人間失格【太宰治】36

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投稿者投稿者ひきにーと。  いいね0  お気に入り登録
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第三の手記10です。
自分は世の中~挿入しました。までです

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(じぶんはよのなかにたいしてしだいにようじんしなくなりましたよのなかというところは) 自分は世の中に対して、次第に用心しなくなりました。世の中というところは、 (そんなにおそろしいところではないとおもうようになりましたつまり) そんなに、おそろしいところでは無い、と思うようになりました。つまり、 (これまでのじぶんのきょうふかんははるのかぜにはひゃくにちぜきのばいきんがなんじゅうまんせんとうには) これまでの自分の恐怖感は、春の風には百日咳の黴菌が何十万、銭湯には、 (めのつぶれるばいきんがなんじゅうまんとこやにはとくとうびょうのばいきんがなんじゅうまん) 目のつぶれる黴菌が何十万、床屋には禿頭病の黴菌が何十万、 (しょうせんのつりかわにはかいせんのむしがうようよまたはおさしみぎゅうぶたにくのなまやけには) 省線の吊革には疥癬の虫がうようよ、または、おさしみ、牛豚肉の生焼けには、 (さなだむしのようちゅうやらじすとまやらなんやらのたまごなどがかならずひそんでいて) サナダ虫の幼虫やら、ジストマやら、何やらの卵などが必ずひそんでいて、 (またはだしであるくとあしのうらからがらすのちいさいはへんがはいって) また、はだしで歩くと足の裏からガラスの小さい破片がはいって、 (そのはへんがたいないをかけめぐりめだまをついてしつめいさせることもあるとかいういわば) その破片が体内を駈けめぐり眼玉を突いて失明させる事もあるとかいう謂わば (かがくのめいしんにおびやかされていたようなものなのでしたそれは) 「科学の迷信」におびやかされていたようなものなのでした。それは、 (たしかになんじゅうまんものばいきんがうかびおよぎうごめいているのはかがくてきにも) たしかに何十万もの黴菌が浮び泳ぎうごめいているのは、「科学的」にも、 (せいかくなことでしょうどうじにそのそんざいをかんぜんにもくさつさえすれば) 正確な事でしょう。と、同時に、その存在を完全に黙殺さえすれば、 (それはじぶんとみじんのつながりもなくなってたちまちきえうせるかがくのゆうれい) それは自分とみじんのつながりも無くなってたちまち消え失せる「科学の幽霊」 (にすぎないのだということをもじぶんはしるようになったのです) に過ぎないのだという事をも、自分は知るようになったのです。 (おべんとうばこにたべのこしのごはんさんつぶ) お弁当箱に食べ残しのごはん三粒、 (せんまんにんがいちにちにさんつぶずつたべのこしてもすでにそれは) 千万人が一日に三粒ずつ食べ残しても既にそれは、 (こめなんぴょうをむだにすてたことになるとかあるいは) 米何俵をむだに捨てた事になる、とか、或いは、 (いちにちにはながみいちまいのせつやくをせんまんにんがおこなうならばどれだけのぱるぷがうくか) 一日に鼻紙一枚の節約を千万人が行うならば、どれだけのパルプが浮くか、 (などというかがくてきとうけいにじぶんはどれだけおびやかされ) などという「科学的統計」に、自分は、どれだけおびやかされ、 (ごはんをひとつぶでもたべのこすたびごとにまたはなをかむたびごとにやまほどのこめ) ごはんを一粒でも食べ残す度毎に、また鼻をかむ度毎に、山ほどの米、 (やまほどのぱるぷをくうひするようなさっかくになやみ) 山ほどのパルプを空費するような錯覚に悩み、
など
(じぶんがいまじゅうだいなつみをおかしているみたいなくらいきもちになったものですが) 自分がいま重大な罪を犯しているみたいな暗い気持になったものですが、 (しかしそれこそかがくのうそとうけいのうそすうがくのうそで) しかし、それこそ「科学の嘘」「統計の嘘」「数学の嘘」で、 (さんつぶのごはんはあつめられるものでなくかけざんわりざんのおうようもんだいとしても) 三粒のごはんは集められるものでなく、掛算割算の応用問題としても、 (まことにげんしてきでていのうなてーまででんきのついてないくらいおべんじょの) まことに原始的で低能なテーマで、電気のついてない暗いお便所の、 (あのあなにひとはなんどにいちどかたあしをふみはずしてらっかさせるかまたは) あの穴に人は何度にいちど片脚を踏みはずして落下させるか、または、 (しょうせんでんしゃのでいりぐちとぷらっとほーむのふちとのあのすきまに) 省線電車の出入口と、プラットホームの縁とのあの隙間に、 (じょうきゃくのなんにんちゅうのなんにんがあしをおとしこむか) 乗客の何人中の何人が足を落とし込むか、 (そんなぷろばびりてぃをけいさんするのとおなじていどにばからしく) そんなプロバビリティを計算するのと同じ程度にばからしく、 (それはどうにもありえることのようでもありながら) それは如何にも有り得る事のようでもありながら、 (おべんじょのあなをまたぎそこねてけがをしたというれいはすこしもきかないし) お便所の穴をまたぎそこねて怪我をしたという例は、少しも聞かないし、 (そんなかせつをかがくてきじじつとしておしえこまれそれをまったくげんじつとしてうけとり) そんな仮説を「科学的事実」として教え込まれ、それを全く現実として受取り、 (きょうふしていたきのうまでのじぶんをいとおしくおもいわらいたくおもったくらいに) 恐怖していた昨日までの自分をいとおしく思い、笑いたく思ったくらいに、 (じぶんはよのなかというもののじったいをすこしずつしってきたというわけなのでした) 自分は、世の中というものの実体を少しずつ知って来たというわけなのでした。 (そうはいってもやはりにんげんというものがまだまだじぶんにはおそろしく) そうは言っても、やはり人間というものが、まだまだ、自分にはおそろしく、 (みせのおきゃくとあうのにも) 店のお客と逢うのにも、 (おさけをこっぷでいっぱいぐいとのんでからでなければいけませんでした) お酒をコップで一杯ぐいと飲んでからでなければいけませんでした。 (こわいものみたさじぶんはまいばんそれでもおみせにでてこどもが) こわいもの見たさ。自分は、毎晩、それでもお店に出て、子供が、 (じつはすこしこわがっているしょうどうぶつなどを) 実は少しこわがっている小動物などを、 (かえってつよくぎゅっとにぎってしまうみたいに) かえって強くぎゅっと握ってしまうみたいに、 (みせのおきゃくにむかってよってつたないげいじゅつろんをふきかけるようにさえなりました) 店のお客に向って酔ってつたない芸術論を吹きかけるようにさえなりました。 (まんがかああしかしじぶんはおおきなよろこびもまた) 漫画家。ああ、しかし、自分は、大きな歓楽も、また、 (おおきなかなしみもないむめいのまんがかいかにおおきなかなしみがあとでやってきてもいい) 大きな悲哀もない無名の漫画家。いかに大きな悲哀があとでやって来てもいい、 (あらっぽいおおきなよろこびがほしいとないしんあせってはいても) 荒っぽい大きな歓楽が欲しいと内心あせってはいても、 (じぶんのげんざいのよろこびたるやおきゃくとむだごとをいいあい) 自分の現在のよろこびたるや、お客とむだ事を言い合い、 (おきゃくのさけをのむことだけでしたきょうばしへきて) お客の酒を飲む事だけでした。京橋へ来て、 (こういうくだらないせいかつをすでにいちねんちかくつづけじぶんのまんがも) こういうくだらない生活を既に一年ちかく続け、自分の漫画も、 (こどもあいてのざっしだけでなくえきうりのそあくでひわいなざっしなどにものるようになり) 子供相手の雑誌だけでなく、駅売りの粗悪で卑猥な雑誌などにも載るようになり (じぶんはじょうしいくたじょうしいきたというふざけきったとくめいで) 自分は、上司幾太(情死、生きた)という、ふざけ切った匿名で、 (きたないはだかのえなどかきそれにたいているばいやっとのしくをそうにゅうしました) 汚いはだかの絵など画き、それにたいていルバイヤットの詩句を挿入しました。
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