ツルゲーネフ はつ恋 20
順位 | 名前 | スコア | 称号 | 打鍵/秒 | 正誤率 | 時間(秒) | 打鍵数 | ミス | 問題 | 日付 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
1 | HAKU | 7395 | 光 | 7.6 | 97.0% | 642.7 | 4903 | 150 | 85 | 2024/10/28 |
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問題文
(「おや!いたいって!じゃ、わたしはいたくないの?いたくないっていうの?」)
「おや!痛いって!じゃ、わたしは痛くないの? 痛くないって言うの?」
(かのじょはおうむがえしにいった。「あら!」かのじょは、わたしのあたまから、ほんのひとふさ、)
彼女は鸚鵡返しに言った。「あら!」彼女は、わたしの頭から、ほんの1ふさ、
(かみのけをむしりとったのにきがつくと、いきなりおおごえをあげた。)
髪の毛をむしり取ったのに気がつくと、いきなり大声をあげた。
(「たいへんなことをしてしまったわ!ゆるしてね、ヴぉるでまーるさ ん!」)
「大変なことをしてしまったわ! 許してね、ヴォルデマールさん!」
(かのじょは、むしりとったかみのけをていねいにそろえると、じぶんのゆびにまきつけて、)
彼女は、むしり取った髪の毛を丁寧にそろえると、自分の指に巻きつけて、
(ちっちゃなわにあんだ。「わたし、あなたのかみのけをろけっとにいれて、)
小っちゃな輪に編んだ。「わたし、あなたの髪の毛をロケットに入れて、
(いつもみにつけているわね」そういったかのじょのめには、あいかわらずなみだがひかっていた)
いつも身につけているわね」そう言った彼女の眼には、相変らず涙が光っていた
(「それですこしは、あなたのきもなぐさむかもしれないわ。じゃ、きょうはこれでね」)
「それで少しは、あなたの気も慰むかもしれないわ。じゃ、今日はこれでね」
(わたしがいえにかえってみると、ふゆかいなことがまちかまえていた。)
わたしが家に帰ってみると、不愉快なことが待ち構えていた。
(ははがちちをあいてにいいあいをしていたのである。ははがなにやら)
母が父を相手に言い合いをしていたのである。母が何やら
(しきりにちちをなじると、ちちのほうはれいのちょうしで、)
しきりに父をなじると、父の方は例の調子で、
(ひややかでいんぎんなちんもくをまもっていたが、まもなくそとへでていった。)
冷やかで慇懃な沈黙をまもっていたが、まもなく外へ出て行った。
(わたしには、ははがなにをまくしたてていたのか、きこえなかったし、)
わたしには、母が何をまくし立てていたのか、聞えなかったし、
(それに、そんなこころのゆとりもありはしなかった。ただひとつおぼえているのは、)
それに、そんな心のゆとりもありはしなかった。ただ一つ覚えているのは、
(いいあいがすんだあとでははがわたしをいまへよびつけて、)
言い合いが済んだあとで母がわたしを居間へ呼びつけて、
(わたしがしげしげとこうしゃくふじんのところにでいりすることについて、)
わたしがしげしげと公爵夫人のところに出入りすることについて、
(おおいにふまんのいをひょうし、あれはどんないやしいこともしかねないおんな)
大いに不満の意を表し、あれはどんな卑しいこともしかねない女
(ゆぬふぁむかぱーぶるどとぅーだと、ののしったことである。)
ユヌ・ファム・カパーブル・ド・トゥーだと、罵ったことである。
(わたしはははのそばへよって、みをかがめてそのてにきすすると)
わたしは母のそばへ寄って、身をかがめてその手にキスすると
((これはかいわをうちきろうとおもうときの、わたしのじょうとうしゅだんだった))
(これは会話を打切ろうと思う時の、わたしの常套手段だった)
(そのままじぶんのへやへもどった。)
そのまま自分の部屋へ戻った。
(じないーだのなみだで、わたしはすっかりどうてんしてしまった。)
ジナイーダの涙で、わたしはすっかり動転してしまった。
(わたしは、いったいどうかんがえたらいいものかとほうにくれて、)
わたしは、いったいどう考えたらいいものか途方に暮れて、
(こっちがなきださんばかりだった。としこそじゅうろくになっていたけれど、)
こっちが泣き出さんばかりだった。年こそ十六になっていたけれど、
(わたしはまだほんのあかんぼうだったのである。もうまれーふすきいのことなどは、)
わたしはまだほんの赤ん坊だったのである。もうマレーフスキイのことなどは、
(ねんとうになかった。ただしべろヴぞーろふは、ひましにだんだんさっきだっていって)
念頭になかった。ただしベロヴゾーロフは、日増しにだんだん殺気だっていって
(なにごとも、だれのことも、てんでかんがえなかった。わたしは、ただぼんやりと)
何事も、誰の事も、てんで考えなかった。わたしは、ただぼんやりと
(くうそうにふけって、ひとめのないさびしいばしょばかりもとめていた。)
空想にふけって、人目のない寂しい場所ばかり求めていた。
(とりわけきにいったのは、あのくずれおちたおんしつだった。)
とりわけ気に入ったのは、あの崩れ落ちた温室だった。
(わたしはよく、そこのたかいへいへよじのぼって、こしをおろし、)
わたしはよく、そこの高い塀へよじ登って、腰を下ろし、
(いつまでもじっとすわっていた。そのじぶんのすがたが、いかにもふこうでこどくで)
いつまでもじっと坐っていた。その自分の姿が、いかにも不幸で孤独で
(わびしげないっこのわかものといったかっこうなので、しまいには、われとわがみが)
侘しげな一個の若者といった格好なので、しまいには、我と我が身が
(いじらしくなってくるのだった。そして、そうしたひあいにみちたかんかくが、)
いじらしくなってくるのだった。そして、そうした悲哀に満ちた感覚が、
(なんともいえずうれしかったのだ。わたしはそれにむちゅうになっていたのだ!)
なんとも言えず嬉しかったのだ。わたしはそれに夢中になっていたのだ!
(さて、あるひ、わたしはへいのうえにすわって、はるかかなたにながめいりながら、)
さて、ある日、わたしは塀の上に坐って、遥かかなたに眺め入りながら、
(かねのひびきにみみをすましていたが、そのときふいになにものか)
鐘の響きに耳をすましていたが、その時不意に何ものか
(わたしのみをかすめてすぎたものがあった。そよかぜかとおもえば、そよかぜでもない)
わたしの身をかすめて過ぎたものがあった。そよ風かと思えば、そよ風でもない
(さりとて、みぶるいでもなく、いわばそれはなにかのいぶきか、)
さりとて、身震いでもなく、いわばそれは何かの息吹きか、
(それともだれかがちかづいてくるけはいとでもいうか、そんなかんじであった。)
それとも誰かが近づいてくる気配とでも言うか、そんな感じであった。
(わたしはしせんをおとした。すぐしたのみちを、かろやかなはいいろがかったふくをきて)
わたしは視線を落した。すぐ下の道を、軽やかな灰色がかった服を着て
(ばらいろのぱらそるをかたにして、いそぎあしでじないーだがあるいていた。)
バラ色のパラソルを肩にして、急ぎ足でジナイーダが歩いていた。
(かのじょはわたしにきがつくと、たちどまって、むぎわらぼうしのふちをおしあげ)
彼女はわたしに気がつくと、立ち止って、麦藁帽子の縁を押を押し上げ
(びろうどのようなめでわたしをみあげた。)
ビロウドのような眼でわたしを見上げた。
(「そんなたかいところで、なにをしてるの?」かのじょはなんだかいようなびしょう)
「そんな高いところで、何をしてるの?」彼女はなんだか異様な微笑
(をうかべてきいた。「そうそう」と、すぐまたことばをつづけて、)
を浮べて訊いた。「そうそう」と、すぐまた言葉を続けて、
(「あなたはいつも、わたしをあいしているとおっしゃるわね。そんならここまで、)
「あなたはいつも、わたしを愛しているとおっしゃるわね。そんならここまで、
(このみちまで、とびおりてごらんなさい。もし、ほんとうにわたしをあいしているのなら)
この道まで、飛び下りてごらんなさい。もし、本当にわたしを愛しているのなら
(じないーだが、おわりまでいいきらぬうちに、わたしはうしろからだれかに)
ジナイーダが、終りまで言い切らぬうちに、わたしは後ろから誰かに
(こづかれでもしたように、はやくもしたへみをおどらしていた。)
小突かれでもしたように、早くも下へ身をおどらしていた。
(へいのたかさはさん、よんめーとるほどあった。わたしはりょうあしがじめんにとどいたひょうしに、)
塀の高さは三、四メートルほどあった。わたしは両足が地面に届いた拍子に、
(はずみがあんまりつよすぎたので、からだをささえきれなかった。)
はずみがあんまり強すぎたので、体を支えきれなかった。
(わたしはどさりとたおれて、いちしゅんかん、きがとおくなった。)
わたしはどさりと倒れて、一瞬間、気が遠くなった。
(やがてわれにかえったわたしは、めをあけないのに、)
やがて我に返ったわたしは、眼をあけないのに、
(すぐそばにじないーだのいることがわかった。)
すぐそばにジナイーダのいることがわかった。
(「かわいいわたしのぼうや」とかのじょは、わたしのうえにかがみこみながらいっていた。)
「可愛いわたしの坊や」と彼女は、わたしの上にかがみ込みながら言っていた。
(そのこえにはちぢにみだれたじょうあいのひびきがあった。)
その声には千々に乱れた情愛の響きがあった。
(「どうしてあんたは、こんなことができたの、どうしてわたしのいうことなんか)
「どうしてあんたは、こんなことができたの、どうしてわたしの言うことなんか
(きくきになったの。わたしだって、こんなにあいしてるのに。さ、おおき」)
きく気になったの。わたしだって、こんなに愛してるのに。さ、お起き」
(かのじょのむねは、わたしのむねのすぐそばでいきづき、)
彼女の胸は、わたしの胸のすぐそばで息づき、
(わたしのあたまをなでていた。すると、とつぜんそのときなんということが、)
わたしの頭を撫でていた。すると、突然その時なんということが、
(わたしのみにおこったのだろう!かのじょのやわらかなすがすがしいくちびるが、)
わたしの身に起ったのだろう!彼女の柔らかなすがすがしい唇が、
(わたしのかおじゅうを、きすでおおいはじめたのだ。)
わたしの顔じゅうを、キスでおおい始めたのだ。
(やがては、わたしのくちびるにもふれたのだ。だが、そこでじないーだは、)
やがては、わたしの唇にも触れたのだ。だが、そこでジナイーダは、
(わたしのかおのひょうじょうからして、あいかわらずめをあげずにはいるものの、)
わたしの顔の表情からして、相変らず眼を上げずにはいるものの、
(もうわたしがいしきをとりもどしたことをさっしたものとみえて、)
もうわたしが意識を取戻したことを察したものと見えて、
(すばやくみをおこすと、こういいはなった。)
素早く身を起すと、こう言い放った。
(「さ、おきるのよ、むこうみずなおちゃめさん。こんなほこりのなかに、)
「さ、起きるのよ、向う見ずなお茶目さん。こんな埃の中に、
(いつまでねているつもり?」わたしはおきあがった。)
いつまで寝ているつもり?」わたしは起き上がった。
(「ぱらそるをとってちょうだい」と、じないーだはいって、)
「パラソルを取ってちょうだい」と、ジナイーダは言って、
(「まあわたし、あんなところへひりだしてしまったわ。)
「まあわたし、あんな所へ放り出してしまったわ。
(だめ、そんなにわたしのかおをみちゃ。なんておばかさんなの、あなたは?)
だめ、そんなにわたしの顔を見ちゃ。なんてお馬鹿さんなの、あなたは?
(どこかけがしなかったこと?いらくさにさされて、ちくちくしやしなくって?)
どこか怪我しなかったこと?イラクサに刺されて、ちくちくしやしなくって?
(そういっているのよ、わたしのかおをみちゃいけないって。)
そう言っているのよ、わたしの顔を見ちゃいけないって。
(まあ、このひとったら、なんにもわからないんだわ、へんじひとつしやしない」)
まあ、この人ったら、なんにもわからないんだわ、返事ひとつしやしない」
(とかのじょは、ひとりごとのようにいいそえた。「はやくうちへおかえりなさい。)
と彼女は、ひとり言のように言い添えた。「早くうちへお帰りなさい。
(ヴぉるでまーるさん。そして、きれいにしなさい。)
ヴォルデマールさん。そして、奇麗にしなさい。
(わたしのあとから、のこのこついてきたりしたら、しょうちしないわよ。)
わたしのあとから、のこのこついて来たりしたら、承知しないわよ。
(そんなことをしたら、もうにどとふたたび」かのじょは、おわりまでいいきらずに、)
そんなことをしたら、もう二度と再び」彼女は、終りまで言いきらずに、
(さっさとむこうへいってしまい、わたしはみちにすわりこんだ。)
さっさと向うへ行ってしまい、わたしは道に坐りこんだ。
(あしがいうことをきかないのだ。いらくさにさされたてがひりついて、)
足がいうことをきかないのだ。イラクサに刺された手がひりついて、
(せなかはずきずきするし、あたまはくらくらしていた。でも、そのときわたしがあじわった)
背中はずきずきするし、頭はくらくらしていた。でも、その時わたしが味わった
(ようなしふくのかんじは、わたしのしょうがいにもはやにどとふたたびくりかえされなかった。)
ような至福の感じは、わたしの生涯にもはや二度と再び繰返されなかった。
(それはかんびなくつうをなして、わたしのごたいにやどっていたが、)
それは甘美な苦痛をなして、わたしの五体に宿っていたが、
(やがてほうえつはついにせきをきって、わたしはおどりあがったり、わめきたてたりした)
やがて法悦はついに堰を切って、わたしは踊り上がったり、わめき立てたりした
(まったく、わたしはまだほんのあかんぼうだったのだ。)
全く、わたしはまだほんの赤ん坊だったのだ。