人間失格【太宰治】35
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自分の~くれるのでした。までです。
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問題文
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(じぶんのいんしゅはしだいにりょうがふえてきましたこうえんじえきふきんだけでなくしんじゅく)
自分の飲酒は、次第に量がふえて来ました。高円寺駅附近だけでなく、新宿、
(ぎんざのほうにまででかけてのみがいはくすることさえありただもう)
銀座のほうにまで出かけて飲み、外泊する事さえあり、ただもう
(しきたりにしたがわぬようばあでぶらいかんのふりをしたりかたはしからきすしたり)
「慣例」に従わぬよう、バアで無頼漢の振りをしたり、片はしからキスしたり、
(つまりまたあのじょうしいぜんのいや)
つまり、また、あの情死以前の、いや、
(あのころよりさらにすさんでやひなさけのみになりかねにきゅうして)
あの頃よりさらに荒んで野卑な酒飲みになり、金に窮して、
(しづこのいるいをもちだすほどになりましたここへきて)
シヅ子の衣類を持ち出すほどになりました。ここへ来て、
(あのやぶれたやっこだこにくしょうしてからいちねんいじょうたってはざくらのころじぶんは)
あの破れた奴凧に苦笑してから一年以上経って、葉桜の頃、自分は、
(またもしづこのおびやらじゅばんやらをこっそりもちだしてしちやにいき)
またもシヅ子の帯やら襦袢やらをこっそり持ち出して質屋に行き、
(おかねをつくってぎんざでのみふたばんつづけてがいはくしてみっかめのばん)
お金を作って銀座で飲み、二晩つづけて外泊して、三日目の晩、
(さすがにぐあいわるいおもいでむいしきにあしおとをしのばせて)
さすがに具合悪い思いで、無意識に足音をしのばせて、
(あぱーとのしづこのへやのまえまでくるとなかから)
アパートのシヅ子の部屋の前まで来ると、中から、
(しづことしげこのかいわがきこえますなぜおさけをのむの)
シヅ子とシゲ子の会話が聞こえます。「なぜ、お酒を飲むの?」
(おとうちゃんはねおさけをすきでのんでいるのではないんですよ)
「お父ちゃんはね、お酒を好きで飲んでいるのでは、ないんですよ。
(あんまりいいひとだからだからいいひとはおさけをのむの)
あんまりいいひとだから、だから、……」「いいひとは、お酒を飲むの?」
(そうでもないけどおとうちゃんはきっとびっくりするわね)
「そうでもないけど、……」「お父ちゃんは、きっと、びっくりするわね。」
(おきらいかもしれないほらほらはこからとびだした)
「おきらいかも知れない。ほら、ほら、箱から飛び出した。」
(せっかちぴんちゃんみたいねそうねえしづこの)
「セッカチピンチャンみたいね。」「そうねえ。」シヅ子の、
(しんからこうふくそうなひくいわらいごえがきこえましたじぶんが)
しんから幸福そうな低い笑い声が聞こえました。自分が、
(どあをほそくあけてなかをのぞいてみますとしろうさぎのこでした)
ドアを細くあけて中をのぞいて見ますと、白兎の子でした。
(ぴょんぴょんへやじゅうをはねまわりおやこはそれをおっていました)
ぴょんぴょん部屋中を、はね廻り、親子はそれを追っていました。
など
(こうふくなんだこのひとたちはじぶんというばかものが)
(幸福なんだ、この人たちは。自分という馬鹿者が、
(このふたりのあいだにはいっていまにふたりをめちゃくちゃにするのだ)
この二人のあいだにはいって、いまに二人を滅茶苦茶にするのだ。
(つつましいこうふくいいおやここうふくをああもしかみさまが)
つつましい幸福。いい親子。幸福を、ああ、もし神様が、
(じぶんのようなもののいのりでもきいてくれるならいちどだけ)
自分のような者の祈りでも聞いてくれるなら、いちどだけ、
(しょうがいにいちどだけでいいいのるじぶんは)
生涯にいちどだけでいい、祈る。)自分は、
(そこにうずくまってがっしょうしたいきもちでしたそっとどあをしめじぶんは)
そこにうずくまって合掌したい気持でした。そっと、ドアを閉め、自分は、
(またぎんざにいきそれっきりそのあぱーとにはかえりませんでしたそうして)
また銀座に行き、それっきり、そのアパートには帰りませんでした。そうして、
(きょうばしのすぐちかくのすたんどばあのにかいにじぶんはまたもおとこめかけのかたちで)
京橋のすぐ近くのスタンド・バアの二階に自分は、またも男めかけの形で、
(ねそべることになりましたせけんどうやらじぶんにも)
寝そべる事になりました。世間。どうやら自分にも、
(それがぼんやりわかりかけてきたようなきがしていましたこじんとこじんのあらそいで)
それがぼんやりわかりかけて来たような気がしていました。個人と個人の争いで
(しかもそのばのあらそいでしかもそのばでかてばいいのだ)
しかも、その場の争いで、しかも、その場で勝てばいいのだ、
(にんげんはけっしてにんげんにふくじゅうしない)
人間は決して人間に服従しない、
(どれいでさえどれいらしいひくつなしっぺがえしをするものだだから)
奴隷でさえ奴隷らしい卑屈なシッペがえしをするものだ、だから、
(にんげんにはそのばのいっぽんしょうぶにたよるほかいきのびるくふうがつかぬのだ)
人間にはその場の一本勝負にたよる他、生き伸びる工夫がつかぬのだ、
(たいぎめいぶんらしいものをとなえていながらどりょくのもくひょうはかならずこじん)
大義名分らしいものを称えていながら、努力の目標は必ず個人、
(こじんをのりこえてまたこじんせけんのなんかいはこじんのなんかいおーしゃんはせけんでなくて)
個人を乗り越えてまた個人、世間の難解は、個人の難解、大洋は世間でなくて、
(こじんなのだとよのなかというたいかいのげんえいにおびえることからたしょうかいほうせられて)
個人なのだ、と世の中という大海の幻影におびえる事から、多少解放せられて、
(いぜんほどあれこれとさいげんのないこころづかいすることなく)
以前ほど、あれこれと際限の無い心遣いする事なく、
(いわばさしあたってのひつようにおうじて)
謂わば差し当っての必要に応じて、
(いくぶんずうずうしくふるまうことをおぼえてきたのですこうえんじのあぱーとをすて)
いくぶん図々しく振舞う事を覚えて来たのです。高円寺のアパートを捨て、
(きょうばしのすたんどばあのまだむにわかれてきたそれだけいって)
京橋のスタンド・バアのマダムに、「わかれて来た。」それだけ言って、
(それでじゅうぶんつまりいっぽんしょうぶはきまってそのよるから)
それで充分、つまり一本勝負はきまって、その夜から、
(じぶんはらんぼうにもそこのにかいにとまりこむことになったのですがしかし)
自分は乱暴にもそこの二階に泊り込む事になったのですが、しかし、
(おそろしいはずのせけんはじぶんになんのきがいもくわえませんでしたし)
おそろしい筈の「世間」は、自分に何の危害も加えませんでしたし、
(またじぶんもせけんにたいしてなんのべんめいもしませんでしたまだむが)
また自分も「世間」に対して何の弁明もしませんでした。マダムが、
(そのきだったらそれですべてがいいのでしたじぶんは)
その気だったら、それですべてがいいのでした。自分は、
(そのみせのおきゃくのようでもありていしゅのようでもありはしりづかいのようでもあり)
その店のお客のようでもあり、亭主のようでもあり、走り使いのようでもあり、
(しんせきのもののようでもありはたからみてはなはだえたいのしれないそんざいだったはずなのに)
親戚の者のようでもあり、はたから見て甚だ得態の知れない存在だった筈なのに
(せけんはすこしもあやしまずそうしてそのみせのじょうれんたちもじぶんを)
「世間は」少しもあやしまず、そうしてその店の常連たちも、自分を、
(ようちゃんとよんでひどくやさしくあつかいそうしておさけをのませてくれるのでした)
葉ちゃんと呼んで、ひどく優しく扱い、そうしてお酒を飲ませてくれるのでした