駆込み訴え10
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問題文
(あのひともすこしわらいながら、)
あの人も少し笑いながら、
(「ぺてろよ、あしだけあらえば、もうそれで、おまえのぜんしんはきよいのだ、)
「ペテロよ、足だけ洗えば、もうそれで、おまえの全身は潔いのだ、
(ああ、おまえだけでなく、やこぶも、よはねも、)
ああ、おまえだけでなく、ヤコブも、ヨハネも、
(みんなけがれのない、きよいからだになったのだ。けれども」)
みんな汚れの無い、潔いからだになったのだ。けれども」
(といいかけてすっとこしをのばし、)
と言いかけてすっと腰を伸ばし、
(しゅんじ、くつうにたえかねるような、とてもかなしいめつきをなされ、)
瞬時、苦痛に耐えかねるような、とても悲しい眼つきをなされ、
(すぐにそのめをぎゅっとかたくつぶり、つぶったままでいいました。)
すぐにその眼をぎゅっと固くつぶり、つぶったままで言いました。
(「みんながきよければいいのだが」)
「みんなが潔ければいいのだが」
(はっとおもった。やられた!わたしのことをいっているのだ。)
はッと思った。やられた! 私のことを言っているのだ。
(わたしがあのひとをうろうとたくらんでいたすんこくいぜんまでの)
私があの人を売ろうとたくらんでいた寸刻以前までの
(くらいきもちをみぬいていたのだ。)
暗い気持を見抜いていたのだ。
(けれども、そのときは、ちがっていたのだ。)
けれども、その時は、ちがっていたのだ。
(だんぜん、わたしは、ちがっていたのだ!)
断然、私は、ちがっていたのだ!
(わたしはきよくなっていたのだ。わたしのこころはかわっていたのだ。)
私は潔くなっていたのだ。私の心は変っていたのだ。
(ああ、あのひとはそれをしらない。それをしらない。)
ああ、あの人はそれを知らない。それを知らない。
(ちがう!ちがいます、とのどまででかかったぜっきょうを、)
ちがう! ちがいます、と喉まで出かかった絶叫を、
(わたしのよわいひくつなこころが、つばをのみこむように、のみくだしてしまった。)
私の弱い卑屈な心が、唾を呑みこむように、呑みくだしてしまった。
(いえない。なにもいえない。)
言えない。何も言えない。
(あのひとからそういわれてみれば、)
あの人からそう言われてみれば、
(わたしはやはりきよくなっていないのかもしれないと)
私はやはり潔くなっていないのかも知れないと
(きよわくこうていするひがんだきもちがあたまをもたげ、)
気弱く肯定する僻(ひが)んだ気持が頭をもたげ、
(とみるみるそのひくつのはんせいが、みにくく、くろくふくれあがり、)
とみるみるその卑屈の反省が、醜く、黒くふくれあがり、
(わたしのごぞうろっぷをかけめぐって、)
私の五臓六腑を駈けめぐって、
(ぎゃくにむらむらふんぬのねんがほのおをあげてふんしゅつしたのだ。)
逆にむらむら憤怒(ふんぬ)の念が炎を挙げて噴出したのだ。
(ええっ、だめだ。わたしは、だめだ。)
ええっ、だめだ。私は、だめだ。
(あのひとにこころのそこから、きらわれている。)
あの人に心の底から、きらわれている。
(うろう。うろう。あのひとを、ころそう。)
売ろう。売ろう。あの人を、殺そう。
(そうしてわたしもともにしぬのだ、とまえからのけついにふたたびめざめ、)
そうして私も共に死ぬのだ、と前からの決意に再び眼覚め、
(わたしはいまはかんぜんに、ふくしゅうのおにになりました。)
私はいまは完全に、復讐の鬼になりました。
(あのひとは、わたしのないしんの、)
あの人は、私の内心の、
(ふたたびみたび、どんでんがえしてへんかしただいどうらんには、)
ふたたび三たび、どんでん返して変化した大動乱には、
(おきづきなさることのなかったようすで、)
お気づきなさることの無かった様子で、
(やがてうわぎをまといふくそうをただし、ゆったりとせきにすわり、)
やがて上衣をまとい服装を正し、ゆったりと席に坐り、
(じつにあおざめたかおをして、)
実に蒼ざめた顔をして、
(「わたしがおまえたちのあしをあらってやったわけをしっているか。)
「私がおまえたちの足を洗ってやったわけを知っているか。
(おまえたちはわたしをしゅとたたえ、またしとたたえているようだが、)
おまえたちは私を主と称(たた)え、また師と称えているようだが、
(それはまちがいないことだ。)
それは間違いないことだ。
(わたしはおまえたちのしゅ、またはしなのに、)
私はおまえたちの主、または師なのに、
(それでもなお、おまえたちのあしをあらってやったのだから、)
それでもなお、おまえたちの足を洗ってやったのだから、
(おまえたちもこれからはたがいに)
おまえたちもこれからは互いに
(なかよくあしをあらいあってやるようにこころがけなければなるまい。)
仲好く足を洗い合ってやるように心がけなければなるまい。
(わたしは、おまえたちと、いつまでも)
私は、おまえたちと、いつ迄も
(いっしょにいることができないかもしれぬから、)
一緒にいることが出来ないかも知れぬから、
(いま、このきかいに、おまえたちにもはんをしめしてやったのだ。)
いま、この機会に、おまえたちに模範を示してやったのだ。
(わたしのやったとおりに、おまえたちもおこなうようにこころがけなければならぬ。)
私のやったとおりに、おまえたちも行うように心がけなければならぬ。
(しはかならずでしよりすぐれたものなのだから、)
師は必ず弟子より優れたものなのだから、
(よくわたしのいうことをきいてわすれぬようになさい」)
よく私の言うことを聞いて忘れぬようになさい」
(ひどくものうそうなくちょうでいって、おとなしくしょくじをはじめ、ふっと、)
ひどく物憂そうな口調で言って、音無しく食事を始め、ふっと、
(「おまえたちのうちの、ひとりが、わたしをうる」)
「おまえたちのうちの、一人が、私を売る」
(とかおをふせ、うめくような、きょきなさるような)
と顔を伏せ、呻(うめ)くような、歔欷(きょき)なさるような
(くるしげのこえでいいだしたので、)
苦しげの声で言い出したので、
(でしたちすべて、のけぞらんばかりにおどろき、)
弟子たちすべて、のけぞらんばかりに驚き、
(いっせいにせきをけってたち、あのひとのまわりにつどっておのおの、)
一斉に席を蹴って立ち、あの人のまわりに集っておのおの、
(しゅよ、わたしのことですか、しゅよ、それはわたしのことですかと、)
主よ、私のことですか、主よ、それは私のことですかと、
(ののしりさわぎ、あのひとはしぬるひとのようにかすかにくびをふり、)
罵(ののし)り騒ぎ、あの人は死ぬる人のように幽かに首を振り、
(「わたしがいま、そのひとにひとつまみのぱんをあたえます。)
「私がいま、その人に一つまみのパンを与えます。
(そのひとは、ずいぶんふしあわせなおとこなのです。)
その人は、ずいぶん不仕合せな男なのです。
(ほんとうに、そのひとは、うまれてこなかったほうが、よかった」)
ほんとうに、その人は、生れて来なかったほうが、よかった」
(といがいにはっきりしたごちょうでいって、)
と意外にはっきりした語調で言って、
(ひとつまみのぱんをとりうでをのばし、)
一つまみのパンをとり腕をのばし、
(あやまたずわたしのくちにひたとおしあてました。)
あやまたず私の口にひたと押し当てました。