幽霊 小野佐世男 ②

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プレイ回数1580難易度(4.5) 4533打 長文
作者の少年の頃の不思議な体験。
ある夏、小石川から赤坂の大きな家に移り住んだ。
その家の台所には大井戸があったが蓋でふさがれていた。
その蓋は釘で打ちつけられ開ける事ができなかった。

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問題文

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(「あっ!」いきなりふたつのがんきゅうが、ぽたりとわたしのかおのうえにおちてきたーー)

「あッ!」いきなり二つの眼球が、ポタリと私の顔の上に落ちてきたーー

(とおもうや、まるでくずれるように、おとをたててろうばのかおが、)

と思うや、まるで崩れるように、音を立てて老婆の顔が、

(わたしのうえにかぶさってきた。・・・わたしはきょうきのようにもがいた。)

私の上にかぶさってきた。・・・私は狂気のようにもがいた。

(と、まるでしんくうじょうたいからぬけたように、)

と、まるで真空状態からぬけたように、

(わたしのからだはすぽんととびあがった。)

私の体はスポンととびあがった。

(わたしはつぎのしゅんかん、「わあーっ」とさけんでりんしつとさかいのふすまをけやぶった。)

私は次の瞬間、「ワアーッ」と叫んで隣室と境いの襖を蹴破った。

(「ねえさん!」)

「姉さん!」

(「・・・・」「おばあさんがでた」「おばあさんだあ・・・」)

「・・・・」「おばあさんが出た」「おばあさんだア・・・」

(そしてもうしあわせたようにきをうしない、)

そして申し合わせたように気を失い、

(いきをふきかえしたのは、よなかのにじだった。)

息をふき返したのは、夜中の二時だった。

(いえじゅうはおおさわぎになった。)

家中は大騒ぎになった。

(「おばあさんのゆうれいだって?・・・そんなばかな」)

「おばあさんの幽霊だって?・・・そんな馬鹿な」

(ちちはゆめでもみたのだろうといってわらった。)

父は夢でも見たのだろうと言って笑った。

(しかし、そのときはむちゅうできづかなかったが、)

しかし、その時は夢中で気付かなかったが、

(あねもおなじころおなじめにあっていたのだった。)

姉も同じ頃同じ目にあっていたのだった。

(だからわたしがふすまをけやぶったとき、あねはすでにおきていて、)

だから私が襖を蹴破った時、姉はすでに起きていて、

(きせずして「おばあさんがでた」とさけびあったのだ。)

期せずして「おばあさんがでた」と叫び合ったのだ。

(あねとわたしは、じょちゅうのかやがいれてくれたあついちゃで、)

姉と私は、女中のかやがいれてくれた熱い茶で、

(やっとひとごこちをとりもどした。)

やっと人心地をとりもどした。

(「ほんとにおかしいね。ゆめなら、)

「ほんとにおかしいね。夢なら、

など

(おなじゆめをどうじにふたりがみるはずはないねーー」)

同じ夢を同時に二人が見るはずはないねーー」

(ははのかおはあおざめていた。)

母の顔は蒼ざめていた。

(「だんなさま、なんだかわたしもむねくるしかったですよ。)

「旦那様、なんだか私も胸苦しかったですよ。

(なにかこのいえは、ぶきみでございますよ」)

なにかこの家は、ぶきみでございますよ」

(かやは、ねまきのえりをかきあわせて、ぞっとしたようにいった。)

かやは、寝巻の襟をかき合せて、ぞッとしたように言った。

(するとしょせいのとくきちさんとちちが、「そんなばかなことがあるものか」)

すると書生の徳吉さんと父が、「そんな馬鹿なことがあるものか」

(と、にかいへあがっていったが、やがておりてくると、)

と、二階へ上っていったが、やがて降りてくると、

(「ふとんもぬれてないし、ねずみいっぴきいないじゃないか。ふたりともねぼけたんだろう。)

「布団もぬれてないし、鼠一匹いないじゃないか。二人ともねぼけたんだろう。

(あはははーー」とおおきなこえでわらった。それをきくと、もうじきよるがあけるから、)

アハハハーー」と大きな声で笑った。それを聞くと、もうじき夜が明けるから、

(いっそおきてしまおうといって、だいどころへいってごとごととおとをたてていたははが、)

いっそ起きてしまおうと言って、台所へ行ってゴトゴトと音を立てていた母が、

(「でもあなた!かんがえてみればおおきないえのわりあいにやちんがやすいじゃありませんか。)

「でもあなた!考えてみれば大きな家の割合いに家賃が安いじゃありませんか。

(すこしやすすぎますよ」と、まゆをひそめていった。)

すこし安すぎますよ」と、眉をひそめていった。

(「あははは、ゆうれいなどこのよにあるものか、ばかな!きっとふたりとも)

「アハハハ、幽霊などこの世にあるものか、馬鹿な!きっと二人共

(むねのうえにてでものせてねていたのだろう。よーし、あしたのよるは、)

胸の上に手でものせて寝ていたのだろう。よーし、あしたの夜は、

(わしがにかいへねてみよう」ちちはまたおおごえでわらったが、)

わしが二階へ寝てみよう」父は又大声で笑ったが、

(いつのまによるがあけたのか、ことことという、ぎゅうにゅうやのくるまのおとがそとにきこえた。)

いつのまに夜が明けたのか、コトコトという、牛乳屋の車の音が外に聞こえた。

(はんげつがたにそとにでているいどのまわりに、やまびるのようにふといみみずが、)

半月型に外に出ている井戸のまわりに、山びるのように太いみみずが、

(たくさんうごめいていた。つちのやわくもりあがっているところをぼうでさぐると、)

たくさんうごめいていた。土の柔く盛り上っている所を棒でさぐると、

(なんきんだまほどのつちぐもが、がさがさとおとをたててむらがりちった。)

南京玉ほどの土蜘蛛が、ガサガサと音を立てて群り散った。

(こんなあそびにむちゅうになっているうちに、やがてふつかめのよるがおとずれてきた。)

こんな遊びに夢中になっている中に、やがて二日目の夜が訪れてきた。

(にわのおくや、れんたいのつちかべがくろぐろとふかいあんこくにとざされてくると、)

庭の奥や、聯隊の土壁が黒々と深い暗黒にとざされてくると、

(わたしもあねもおそろしくなって、「こんやはにかいにねないよ」)

私も姉も怖しくなって、「今夜は二階に寝ないよ」

(といってとこをしいてもらうまで、しょせいのとくきちさんや、ははのまわりに)

と言って床を敷いてもらうまで、書生の徳吉さんや、母のまわりに

(まとわりついていた。にかいからかやがわたしたちのやぐをもってきたとき、)

まとわりついていた。二階からかやが私たちの夜具をもってきたとき、

(さくやのろうばのみずのしたたりや、けっこんがのこってはいまいかと、)

昨夜の老婆の水のしたたりや、血痕が残ってはいまいかと、

(あっちこっちとしきりにさわってみたが、きれいなはなもようの)

あっちこっちとしきりに触ってみたが、綺麗な花模様の

(ふんわりとしたふとんには、なんのへんかもみられなかった。)

フンワリとした布団には、何の変化も見られなかった。

(わたしたちは、ははたちとまじってねた。ははがいるとおもうと、)

私たちは、母たちと混って寝た。母がいると思うと、

(ふあんのきもちはすこしもおこらず、わたしはいつのまにかぐっすりときもちよくねこんだ。)

不安の気持は少しも起らず、私はいつのまにかぐっすりと気持ちよく寝こんだ。

(ところが、まよなかにへやのなかがみょうにさわがしいので、ふとめをさましてみると、)

ところが、真夜中に部屋の中が妙に騒がしいので、ふと眼を覚ましてみると、

(ちちのあおざめたかおをちゅうしんに、いえじゅうのものがくるまざにあつまり、)

父の青ざめた顔を中心に、家中の者が車座に集り、

(なにかしきりとしゃべりあっていた。)

なにかしきりと喋べり合っていた。

(「ばあさんがでた!ほんとだ!ほんとだ!ぬれねずみのばあさんだ!」)

「ばあさんがでた! ほんとだ! ほんとだ! ぬれねずみのばあさんだ!」

(ちちのこえだ。わたしもいつかしんぐからぬけだすと、こっそりくるまざのなかにわりこんで)

父の声だ。私もいつか寝具から脱けだすと、こっそり車座の中に割りこんで

(ききみみをたてた。ちちのはなしは、わたしがさくやみたものとまったくおなじだった。)

聞き耳を立てた。父の話は、私が昨夜見たものと全く同じだった。

(「あやしい、ふしぎないえだ。うーむ」)

「怪しい、ふしぎな家だ。ウーム」

(かたりおわったちちは、うでをくんでかんがえこんでしまった。)

語り終った父は、腕をくんで考えこんでしまった。

(わたしはいつかははのうでにしっかりとすがりついていた。)

私はいつか母の腕にしっかりとすがりついていた。

(「ゆうれいやしきですよ。いやですわ。あなたはばかにしゅみのこったよいいえが)

「幽霊屋敷ですよ。いやですわ。あなたは馬鹿に趣味のこった良い家が

(みつかったなんておっしゃいましたが、わたしはこのもんにつくなり、)

見つかったなんておっしゃいましたが、私はこの門に着くなり、

(いやぁなきがしましたよ。かやだってだいどころにながくいると、)

いやァな気がしましたよ。かやだって台所に長くいると、

(なんだかさむけがしてくるといってますよ」)

なんだか寒気がしてくるといってますよ」

(ははがかやのかおをみながらいった。するとかやも、)

母がかやの顔を見ながら言った。するとかやも、

(「ええそうですわよ。だんなさま、たしかにゆうれいやしきですよ」と、)

「ええそうですわよ。旦那様、たしかに幽霊屋敷ですよ」と、

(いきたここちがなさそうに、みをふるわせながらいった。)

生きた心地が無さそうに、身をふるわせながら言った。

(「うん、そういえば、ぼくもゆうがたにわのいちじくのきのかげに、くろいきものをきた)

「うん、そういえば、僕も夕方庭のいちじくの木の影に、黒い着物を着た

(ろうばともろうじんともつかぬひとかげのたたずんでいたのをかんじたですよ。)

老婆とも老人ともつかぬ人影のたたずんでいたのを感じたですよ。

(それですぐにみえなくはなってしまったのですが。・・・どうもふしぎですよ」)

それですぐに見えなくはなってしまったのですが。・・・どうもふしぎですよ」

(と、さすがにしょせいのとくきちも、きみのわるそうなかおであたりをみまわした。)

と、さすがに書生の徳吉も、気味の悪そうな顔で辺りを見廻した。

(よくちょうは、からりとはれた、まことにきもちのよいあきばれのてんきだった。)

翌朝は、からりと晴れた、まことに気持のよい秋晴れの天気だった。

(あかとんぼがたのしげにとびこうて、さくやのきょうふなぞ、)

赤とんぼが楽しげに飛び交うて、昨夜の恐怖なぞ、

(かけらひとつのこさぬすがすがしさだった。ひろいだいどころでわたしは、)

かけら一つのこさぬすがすがしさだった。広い台所で私は、

(でいりのしょうにんたちとなにかひそひそとはなしあっていた。とうこんとちがって、)

出入りの商人達と何かひそひそと話しあっていた。当今とちがって、

(たいしょうのじだいには、りっぱなかしやもおおく、しょうにんはひっこしてくるいえにおしかけ、)

大正の時代には、立派な貸家も多く、商人は引越してくる家におしかけ、

(じぶんのおとくいさまをつくるのに、こめやもさかやもにくやも、)

自分のお得意様を作るのに、米屋も酒屋も肉屋も、

(なんでもきょうそうがはげしかった。「それっ!」とばかりにつうちょうをつくり、)

なんでも競争がはげしかった。「ソレッ!」とばかりに通帳をつくり、

(おしかけてきたもので、ようりょうのよいしょうにんなぞは、ひっこしのてつだいなぞを)

おしかけて来たもので、要領の好い商人なぞは、引越の手つだいなぞを

(するありさまであった。このひだいどころにはそのようなしょうにんがいっぱいあつまっていた。)

するありさまであった。この日台所にはそのような商人が一ぱい集っていた。

(「へえーー」「ではまたーーおいでなさったんですか?」)

「ヘエーー」「では又ーーお出でなさったんですか?」

(「しばらくあらわれないで、よいあんばいだなんてもうしておりましたが」)

「しばらく現われないで、よいあんばいだなんて申しておりましたが」

(「ばあさんですか」)

「ばあさんですか」

(これはちちのこえだ。「いやですなあーー」)

これは父の声だ。「いやですなアーー」

(「だんなはなにもごぞんじなくひっこしていらっしたんですな?」)

「旦那は何もごぞんじなく引越していらっしたんですな?」

(「このいえはゆうめいなばけものやしきですよ」)

「この家は有名な化けもの屋敷ですよ」

(わたしはしょせいのとくきちさんのかたわらで、じっとききみみをたてていた。)

私は書生の徳吉さんの傍で、じっと聞耳をたてていた。

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