海野十三 蠅男⑩
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問題文
(とうきょうからのきゃく)
◇東京からの客◇
(そのころかもしたどくとるのるすたくでは、たむろしていたけいかんたいが、)
そのころ鴨下ドクトルの留守宅では、屯していた警官隊が、
(ふいにふってわいたようにげんかんからおとずれたわかきだんじょをうえにあげて、)
不意に降って湧いたように玄関から訪れた若き男女を上にあげて、
(ほごとはなばかりの、しんらつなるふしんじんもんをかいししていた。)
保護とは名ばかりの、辛辣なる不審訊問を開始していた。
(おまえはかもしたどくとるのむすめやいうが、なはなんというのか)
「お前は鴨下ドクトルの娘やいうが、名はなんというのか」
(かおるともうします)
「カオルと申します」
(ようそうのおんなは、としのころ、にじゅうに、さんであろうか。)
洋装の女は、年齢(とし)の頃、二十二、三であろうか。
(だんぱつをして、どれすのうえには、ぜいたくなてんのけがわのこーとをきていた。)
断髪をして、ドレスの上には、贅沢な貂の毛皮のコートを着ていた。
(すこぶるはぎれのいいとうきょうべんだった。)
すこぶる歯切れのいい東京弁だった。
(それからつれのおとこ。おまえはなにものや)
「それから連れの男。お前は何者や」
(ぼくはうえはらやまじといいます)
「僕は上原山治(やまじ)といいます」
(うえはらやまじか。そしてこのおんなとのかんけいはどういうぐあいになっとるねん)
「上原山治か。そしてこの女との関係はどういう具合になっとるねん」
(ふぃあんせです)
「フィアンセです」
(ええっ、ふぃなんとやらいったな。それぁなんのこっちゃ)
「ええッ、フィなんとやらいったな。それァ何のこっちゃ」
(ふぃあんせーーこれはふらんすごですが、つまりこんやくしゃです)
「フィアンセーーこれはフランス語ですが、つまり婚約者です」
(こんやくしゃやいうのんか。なんや、つまりいろおとこのことやな)
「婚約者やいうのんか。なんや、 つまり情夫(いろおとこ)のことやな」
(まあ、しつれいな。ーーと、おんなはあおくなってさけんだ。)
「まあ、失礼な。ーー」と、女は蒼くなって叫んだ。
(まあ、そうおこらんかて、ええやないか。のうむすめさん)
「まあ、そう怒らんかて、ええやないか。のう娘さん」
(けいかんだといっても、あまりにしつれいだわ。それよかはやくちちに)
「警官だといっても、あまりに失礼だわ。それよか早く父に
(あわせてください。いったいなにごとです。ちちのうちを、こんなにけいかんでかためて、)
会わせて下さい。一体何事です。父のうちを、こんなに警官で固めて、
(なにかあったんですか。それならはやくいってください)
なにかあったんですか。それなら早く云って下さい」
(しょちょうはきんぶちめがねごしに、にやにやしながらかおるのようすをながめていた。)
署長は金ぶち眼鏡ごしに、ニヤニヤしながらカオルの様子を眺めていた。
(ぶかのひとりがちかづいてそっとしょちょうにみみうちをしていった。むらまつけんじが)
部下の一人が近づいてソッと署長に耳うちをしていった。村松検事が
(まもなくとうちゃくするというでんわがあったことをへんじしたのであった。)
間もなく到着するという電話があったことを返事したのであった。
(ーーむすめさん。かもしたどくとるから、に、さんにちうちにとうちへこいというてがみが)
「ーー娘さん。鴨下ドクトルから、二、三日うちに当地へ来いという手紙が
(きたというはなしやが、それはなんにちのひづけやったか、おぼえているか)
来たという話やが、それは何日の日附やったか、覚えているか」
(おぼえていますとも。それはじゅういちがつにじゅうくにちのひづけです)
「覚えていますとも。それは十一月二十九日の日附です」
(へえ、にじゅうくにちかしょちょうはくびをかしげそらおかしい。どくとるはさんじゅうにちに、)
「へえ、二十九日か」署長は首をかしげ「そらおかしい。ドクトルは三十日に、
(とうぶんりょこうするというふだをげんかんにかけて、このやしきをるすにしたんや。)
当分旅行するという札を玄関にかけて、この邸を留守にしたんや。
(りょこうのぜんじつのてがみで、に、さんにちうちにおおさかへこいといっておいて、)
旅行の前日の手紙で、二、三日うちに大阪へ来いといって置いて、
(そのよくじつにりょこうにでるちゅうのは、けったいなことやないか。)
その翌日に旅行に出るちゅうのは、怪(け)ったいなことやないか。
(そんなてがみもろうたなどと、おまえはさっきからうそをついているのやろう)
そんな手紙貰うたなどと、お前はさっきから嘘をついているのやろう」
(まあひどいかた。わたしがうそをいったなどとーー)
「まあひどい方。わたしが嘘を云ったなどとーー」
(そんなら、なんでてがみをもってこなんだんや。このやしきへはいりこもうとおもうて、)
「そんなら、なんで手紙を持って来なんだんや。この邸へ入りこもうと思うて、
(けいかんにみつかり、どくとるのむすめでございますなどとうそをついてほんかんらを)
警官に見つかり、ドクトルの娘でございますなどと嘘をついて本官等を
(たぶらかそうとおもうたのやろが、どうや、ずぼしやろ、おそれいったか。ーー)
たぶらかそうと思うたのやろが、どうや、図星やろ、恐れ入ったか。ーー」
(おんなはみをふるわせて、しょちょうにうってかかろうとした。)
女は身を慄わせて、署長に打ってかかろうとした。
(せいねんうえはらはあわててそれをとめ、ーーけいかんたちも、)
青年上原は慌ててそれを止め、「ーー警官たちも、
(とりしらべるのがやくめなんだろうが、もっとすなおにものをいったらどうです)
取調べるのが役目なんだろうが、もっと素直に物を云ったらどうです」
(なにをっーーそういっているところに、)
「なにをッーー」そういっているところに、
(むらまつけんじのとうちゃくがおもてからしらされた。)
村松検事の到着が表から知らされた。
(まさきしょちょうはせきをたって、けんじをげんかんにむかえにでた。いちぶしじゅうをほうこくしたあとで、)
正木署長は席を立って、検事を玄関に迎えに出た。一部始終を報告したあとで、
(ーーどうもあやしいおんなですなあ。あのかわりもののかもしたどくとるにむすめがあると)
「ーーどうも怪しい女ですなア。あの変り者の鴨下ドクトルに娘があると
(いうのも、ちとみょうなはなしですし、それにむすめのところへに、さんにちうちにでてこい)
いうのも、ちと妙な話ですし、それに娘のところへ二、三日うちに出てこい
(いうて、にじゅうくにちづけでてがみをだしておきながら、よくさんじゅうにちからりょこうする)
云うて、二十九日附で手紙を出しておきながら、翌三十日から旅行する
(ちゅうてでかけ、そしてきょうになってもどくとるはかえってきよらしまへん。)
ちゅうて出かけ、そして今日になってもドクトルは帰ってきよらしまへん。
(どくとるがむすめにてがみだしたちゅうのは、ありゃうそですな)
ドクトルが娘に手紙出したちゅうのは、ありゃ嘘ですな」
(と、じしんありげなくちょうで、けんじにせつめいをした。けんじはそうかそうかとうなずいた。)
と、自信あり気な口調で、検事に説明をした。検事はそうかそうかと肯いた。
(にかいにもうけたかりしらべしつにあらわれたけんじは、かおるとなのるおんなをさしまねき、)
二階に設けた仮調室に現われた検事は、カオルと名のる女をさしまねき、
(あなたはかもしたどくとるのむすめさんだそうだが、たびたびこのいえへくるのかね)
「貴女は鴨下ドクトルの娘さんだそうだが、たびたびこの家へ来るのかネ」
(とたずねた。かおるは、あたらしくあらわれたしらべてに、ややかおをこわばらせながら、)
と尋ねた。カオルは、新しく現われた調べ手に、やや顔を硬ばらせながら、
(いいえ、ものごころついて、こんやがはじめてなんですのよ)
「いいえ、物心ついて、今夜が初めてなんですのよ」
(ふうむ。それはまたどういうわけです)
「ふうむ。それは又どういうわけです」
(ちちはあたくしのおさないときに、とうきょうへあずけたのです。はじめは)
「父はあたくしの幼いときに、東京へ預けたのです。はじめは
(おんしんもふつうでしたが、このに、さんねんらい、てがみをくれるようになり、)
音信も不通でしたが、この二、三年来、手紙を呉れるようになり、
(そしてこんどはいよいよあいたいからおおさかへくるようにともうしてまいりました。)
そしてこんどはいよいよ会いたいから大阪へ来るようにと申してまいりました。
(ちちはどうしたのでしょう。あたくしきがかりでなりませんわ)
父はどうしたのでしょう。あたくし気がかりでなりませんわ」
(いやもっともです。じつはねーーとけんじはかおるのかおをちゅういぶかくみつめじつは)
「いや尤もです。実はネーー」と検事はカオルの顔を注意深く見つめ「実は
(ーーおどろいてはいけませんーーおとうさんはさんじゅうにちにりょこうをされ、)
ーー愕いてはいけませんーーお父さんは三十日に旅行をされ、
(いまだにかえってこないのです。そしておまけに、このいえのうちに)
未だに帰って来ないのです。そしておまけに、この家のうちに
(なにものともしれぬしょうしたいがあるのです)
何者とも知れぬ焼屍体があるのです」
(まあ、ちちがるすちゅうに、そんなことができていたんですか。)
「まあ、父が留守中に、そんなことが出来ていたんですか。
(ああそれでわかりましたわ。けいかんのかたがあつまっていらっしゃるのが・・・)
ああそれで解りましたわ。警官の方が集まっていらっしゃるのが・・・」
(あなたはおとうさんがこのいえにかえってくるとおもいますか)
「貴女はお父さんがこの家に帰ってくると思いますか」
(ええもちろん、そうおもいますわ。ーーなぜそんなことをおききになるの)
「ええ勿論、そう思いますわ。ーーなぜそんなことをお聞きになるの」
(いや、わたしはそうはおもわない。おとうさんはもうかえってこないでしょうね)
「いや、私はそうは思わない。お父さんはもう帰って来ないでしょうネ」
(あら、どうしてそんなーー)
「あら、どうしてそんなーー」
(だってわかるでしょう。おとうさんには、あなたとのかたいやくそくをやぶって)
「だって解るでしょう。お父さんには、貴女との固い約束を破って
(たびにでるようなとくしゅじじょうがあったのです。そしてるすのおくないの)
旅に出るような特殊事情があったのです。そして留守の屋内の
(すとーぶのなかにいっこのしょうしたいがのこっていた)
ストーブのなかに一個の焼屍体が残っていた」
(むらまつけんじはそういって、おんなのかおをぎょうしした。)
村松検事はそう云って、女の顔を凝視した。