人間失格【太宰治】32
第三の手記6
「自分で~知れない。」まで
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問題文
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(じぶんでかせいでそのおかねでおさけいやたばこをかいたいえだってぼくは)
「自分でかせいで、そのお金で、お酒、いや、煙草を買いたい。絵だって僕は、
(ほりきなんかよりずっとじょうずなつもりなんだこのようなとき)
堀木なんかより、ずっと上手なつもりなんだ。」このような時、
(じぶんののうりにおのずからうかびあがってくるものは)
自分の脳裡におのずから浮びあがって来るものは、
(あのちゅうがくじだいにかいたたけいちのいわゆるおばけのすうまいのじがぞうでした)
あの中学時代に描いた竹一の所謂「お化け」の、数枚の自画像でした。
(うしなわれたけっさくそれはたびたびのひっこしのあいだに)
失われた傑作。それは、たびたびの引越しの間に、
(うしなわれてしまっていたのですがあれだけは)
失われてしまっていたのですが、あれだけは、
(たしかにすぐれているえだったようなきがするのですそのあと)
たしかに優れている絵だったような気がするのです。その後、
(さまざまえがいてみてもそのおもいでのなかのいっぴんにはとおくとおくおよばず)
さまざま画いてみても、その思い出の中の逸品には、遠く遠く及ばず、
(じぶんはいつもむねがからっぽになるような)
自分はいつも、胸がからっぽになるような、
(だるいそうしつかんになやまされつづけてきたのでしたのみのこしたいっぱいのあぶさん)
だるい喪失感になやまされ続けて来たのでした。飲み残した一杯のアブサン。
(じぶんはそのえいえんにつぐないがたいようなそうしつかんをこっそりそうけいようしていました)
自分は、その永遠に償い難いような喪失感を、こっそりそう形容していました。
(えのはなしがでるとじぶんのがんぜんに)
絵の話が出ると、自分の眼前に、
(そののみのこしたいっぱいのあぶさんがちらついてきてああ)
その飲み残した一杯のアブサンがちらついて来て、ああ、
(あのえをこのひとにみせてやりたいそうしてじぶんのがさいをしんじさせたい)
あの絵をこのひとに見せてやりたい、そうして、自分の画才を信じさせたい、
(というしょうそうにもだえるのでしたふふどうだかあなたは)
という焦燥にもだえるのでした。「ふふ、どうだか。あなたは、
(まじめなかおをしてじょうだんをいうからかわいいじょうだんではないのだほんとうなんだ)
まじめな顔をして冗談を言うから可愛い。」冗談ではないのだ、本当なんだ、
(あああのえをみせてやりたいとくうてんのはんもんをしてふいときをかえ)
ああ、あの絵を見せてやりたい、と空転の煩悶をして、ふいと気をかえ、
(あきらめてまんがさすくなくともまんがならほりきのよりは)
あきらめて、「漫画さ。すくなくとも、漫画なら、堀木のよりは、
(うまいつもりだそのごまかしのどうけのことばのほうが)
うまいつもりだ。」その、ごまかしの道化の言葉のほうが、
(かえってまじめにしんぜられましたそうねわたしもじつはかんしんしていたの)
かえってまじめに信ぜられました。「そうね。私も、実は感心していたの。
など
(しげこにいつもかいてやっているまんがついわたしまでふきだしてしまう)
シゲ子にいつもかいてやっている漫画、つい私まで噴き出してしまう。
(やってみたらどうわたしのしゃのへんしゅうちょうにたのんでみてあげてもいいわ)
やってみたら、どう?私の社の編輯長に、たのんでみてあげてもいいわ。」
(そのしゃでは)
その社では、
(こどもあいてのあまりなまえをしられていないげっかんのざっしをはっこうしていたのでした)
子供相手のあまり名前を知られていない月刊の雑誌を発行していたのでした。
(あなたをみるとたいていのおんなのひとはなにかしてあげたくて)
……あなたを見ると、たいていの女のひとは、何かしてあげたくて、
(たまらなくなるいつもおどおどしていてそれでいて)
たまらなくなる。……いつも、おどおどしていて、それでいて、
(こっけいかなんだものときたまひとりでひどくしずんでいるけれども)
滑稽家なんだもの。……時たま、ひとりで、ひどく沈んでいるけれども、
(そのさまがいっそうおんなのひとのこころをかゆがらせるしづこに)
そのさまが、いっそう女のひとの心を、かゆがらせる。シヅ子に、
(そのほかさまざまのことをいわれておだてられても)
そのほかさまざまの事を言われて、おだてられても、
(それがすなわちおとこめかけのけがらわしいとくしつなのだとおもえば)
それがすなわち男めかけのけがらわしい特質なのだ、と思えば、
(それこそがいよいよしずむばかりでいっこうにげんきがでずおんなよりはかね)
それこそがいよいよ「沈む」ばかりで、一向に元気が出ず、女よりは金、
(とにかくしづこからのがれてじかつしたいとひそかにねんじくふうしているものの)
とにかくシヅ子からのがれて自活したいとひそかに念じ、工夫しているものの、
(かえってだんだんしづこにたよらねばならぬはめになって)
かえってだんだんシヅ子にたよらねばならぬ破目になって、
(いえでのあとしまつやらなんやらほとんどぜんぶこのおとこまさりのこうしゅうおんなのせわをうけ)
家出の後始末やら何やら、ほとんど全部、この男まさりの甲州女の世話を受け、
(いっそうじぶんはしづこにたいしいわゆるおどおど)
いっそう自分は、シヅ子に対し、所謂「おどおど」
(しなければならぬけっかになったのでしたしづこのとりはからいでひらめほりき)
しなければならぬ結果になったのでした。シヅ子の取計いで、ヒラメ、堀木、
(それにしづこさんにんのかいだんがせいりつしてじぶんはこきょうからまったくぜつえんせられ)
それにシヅ子、三人の会談が成立して、自分は、故郷から全く絶縁せられ、
(そうしてしづことてんかはれてどうせいということになりこれまた)
そうしてシヅ子と「天下晴れて」同棲という事になり、これまた、
(しづこのほんそうのおかげでじぶんのまんがもあんがいおかねになってじぶんはそのおかねで)
シヅ子の奔走のおかげで自分の漫画も案外お金になって、自分はそのお金で、
(おさけもたばこもかいましたがじぶんのこころぼそさうっとうしさは)
お酒も、煙草も買いましたが、自分の心細さ、うっとうしさは、
(いよいよつのるばかりなのでしたそれこそしずみにしずみきって)
いよいよつのるばかりなのでした。それこそ「沈み」に「沈み」切って、
(しづこのざっしのまいつきのれんさいまんがきんたさんとおたさんのぼうけんをかいていると)
シヅ子の雑誌の毎月の連載漫画「キンタさんとオタさんの冒険」を画いていると
(ふいとこきょうのいえがおもいだされあまりのわびしさにぺんがうごかなくなり)
ふいと故郷の家が思い出され、あまりの侘びしさに、ペンが動かなくなり、
(うつむいてなみだをこぼしたこともありましたそういうときのじぶんにとって)
うつむいて涙をこぼした事もありました。そういう時の自分にとって、
(かすかなすくいはしげこでしたしげこはそのころになってじぶんのことを)
幽かな救いは、シゲ子でした。シゲ子は、その頃になって自分の事を、
(なにもこだわらずにおとうちゃんとよんでいましたおとうちゃん)
何もこだわらずに「お父ちゃん」と呼んでいました。「お父ちゃん。
(おいのりをするとかみさまがなんでもくださるってほんとうじぶんこそ)
お祈りをすると、神様が、何でも下さるって、ほんとう?」自分こそ、
(そのおいのりをしたいとおもいましたああわれにつめたきいしをあたえたまえわれに)
そのお祈りをしたいと思いました。ああ、われに冷き意思を与え給え。われに、
(にんげんのほんしつをしらしめたまえひとがひとをおしのけてもつみならずやわれに)
「人間」の本質を知らしめ給え。人が人を押しのけても、罪ならずや。われに、
(いかりのますくをあたえたまえうんそう)
怒りのマスクを与え給え。「うん、そう。
(しげちゃんにはなんでもくださるだろうけれどもおとうちゃんには)
シゲちゃんには何でも下さるだろうけれども。お父ちゃんには、
(だめかもしれない)
駄目かも知れない。」