鰻の話 北大路魯山人 ②

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陶芸、書、料理などで才能を発揮した北大路魯山人の随筆。

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問題文

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(えさのことをもっとはっきりさせるために、すっぽんをれいにとろう。)

餌のことをもっとはっきりさせるために、すっぽんを例にとろう。

(すっぽんのこうぶつは、あさりやそのほかのちいさな、やわらかなかいるいである。)

すっぽんの好物は、あさりやその他の小さな、やわらかな貝類である。

(いちまいばのすっぽんのだいちょうをみるとわかるが、)

一枚歯のすっぽんの大腸をみると分るが、

(かれらはかいをこのんでくうためにちょうないぶがかいるいでうまっている。)

彼らは貝を好んで食うために腸内部が貝類で埋っている。

(だが、すっぽんようしょくしゃは、)

だが、すっぽん養殖者は、

(かれらにそのしこうぶつをきょうきゅうしてやるのにはひようがたかくつくので、)

彼らにその嗜好物を供給してやるのには費用が高くつくので、

(かわりににしんをくわせるころがある。)

代わりににしんを食わせる頃がある。

(すると、いつのまにかすっぽんにもにしんのにおい、あじがして、)

すると、いつの間にかすっぽんにもにしんの匂、味がして、

(かいだけをえさにしていたときのようなうまさがうしなわれてくる。)

貝だけを餌にしていた時のような美味さが失われて来る。

(このようにえさひとつできょくたんにまですっぽんのしつにえいきょうがあることはみのがせない。)

このように餌ひとつで極端にまですっぽんの質に影響があることは見逃せない。

(おなじようにようしょくうなぎでもよいえさをたべているときはうまいし、)

同じように養殖うなぎでもよい餌を食べている時は美味いし、

(てんねんのうなぎでもかれらのこのむえさにありつけなかったときは、)

天然のうなぎでも彼らの好む餌にありつけなかった時は、

(かならずしもうまくはないといえる。)

必ずしも美味くはないといえる。

(ようはえさしだいである。てんねんにこしたことはないが、)

要は餌次第である。天然にこしたことはないが、

(ようしょくのばあいでも、それにちかいものがのぞまれる。)

養殖の場合でも、それに近いものが望まれる。

(ところで、げんざいしはんのものでは、)

ところで、現在市販のものでは、

(てんねんうなぎはごくわずかしかしようされておらず、)

天然うなぎはごくわずかしか使用されておらず、

(ほとんどようしょくうなぎばかりといってよい。てんねんうなぎがいないからではなく、)

ほとんど養殖うなぎばかりといってよい。天然うなぎがいないからではなく、

(それをとるのにじんけんひがかかるからで、もんだいはしょうこんにある。)

それを獲るのに人件費がかかるからで、問題は商魂にある。

(ようしょくうなぎのねがてんねんのそれにひしてたかければ、)

養殖うなぎの値が天然のそれに比して高ければ、

など

(いっぱんのひとびとはてをださないであろうし、)

一般の人々は手を出さないであろうし、

(したがって、おのずとてんねんうなぎがはんじょうするけっかとなる。)

従って、おのずと天然うなぎが繁昌する結果となる。

(ようしょくのばあいはせんじゅつしたように、うなぎがふとっていればよいのであるし、)

養殖の場合は先述したように、うなぎが太っていればよいのであるし、

(かたちができていればしょうばいになる。みかくをなおざりにしているわけではなかろうが、)

形ができていれば商売になる。味覚をなおざりにしているわけではなかろうが、

(どうしてもにぎてきにかんがえられがちだ。)

どうしても二義的に考えられがちだ。

(げんこんでは、うなぎといえばようしょくうなぎがとおりそうばになっているほどである。)

現今では、うなぎといえば養殖うなぎが通り相場になっているほどである。

(とうきょうではご、ろっけんだけてんねんうなぎをしようしているが、)

東京では五、六軒だけ天然うなぎを使用しているが、

(きょう、おおさかはかいむ。なかにはりょうほうをまぜてくわせるみせもある。)

京、大阪は皆無。中には両方を混ぜて食わせる店もある。

(いっぽう、てんねんうなぎはえさがてんねんというとくしつがあるために、)

一方、天然うなぎは餌が天然という特質があるために、

(がいしてうまいとかんがえてよい。)

概して美味いと考えてよい。

(もちろんりょうひはあるが。ようしょくうなぎにもとりわけうまいものがあるが、)

もちろん良否はあるが。養殖うなぎにもとりわけ美味いものがあるが、

(よほどよいうなぎやにいかなければぶつからない。)

よほどよいうなぎ屋に行かなければぶつからない。

(さいごに、うなぎはいつごろがほんとうにうまいかというと、)

最後に、うなぎはいつ頃がほんとうに美味いかというと、

(およそあつさとはたいしょうてきないちがつかんちゅうのころのようである。)

およそ暑さとは対照的な一月寒中の頃のようである。

(だが、みょうなものでかんちゅうはよいうなぎ、うまいうなぎがあっても、)

だが、妙なもので寒中はよいうなぎ、美味いうなぎがあっても、

(せいかのころのようにうなぎをくいたいというようきゅうがおこらない。)

盛夏のころのようにうなぎを食いたいという要求が起こらない。

(うまいとわかっていてもにんげんのせいりがようきゅうしない。)

美味いと分っていても人間の生理が要求しない。

(しかし、せいかのうだるようなあつさのなかでは、)

しかし、盛夏のうだるような暑さの中では、

(ふゆほどうなぎはびみではないけれど、)

冬ほどうなぎは美味ではないけれど、

(くいたいとのよっきゅうがふつふつとわきおこってくる。)

食いたいとの欲求がふつふつと湧き起こって来る。

(これはたぶん、あつさにあっぱくされたにくたいがかっしたごとくようきゅうするせいであって、)

これは多分、暑さに圧迫された肉体が渇したごとく要求するせいであって、

(なついっぱんにうなぎがちょうあいされるゆえんも、ここにあるのであろう。)

夏一般にうなぎが寵愛されるゆえんも、ここにあるのであろう。

(もちろん、いちめんにはどようのうしのひにうなぎと、)

もちろん、一面には土用の丑の日にうなぎと、

(ながいあいだのしゅうかんのせいもあろう。)

永い間の習慣のせいもあろう。

(ぎゅうにくのばあいは、ふゆでもにくたいのようきゅうをかんずるが、)

牛肉の場合は、冬でも肉体の要求を感ずるが、

(うなぎ、こがたのまぐろなどはなつのせいりがようきゅうをよぶもののようだ。)

うなぎ、小形のまぐろなどは夏の生理が要求を呼ぶもののようだ。

(ひげい(げいにくのかわにせっしたしぼうのぶぶん)はかきひじょうにうまいけれども、)

皮鯨(鯨肉の皮に接した脂肪の部分)は夏季非常に美味いけれども、

(ふゆはいっこうにくうきがしない。)

冬は一向に食う気がしない。

(ようするにこれらは、にんげんのせいりとふかいかんけいがあるといえよう。)

要するにこれらは、人間の生理と深い関係があるといえよう。

(わたしのたいけんからいえば、うなぎをくうなら、まいにちくってはあきるので、)

私の体験からいえば、うなぎを食うなら、毎日食ってはあきるので、

(みっかにいっぺんぐらいくうのがよいだろう。)

三日に一ぺんぐらい食うのがよいだろう。

(びみのてんからいって、ようしょくほうがもっとしんぽして、)

美味の点からいって、養殖法がもっと進歩して、

(よいうなぎ、うまいうなぎ、でこころたのしませてほしいものである。)

よいうなぎ、美味いうなぎで心楽しませて欲しいものである。

(さんこうまでに、うなぎやとしてのいちりゅうのみせをあげると、)

参考までに、うなぎ屋としての一流の店を挙げると、

(こまつやちくようてい、だいこくやなどがある。)

小満津や竹葉亭、大黒屋などがある。

(げんだいてきなものにふうりゅうふうがをとりいれた、かんじのよいみせといえよう。)

現代的なものに風流風雅を取り入れた、感じのよい店といえよう。

(なかでもせんだいちくようのしゅじんはめいががひじょうにすきで、)

中でも先代竹葉の主人は名画が非常に好きで、

(とりわけりんはのしゅうしゅうがあって、きょうとくにやかましくいわれているそうたつ、)

とりわけ琳派の蒐集があって、今日特にやかましくいわれている宗達、

(こうりんのものなどすうじゅってんあつめておったほどのしゅみかで、)

光琳のものなど数十点集めておったほどの趣味家で、

(このてんだけでもたいしたものであった。)

この点だけでも大したものであった。

(いまなおちくようのみせにふうかくがあるのは、そのためである。)

今なお竹葉の店に風格があるのは、そのためである。

(びをしるものは、たとえしょうばいがなにやであっても、)

美を知るものは、たとえ商売が何屋であっても、

(どこかそれだけちがうものがある。)

どこかそれだけちがうものがある。

(つぎにうなぎのやきかたであるが、ちほうのじかやき、とうきょうのむしやき、)

次にうなぎの焼き方であるが、地方の直焼、東京の蒸し焼き、

(これはいちもにもなくとうきょうのむしやきがよい。)

これは一も二もなく東京の蒸し焼きがよい。

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