有島武郎 或る女80

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1 布ちゃん 5624 A 5.9 94.6% 932.3 5558 314 88 2024/04/17

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問題文

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(「ぼくもそのひとりだが、おにのようなたいかくをもっていて、おんなのようなよわむしが)

「僕もその一人だが、鬼のような体格を持っていて、女のような弱虫が

(たいにいてみるとたくさんいますよ。ぼくはこんなこころでこんなたいかくを)

隊にいて見るとたくさんいますよ。僕はこんな心でこんな体格を

(もっているのがせんてんてきのにじゅうせいかつをしいられるようでくるしいんです。)

持っているのが先天的の二重生活をしいられるようで苦しいんです。

(これからもぼくはこのむじゅんのためにきっとくるしむにちがいない」「なんですね)

これからも僕はこの矛盾のためにきっと苦しむに違いない」「なんですね

(おふたりとも、みょうなところでけんそんのしっこをなさるのね。おかさんだってそう)

お二人とも、妙な所で謙遜のしっこをなさるのね。岡さんだってそう

(およわくはないし、ことうさんときたらそれはいしけんこ・・・」「そうならぼくは)

お弱くはないし、古藤さんときたらそれは意志堅固・・・」「そうなら僕は

(きょうもここなんかにはきやしません。きむらくんにもとうにけっしんをさせている)

きょうもここなんかには来やしません。木村君にもとうに決心をさせている

(はずなんです」ようこのことばをちゅうとからうばって、ことうはしたたかじぶんじしんを)

はずなんです」葉子の言葉を中途から奪って、古藤はしたたか自分自身を

(むちうつようにはげしくこういった。ようこはなにもかもわかっているくせに)

むちうつように激しくこういった。葉子は何もかもわかっているくせに

(しらをきってふしぎそうなめつきをしてみせた。「そうだ、おもいきって)

しらを切って不思議そうな目つきをして見せた。「そうだ、思いきって

(いうだけのことはいってしまいましょう。・・・おかくんたたないでください。)

いうだけの事はいってしまいましょう。・・・岡君立たないでください。

(きみがいてくださるとかえっていいんです」そういってことうはようこをしばらく)

君がいてくださるとかえっていいんです」そういって古藤は葉子をしばらく

(じゅくししてからいいだすことをまとめようとするようにしたをむいた。おかも)

熟視してからいい出す事をまとめようとするように下を向いた。岡も

(ちょっとかたちをあらためてようこのほうをぬすみみるようにした。ようこは)

ちょっと形を改めて葉子のほうをぬすみ見るようにした。葉子は

(まゆひとつうごかさなかった。そしてそばにいるさだよにみみうちして、あいこを)

眉一つ動かさなかった。そしてそばにいる貞世に耳うちして、愛子を

(てつだってごじにゆうしょくのたべられるよういをするように、そしてさんえんていから)

手伝って五時に夕食の食べられる用意をするように、そして三縁亭から

(みさらほどのりょうりをとりよせるようにいいつけてざをはずさした。ことうは)

三皿ほどの料理を取り寄せるようにいいつけて座をはずさした。古藤は

(おどるようにしてへやをでていくさだよをそっとめのはずれでみおくっていたが、)

おどるようにして部屋を出て行く貞世をそっと目のはずれで見送っていたが、

(やがておもむろにかおをあげた。ひにやけたかおがさらにあかくなっていた。)

やがておもむろに顔をあげた。日に焼けた顔がさらに赤くなっていた。

(「ぼくはね・・・(そういっておいてことうはまたかんがえた)・・・あなたが、)

「僕はね・・・(そういっておいて古藤はまた考えた)・・・あなたが、

など

(そんなことはないとあなたはいうでしょうが、あなたがくらちという)

そんな事はないとあなたはいうでしょうが、あなたが倉地という

(そのじむちょうのひとのおくさんになられるというのなら、それがわるいって)

その事務長の人の奥さんになられるというのなら、それが悪いって

(おもってるわけじゃないんです。そんなことがあるとすりゃそりゃ)

思ってるわけじゃないんです。そんな事があるとすりゃそりゃ

(しかたのないことなんだ。・・・そしてですね、ぼくにもそりゃわかる)

しかたのない事なんだ。・・・そしてですね、僕にもそりゃわかる

(ようです。・・・わかるっていうのは、あなたがそうなればなりそうな)

ようです。・・・わかるっていうのは、あなたがそうなればなりそうな

(ことだと、それがわかるっていうんです。しかしそれならそれでいいから、)

事だと、それがわかるっていうんです。しかしそれならそれでいいから、

(それをきむらにはっきりといってやってください。そこなんだぼくのいわんと)

それを木村にはっきりといってやってください。そこなんだ僕のいわんと

(するのは。あなたはおこるかもしれませんが、ぼくはきむらにいくどもようこさんとは)

するのは。あなたは怒るかもしれませんが、僕は木村に幾度も葉子さんとは

(もうえんをきれってかんこくしました。これまでぼくがあなたにだまってそんなことを)

もう縁を切れって勧告しました。これまで僕があなたに黙ってそんな事を

(していたのはわるかったからおことわりをします(そういってことうはちょっと)

していたのは悪かったからお断わりをします(そういって古藤はちょっと

(せいじつにあたまをさげた。ようこもだまったまままじめにうなずいてみせた)。けれども)

誠実に頭を下げた。葉子も黙ったまままじめにうなずいて見せた)。けれども

(きむらからのへんじは、それにたいするへんじはいつでもどういつなんです。)

木村からの返事は、それに対する返事はいつでも同一なんです。

(ようこからはやくのことをもうしでてくるか、くらちというひととのけっこんをもうしでて)

葉子から破約の事を申し出て来るか、倉地という人との結婚を申し出て

(くるまでは、じぶんはだれのことばよりもようこのことばとこころとにしんようをおく。)

来るまでは、自分はだれの言葉よりも葉子の言葉と心とに信用をおく。

(しんゆうであってもこのもんだいについては、きみのかんこくだけではこころはうごかない。)

親友であってもこの問題については、君の勧告だけでは心は動かない。

(こうなんです。きむらってのはそんなおとこなんですよ(ことうのことばはちょっと)

こうなんです。木村ってのはそんな男なんですよ(古藤の言葉はちょっと

(くもったがすぐもとのようになった)。それをあなたはだまっておくのはすこし)

曇ったがすぐ元のようになった)。それをあなたは黙っておくのは少し

(へんだとおもいます」「それで・・・」ようこはすこしざをのりだして)

変だと思います」「それで・・・」葉子は少し座を乗り出して

(ことうをはげますようにことばをつづけさせた。「きむらからはまえからあなたのところに)

古藤を励ますように言葉を続けさせた。「木村からは前からあなたの所に

(いってよくじじょうをみてやってくれ、びょうきのこともしんぱいでならないからと)

行ってよく事情を見てやってくれ、病気の事も心配でならないからと

(いってきてはいるんですが、ぼくはじぶんながらどうしようもないみょうなけっぺきが)

いって来てはいるんですが、僕は自分ながらどうしようもない妙な潔癖が

(あるもんだからついうかがいおくれてしまったのです。なるほどあなたは)

あるもんだからつい伺いおくれてしまったのです。なるほどあなたは

(せんよりはやせましたね。そうしてかおのいろもよくありませんね」)

先(せん)よりはやせましたね。そうして顔の色もよくありませんね」

(そういいながらことうはじっとようこのかおをみやった。ようこはあねのように)

そういいながら古藤はじっと葉子の顔を見やった。葉子は姉のように

(いちだんのたかみからことうのめをむかえておうようにほほえんでいた。いうだけ)

一段の高みから古藤の目を迎えて鷹揚にほほえんでいた。いうだけ

(いわせてみよう、そうおもってこんどはおかのほうにめをやった。)

いわせてみよう、そう思って今度は岡のほうに目をやった。

(「おかさん。あなたいまことうさんのおっしゃることをすっかりおききに)

「岡さん。あなた今古藤さんのおっしゃる事をすっかりお聞きに

(なっていてくださいましたわね。あなたはこのごろしつれいながらかぞくの)

なっていてくださいましたわね。あなたはこのごろ失礼ながら家族の

(ひとりのようにこちらにあそびにおいでくださるんですが、わたしをどう)

一人のようにこちらに遊びにおいでくださるんですが、わたしをどう

(おおもいになっていらっしゃるか、ごえんりょなくことうさんにおはなしなすって)

お思いになっていらっしゃるか、御遠慮なく古藤さんにお話しなすって

(くださいましな。けっしてごえんりょなく・・・わたしどんなことをうかがっても)

くださいましな。決して御遠慮なく・・・わたしどんな事を伺っても

(けっしてけっしてなんともおもいはいたしませんから」それをきくとおかはひどく)

決して決してなんとも思いはいたしませんから」それを聞くと岡はひどく

(とうわくしてかおをまっかにしてしょじょのようにはにかんだ。ことうのそばに)

当惑して顔をまっ赤にして処女のように 羞恥(はに)かんだ。古藤のそばに

(おかをおいてみるのは、せいどうのかびんのそばにさきかけのさくらをおいてみるよう)

岡を置いて見るのは、青銅の花びんのそばに咲きかけの桜を置いて見るよう

(だった。ようこはふとこころにうかんだそのたいひをじぶんながらおもしろいと)

だった。葉子はふと心に浮かんだその対比を自分ながらおもしろいと

(おもった。そんなよゆうをようこはうしなわないでいた。「わたしこういうことがらには)

思った。そんな余裕を葉子は失わないでいた。「わたしこういう事柄には

(ものをいうちからはないようにおもいますから・・・」「そういわないで)

物をいう力はないように思いますから・・・」「そういわないで

(ほんとうにおもったことをいってみてください。ぼくはいってつですからひどい)

ほんとうに思った事をいってみてください。僕は一徹ですからひどい

(おもいまちがいをしていないともかぎりませんから。どうかきかしてください」)

思い間違いをしていないとも限りませんから。どうか聞かしてください」

(そういってことうもけんしょうごしにおかをかえりみた。「ほんとうになにもいうことは)

そういって古藤も肩章越しに岡を顧みた。「ほんとうに何もいう事は

(ないんですけれども・・・きむらさんにはわたしくちにいえないほど)

ないんですけれども・・・木村さんにはわたし口にいえないほど

(ごどうじょうしています。きむらさんのようないいかたがいまごろどんなにひとりで)

御同情しています。木村さんのようないい方が今ごろどんなにひとりで

(さびしくおもっていられるかとおもいやっただけでわたしさびしくなって)

さびしく思っていられるかと思いやっただけでわたしさびしくなって

(しまいます。けれどもよのなかにはいろいろなうんめいがあるのではない)

しまいます。けれども世の中にはいろいろな運命があるのではない

(でしょうか。そうしてめいめいはだまってそれをたえていくよりしかたがない)

でしょうか。そうして銘々は黙ってそれを耐えて行くよりしかたがない

(ようにわたしおもいます。そこでむりをしようとするとすべてのことが)

ようにわたし思います。そこで無理をしようとするとすべての事が

(わるくなるばかり・・・それはわたしだけのかんがえですけれども。わたし)

悪くなるばかり・・・それはわたしだけの考えですけれども。わたし

(そうかんがえないといっこくもいきていられないようなきがしてなりません。)

そう考えないと一刻も生きていられないような気がしてなりません。

(ようこさんときむらさんとくらちさんとのかんけいはわたしすこしはしってるようにも)

葉子さんと木村さんと倉地さんとの関係はわたし少しは知ってるようにも

(おもいますけれども、よくかんがえてみるとかえってちっともしらないのかも)

思いますけれども、よく考えてみるとかえってちっとも知らないのかも

(しれませんねえ。わたしはじぶんじしんがすこしもわからないんですから)

しれませんねえ。わたしは自分自身が少しもわからないんですから

(おさんにんのことなども、わからないじぶんの、わからないそうぞうだけのことだと)

お三人の事なども、わからない自分の、わからない想像だけの事だと

(おもいたいんです。・・・ことうさんにはそこまではおはなししませんでしたけれども、)

思いたいんです。・・・古藤さんにはそこまではお話しませんでしたけれども、

(わたしじぶんのいえのじじょうがたいへんくるしいのでこころをうちあけるようなひとを)

わたし自分の家の事情がたいへん苦しいので心を打ち明けるような人を

(もっていませんでしたが・・・、ことにははとかしまいとかいうおんなのひとに・・・)

持っていませんでしたが・・・、ことに母とか姉妹とかいう女の人に・・・

(ようこさんにおめにかかったら、なんでもなくそれができたんです。それで)

葉子さんにお目にかかったら、なんでもなくそれができたんです。それで

(わたしはうれしかったんです。そうしてようこさんがきむらさんとどうしても)

わたしはうれしかったんです。そうして葉子さんが木村さんとどうしても

(きがおあいにならない、そのこともしつれいですけれどもいまのところではわたし)

気がお合いにならない、その事も失礼ですけれども今の所ではわたし

(そうぞうがちがっていないようにもおもいます。けれどもそのほかのことは)

想像が違っていないようにも思います。けれどもそのほかの事は

(わたしなんともじしんをもっていうことができません。そんなところまでたにんが)

わたしなんとも自信を持っていう事ができません。そんな所まで他人が

(そうぞうをしたりくちをだしたりしていいものかどうかもわたしわかりません。)

想像をしたり口を出したりしていいものかどうかもわたしわかりません。

(たいへんどくぜんてきにきこえるかもしれませんが、そんなきはなく、うんめいに)

たいへん独善的に聞こえるかもしれませんが、そんな気はなく、運命に

(できるだけじゅうじゅんにしていたいとおもうと、わたしすすんでものをいったりしたり)

できるだけ従順にしていたいと思うと、わたし進んで物をいったりしたり

(するのがおそろしいとおもいます。・・・なんだかすこしもやくにたたないことを)

するのが恐ろしいと思います。・・・なんだか少しも役に立たない事を

(いってしまいまして・・・わたしやはりちからがありませんから、なにも)

いってしまいまして・・・わたしやはり力がありませんから、何も

(いわなかったほうがよかったんですけれども・・・」そうたえいるように)

いわなかったほうがよかったんですけれども・・・」そう絶え入るように

(こえをほそめておかはことばをむすばぬうちにくちをつぐんでしまった。そのあとには)

声を細めて岡は言葉を結ばぬうちに口をつぐんでしまった。そのあとには

(ちんもくだけがふさわしいようにくちをつぐんでしまった。)

沈黙だけがふさわしいように口をつぐんでしまった。

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