夢十夜 第九夜 夏目漱石
順位 | 名前 | スコア | 称号 | 打鍵/秒 | 正誤率 | 時間(秒) | 打鍵数 | ミス | 問題 | 日付 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
1 | ばぼじま | 4926 | B | 5.1 | 96.2% | 672.1 | 3447 | 136 | 47 | 2024/11/05 |
2 | saty | 4390 | C+ | 4.7 | 93.1% | 730.0 | 3461 | 256 | 47 | 2024/10/11 |
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問題文
(よのなかがなんとなくざわつきはじめた。いまにもせんそうがおこりそうにみえる。)
世の中が何となくざわつき始めた。今にも戦争が起りそうに見える。
(やけだされたはだかうまが、よるひるとなく、やしきのしゅういをあばれまわると、それをよるひるとなく)
焼け出された裸馬が、夜昼となく、屋敷の周囲を暴れ廻ると、それを夜昼となく
(あしがるどもがひしめきながらおいかけているようなこころもちがする。それでいて)
足軽共が犇(ひしめ)きながら追かけているような心持がする。それでいて
(いえのうちはしんとしてしずかである。 いえにはわかいははとみっつになるこどもがいる。)
家のうちは森として静かである。 家には若い母と三つになる子供がいる。
(ちちはどこかへいった。ちちがどこかへいったのは、つきのでていないよなかであった。)
父はどこかへ行った。父がどこかへ行ったのは、月の出ていない夜中であった。
(ゆかのうえでわらじをはいて、くろいずきんをかぶって、かってぐちからでていった。そのときははの)
床の上で草鞋を穿いて、黒い頭巾を被って、勝手口から出て行った。その時母の
(もっていたぼんぼりのあかりがくらいやみにほそながくさして、いけがきのてまえにある)
持っていた雪洞(ぼんぼり)の灯が暗い闇に細長く射して、生垣の手前にある
(ふるいひのきをてらした。 ちちはそれきりかえってこなかった。はははまいにちみっつになる)
古い檜を照らした。 父はそれきり帰って来なかった。母は毎日三つになる
(こどもに「おとうさまは」ときいている。こどもはなにともいわなかった。)
子供に「御父様は」と聞いている。子供は何とも云わなかった。
(しばらくしてから「あっち」とこたえるようになった。ははが「いつおかえり」と)
しばらくしてから「あっち」と答えるようになった。母が「いつ御帰り」と
(きいてもやはり「あっち」とこたえてわらっていた。そのときはははもわらった。そうして)
聞いてもやはり「あっち」と答えて笑っていた。その時は母も笑った。そうして
(「いまにおかえり」ということばをなんべんとなくくりかえしておしえた。けれどもこどもは)
「今に御帰り」と云う言葉を何遍となく繰返して教えた。けれども子供は
(「いまに」だけをおぼえたのみである。ときどきは「おとうさまはどこ」ときかれて「いまに」)
「今に」だけを覚えたのみである。時々は「御父様はどこ」と聞かれて「今に」
(とこたえることもあった。 よるになって、あたりがしずまると、はははおびを)
と答える事もあった。 夜になって、四隣(あたり)が静まると、母は帯を
(しめなおして、さめざやのたんとうをおびのあいだへさして、こどもをほそおびでせなかへしょって、)
締め直して、鮫鞘の短刀を帯の間へ差して、子供を細帯で背中へ背負って、
(そっとくぐりからでていく。はははいつでもぞうりをはいていた。こどもはこのぞうりの)
そっと潜りから出て行く。母はいつでも草履を穿いていた。子供はこの草履の
(おとをききながらははのせなかでねてしまうこともあった。 どべいのつづいている)
音を聞きながら母の背中で寝てしまう事もあった。 土塀の続いている
(やしきまちをにしへくだって、だらだらさかをおりつくすと、おおきないちょうがある。)
屋敷町を西へ下って、だらだら坂を降り尽くすと、大きな銀杏がある。
(このいちょうをもくひょうにみぎにきれると、いっちょうばかりおくにいしのとりいがある。かたがわはたんぼで)
この銀杏を目標に右に切れると、一丁ばかり奥に石の鳥居がある。片側は田圃で
(かたがわはくまざさばかりのなかをとりいまできて、それをくぐりぬけると、くらいすぎのこだちに)
片側は熊笹ばかりの中を鳥居まで来て、それを潜り抜けると、暗い杉の木立に
(なる。それから20けんばかりしきいしづたいにつきあてると、ふるいはいでんのかいだんのしたにでる)
なる。それから二十間ばかり敷石伝いに突き当ると、古い拝殿の階段の下に出る
(ねずみいろにあらいだされたさいせんばこのうえに、おおきなすずのひもがぶらさがってひるまみると、)
鼠色に洗い出された賽銭箱の上に、大きな鈴の紐がぶら下がって昼間見ると、
(そのすずのそばにはちまんぐうというがくがかかっている。はちのじが、はとがにわむかいあった)
その鈴の傍に八幡宮と云う額が懸っている。八の字が、鳩が二羽向いあった
(ようなしょたいにできているのがおもしろい。そのほかにもいろいろのがくがある。)
ような書体にできているのが面白い。そのほかにもいろいろの額がある。
(たいていはいえじゅうのもののいぬいたきんてきを、いぬいたもののなまえにそえたのがおおい)
たいていは家中のものの射抜いた金的を、射抜いたものの名前に添えたのが多い
(たまにはたちをおさめたのもある。 とりいをくぐるとすぎのこずえでいつでもふくろうが)
たまには太刀を納めたのもある。 鳥居を潜ると杉の梢でいつでも梟が
(ないている。そうして、ひやめしぞうりのおとがぴちゃぴちゃする。それがはいでんのまえで)
鳴いている。そうして、冷飯草履の音がぴちゃぴちゃする。それが拝殿の前で
(やむと、はははまずすずをならしておいて、すぐにしゃがんでかしわでをうつ。)
やむと、母はまず鈴を鳴らしておいて、すぐにしゃがんで柏手を打つ。
(たいていはこのときふくろうがきゅうになかなくなる。それからはははいっしんふらんにおっとのぶじを)
たいていはこの時梟が急に鳴かなくなる。それから母は一心不乱に夫の無事を
(いのる。ははのかんがえでは、おっとがさむらいであるから、ゆみやのかみのはちまんへ、こうやって)
祈る。母の考えでは、夫が侍であるから、弓矢の神の八幡へ、こうやって
(ぜひないがんをかけたら、よもやきかれぬどうりはなかろうといちずにおもいつめている)
是非ない願をかけたら、よもや聴かれぬ道理はなかろうと一図に思いつめている
(こどもはよくこのすずのおとでめをさまして、しへんをみるとまっくらだものだから、)
子供はよくこの鈴の音で眼を覚まして、四辺を見ると真暗だものだから、
(きゅうにせなかでなきだすことがある。そのときはははくちのうちでなにかいのりながら、せをふって)
急に背中で泣き出す事がある。その時母は口の内で何か祈りながら、背を振って
(あやそうとする。するとうまくなきやむこともある。またますますはげしくなきたてる)
あやそうとする。すると旨く泣きやむ事もある。またますます烈しく泣き立てる
(こともある。いずれにしてもはははよういにたたない。 ひととおりおっとのみのうえをいのって)
事もある。いずれにしても母は容易に立たない。 一通り夫の身の上を祈って
(しまうと、こんどはほそおびをといて、せなかのこをすりおろすように、せなかからまえへ)
しまうと、今度は細帯を解いて、背中の子を摺りおろすように、背中から前へ
(まわして、りょうてにだきながらはいでんをのぼっていって、「よいこだから、すこしのあいだ、)
廻して、両手に抱きながら拝殿を上って行って、「好い子だから、少しの間、
(まっておいでよ」ときっとじぶんのほおをこどものほおへこすりつける。そうしてほそおびを)
待っておいでよ」ときっと自分の頬を子供の頬へ擦りつける。そうして細帯を
(ながくして、こどもをしばっておいて、そのかたはしをはいでんのらんかんにくくりつける。それから)
長くして子供を縛っておいて、その片はしを拝殿の欄干に括りつける。それから
(だんだんをおりてきて20けんのしきいしをいったりきたりおひゃくどをふむ。 はいでんにくくり)
段々を下りて来て二十間の敷石を往ったり来たり御百度を踏む。 拝殿に括り
(つけられたこは、くらやみのなかで、ほそおびのたけのゆるすかぎり、ひろえんのうえをはいまわって)
つけられた子は、暗闇の中で、細帯の丈のゆるす限り、広縁の上を這い廻って
(いる。そういうときはははにとって、はなはだらくなよるである。けれどもしばったこに)
いる。そう云う時は母にとって、はなはだ楽な夜である。けれども縛った子に
(ひいひいなかれると、はははきがきでない。おひゃくどのあしがひじょうにはやくなる。)
ひいひい泣かれると、母は気が気でない。御百度の足が非常に早くなる。
(たいへんいきがきれる。しかたのないときは、ちゅうとではいでんへあがってきて、いろいろすかして)
大変息が切れる。仕方のない時は、中途で拝殿へ上って来て、いろいろすかして
(おいて、またおひゃくどをふみなおすこともある。 こういうふうに、いくばんとなくははが)
おいて、また御百度を踏み直す事もある。 こう云う風に、幾晩となく母が
(きをもんで、よのめもねずにしんぱいしていたちちは、とくのむかしにろうしのために)
気を揉んで、夜の目も寝ずに心配していた父は、とくの昔に浪士のために
(ころされていたのである。 こんなかなしいはなしを、ゆめのなかでははからきいた。)
殺されていたのである。 こんな悲い話を、夢の中で母から聞いた。