石川啄木タイピング
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問題文
(とうかいのこじまのいそのしらすなにわれなきぬれてかにとたわむる)
東海の小島の磯の白砂に われ泣なきぬれて 蟹とたはむる
(ほにつたうなみだのごわずいちあくのすなをしめししひとをわすれず)
頬につたふ なみだのごはず 一握の砂を示しし人を忘れず
(いのちなきすなのかなしさよさらさらとにぎればゆびのあいだよりおつ)
いのちなき砂のかなしさよ さらさらと 握れば指のあひだより落つ
(かがみとりあとうかぎりのさまざまのかおをしてみぬなきあきしとき)
鏡とり 能ふかぎりのさまざまの顔をしてみぬ 泣き飽きし時
(ふるさとのなまりなつかしていしゃばのひとごみのなかにそをききにゆく)
ふるさとの 訛なつかし 停車場の 人ごみの中に そを聴きにゆく
(はたらけどはたらけどなおわがくらしらくにならざりじっとてをみる)
はたらけど はたらけど猶わが生活(くらし)楽にならざり ぢつと手を見る
(かのとしのかのしんぶんのはつゆきのきじをかきしはわれなりしかな)
かの年のかの新聞の 初雪の記事を書きしは 我なりしかな
(かなしきはかのしらたまのごとくなるうでにのこせしきすのあとかな)
かなしきは かの白玉のごとくなる腕に残せし キスの痕かな
(えびいろのふるきてちょうにのこりたるかのあいびきのときとところかな)
葡萄色の 古き手帳にのこりたる かの会合(あいびき)の時と処かな
(やむとききいえしとききてしひゃくりのこなたにわれはうつつなかりし)
病むと聞き 癒えしと聞きて 四百里のこなたに我はうつつなかりし
(わかれきてとしをかさねてとしごとにこいしくなれるきみにしあるかな)
わかれ来て年を重ねて 年ごとに恋しくなれる 君にしあるかな
(いしかりのみやこのそとのきみがいえりんごのはなのちりてやあらん)
石狩の都の外の 君が家 林檎の花の散りてやあらむ
(てぶくろをぬぐてふとやすむなにやらんこころかすめしおもいでのあり)
手套を脱ぐ手ふと休む 何やらむ こころかすめし思ひ出のあり
(あたらしきほんをかいきてよむよはのそのたのしさもながくわすれぬ)
新しき本を買ひ来て読む夜半の そのたのしさも 長くわすれぬ
(どんよりとくもれるそらをみていしにひとをころしたくなりにけるかな)
どんよりと くもれる空を見てゐしに 人を殺したくなりにけるかな
(はれしそらあおげばいつもくちぶえをふきたくなりてふきてあそびき)
晴れし空仰げばいつも 口笛を吹きたくなりて 吹きて遊びき
(いしかりのそらちごおりのぼくじょうのおよめさんよりおくりきしばたかな。)
石狩の空知郡の 牧場のお嫁さんより送り来(き)し バタかな。
(たびをおもうおっとのこころ!しかり、なく、つまこのこころ!あさのしょくたく!)
旅を思ふ夫の心!叱り、泣く、妻子の心!朝の食卓!
(かなしくもよあくるまではのこりいぬいききれしこのはだのぬくもり)
かなしくも 夜明くるまでは残りゐぬ 息きれし児の肌のぬくもり
(にわのそとをしろきいぬゆけり。ふりむきて、いぬをかわんとつまにはかれる。)
庭のそとを白き犬ゆけり。 ふりむきて、 犬を飼はむと妻にはかれる。
(たんたらたらたんたらたらとあまだれがいたむあたまにひびくかなしさ)
たんたらたらたんたらたらと 雨滴が 痛むあたまにひびくかなしさ
(ろうどうしゃかくめいなどいうことばをききおぼえたるごさいのこかな。)
「労働者」「革命」などいふ言葉を 聞き覚えたる 五歳の子かな。
(なんとなく、ことしはよいことあるごとし。がんじつのあさ、はれてかぜなし。)
何となく、 今年はよい事あるごとし。 元日の朝、晴れて風無し。
(こころよくわれにはたらくしごとあれそれをしとげてしなんとおもう)
こころよく 我にはたらく仕事あれ それを仕遂げて死なむと思ふ
(ややとおきものにおもいしてろりすとのかなしきこころもちかづくひのあり。)
やや遠きものに思ひし テロリストの悲しき心も 近づく日のあり。
(ねこをかわば、そのねこがまたあらそいのたねとなるらん、かなしきわがいえ。)
猫を飼はば、 その猫がまた争ひの種となるらむ、 かなしきわが家。
(ひとがみなおなじほうがくにむいてゆく。それをよこよりみているこころ。)
人がみな 同じ方角に向いてゆく。 それを横よりみてゐる心。
(しょうがつのよっかになりてあのひとのねんにいちどのはがきもきにけり。)
正月の四日になりて あの人の 年に一度の葉書も来にけり。
(なんとなくあすはよきことあるごとくおもうこころをしかりてねむる。)
何となく明日はよき事あるごとく 思ふ心を 叱りて眠る。
(じりじりと、ろうそくのもえつくるごとく、よとなりたるおおみそかかな。)
ぢりぢりと、 蝋燭の燃えつくるごとく、 夜となりたる大晦日かな。
(じっとして、みかんのつゆにそまりたるつめをみつむるこころもとなさ!)
ぢっとして、 蜜柑(みかん)のつゆに染まりたる爪を見つむる 心もとなさ!
(ねこのみみをひっぱりてみて、にゃとなけば、びっくりしてよろこぶこどものかおかな。)
猫の耳を引っぱりてみて、 にゃと啼けば、 びっくりして喜ぶ子供の顔かな。
(そうれみろ、あのひともこをこしらえたと、なにかきのすむここちにてねる。)
そうれみろ、 あの人も子をこしらへたと、 何か気の済む心地にて寝る。
(いしかわはふびんなやつだ。ときにこうじぶんでいいて、かなしみてみる。)
『石川はふびんな奴だ。』 ときにかう自分で言ひて、 かなしみてみる。
(もうおまえのしんていをよくみとどけたと、ゆめにははきてないてゆきしかな。)
もうお前の心底をよく見届けたと、 夢に母来て 泣いてゆきしかな。
(ぐんじんになるといいだして、ちちははにくろうさせたるむかしのわれかな。)
軍人になると言ひ出して、 父母(ちちはは)に 苦労させたる昔の我かな。
(ふじさわというだいぎしをおとうとのごとくおもいて、ないてやりしかな。)
藤沢という代議士を 弟のごとく思ひて、 泣いてやりしかな。
(かんこどりしぶたみむらのさんそうをめぐるはやしのあかつきなつかし。)
閑古鳥(かんこどり) 渋民村の山荘をめぐる林の あかつきなつかし。
(おきてみて、またすぐねたくなるときのちからなきめにめでしちゅりっぷ!)
起きてみて、 また直(す)ぐ寝たくなる時の 力なき眼に愛でしチュリップ!
(しにしこのうでにちゅうしゃのはりをさすいしゃのてもとにあつまるこころ)
死にし児の 腕に注射の針を刺す 医者の手もとにあつまる心
(さいはてのえきにおりたちゆきあかりさびしきまちにあゆみいりにき)
さいはての駅に下り立ち 雪あかり さびしき町にあゆみ入りにき
(いきすれば、むねのなかにてなるおとあり。こがらしよりもさびしきそのおと!)
呼吸(いき)すれば、 胸の中にてなる音あり。 凩よりもさびしきその音!
(めとずれど、こころにうかぶなにもなし。さびしくも、また、めをあけるかな。)
眼閉づれど、 心にうかぶ何もなし。 さびしくも、また、眼をあけるかな。
(かにかくにしぶたみむらはこいしかりおもいでのやまおもいでのかわ)
かにかくに渋民村は恋しかり おもひでの山 おもひでの川
(からふとにいりてあたらしきしゅうきょうをはじめんというともなりしかな)
樺太に入りて 新しき宗教を創めむといふ 友なりしかな
(みぞれふるいしかりのののきしゃによみしつるげえねふのものがたりかな)
みぞれ降る 石狩の野の汽車に読みし ツルゲエネフの物語かな
(そことなくみかんのかわのやくるごときにおいのこりてゆうべとなりぬ)
そことなく 蜜柑の皮の焼くるごときにほひ残りて 夕(ゆうべ)となりぬ
(あかがみのひょうしてずれしこっきんのふみをこうりのそこにさがすひ)
赤紙の表紙手擦れし 国禁の 書(ふみ)を行李の底にさがす日
(うることをさしとめられしほんのちょしゃにみちにてあえるあきのあさかな)
売ることを差し止められし 本の著者に 路(みち)にて会へる秋の朝かな
(えびいろのながいすのうえのねむりたるねこほのじろきあきのゆうぐれ)
葡萄(えび)色の 長椅子の上の眠りたる猫ほの白き 秋のゆふぐれ
(ときありて ねこのまねなどしてわらう みそじのとものひとりずみかな)
時ありて 猫の真似などして笑ふ 三十路の友のひとり住みかな
(おそあきのくうきをさんじゃくしほうばかりすいてわがこのしにゆきしかな)
おそ秋の空気を 三尺四方ばかり 吸ひてわが児の死にゆきしかな
(かなしみのつよくいたらぬさびしさよわがこのからだひえてゆけども)
かなしみのつよくいたらぬ さびしさよ わが児のからだ冷えてゆけども
(はこだてのがぎゅうのやまのはんぷくのひのからうたもなかばわすれぬ)
函館の臥牛(がぎゅう)の山の半腹の 碑の漢歌も なかば忘れぬ