夢十夜 第四夜 夏目漱石

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「こんな夢を見た。」で始まる10の夢の物語。
順位 名前 スコア 称号 打鍵/秒 正誤率 時間(秒) 打鍵数 ミス 問題 日付
1 ばぼじま 4982 B 5.1 96.1% 611.2 3172 127 47 2024/10/18
2 saty 4428 C+ 4.7 93.1% 669.5 3200 235 47 2024/10/06

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問題文

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(ひろいどまのまんなかにすずみだいのようなものをすえて、そのしゅういにちいさい)

広い土間の真中に涼み台のようなものを据えて、その周囲に小さい

(しょうきがならべてある。だいはくろびかりにひかっている。かたすみにはしかくなぜんを)

床几(しょうき)が並べてある。台は黒光りに光っている。片隅には四角な膳を

(まえにおいてじいさんがひとりでさけをのんでいる。さかなはにしめらしい。 じいさんは)

前に置いて爺さんが一人で酒を飲んでいる。肴は煮しめらしい。  爺さんは

(さけのかげんでなかなかあかくなっている。そのうえかおじゅうつやつやしてしわという)

酒の加減でなかなか赤くなっている。その上顔中つやつやして皺と云う

(ほどのものはどこにもみあたらない。ただしろいひげをありたけはやしているから)

ほどのものはどこにも見当らない。ただ白い髯をありたけ生やしているから

(としよりということだけはわかる。じぶんはこどもながら、このじいさんのとしは)

年寄と云う事だけはわかる。自分は子供ながら、この爺さんの年は

(いくつなんだろうとおもった。ところへうらのかけいからておけにみずをくんできたかみさんが)

いくつなんだろうと思った。ところへ裏の筧から手桶に水を汲んで来た神さんが

(まえだれでてをふきながら、 「おじいさんはいくつかね」ときいた。じいさんは)

前垂で手を拭きながら、 「御爺さんはいくつかね」と聞いた。爺さんは

(ほおばったにしめをのみこんで、 「いくつかわすれたよ」とすましていた。かみさんは)

頬張った煮〆を呑み込んで、 「いくつか忘れたよ」と澄ましていた。神さんは

(ふいたてを、ほそいおびのあいだにはさんでよこからじいさんのかおをみてたっていた。じいさんは)

拭いた手を、細い帯の間に挟んで横から爺さんの顔を見て立っていた。爺さんは

(ちゃわんのようなおおきなものでさけをぐいとのんで、そうして、ふうとながいいきを)

茶碗のような大きなもので酒をぐいと飲んで、そうして、ふうと長い息を

(しろいひげのあいだからふきだした。するとかみさんが、 「おじいさんのいえはどこかね」と)

白い髯の間から吹き出した。すると神さんが、 「御爺さんの家はどこかね」と

(きいた。じいさんはながいいきをとちゅうできって、 「へそのおくだよ」といった。)

聞いた。爺さんは長い息を途中で切って、 「臍の奥だよ」と云った。

(かみさんはてをほそいおびのあいだにつっこんだまま、 「どこへいくかね」とまたきいた。)

神さんは手を細い帯の間に突込んだまま、 「どこへ行くかね」とまた聞いた。

(するとじいさんが、またちゃわんのようなおおきなものであついさけをぐいとのんで)

すると爺さんが、また茶碗のような大きなもので熱い酒をぐいと飲んで

(まえのようないきをふうとふいて、 「あっちへいくよ」といった。)

前のような息をふうと吹いて、 「あっちへ行くよ」と云った。

(「まっすぐかい」とかみさんがきいたとき、ふうとふいたいきが、しょうじをとおりこして)

「真直かい」と神さんが聞いた時、ふうと吹いた息が、障子を通り越して

(やなぎのしたをぬけて、かわらのほうへまっすぐにいった。 じいさんがおもてへでた。じぶんも)

柳の下を抜けて、河原の方へ真直に行った。  爺さんが表へ出た。自分も

(あとからでた。じいさんのこしにちいさいひょうたんがぶらさがっている。かたからしかくなはこを)

後から出た。爺さんの腰に小さい瓢箪がぶら下がっている。肩から四角な箱を

(わきのしたへつるしている。あさぎのももひきをはいて、あさぎのそでなしをきている。)

腋の下へ釣るしている。浅黄の股引を穿いて、浅黄の袖無しを着ている。

など

(たびだけがきいろい。なんだかかわでつくったたびのようにみえた。 じいさんがまっすぐに)

足袋だけが黄色い。何だか皮で作った足袋のように見えた。  爺さんが真直に

(やなぎのしたまできた。やなぎのしたにこどもが34にんいた。じいさんはわらいながらこしからあさぎの)

柳の下まで来た。柳の下に子供が三四人いた。爺さんは笑いながら腰から浅黄の

(てぬぐいをだした。それをかんじんよりのようにほそながくよった。そうしてじめんの)

手拭を出した。それを肝心綯(より)のように細長く綯った。そうして地面の

(まんなかにおいた。それからてぬぐいのしゅういに、おおきなまるいわをかいた。しまいにかたに)

真中に置いた。それから手拭の周囲に、大きな丸い輪を描いた。しまいに肩に

(かけたはこのなかからしんちゅうでこしらえたあめやのふえをだした。 「いまにその)

かけた箱の中から真鍮で製(こし)らえた飴屋の笛を出した。 「今にその

(てぬぐいがへびになるから、みておろう。みておろう」とくりかえしていった。 こどもは)

手拭が蛇になるから、見ておろう。見ておろう」と繰返して云った。  子供は

(いっしょうけんめいにてぬぐいをみていた。じぶんもみていた。 「みておろう、みておろう、)

一生懸命に手拭を見ていた。自分も見ていた。 「見ておろう、見ておろう、

(よいか」といいながらじいさんがふえをふいて、わのうえをぐるぐるまわりだした。)

好いか」と云いながら爺さんが笛を吹いて、輪の上をぐるぐる廻り出した。

(じぶんはてぬぐいばかりみていた。けれどもてぬぐいはいっこううごかなかった。)

自分は手拭ばかり見ていた。けれども手拭はいっこう動かなかった。

(じいさんはふえをぴいぴいふいた。そうしてわのうえをなんべんもまわった。わらじを)

爺さんは笛をぴいぴい吹いた。そうして輪の上を何遍も廻った。草鞋を

(つまだてるように、ぬきあしをするように、てぬぐいにえんりょをするように、まわった。)

爪立てるように、抜足をするように、手拭に遠慮をするように、廻った。

(こわそうにもみえた。おもしろそうにもあった。 やがてじいさんはふえをぴたりと)

怖そうにも見えた。面白そうにもあった。  やがて爺さんは笛をぴたりと

(やめた。そうして、かたにかけたはこのくちをあけて、てぬぐいのくびを、ちょいとつまんで、)

やめた。そうして、肩に掛けた箱の口を開けて、手拭の首を、ちょいと撮んで、

(ぽっとほうりこんだ。 「こうしておくと、はこのなかでへびになる。いまにみせてやる。)

ぽっと放り込んだ。 「こうしておくと、箱の中で蛇になる。今に見せてやる。

(いまにみせてやる」といいながら、じいさんがまっすぐにあるきだした。やなぎのしたをぬけて、)

今に見せてやる」と云いながら、爺さんが真直に歩き出した。柳の下を抜けて、

(ほそいみちをまっすぐにおりていった。じぶんはへびがみたいから、ほそいみちをどこまでも)

細い路を真直に下りて行った。自分は蛇が見たいから、細い道をどこまでも

(ついていった。じいさんはときどき「いまになる」といったり、「へびになる」といったり)

ついて行った。爺さんは時々「今になる」と云ったり、「蛇になる」と云ったり

(してあるいていく。しまいには、 「いまになる、へびになる、)

して歩いて行く。しまいには、  「今になる、蛇になる、

(きっとなる、ふえがなる、」 とうたいながら、とうとうかわのきしへでた。)

きっとなる、笛が鳴る、」 と唄いながら、とうとう河の岸へ出た。

(はしもふねもないから、ここでやすんではこのなかのへびをみせるだろうとおもっていると、)

橋も舟もないから、ここで休んで箱の中の蛇を見せるだろうと思っていると、

(じいさんはざぶざぶかわのなかへはいりだした。はじめはひざくらいのふかさであったが、)

爺さんはざぶざぶ河の中へ這入り出した。始めは膝くらいの深さであったが、

(だんだんこしから、むねのほうまでみずにひたってみえなくなる。それでもじいさんは)

だんだん腰から、胸の方まで水に浸って見えなくなる。それでも爺さんは

(「ふかくなる、よるになる、 まっすぐになる」)

「深くなる、夜になる、   真直になる」

(とうたいながら、どこまでもまっすぐにあるいていった。そうしてひげもかおもあたまもずきんも)

と唄いながら、どこまでも真直に歩いて行った。そうして髯も顔も頭も頭巾も

(まるでみえなくなってしまった。 じぶんはじいさんがむこうぎしへあがったときに、)

まるで見えなくなってしまった。  自分は爺さんが向岸へ上がった時に、

(へびをみせるだろうとおもって、あしのなるところにたって、たったひとりいつまでも)

蛇を見せるだろうと思って、蘆の鳴る所に立って、たった一人いつまでも

(まっていた。けれどもじいさんは、とうとうあがってこなかった。)

待っていた。けれども爺さんは、とうとう上がって来なかった。

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