人間失格【太宰治】33
第三の手記7です
自分は~ゆるさないからな。」までです
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問題文
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(じぶんはかみにさえおびていましたかみのあいはしんぜられず)
自分は神にさえ、おびていました。神の愛は信ぜられず、
(かみのばつだけをしんじているのでしたしんこうそれはただかみのむちをうけるために)
神の罰だけを信じているのでした。信仰。それは、ただ神の笞を受けるために、
(うなだれてしんぱんのだいにむかうことのようなきがしているのでした)
うなだれて審判の台に向う事のような気がしているのでした。
(じごくはしんぜられてもてんごくのそんざいはどうしてもしんぜられなかったのです)
地獄は信ぜられても、天国の存在は、どうしても信ぜられなかったのです。
(どうしてだめなのおやのいいつけにそむいたからそう)
「どうして、ダメなの?」「親の言いつけに、そむいたから。」「そう?
(おとうちゃんはとてもいいひとだってみんないうけどなそれは)
お父ちゃんはとてもいいひとだって、みんな言うけどな。」それは、
(だましているからだこのあぱーとのひとたちみなに)
だましているからだ、このアパートの人たち皆に、
(じぶんがこういをしめされているのはじぶんもしっているしかしじぶんは)
自分が好意を示されているのは、自分も知っている、しかし、自分は、
(どれほどみなをきょうふしているかきょうふすればするほどすかれそうして)
どれほど皆を恐怖しているか、恐怖すればするほど好かれ、そうして、
(こちらはすかれるとすかれるほどきょうふしみなからはなれていかねばならぬ)
こちらは好かれると好かれるほど恐怖し、皆から離れて行かねばならぬ、
(このふこうなびょうへきをしげこにせつめいしてきかせるのはしなんのことでした)
この不幸な病癖を、シゲ子に説明して聞かせるのは、至難の事でした。
(しげちゃんはいったいかみさまになにをおねだりしたいのじぶんは)
「シゲちゃんは、いったい、神様に何をおねだりしたいの?」自分は、
(なにげなさそうにわとうをてんじましたしげこはね)
何気無さそうに話頭を転じました。「シゲ子はね、
(しげこのほんとうのおとうちゃんがほしいのぎょっとして)
シゲ子の本当のお父ちゃんがほしいの。」ぎょっとして、
(くらくらめまいしましたてきじぶんがしげこのてきなのか)
くらくら目まいしました。敵。自分がシゲ子の敵なのか、
(しげこがじぶんのてきなのかとにかく)
シゲ子が自分の敵なのか、とにかく、
(ここにもじぶんをおびやかすおそろしいおとながいたのだたにんふかかいなたにん)
ここにも自分をおびやかすおそろしい大人がいたのだ、他人、不可解な他人、
(ひみつだらけのたにんしげこのかおがにわかにそのようにみえてきました)
秘密だらけの他人、シゲ子の顔が、にわかにそのように見えて来ました。
(しげこだけはとおもっていたのにやはりこのものもあの)
シゲ子だけは、と思っていたのに、やはり、この者も、あの
(ふいにあぶをたたきころすうしのしっぽをもっていたのでしたじぶんはそれいらい)
「不意に虻を叩き殺す牛のしっぽ」を持っていたのでした。自分は、それ以来、
など
(しげこにさえおどおどしなければならなくなりましたしきまいるかい)
シゲ子にさえおどおどしなければならなくなりました。「色摩! いるかい?」
(ほりきがまたじぶんのところへたずねてくるようになっていたのです)
堀木が、また自分のところへたずねて来るようになっていたのです。
(あのいえでのひにあれほどじぶんをさみしくさせたおとこなのに)
あの家出の日に、あれほど自分を淋しくさせた男なのに、
(それでもじぶんはきょひできずかすかにわらってむかえるのでしたおまえのまんがは)
それでも自分は拒否できず、幽かに笑って迎えるのでした。「お前の漫画は、
(なかなかにんきがでているそうじゃないかあまちゅあには)
なかなか人気が出ているそうじゃないか。アマチュアには、
(こわいものしらずのくそどきょうがあるからかなわねえしかしゆだんするなよ)
こわいもの知らずの糞度胸があるからかなわねえ。しかし、油断するなよ。
(でっさんがちっともなってやしないんだから)
デッサンが、ちっともなってやしないんだから。」
(おししょうみたいなたいどをさえしめすのですじぶんのあのおばけのえを)
お師匠みたいな態度をさえ示すのです。自分のあの「お化け」の絵を、
(こいつにみせたらどんなかおをするだろうとれいのくうてんのみもだえをしながら)
こいつに見せたら、どんな顔をするだろう、とれいの空転の身悶えをしながら、
(それをいってくれるなぎゃっというひめいがでるほりきは)
「それを言ってくれるな。ぎゃっという悲鳴が出る。」堀木は、
(いよいよとくいそうによわたりのさいのうだけではいつかはぼろがでるからな)
いよいよ得意そうに、「世渡りの才能だけでは、いつかは、ボロが出るからな。
(よわたりのさいのうじぶんにはほんとうにくしょうのほかはありませんでしたじぶんに)
世渡りの才能。……自分には、ほんとうに苦笑の他はありませんでした。自分に
(よわたりのさいのうしかしじぶんのようににんげんをおそれさけ)
世渡りの才能! しかし、自分のように人間をおそれ、避け、
(ごまかしているのはれいのぞくげんのさわらぬかみにたたりなし)
ごまかしているのは、れいの俗諺の「さわらぬ神にたたりなし」
(とかいうれいりこうかつのしょせいくんをじゅんぽうしているのとおなじかたちだ)
とかいう怜悧狡猾の処世訓を遵奉しているのと、同じ形だ、
(ということになるのでしょうかああにんげんはおたがいなにもあいてをわからない)
という事になるのでしょうか。ああ、人間は、お互い何も相手をわからない、
(まるっきりまちがってみていながらむにのしんゆうのつもりでいていっしょう)
まるっきり間違って見ていながら、無二の親友のつもりでいて、一生、
(それにきづかずあいてがしねば)
それに気附かず、相手が死ねば、
(ないてちょうじなんかをよんでいるのではないでしょうかほりきはなんせ)
泣いて弔詞なんかを読んでいるのではないでしょうか。堀木は、何せ、
(それはしづこにおしてたのまれてしぶしぶひきうけたにちがいないのですが)
(それはシヅ子に押してたのまれてしぶしぶ引受けたに違いないのですが)
(じぶんのいえでのあとしまつにたちあったひとなのでまるでもう)
自分の家出の後始末に立ち会ったひとなので、まるでもう、
(じぶんのこうせいのだいおんじんかげっかひょうじんのようにふるまい)
自分の更生の大恩人か、月下氷人のように振舞い、
(もっともらしいかおをしてじぶんにおせっきょうめいたことをいったりまたしんや)
もっともらしい顔をして自分にお説教めいた事を言ったり、また、深夜、
(よっぱらってほうもんしてとまったりまたごえんきまってごえんでした)
酔っぱらって訪問して泊ったり、また、五円(きまって五円でした)
(かりていったりするのでしたしかしおまえの)
借りて行ったりするのでした。「しかし、お前の、
(おんなどうらくもこのへんでよすんだねこれいじょうはせけんがゆるさないからな)
女道楽もこのへんでよすんだね。これ以上は、世間が、ゆるさないからな。」