一癖あるどじょう 北大路魯山人

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陶芸、書、料理などで才能を発揮した北大路魯山人の随筆。

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(どじょうなべ。うまくて、やすくて、えいようかがあって、したしみがあり、)

どじょうなべ。美味くて、安くて、栄養価があって、親しみがあり、

(かていでもよういにでき、ばんじもんくなしのもの。)

家庭でも容易にでき、万事文句なしのもの。

(ただし、きぞくてきではない。)

ただし、貴族的ではない。

(これがどこへいってもかんげいをうけているのは、もっともなはなしである。)

これがどこへ行っても歓迎を受けているのは、もっともな話である。

(なべものはいっぱんにふゆのものときまっているところへ、)

なべものは一般に冬のものと決まっているところへ、

(こればかりはなつのものであることも、おおかたのきょうをよぼう。)

こればかりは夏のものであることも、大方の興を呼ぼう。

(とうきょうでは、どじょうなべというより「やながわ」というほうがとおりがいい。)

東京では、どじょうなべというより「柳川」というほうが通りがいい。

(なぜやながわというめいしょうがしょうじたか。)

なぜ柳川という名称が生じたか。

(ころうのはなしによると、ばくまつのころ、)

古老の話によると、幕末のころ、

(にほんばしどおりいっちょうめあたりに「やながわや」というみせがあり、)

日本橋通一丁目あたりに「柳川屋」という店があり、

(ここでかつてみたこともない「どじょうなべ」なるものをくわした。)

ここでかつて見たこともない「どじょうなべ」なるものを食わした。

(さいわいそれがあたって、えどじゅうのひょうばんとなり、)

幸いそれが当たって、江戸中の評判となり、

(いつとはなしに、どじょうなべのことをやながわというようになった。)

いつとはなしに、どじょうなべのことを柳川というようになった。

(これがやながわのめいしょうのおこりだという。)

これが柳川の名称の起こりだという。

(そんなところから、つうじんはやながわでいっぱいなどと)

そんなところから、通人は柳川で一杯などと

(しゃれるにいたったものらしいということだ。)

シャレるに至ったものらしいということだ。

(また、やながわはきゅうしゅうやながわのかえじではないだろうかーーというのもある。)

また、柳川は九州柳川の換字ではないだろうか――というのもある。

(やながわはにほんいちのゆうりょうすっぽんのでるところ。)

柳川は日本一の優良すっぽんの出るところ。

(いちぼうせんりのでんやをぬうさいのめのようなつきみずぼりは、)

一望千里の田野を縫うさいの目のような月水濠は、

(すっぽんとともにゆうりょうなどじょうをさんする。)

すっぽんとともに優良などじょうを産する。

など

(ほかではみられないまでに、もちあじすばらしく、かつたいりょうにさんし、)

ほかでは見られないまでに、持ち味すばらしく、かつ大量に産し、

(げんにおおさかしじょうにまでもちこまれている。)

現に大阪市場にまで持ち込まれている。

(いったいどじょうはくせのあるもので、そのくせにりょうめんがある。)

いったいどじょうは癖のあるもので、その癖に両面がある。

(そのいちめんは、どじょうにとって、なくてはならぬどくとくのもちあじであるが、)

その一面は、どじょうにとって、なくてはならぬ独特の持ち味であるが、

(ほかのいちめんは、げひんなしゅうきをともなうことである。)

他の一面は、下品な臭気を伴うことである。

(やながわのどじょうは、そのいやなめんがまったくなく、)

柳川のどじょうは、そのいやな面がまったくなく、

(まことにけっこうこのうえなしのものである。)

まことに結構この上なしのものである。

(すっぽんも、ふつうひとくせもふたくせもいやなくせのあるのを)

すっぽんも、ふつうひと癖もふた癖もいやな癖のあるのを

(まぬかれないものであるが、やながわさんにはそれがない。)

免れないものであるが、柳川産にはそれがない。

(このめずらしいとくしょくは、こんごますますにんしきされて、)

このめずらしい特色は、今後ますます認識されて、

(いよいよしかをたかめてゆくであろう。)

いよいよ市価を高めてゆくであろう。

(やながわどじょうのおおもの、ごすんぐらいなのは、かばやきにてきし、)

柳川どじょうの大もの、五寸ぐらいなのは、蒲焼に適し、

(うなぎとはぜんぜんことなったふうかくをゆうし、)

うなぎとはぜんぜん異なった風格を有し、

(こころうれしいきのおこるものである。)

心うれしい気の起こるものである。

(どじょうにかぎって、ちいさいのをむりにかばやきにしても)

どじょうにかぎって、小さいのを無理に蒲焼きにしても

(いっこうありがたくない。)

一向あり難くない。

(どじょうのりょうひをみわけるには、まずたまごにちゃくがんし、)

どじょうの良否を見分けるには、まず卵に着眼し、

(たまごのぜつむのものをだいいちとし、)

卵の絶無のものを第一とし、

(いかなるべくこれのすくないものをえらぶべきである。)

以下なるべくこれの少ないものを選ぶべきである。

(たまごのおおいものは、かんじんのにくづきがすくない。)

卵の多いものは、肝心の肉付きが少ない。

(どじょうさきは、しろうとのてにおえぬものとなっているが、)

どじょう割きは、素人の手に負えぬものとなっているが、

(それはきゅうしょにきりがうちこめないからで、)

それは急所に錐が打ち込めないからで、

(そのきゅうしょはめのつけねとおぼしいところのせぼねにある。)

その急所は目の付け根とおぼしいところの背骨にある。

(このかしょにきりをうてば、どじょうはいっぺんにまいってしまう。)

この個所に錐を打てば、どじょうは一遍に参ってしまう。

(こどじょう、おおどじょうともにみそしるにまるごといれることが)

小どじょう、大どじょうともに味噌汁に丸ごと入れることが

(いちばんうまいとされているが、)

一番美味いとされているが、

(じゅうにんちゅうくにんまでは、まるごとのすがたをみただけで、ぞっとしてしまうから、)

十人中九人までは、丸ごとの姿を見ただけで、ぞっとしてしまうから、

(これはいかものぐいむきとしておくべきであろうか。)

これはいかもの食い向きとしておくべきであろうか。

(し、ごすんのものをまるごとてりやきにして、さらにもるさい、)

四、五寸のものを丸ごと照り焼きにして、皿に盛る際、

(あたまとおをきりおとし、ぼうじょうがたにしてぜんにのぼす。)

頭と尾を切り落とし、棒状形にして膳にのぼす。

(これならば、かていでこころみてもよいものである。)

これならば、家庭で試みてもよいものである。

(とうきょうではさいたまのこしがやあたりのじぐろというどじょうがじょうものでおおきく、)

東京では埼玉の越ヶ谷あたりの地黒というどじょうが上物で大きく、

(いぜん、うなぎのおおわだあたりでさかんにかばやきにして、)

以前、うなぎの大和田あたりで盛んに蒲焼きにして、

(「どかば」としょうして、いちじにんきをよんだものである。)

「どかば」と称して、一時人気を呼んだものである。

(どじょうなべのようてんはだしで、おもてがわのたまごをよごさぬくふう、)

どじょうなべの要点はだしで、表側の卵を汚さぬ工夫、

(だしをささがきごぼうのしたにだぶだぶのこさないくふう、)

だしを笹がきごぼうの下にだぶだぶ残さない工夫、

(たまごをささがきのなかまでしずめないくふう、このみっつができたらほんかくである。)

卵を笹がきの中まで沈めない工夫、この三つができたら本格である。

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