ああ玉杯に花うけて 第十一部 3
順位 | 名前 | スコア | 称号 | 打鍵/秒 | 正誤率 | 時間(秒) | 打鍵数 | ミス | 問題 | 日付 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
1 | BE | 3959 | D++ | 4.3 | 91.9% | 1424.5 | 6178 | 538 | 86 | 2024/11/07 |
関連タイピング
-
プレイ回数10万歌詞200打
-
プレイ回数3867かな314打
-
プレイ回数96万長文かな1008打
-
プレイ回数3.2万歌詞1030打
-
プレイ回数2039歌詞1426打
-
プレイ回数6万長文1159打
-
プレイ回数19長文かな1546打
-
プレイ回数8.3万長文744打
問題文
(どくしゃしょくん!しょうねんじだいにいちばんつつしまねばならぬのはごらくである。ごらくには)
読者諸君! 少年時代に一番つつしまねばならぬのは娯楽である。娯楽には
(いろいろある、めのごらく、みみのごらく、くちのごらく、それらよりももっとも)
いろいろある、目の娯楽、耳の娯楽、口の娯楽、それらよりももっとも
(ゆうえきなのはこころのごらくである。かつどうしゃしん、いんしょくてん、しょくんがいつも)
有益なのは心の娯楽である。活動写真、飲食店、諸君がいつも
(ゆうわくをうけるのはこれである。ごらくにはともだちがひつようである、しょくんはこのために)
誘惑を受けるのはこれである。娯楽には友達が必要である、諸君はこのために
(かつどうのともだちやいんしょくのともだちができる。ふりょうきぶんがここからはいたいする。そのうちに)
活動の友達や飲食の友達ができる。不良気分がここから胚胎する。そのうちに
(かんちあるもの、りょうしんにとぼしきものはこのごらくをえるためにとうぞくをはたらく、)
奸知あるもの、良心にとぼしきものはこの娯楽を得るために盗賊を働く、
(ひとりではこころぼそいからあいぼうをつくる、よわいものをきょうはくしてきんぴんをまきあげる、)
ひとりでは心細いから相棒を作る、弱いものを脅迫して金品をまきあげる、
(ほかのしじょをゆうわくしてどうるいにひっこむ、ひとたびこのどろたにあしをつっこむと)
他の子女を誘惑して同類にひっこむ、一度この泥田に足をつっこむと
(もうみうごきができなくなる。どくしゃしょくん!こうしはがんしょうのもとにたたずと)
もう身動きができなくなる。読者諸君! 孝子は巌牆の下に立たずと
(いにしえのせいじんがいった、おやのあるものはじちょうせねばならぬ、きょうだいしまいの)
いにしえの聖人がいった、親のあるものは自重せねばならぬ、兄弟姉妹の
(あるもの、せんぱいのあるものはじちょうせねばならぬ、いやしいごらくじょうへあしを)
あるもの、先輩のあるものは自重せねばならぬ、いやしい娯楽場へ足を
(ふみいれてしょうがいをあやまることはぐのきわみである。さてふみこはどうなったか、)
ふみ入れて生涯をあやまることは愚のきわみである。さて文子はどうなったか、
(ふみこのあにこういちはそのころやきゅうにいそがしかった、かれのがくぎょうはますますすすみ)
文子の兄光一はそのころ野球にいそがしかった、かれの学業はますます進み
(どうじにやきゅうのぎじゅつがすばらしいものになった。かれのみのたけはごしゃくよんすん、うでは)
同時に野球の技術がすばらしいものになった。かれの身の丈は五尺四寸、腕は
(てつのごとくくろく、りゅうりゅうとしたにくがかたにりゅうきし、むねははるのののごとくひろく)
鉄のごとく黒く、隆々とした肉が肩に隆起し、胸は春の野のごとく広く
(のびやかである。かれのはははいつもかれをみやってびしょうした。「わたしよりくびひとつ)
伸びやかである。かれの母はいつもかれを見やって微笑した。「私より首一つ
(だけおおきくなった、このこはしようがないね、きょねんのきものがみんなまにあわなく)
だけ大きくなった、この子はしようがないね、去年の着物がみんな間にあわなく
(なった」こうこぼしながらもしんじゅうのよろこびはおさえきれない。それとどうじに)
なった」こうこぼしながらも心中の喜びは抑きれない。それと同時に
(ふみこもしだいにうつくしくなった、がふみこのかおになにやらいってんのくもりがたなびき)
文子も次第に美しくなった、が文子の顔に何やら一点の曇りがたなびき
(はじめた。「おまえどうかしたのかえ」とははがきく。「なんでもないわ」と)
はじめた。「おまえどうかしたのかえ」と母がきく。「なんでもないわ」と
(ふみこはわらった。だがふみこはけっしてなんでもなくはなかったのである。かのじょは)
文子はわらった。だが文子は決してなんでもなくはなかったのである。かの女は
(れいのいっけんがあってからそのひみつをてづかににぎられてしまった。もしかのじょがいえへ)
例の一件があってからその秘密を手塚ににぎられてしまった。もしかの女が家へ
(かえってははにうちあけたなら、こんなくるしみはせずにすんだのである。)
帰って母に打ちあけたなら、こんな苦しみはせずにすんだのである。
(てづかはいったんこういちにちゅうこくされてかいしんしたもののそれはほんのつかのまであった、)
手塚は一旦光一に忠告されて改心したもののそれはほんのつかの間であった、
(かれはどうしてもごらくなしにはいきていられなかった、かつどうしゃしんでていきゅうな)
かれはどうしても娯楽なしには生きていられなかった、活動写真で低級な
(えんげきしゅみをふきこまれたかれはじぶんでしばいをしてみたくなった。かれはかつどうを)
演劇趣味をふきこまれたかれは自分で芝居をして見たくなった。かれは活動を
(みてはいえへかえってそのまねをした、もしかれがはじをしるがくせいであったなら、)
見ては家へ帰ってそのまねをした、もしかれが恥を知る学生であったなら、
(ほんとうのただしきたましいがあるしょうねんであるなら、くにさだちゅうじだのねずみこぞうだの、)
本当の正しき魂がある少年であるなら、国定忠治だの鼠小僧だの、
(ばくちうちやどろぼうのまねをはずべきはずだが、かれにはそんなりょうしんは)
ばくち打ちやどろぼうのまねを恥ずべきはずだが、かれにはそんな良心は
(なかった、かれはただひとまねがしたいのである、じっさいかれはそれがじょうずで)
なかった、かれはただ人まねがしたいのである、実際かれはそれがじょうずで
(あった、かれはしゃものようなこえでべんしのこわいろをつかったり、またほうきをさげて)
あった、かれはしゃものような声で弁士の似声を使ったり、また箒を提げて
(けんげきのまねをするのでじょちゅうたちはよろこんでかっさいした。「ぼっちゃまは)
剣劇のまねをするので女中達は喜んで喝采した。「坊っちゃまは
(おじょうずでいらっしゃること」「おとこぶりがいいからやくしゃにおなんなさるといい」)
お上手でいらっしゃること」「男ぶりがいいから役者におなんなさるといい」
(このこえごえをきくとてづかはすこぶるとくいであった、それとどうじにははははなのしたをながく)
この声々を聞くと手塚はすこぶる得意であった、それと同時に母は鼻の下を長く
(してよろこんだ、かれのはははすべてげいごとがすきでひとつきにさんどはとうきょうへしばいけんぶつに)
して喜んだ、かれの母はすべて芸事が好きで一月に三度は東京へ芝居見物に
(ゆくのである。ちちはかんじゃをことわっておおかみのようなこえでうたいをうたう、)
ゆくのである。父は患者をことわっておおかみのような声で謡をうたう、
(はははしゃみせんをひいてちんとんしゃんとおどる、そうしててづかはほうきをふるって、)
母は三味線を弾いてチントンシャンとおどる、そうして手塚は箒をふるって、
(やあやあものどもとめだまをむきだす。たいていこのばあいにほうきできられるやくになるのは)
やあやあ者共と目玉をむき出す。大抵この場合に箒で斬られる役になるのは
(だいしんのもりくんやしゃふのこうきちである。だがもりくんもこうきちもそうそうはいつも)
代診の森君や車夫の幸吉である。だが森君も幸吉もそうそうはいつも
(きられてばかりいられぬ、たまにかんしゃくをおこしてくにさだちゅうじをえんがわから)
斬られてばかりいられぬ、たまに癇癪を起こして国定忠治を縁側から
(ほうりだすことがある。そこでてづかのきげんがわるくなる、したがっておくさまも、)
ほうりだすことがある。そこで手塚の機嫌が悪くなる、したがって奥様も、
(だんなさまもいっかがふきげんになる。それやこれやでいえのなかばかりのしばいは)
だんな様も一家が不機嫌になる。それやこれやで家の中ばかりの芝居は
(おもしろくなくなった、そこでてづかはどうしをきゅうごうしてしょうねんげきをやろうとかんがえた。)
面白くなくなった、そこで手塚は同志を糾合して少年劇をやろうと考えた。
(さいわいなことにろばのちちはせいふんこうじょうのばんにんである、このこうじょうはにねんまえにはさんして)
幸いなことにろばの父は製粉工場の番人である、この工場は二年前に破産して
(いまではなかばかしそうこのようになっている、そのいちぶぶんだけでもゆうにしばいに)
いまではなかば貸し倉庫のようになっている、その一部分だけでも優に芝居に
(しようすることができる。てづかはまいにちそこへしゅっちょうしてしばいのけいこをした、かれは)
使用することができる。手塚は毎日そこへ出張して芝居の稽古をした、かれは
(かんとくでありざちょうであった、ろばはかたきやくやふけやくをひきうけた、しんちゃんは)
監督であり座長であった、ろばは敵役や老役を引きうけた、新ちゃんは
(ははおややおばあさんになった、わかくてきれいでにんきのあるやくはてづかがとったが、)
母親やお婆さんになった、若くてきれいで人気のある役は手塚が取ったが、
(ここにいちばんこまったのはわかいむすめにふんするおんなのこがないことである、てづかは)
ここに一番困ったのは若い娘に扮する女の子がないことである、手塚は
(それをふみこにあてた。「いやよ、わたしいやよ」とふみこはかおをまっかにして)
それを文子にあてた。「いやよ、私いやよ」と文子は顔をまっかにして
(きょぜつした。「いやならいいよ、ぼくはあなたのおかあさんにたのんでくる、)
拒絶した。「いやならいいよ、ぼくはあなたのお母さんにたのんでくる、
(これこれのわけでふみこさんはぼくらのなかまになったのだからってね」)
これこれのわけで文子さんはぼくらの仲間になったのだからってね」
(ふみこはとうわくした、ははにひみつをあばかれてはたいへんである。「じゃわたしやるわ」)
文子は当惑した、母に秘密をあばかれては大変である。「じゃ私やるわ」
(まいにちあつまるたびにいちどうはなにかたべることにきまっていた、うなぎやてんぷら、)
毎日集まるたびに一同は何か食べることにきまっていた、うなぎやてんぷら、
(しなりょうり、ふみこはいろいろなものをごちそうになった、それらのひようはたいてい)
支那料理、文子はいろいろなものをご馳走になった、それらの費用は大抵
(てづかからでた。だがてづかとてもむじんぞうではない、かれもしだいにこづかいせんに)
手塚からでた。だが手塚とても無尽蔵ではない、かれも次第に小遣い銭に
(こまりだした。「ふみこさん、どうにかならないか」まいにちひとのごちそうになって)
困りだした。「文子さん、どうにかならないか」毎日人のご馳走になって
(すましているわけにゆかない、ふみこはははにもらったこづかいせんをのこらずだした、)
すましているわけにゆかない、文子は母に貰った小遣い銭を残らずだした、
(に、さんにちすぎてかのじょはちょきんばこにてをつけた、それからつぎにほんをかうつもりで)
二、三日すぎてかの女は貯金箱に手をつけた、それからつぎに本を買うつもりで
(ははをだました。そうしなければひみつをあばかれるからである。こういうじょうたいを)
母をだました。そうしなければ秘密をあばかれるからである。こういう状態を
(つづけてるうちにかのじょはだんだんこのだんたいのふきそくでやひなせいかつが)
つづけてるうちにかの女はだんだんこの団体の不規則で野卑な生活が
(すきになった、ははのまえでぎょうぎをよくしたり、がっこうのほんをふくしゅうしたりするよりも)
好きになった、母の前で行儀をよくしたり、学校の本を復習したりするよりも
(おとこのことあそんでたべたいものをたべているほうがいい。ふみこのははは)
男の子と遊んで食べたいものを食べているほうがいい。 文子の母は
(いままでとうってかわったふみこのたいどにきがついた。かのじょはふみこをきびしく)
いままでとうってかわった文子の態度に気がついた。かの女は文子をきびしく
(いましめようとおもった、だがそのげんいんをきわめずにいたずらにさわぎを)
いましめようと思った、だがその原因をきわめずにいたずらにさわぎを
(おおきくしてはなんのやくにもたたぬ、これにはなにかちからづよいゆうわくがあるに)
大きくしてはなんの役にも立たぬ、これにはなにか力強い誘惑があるに
(ちがいない。こうおもうもののかなしいかなかのじょはそれをたんていすべきてがかりが)
ちがいない。こう思うものの悲しいかなかの女はそれを探偵すべき手がかりが
(ないのであった、ちちにいえばどんなにしかられるかしれない、じゅうろくにもなれば)
ないのであった、父にいえばどんなに叱られるかしれない、十六にもなれば
(ひとのめにつくとしごろだからめったなことをしてほうこうにんどもにうしろゆびをさされること)
人の目につく年ごろだからめったなことをして奉公人共に後ろ指をさされること
(になると、あのこのめいよにもかかわる、さりとてうちすておくこともできない。)
になると、あの子の名誉にもかかわる、さりとてうちすておくこともできない。
(わがこをしかりたくはないが、しからねばすくうことはできない、はははしあんにくれた。)
わが子を叱りたくはないが、叱らねば救うことはできない、母は思案に暮れた。
(かのじょはとうとうこういちのへやへいった。「こういち、おまえにそうだんがあるんだが・・・・・・」)
かの女はとうとう光一の室へいった。「光一、おまえに相談があるんだが……」
(「なんですか、なにかうまいものでもぼくにくれるの?」とこういちはびしょうして)
「なんですか、なにかうまいものでもぼくにくれるの?」と光一は微笑して
(いった。「それどころじゃないよ、ふみこのようすがこのごろなんだか)
いった。「それどころじゃないよ、文子のようすがこのごろなんだか
(へんだとおまえはおもわない?」「へんですな」「そうだろう」「ほっぺたが)
変だとおまえは思わない?」「変ですな」「そうだろう」「ほっぺたが
(ますますふくれる」「そんなことじゃない、がっこうのかえりがたいへんにおそい」)
ますますふくれる」「そんなことじゃない、学校の帰りが大変におそい」
(「いのこりのけいこがあるんです」「でもね、おかねづかいがあらいよ」)
「居残りの稽古があるんです」「でもね、お金使いがあらいよ」
(「ほんをかうんです、いまがいちばんほんをかいたいとしなんです、ぼくにもすこし)
「本を買うんです、いまが一番本を買いたい年なんです、ぼくにも少し
(ください」「おまえのことをいってるんじゃないよ、ほんとうにふみこがほんを)
ください」「おまえのことをいってるんじゃないよ、本当に文子が本を
(かうためにおかねがいるんだろうか」「そうです」「でもまいばんなんだかてがみの)
買うためにお金がいるんだろうか」「そうです」「でも毎晩なんだか手紙の
(ようなものをかいてるよ」「さくぶんのけいこですよ、あいつなかなかぶんしょうがうまい)
ようなものを書いてるよ」「作文の稽古ですよ、あいつなかなか文章がうまい
(んです」「このあいだおとこのことあるいているのをおまつがみたそうだよ」「おとこのこと)
んです」「このあいだ男の子と歩いているのをお松が見たそうだよ」「男の子と
(だってあるきますよ、ぼくもおんなのことみちづれになることがある、となりのたまこさんが)
だって歩きますよ、ぼくも女の子と道づれになることがある、隣の珠子さんが
(いぬにおわれたとき、ぼくはおんぶしてかえってきた」「おまえはなんともおもわない)
犬に追われたとき、ぼくはおんぶして帰ってきた」「おまえはなんとも思わない
(かね」「だいじょうぶですよおかあさん、ふみこはけっしてばかなことはしませんよ、)
かね」「だいじょうぶですよお母さん、文子は決してばかなことはしませんよ、
(ぼくのいもうとです、あなたのむすめです」「そうかね、それならいいが」)
ぼくの妹です、あなたの娘です」「そうかね、それならいいが」