人間失格【太宰治】39

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投稿者投稿者ひきにーと。  いいね0  お気に入り登録
プレイ回数2  難易度(4.0) 2891打 長文 かな
第三の手記13です
じっさい~いたのでした。まで

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問題文

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(じっさいよしこはしんらいのてんさいといいたいくらい) じっさい、ヨシ子は、信頼の天才と言いたいくらい、 (きょうばしのばあのまだむとのあいだはもとより) 京橋のバアのマダムとの間はもとより、 (じぶんがかまくらでおこしたじけんをしらせてやってもつねことのあいだをうたがわず) 自分が鎌倉で起こした事件を知らせてやっても、ツネ子との間を疑わず、 (それはじぶんがうそがうまいからというわけではなくときには) それは自分が嘘がうまいからというわけでは無く、時には、 (あからさまないいかたをすることさえあったのによしこには) あからさまな言い方をする事さえあったのに、ヨシ子には、 (それがみなじょうだんとしかききとれぬようすでしたあいかわらずしょっていやがる) それがみな冗談としか聞きとれぬ様子でした。「相変らず、しょっていやがる。 (なにたいしたことじゃないがねたまには) なに、たいした事じゃないがね、たまには、 (こうえんじのほうへもあそびにきてくれっていうごでんごんさわすれかけると) 高円寺のほうへも遊びに来てくれっていう御伝言さ。」忘れかけると、 (かいちょうがはばたいてやってきてきおくのきずぐちをそのくちばしでつきやぶります) 怪鳥が羽ばたいてやって来て、記憶の傷口をその嘴で突き破ります。 (たちまちかこのはじとつみのきおくがありありとがんぜんにてんかいせられ) たちまち過去の恥と罪の記憶が、ありありと眼前に展開せられ、
(わあっとさけびたいほどのきょうふですわっておられなくなるのです) わあっと叫びたいほどの恐怖で、坐っておられなくなるのです。 (のもうかとじぶんよしとほりきじぶんとほりきかたちは) 「飲もうか。」と自分。「よし。」と堀木。自分と堀木。形は、 (ふたりにていましたそっくりのにんげんのようなきがすることもありました) ふたり似ていました。そっくりの人間のような気がする事もありました。 (もちろんそれはやすいさけをあちこちのみあるいているときだけのことでしたが) もちろんそれは、安い酒をあちこち飲み歩いている時だけの事でしたが、 (とにかくふたりかおをあわせるとみるみるおなじかたちのおなじけなみのいぬにかわり) とにかく、ふたり顔を合せると、みるみる同じ形の同じ毛並の犬に変り (ちまたをかけめぐるというぐあいになるのでしたそのひいらい) ちまたを駈めぐるという具合になるのでした。その日以来、 (じぶんたちはふたたびきゅうこうをあたためたというかたちになり) 自分たちは再び旧交をあたためたという形になり、 (きょうばしのあのちいさいばあにもいっしょにいきそうしてとうとう) 京橋のあの小さいバアにも一緒に行き、そうして、とうとう、 (こうえんじのしづこのあぱーとにもそのでいすいのにひきのいぬがほうもんし) 高円寺のシヅ子のアパートにもその泥酔の二匹の犬が訪問し、 (しゅくはくしてかえるなどということにさえなってしまったのですわすれもしません) 宿泊して帰るなどという事にさえなってしまったのです。忘れも、しません。
など
(むしあついなつのよるでしたほりきはひぐれごろ) むし暑い夏の夜でした。堀木は日暮頃、 (よれよれのゆかたをきてつきじのじぶんのあぱーとにやってきて) よれよれの浴衣を着て築地の自分のアパートにやって来て、 (きょうあるひつようがあってなつふくをしちいれしたが) きょう或る必要があって夏服を質入したが、 (そのしちいれがろうぼにしれるとまことにぐあいがわるいすぐうけだしたいから) その質入が老母に知れるとまことに具合が悪い、すぐ受け出したいから、 (とにかくかねをかしてくれということでしたあいにくじぶんのところにも) とにかく金を貸してくれ、という事でした。あいにく自分のところにも、 (おかねがなかったのでれいによってよしこにいいつけ) お金が無かったので、例に依って、ヨシ子に言いつけ、 (よしこのいるいをしちやにもっていかせておかねをつくりほりきにかしても) ヨシ子の衣類を質屋に持って行かせてお金を作り、堀木に貸しても、 (まだすこしあまるのでそのざんきんでよしこにしょうちゅうをかわせあぱーとのおくじょうにいき) まだ少し余るのでその残金でヨシ子に焼酎を買わせ、アパートの屋上に行き、 (すみだがわからときたまかすかにふいてくるどぶくさいかぜをうけて) 隅田川から時たま幽かに吹いて来るどぶ臭い風を受けて、 (まことにうすぎたないのうりょうのえんをはりましたじぶんたちはそのときこめでぃめいし) まことに薄汚い納涼の宴を張りました。自分たちはその時、喜劇名詞 (とらじでぃめいしのあてっこをはじめましたこれはじぶんのはつめいしたゆうぎでめいしには) 悲劇名詞の当てっこをはじめました。これは、自分の発明した遊戯で、名詞には (すべてだんせいめいしじょせいめいしちゅうせいめいしなどのべつがあるけれどもそれとどうじに) すべて男性名詞、女性名詞、中性名詞などの別があるけれども、それと同時に、 (こめでぃめいしとらじでぃめいしのくべつがあってしかるべきだたとえば) 喜劇名詞、悲劇名詞の区別があって然るべきだ、たとえば、 (きせんときしゃはいずれもとらじでぃめいしでしでんとばすはいずれもこめでぃめいし) 汽船と汽車はいずれも悲劇名詞で、市電とバスは、いずれも喜劇名詞、 (なぜそうなのかそれのわからぬものはげいじゅつをだんずるにたらん) なぜそうなのか、それのわからぬ者は芸術を談ずるに足らん、 (こめでぃにいっこでもとらじでぃめいしをさしはさんでいるげきさっかはすでにそれだけでらくだい) 喜劇に一個でも悲劇名詞をさしはさんでいる劇作家は、既にそれだけで落第、 (とらじでぃのばあいもまたしかりといったようなわけなのでしたいいかいたばこは) 悲劇の場合もまた然り、といったようなわけなのでした。「いいかい?煙草は? (とじぶんがといますとらとらじでぃのりゃくとほりきがげんかにこたえます) と自分が問います。「トラ。(悲劇の略)」と堀木が言下に答えます。 (くすりはこなぐすりかいがんやくかいちゅうしゃとらそうかな) 「薬は?」「粉薬かい?丸薬かい?」「注射。」「トラ。」「そうかな? (ほるもんちゅうしゃもあるしねえいやだんぜんとらだはりがだいいちおまえ) ホルモン注射もあるしねえ。」「いや、断然トラだ。針が第一、お前、 (りっぱなとらじゃないかよしまけておこうしかしきみくすりやいしゃはね) 立派なトラじゃないか。」「よし、負けて置こう。しかし、君、薬や医者はね、 (あれであんがいこめこめでぃのりゃくなんだぜしはこめ) あれで案外、コメ(喜劇の略)なんだぜ。死は?」「コメ。 (ぼくしもおしょうもしかりじゃねおおできそうしてせいはとらだなあ) 牧師も和尚も然りじゃね。」「大出来。そうして、生はトラだなあ。」 (ちがうそれもこめいやそれでは) 「ちがう。それも、コメ。」「いや、それでは、 (なんでもかでもみなこめになってしまうではねもうひとつおたずねするが) 何でもかでも皆コメになってしまう。ではね、もう一つおたずねするが、 (まんがかはよもやこめとはいえませんでしょうとらとら) 漫画家は?よもや、コメとは言えませんでしょう?」「トラ、トラ。 (おおとらじでぃめいしなんだおおとらはきみのほうだぜこんな) 大悲劇名詞!」「なんだ、大トラは君のほうだぜ。」こんな、 (へたなだじゃれみたいなことになってしまってはつまらないのですけど) 下手な駄洒落みたいな事になってしまっては、つまらないのですけど、 (しかしじぶんたちはそのゆうぎをせかいのさろんにも) しかし自分たちはその遊戯を、世界のサロンにも (かつてそんしなかったすこぶるきのきいたものだととくいがっていたのでした) 嘗つて存しなかった頗る気のきいたものだと得意がっていたのでした。
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