目羅博士の不思議な犯罪一1 江戸川乱歩

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語り手の江戸川は、上野動物園で巧みに檻の中の猿をからかう「男」と出会う。「男」は江戸川に、猿の人真似の本能や、「模倣」の恐怖について語る。

動物園を出た後、上野の森の捨て石に腰をかけ、江戸川は「男」の経験談を聞くことにした。

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問題文

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(わたしはたんていしょうせつのすじをかんがえるために、ほうぼうをぶらつくことがあるが、とうきょうをはなれ)

私は探偵小説の筋を考える為に、方々をぶらつくことがあるが、東京を離れ

(ないばあいは、たいていいきさきがきまっている。あさくさこうえん、はなやしき、うえののはくぶつかん、)

ない場合は、大抵行先が極っている。浅草公園、花やしき、上野の博物館、

(おなじくどうぶつえん、すみだがわののりあいじょうき、りょうごくのこくぎかん。(あのまるやねがおうねんの)

同じく動物園、隅田川の乗合蒸汽、両国の国技館。(あの丸屋根が往年の

(ぱのらまかんをれんそうさせ、わたしをひきつける)いまもそのこくぎかんの「おばけたいかい」と)

パノラマ館を聯想させ、私をひきつける)今もその国技館の「お化け大会」と

(いうやつをみてかえったところだ。ひさしぶりで「やわたのやぶしらず」をくぐって、こどものじぶん)

いう奴を見て帰った所だ。久しぶりで「八幡の藪不知」をくぐって、子供の時分

(のなつかしいおもいでにふけることができた。 ところで、おはなしは、やっぱりその、げんこう)

の懐しい思出に耽ることが出来た。  ところで、お話は、やっぱりその、原稿

(のさいそくがきびしくて、いえにいたたまらず、いっしゅうかんばかりとうきょうしないをぶらついて)

の催促がきびしくて、家にいたたまらず、一週間ばかり東京市内をぶらついて

(いたとき、あるひ、うえののどうぶつえんで、ふとみょうなじんぶつにであったことからはじまるのだ)

いた時、ある日、上野の動物園で、ふと妙な人物に出合ったことから始まるのだ

(もうゆうがたで、へいかんじかんがせまってきて、けんぶつたちはたいていかえってしまい、かんないは)

もう夕方で、閉館時間が迫って来て、見物達は大抵帰ってしまい、館内は

(ひっそりかんとしずまりかえっていた。 しばいやよせなぞでもそうだが、さいごのまくは)

ひっそり閑と静まり返っていた。  芝居や寄席なぞでもそうだが、最後の幕は

(ろくろくみもしないで、げそくばのこんざつばかりきにしているえどっこきしつはどうも)

ろくろく見もしないで、下足場の混雑ばかり気にしている江戸っ子気質はどうも

(わたしのきふうにあわぬ。 どうぶつえんでもそのとおりだ。とうきょうのひとは、なぜかかえりいそぎ)

私の気風に合わぬ。  動物園でもその通りだ。東京の人は、なぜか帰りいそぎ

(をする。まだもんがしまったわけでもないのに、じょうないはがらんとして、ひとけもない)

をする。まだ門が閉った訳でもないのに、場内はガランとして、人気もない

(ありさまだ。 わたしはさるのおりのまえに、ぼんやりたたずんで、ついいましがたまでざっとう)

有様だ。  私は猿の檻の前に、ぼんやり佇んで、つい今しがたまで雑沓

(していた、えんないのいようなしずけさをたのしんでいた。 さるどもも、からかってくれる)

していた、園内の異様な静けさを楽しんでいた。  猿共も、からかって呉れる

(あいてがなくなったためか、ひっそりと、さびしそうにしている。 あたりがあまりに)

対手がなくなった為か、ひっそりと、淋しそうにしている。  あたりが余りに

(しずかだったので、しばらくして、ふと、うしろにひとのけはいをかんじたときには、なにかしら)

静かだったので、暫くして、ふと、うしろに人の気配を感じた時には、何かしら

(ぞっとしたほどだ。 それはかみをながくのばした、あおじろいかおのせいねんで、おりめの)

ゾッとした程だ。  それは髪を長く延ばした、青白い顔の青年で、折目の

(つかぬふくをきた、いわゆる「るん・ぺん」というかんじのじんぶつであったが、かおつきのわり)

つかぬ服を着た、所謂「ルン・ペン」という感じの人物であったが、顔付の割

(にはかいかつに、おりのなかのさるにからかったりしはじめた。 よくどうぶつえんにくるものと)

には快活に、檻の中の猿にからかったりし始めた。  よく動物園に来るものと

など

(みえて、さるをからかうのがてにいったものだ。えさをひとつやるにも、おもうぞんぶんげいとう)

見えて、猿をからかうのが手に入ったものだ。餌を一つやるにも、思う存分芸当

(をやらせて、さんざんたのしんでから、やっとなげあたえるというふうで、ひじょうにおもしろい)

をやらせて、散々楽しんでから、やっと投げ与えるという風で、非常に面白い

(ものだから、わたしはにやにやわらいながら、いつまでもそれをけんぶつしていた。)

ものだから、私はニヤニヤ笑いながら、いつまでもそれを見物していた。

(「さるってやつは、どうして、あいてのまねをしたがるのでしょうね」 おとこが、)

「猿ってやつは、どうして、相手の真似をしたがるのでしょうね」  男が、

(ふとわたしにはなしかけた。かれはそのとき、みかんのかわをうえになげてはうけとり、なげては)

ふと私に話しかけた。彼はその時、蜜柑の皮を上に投げては受取り、投げては

(うけとりしていた。おりのなかのいっぴきのさるも、かれとまったくおなじやりかたで、みかんのかわを)

受取りしていた。檻の中の一匹の猿も、彼と全く同じやり方で、蜜柑の皮を

(なげたりうけとったりしていた。 わたしがわらってみせると、おとこはまたいった。)

投げたり受取ったりしていた。  私が笑って見せると、男は又云った。

(「まねっていうことは、かんがえてみるとこわいですね。かみさまが、さるにああいうほんのうを)

「真似って云うことは、考えて見ると怖いですね。神様が、猿にああいう本能を

(おあたえなすったことがですよ」 わたしはこのおとこ、てつがくしゃるん・ぺんだなとおもった)

お与えなすったことがですよ」  私はこの男、哲学者ルン・ペンだなと思った

(「さるがまねするのはおかしいけど、にんげんがまねするのはおかしくありませんね。)

「猿が真似するのはおかしいけど、人間が真似するのはおかしくありませんね。

(かみさまはにんげんにも、さるとおなじほんのうを、いくらかおあたえなすった。それはかんがえてみる)

神様は人間にも、猿と同じ本能を、いくらかお与えなすった。それは考えて見る

(とこわいですよ。あなた、やまのなかでおおざるにであったたびびとのはなしをごぞんじですか」)

と怖いですよ。あなた、山の中で大猿に出会った旅人の話をご存じですか」

(おとこははなしずきとみえて、だんだんくちかずがおおくなる。わたしは、ひとみしりをするたちで、たにん)

男は話ずきと見えて、段々口数が多くなる。私は、人見知りをする質で、他人

(からはなしかけられるのはあまりすきでないが、このおとこには、みょうなきょうみをかんじた。)

から話しかけられるのは余り好きでないが、この男には、妙な興味を感じた。

(あおじろいかおともじゃもじゃしたかみのけが、わたしをひきつけたのかもしれない。あるいは、)

青白い顔とモジャモジャした髪の毛が、私をひきつけたのかも知れない。或は、

(かれのてつがくしゃふうなはなしかたがきにいったのかもしれない。)

彼の哲学者風な話方が気に入ったのかも知れない。

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