目羅博士の不思議な犯罪 二 2 江戸川乱歩

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語り手の江戸川は、上野動物園で巧みに檻の中の猿をからかう「男」と出会う。「男」は江戸川に、猿の人真似の本能や、「模倣」の恐怖について語る。

動物園を出た後、上野の森の捨て石に腰をかけ、江戸川は「男」の経験談を聞くことにした。

一から五までで一つのお話です。

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問題文

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(さいしょのじさつしゃは、ちゅうねんのこうりょうぶろーかーでした。そのひとははじめじむしょをかりに)

最初の自殺者は、中年の香料ブローカーでした。その人は初め事務所を借りに

(きたときから、なんとなくいんしょうてきなじんぶつでした。しょうにんのくせに、どこかしょうにんらしくない)

来た時から、何となく印象的な人物でした。商人の癖に、どこか商人らしくない

(いんきな、いつもなにかかんがえているようなおとこでした。このひとはひょっとしたら、うらがわの)

陰気な、いつも何か考えている様な男でした。この人はひょっとしたら、裏側の

(きょうこくにめんした、ひのささぬへやをかりるかもしれないとおもっていると、あんのじょう、)

峡谷に面した、日のささぬ部屋を借りるかも知れないと思っていると、案の定、

(そこの5かいのきたのはしの、いちばんひとざとはなれた(びるでぃんぐのなかで、ひとざとはおかしい)

そこの五階の北の端の、一番人里離れた(ビルディングの中で、人里はおかしい

(ですが、いかにもひとざとはなれたというかんじのへやでした)いちばんいんきな、したがってしつりょう)

ですが、如何にも人里離れたという感じの部屋でした)一番陰気な、随って室料

(もいちばんやすいふたへやつづきのしつをえらんだのです。 そうですね、ひっこしてきて、)

も一番廉い二部屋続きの室を選んだのです。  そうですね、引越して来て、

(いっしゅうかんもいましたかね、とにかくごくわずかのあいだでした。 そのこうりょうぶろーかーは)

一週間もいましたかね、兎に角極く僅かの間でした。  その香料ブローカーは

(どくしんしゃだったので、いっぽうのへやをしんしつにして、そこへやすもののべっどをおいて、)

独身者だったので、一方の部屋を寝室にして、そこへ安物のベッドを置いて、

(よるは、れいのゆうこくをみおろす、いんきなだんがいの、ひとざとはなれたがんくつのようなそのへやに、)

夜は、例の幽谷を見おろす、陰気な断崖の、人里離れた岩窟の様なその部屋に、

(ひとりでねとまりしていました。そして、あるつきのよいばんのこと、まどのそとに)

独りで寝泊りしていました。そして、ある月のよい晩のこと、窓の外に

(でっぱっている、でんせんひきこみようのちいさなよこぎにほそびきをかけて、くびをくくってじさつを)

出っ張っている、電線引込用の小さな横木に細引をかけて、首を縊って自殺を

(してしまったのです。 あさになって、そのへんいったいをうけもっている、どうろそうじの)

してしまったのです。  朝になって、その辺一帯を受持っている、道路掃除の

(にんぷが、はるかあたまのうえの、だんがいのてっぺんにぶらんぶらんゆれているいししゃをはっけん)

人夫が、遙か頭の上の、断崖のてっぺんにブランブラン揺れている縊死者を発見

(して、おおさわぎになりました。 かれがなぜじさつをしたのか、けっきょくわからないままに)

して、大騒ぎになりました。  彼が何故自殺をしたのか、結局分らないままに

(おわりました。いろいろしらべてみても、べつだんじぎょうがおもわしくなかったわけでも、しゃっきんに)

終りました。色々調べて見ても、別段事業が思わしくなかった訳でも、借金に

(なやまされていたわけでもなく、どくしんしゃのことゆえ、かていてきなはんもんがあったというでも)

悩まされていた訳でもなく、独身者のこと故、家庭的な煩悶があったというでも

(なく、そうかといって、ちじょうのじさつ、たとえばしつれんというようなことでも)

なく、そうかといって、痴情の自殺、例えば失恋という様なことでも

(なかったのです。 「まがさしたんだ、どうも、さいしょきたときから、みょうにしずみがち)

なかったのです。 『魔がさしたんだ、どうも、最初来た時から、妙に沈み勝ち

(な、へんなおとこだとおもった」 ひとびとはそんなふうにかたづけてしまいました。いちどは)

な、変な男だと思った』  人々はそんな風にかたづけてしまいました。一度は

など

(それですんでしまったのです。ところが、まもなく、そのおなじへやに、つぎのかりて)

それで済んでしまったのです。ところが、間もなく、その同じ部屋に、次の借手

(がつき、そのひとはねとまりしていたわけではありませんが、あるばんてつやのしらべものを)

がつき、その人は寝泊りしていた訳ではありませんが、ある晩徹夜の調べものを

(するのだといって、そのへやにとじこもっていたかとおもうと、よくあさは、また)

するのだといって、その部屋にとじこもっていたかと思うと、翌朝は、又

(ぶらんこさわぎです。まったくおなじほうほうで、くびをくくってじさつをとげたのです。)

ブランコ騒ぎです。全く同じ方法で、首を縊って自殺をとげたのです。

(やっぱり、げんいんはすこしもわかりませんでした。こんどのいししゃは、こうりょうぶろーかー)

やっぱり、原因は少しも分りませんでした。今度の縊死者は、香料ブローカー

(とちがって、ごくかいかつなじんぶつで、そのいんきなへやをえらんだのも、ただしつりょうがていれん)

と違って、極く快活な人物で、その陰気な部屋を選んだのも、ただ室料が低廉

(だからというたんじゅんなりゆうからでした。 きょうふのたににひらいた、のろいのまど。その)

だからという単純な理由からでした。  恐怖の谷に開いた、呪いの窓。その

(へやへはいると、なんのりゆうもなく、ひとりでにしにたくなってくるのだ。という)

部屋へ入ると、何の理由もなく、ひとりでに死に度くなって来るのだ。という

(かいだんめいたうわさが、ひそひそとささやかれました。 さんどめのぎせいしゃは、ふつうの)

怪談めいた噂が、ヒソヒソと囁かれました。  三度目の犠牲者は、普通の

(へやがりにんではありませんでした。そのびるでぃんぐのじむいんに、ひとりのごうけつが)

部屋借り人ではありませんでした。そのビルディングの事務員に、一人の豪傑が

(いて、おれがひとつためしてみるといいだしたのです。ばけものやしきをたんけんでもするような)

いて、俺が一つためして見ると云い出したのです。化物屋敷を探険でもする様な

(いきごみだったのです」 せいねんが、そこまではなしつづけたとき、わたしはしょうしょうかれのものがたり)

意気込みだったのです」  青年が、そこまで話し続けた時、私は少々彼の物語

(にたいくつをかんじて、くちをはさんだ。 「で、そのごうけつもおなじようにくびを)

に退屈を感じて、口をはさんだ。 「で、その豪傑も同じ様に首を

(くくったのですか」 せいねんはちょっとおどろいたように、わたしのかおをみたが、)

縊ったのですか」  青年は一寸驚いた様に、私の顔を見たが、

(「そうです」 とふかいらしくこたえた。)

「そうです」  と不快らしく答えた。

(「ひとりがくびをくくると、おなじばしょで、なんにんもなんにんもくびをくくる。つまりそれが、もほう)

「一人が首を縊ると、同じ場所で、何人も何人も首を縊る。つまりそれが、模倣

(のほんのうのおそろしさだということになるのですか」 「ああ、それで、あなたは)

の本能の恐ろしさだということになるのですか」 「アア、それで、あなたは

(たいくつなすったのですね。ちがいます。ちがいます。そんなつまらないおはなしでは)

退屈なすったのですね。違います。違います。そんなつまらないお話では

(ないのです」 せいねんはほっとしたようすで、わたしのおもいちがいをていせいした。)

ないのです」  青年はホッとした様子で、私の思い違いを訂正した。

(「まのふみきりで、いつもひとじにがあるというような、あのしゅるいの、ありふれたおはなし)

「魔の踏切りで、いつも人死があるという様な、あの種類の、ありふれたお話

(ではないのです」 「しっけいしました。どうかさきをおはなしください」)

ではないのです」 「失敬しました。どうか先をお話し下さい」

(わたしはいんぎんに、わたしのごかいをわびた。)

私は慇勲に、私の誤解を詫びた。

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