魯迅 阿Q正伝その37(最終話)

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(このせつな、かれのしそうはさながらせんぷうのようにのうりをひとまわりした。)

この刹那、彼の思想はさながら旋風のように脳裏を一廻りした。

(よねんまえにかれはいちどやましたでおおかみにであった。)

四年前に彼は一度山下で狼に出遇った。

(おおかみはつかずはなれずついてきてかれのにくをくらおうとおもった。)

狼は附かず離れず跟いて来て彼の肉を食らおうと思った。

(かれはそのときまったくいきているそらはなかった。)

彼はその時全く生きている空は無かった。

(さいわいひとつのまきわりをもっていたので、ようやくげんきをひきおこし、)

幸い一つの薪割を持っていたので、ようやく元気を引起し、

(みしょうまでもちこたえてきた。これこそえいきゅうにわすれられぬおおかみのめだ。)

未荘まで持ちこたえて来た。これこそ永久に忘られぬ狼の眼だ。

(おくびょうでいながらするどく、おにびのようにきらめくふたつのめは、)

臆病でいながら鋭く、鬼火のようにキラめく二つの眼は、

(とおくのほうからかれのひにくをさしとおすようでもあった。)

遠くの方から彼の皮肉を刺し通すようでもあった。

(ところがかれはいままでみたこともないおそろしいめつきをさらにはっけんした。)

ところが彼は今まで見た事もない恐ろしい眼付を更に発見した。

(にぶくもあるがするどくもあった。すでにかれのはなしをそしゃくしたのみならず、)

鈍くもあるが鋭くもあった。すでに彼の話を咀嚼したのみならず、

(かれのひにくいじょうのしろものをかみしめて、)

彼の皮肉以上の代物を噛みしめて、

(つかずはなれずとこしえにかれのあとにくっついてくる。)

附かず離れずとこしえに彼の跡にくっついて来る。

(これらのめんたまはひとつにつながって、)

これ等の眼玉は一つに繋がって、

(もうどこかそこらでかれのれいこんにかみついているようでもあった。)

もうどこかそこらで彼の霊魂に咬みついているようでもあった。

(「たすけてくれ」)

「助けてくれ」

(あきゅうはくちにだしていわないが、そのときもうふたつのめがくらくなって、)

阿Qは口に出して言わないが、その時もう二つの眼が暗くなって、

(じだのなかががあんとして、ぜんしんがこっぱみじんにとびちったようにおぼえた。)

耳朶の中がガアンとして、全身が木端微塵に飛び散ったように覚えた。

(ごじつだん)

後日談

(とうじのえいきょうからいうともっともだいえいきょうをうけたのは、かえってきょじんだんなであった。)

当時の影響からいうと最も大影響を受けたのは、かえって挙人老爺であった。

(それはとられたものをとりかえすことができないで、)

それは盗られた物を取返すことが出来ないで、

など

(うちじゅうのものがなきさけんだからだ。)

家じゅうの者が泣き叫んだからだ。

(そのつぎにえいきょうをうけたのはちょうけであった。)

その次に影響を受けたのは趙家であった。

(しゅうさいはじょうないへいってうったえでると、かくめいとうのふりょうぶんしにべんつをきられたうえ、)

秀才は城内へ行って訴え出ると、革命党の不良分子に辮子を剪られた上、

(にまんもんのけんしょうきんをそんしたのでうちじゅうでなきさけんだ。)

二万文の懸賞金を損したので家じゅうで泣き叫んだ。

(そのひからかれらのあいだにだんだんのころうかたぎがはっせいした。)

その日から彼等の間にだんだん遺老気質が発生した。

(よろんのほうめんからいうとみしょうではいぎがなかった。むろんあきゅうがわるいとみないった。)

世論の方面からいうと未荘では異議が無かった。むろん阿Qが悪いと皆言った。

(ぴしゃりところされたのはあきゅうがわるいしょうこだ。)

ぴしゃりと殺されたのは阿Qが悪い証拠だ。

(わるくなければじゅうさつされるはずがない!)

悪くなければ銃殺されるはずが無い!

(しかしじょうないのよろんはかえってよくなかった。かれらのだいたすうはふまんぞくであった。)

しかし城内の世論はかえって好くなかった。彼等の大多数は不満足であった。

(じゅうさつするのはくびをきるよりみごたえがない。)

銃殺するのは首を斬るより見ごたえがない。

(そのうえなぜあんなにいくじのないしけいはんにんだったろう。)

その上なぜあんなに意気地のない死刑犯人だったろう。

(あんなにながいひきまわしのうちにうたのひとつもうたわないで、)

あんなに長い引廻しの中うちに歌の一つも歌わないで、

(せっかくあとについてみたことがむだぼねになった。)

せっかく跡に跟いて見たことが無駄骨になった。

((せんきゅうひゃくにじゅういちねんじゅうにがつ))

(一九二一年十二月)

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