有慾というものは薄く、また、たまに幽かに惜しむ気持はあっても、 (そのしょゆうけんをかんぜんとしゅちょうしひととあらそうほどのきりょくがないのでした) その所有権を敢然と主張し、人と争うほどの気力が無いのでした。 (のちにじぶんはじぶんのないえんのつまがおかされるのを) のちに、自分は、自分の内縁の妻が犯されるのを、 (だまってみていたことさえあったほどなのです) 黙って見ていた事さえあったほどなのです。 (じぶんはにんげんのいざこざにできるだけさわりたくないのでした) 自分は、人間のいざこざに出来るだけ触りたくないのでした。 (そのうずにまきこまれるのがおそろしいのでしたつねことじぶんとは) その渦に巻き込まれるのが、おそろしいのでした。ツネ子と自分とは、 (ひとよだけのあいだがらですつねこはじぶんのものではありませんおしい) 一夜だけの間柄です。ツネ子は、自分のものではありません。惜しい、 (などとおもいあがったよくはじぶんにもてるはずはありませんけれどもじぶんは) などと思い上がった慾は、自分に持てる筈はありません。けれども、自分は、 (はっとしましたじぶんのめのまえでほりきのもうれつなきすをうける) ハッとしました。自分の眼の前で、堀木の猛烈なキスを受ける、 (そのつねこのみのうえをふびんにおもったからでしたほりきによごされたつねこは) そのツネ子の身の上を、ふびんに思ったからでした。堀木によごされたツネ子は (じぶんとわかれなければならなくなるだろうしかもじぶんにも) 自分と別れなければならなくなるだろう、しかも自分にも、 (つねこをひきとめるほどのぽじてぃヴなねつはないああもう) ツネ子を引き留めるほどのポジティヴな熱は無い、ああ、もう、 (これでおしまいなのだとつねこのふこうにいっしゅんはっとしたものの) これでおしまいなのだ、とツネ子の不幸に一瞬ハッとしたものの、 (すぐにじぶんはみずのようにすなおにあきらめほりきとつねこのかおをみくらべ) すぐに自分は水のように素直にあきらめ、堀木とツネ子の顔を見較べ、 (にやにやとわらいました) にやにやと笑いました。
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